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意地

 涼馬が放った袈裟斬りは、男の拳鍔に阻まれる。刀の軌道を正確に読まなければ、あんな小さな拳鍔の部分で受け止めることは出来ない。涼馬は男の技量に舌を巻きながら急いで刀を引く。だが、リーチの点では圧倒的に拳より有利な刀だが、加速力という点においては拳が勝る。

 

 刀を引くタイミングで、男は上手く涼馬の間合いまで侵入、そのまま顔を狙ったジャブを放つ。涼馬がそれを首を捻って躱すと、耳元をヒュン――と鋭い風切り音が駆け抜ける。闘いで磨かれた直感が、それを一撃でも貰えばヤバいと囁く。


――分かってるよ、そんなこと……!


 涼馬は歯軋りをこらえながら、続けて放たれた水月へのストレートを刀の鞘で受ける。その力を利用して、そのまま一度壁際まで後退した。


「……センスはいいが、非力だな。妙に喧嘩慣れしているのは、こういう事は割としょっちゅうあるってことか?」

「そんなことあってたまるかよ――!」


 再び体勢を低くして突っ込んできた男に、涼馬は刀を振るう。打ち込めば払われ、打ち込まれればいなしてを繰り返し、涼馬と男は(しのぎ)を削る。一般の家庭と比べれば格段に広いとは言え、テーブルなどの家具も置いてある居間での戦闘は、想像以上に体力を削られる。

 結局先にガス切れになったのは涼馬だ。窓際まで追い詰められた所を、庭に飛び出て地面を転がり、必殺の一撃を躱す。


「はっ、はっ、はっ、はっ……」

「――勿体ないな」


 息も絶え絶えな涼馬に、逆に、男は息一つ乱さずに告げる。


「これも才能なのか、お前の格闘センスは異常だ。身体は貧弱そのものだが、喧嘩の仕方には慣れさえ感じる。だが、お前の闘い方は本当に喧嘩の闘い方だ。真正面から斬った張ったばかりで狡猾さがない。何でかは知らねえが、まるで自分の身体が付いて来れてねえように見えるぜ」

「……よく喋る奴だ」


 涼馬は荒い息を無理やり抑え込む。男の言葉は、その実、核心に近い所まで来ているが、涼馬がわざわざ真実を教えてやる義理は無い。

 涼馬は、大きく鼻から息を吐きだすと、ゆっくりと腰の辺りに刀を寄せ、腰にタメを作る。それは、ちょうど居合いのような構えで、男には、涼馬が自分を誘っているように思えた。


「……勝負に出たか。体力は限界に近いだろうし正しい判断だな――!」


 男はファイティングポーズを取ると、涼馬の誘いに乗る。どんな策があろうと、それすらねじ伏せて勝つという気概が男にはあった。

 そして、男が遂に涼馬の刀の間合いに入る。先ほどまでなら、涼馬から狙いの正確な一撃が飛んでくる所だ。だが、予想に反して、涼馬は、やや後傾姿勢のまま動かない。その行動に肩透かしを喰らった男だが、やがて男の拳の間合いに入ったとき、その僅かな動揺も霧散した。


――この一撃で決める。


 男の放った渾身のストレートは、ものの見事に、無反応だった涼馬の顔を打ちぬいた。驚くほどあっけなく決まった自分のパンチに、男自身少し驚いたが、拳から返って来た堅い感触に、思わず眉をひそめた。まるで骨でも殴ったような感触は、今まで鼻骨を潰した時のような手応えとは全く異なるものだった。


「――捕まえたぜ」

「ッ……!? ガッ……!」


 目と鼻の先から聞こえてきた声に、男は危険を感じて後退しようとするが、その前に涼馬の刀が男の脇に喰いこんでいた。肋骨の合間を縫うようにして決められた涼馬の一撃は、男を地に沈めるには十分だった。


「な……ぜ……?」


 激痛と動揺に、額から脂汗を流しながら男は呟く。拳鍔を付けた男のパンチは、薄い鉄板なら破壊することも可能な威力だ。それを顔面にモロに喰らって、そもそも立っていられるはずがない。男はそう思い顔を上げて、涼馬の額がバッサリと横一文字に切り裂かれていることに気づいた。


「まさか……お前、俺の拳をでこで受け止めたのか?」

「受け止めただけじゃあこんなもんじゃ済まなかっただろうよ。まあテメエの頭突きで自分が怪我してるようじゃ世話無いけどな」

「……イカれてやがる」


 つまり、今男を見下ろす少年は、男のパンチを人体で一番硬く、厚い部位である頭蓋骨で受け止め、あまつさえ頭突きを入れて威力を殺したというのだ。理屈は分かったが、こんな貧弱そうな少年が、体躯では大きく勝る男の拳鍔付きの拳を、頭で真っ向から受け止めに行ったということに、男は思わず苦笑を漏らした。


「この石頭が……」

「今の場合は褒め言葉に取っておくぜ」

「口の減らねえガキだ……」


 男は拳鍔を外し、両手を上げる。事実上降参の意味だ。それを見ていた男の部下たちも諦めたようにそれに従う。

バゼットの身体になってから、初めてのまともな抗争。お世辞にも楽勝だったとは言い難いが、それに勝利し、安堵に息を吐いた時だ。おもむろに、庭に乾いた拍手が鳴り響いた。

 反射的に音の方向を見やる。そこには糸目が特徴の瘦せ型の男。玄関で先ほど見た男が、庭先でパチパチと手を叩いていた。アルカイックスマイルを顔に貼り付けるその男も黒髪黒目である東洋人の特徴から、今戦った男達の仲間と言ったところか、と涼馬は適当に当たりを付ける。


「いやあお見事。そこの少年と悠斗さんとの闘い、拝見させてもらいましたが、なかなか見ごたえのあるキャットファイトでした。面白すぎて、後半は私本来の仕事を忘れかけたくらいですよ」

「……なんだと?」


 今の闘いを茶番(キャットファイト)と言った糸目の男に、涼馬は剣呑な視線を送る。だが、涼馬が続く言葉を発する前に、男の仲間が怒声を上げていた。


「なんじゃ和樹! テメエ新参のくせして何エラそうに――」

「――うるさいな」


 パァンと乾いた発砲音が響く。次いで、ドサリと倒れる男。


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