敵襲
前回投稿したものからだいぶ期間が開いてしまい申し訳ありません!
「――なっ、ちょっ……ダメ!!」
突然開いた扉に驚いた留美は、開けた張本人である涼馬を見つけるや慌てて身体を隠す。
華奢な体躯を両手で必死に隠そうとするが、それで全て隠せるわけがない。涼馬は、留美の手で隠されていない部位から見えたものに、表情を険しくする。しかしそれも一瞬。
涼馬はすぐに意識を切り替えると、涼馬がいつもトレーニングの時に使っているTシャツとジャージを留美に放り投げた。
「急いでこれに着替えろ。今すぐにだ」
「ちょ、私、まだ身体濡れてるんだけど! どうしたって言うのよ?」
困惑する留美に、涼馬は事実だけを淡々と告げる。
「――客が来た。タイミングから考えて、向こうの目的はおそらくお前だろう。ただの奴隷一人の為にわざわざここまでやってくるとは思えないが……とにかくすぐにここを離れるぞ」
「ッ! 敵!?」
留美は血相を変える。そこでまたピンポーンと陽気な電子音が鳴り、留美は慌てて着替え始める。
「ね、ねえ。私の下着は!?」
「そんなのチンタラ着けてる暇はねえ、いいから急げ! 考えたくはないが、最悪相手が強引に扉をぶち破ってくる可能性も捨てきれねえ」
「ッ! あーもう分かったわよ!」
涼馬が初めて声を荒げ、留美も現状がひっ迫していることを理解したのだろう。背後で布切れのの擦りあう音を聞きながら手元にあった拳銃の安全装置を外す。見たことのないメーカーの銃だが、幸い作りは涼馬の時代の物と大した差は無いらしい。しかし、銃の類は不得手な涼馬としては、心もとなさを感じずにはいられなかった。
せめて身体が万全なら、こっちで一暴れ出来るんだが……。
涼馬は腰に差した日本刀の柄に触れる。すると後ろから「準備できたわよ」と声が掛かった。
「……アンタ、その手に持ってるの、もしかして銃?」
「何を今更。銃刀法があった昔の日本ならいざ知らず、ここはイスカン帝国だぞ? 銃なんてそう珍しいモンでもないだろ。そんなことより、今から非常口の方から脱出する。ついて来い」
涼馬は首で非常口の方を顎でしゃくると、先陣を切って移動を始める。
「この家、非常口なんてあるの?」
「前の主が気の利いた奴でな。こういうことも想定して作っておいたらしい。一旦地下を通って、二つ隣の空き家に繋がってる」
これは既に涼馬が確認済みだ。
「それってもう非常口ってレベルじゃないわよね……」
「そんな事はどうでもいい。早く行――」
留美の呆れたような声音を流し、俺が先を急かそうとした時だった。居間を横切って最短ルートで地下へ向かおうとしていた涼馬の耳が、じゃり、と土を踏む微かな音を庭の方から拾う。
次の瞬間、窓ガラスがバリバリィイ、と蹴破られる。突然の事に、留美は小さく悲鳴を上げる。涼馬は咄嗟に留美を自分の後ろに隠す。
涼馬が素早く留美を庇うように前へ出ると、やがて吹き曝しとなった窓から、いかにも荒事専門と言った屈強な男達が土足で居間に上がり込んできた。涼馬は油断なく男達に鋭い視線を送る。
数は四。ざっと見た所、相手に主だった武器は無し。だが、その男達の中には先ほど玄関のカメラで確認した糸目の男の姿は無い。
(この男達と無関係ということは無いだろうから、外で待機しているという可能性が高いな……)
涼馬はそこまで相手を観察していると、驚くことに気づく。居間に上がり込んできた男たちはよく見ると、全員が黒髪の東洋人の風貌だったからだ。
「おねむの時間に邪魔するぜ坊ちゃん。なに、俺たちが用があるのは後ろのお嬢ちゃんだからよ。要が終わればすぐ帰るから安心しな」
四人のうち、坊主頭の男が前へ出ると、ヘラヘラとした口調でそう言ってきた。男は声こそ荒立てることはないが、言葉に秘められた威圧的な雰囲気は、留美を怯えさせるのに十分だった。背中越しに留美の身体が強張るのが分かる
「――断る」
だからこそ俺は、ハッキリと自分の意思を告げる。留美は驚きを含んだ顔で涼馬の横顔を見る。
「あ?」
涼馬が怯えているとでも思っていたのだろうか。坊主頭の男は、呆けたような顔を作り、間抜けな声を上げる。そんな男に対して、涼馬は嘲るような表情を作り、こう続けた。
「断るって言ったんだよ東洋人。それとも、東洋人にイスカン語で喋るってのは酷だったか?」
「ッ――上等だ餓鬼ィ!」
その明らかな涼馬の挑発に坊主頭の男は激昂、そのまま涼馬に襲い掛かる。しかし、その行動を予想していた涼馬は焦らない。涼馬は雑な大振りのパンチをなんなく躱すと、涼馬は男の顎にカウンターを決める。
「ッ――~~~ッ!?」
『……!?』
挑発的な言葉を吹っ掛けて、頭に血が上り突進してきた相手にカウンターを入れる。幾度となく繰り返した動きは、例え身体が別物になっても、感覚が身体を自然と動かしていた。
綺麗に顎にカウンターをもらった男は、何が起こったのかも分からぬまま意識を刈り取られた。只の子供だと思っていた相手に、仲間があっけなく返り討ちにされたことに、男たちは狼狽する。
「退がってろ!」
涼馬は留美にそう叫ぶと、腰に差していた刀を鞘ごと抜き取る。漆も塗られておらず、木そのままのクリーム色の鞘と柄は、それほど重量を感じさせず、まるで木刀のように鞘のままでも違和感を感じさせない。
「人ン家に勝手に入り込んできたんだ」
涼馬は鞘に収まる刀を中段に構えると、「――骨の二、三本は覚悟してらうぞ」
「ッ!?」
涼馬の踏み込みに、先頭にいた帽子を被った男は反応できなかった。直後に放たれた一閃は帽子男の左腕を捉える。その左腕からボキリ、と異音が鳴る。
痛みにのたうつ帽子男に目もくれず、涼馬は次に自分に向かってくる男に集中する。その男の手には、月明りに反射して鈍く光る小さめの得物。ナイフだ。
「テメエ!」
「フッ――!」
だがナイフと刀では如何せんリーチが違いすぎる。刃物をチラつかせるだけで尻ごむゴロツキ程度なら話は別だが、涼馬は腐っても一つの組の若頭を務めた極道だ。ナイフを強調するように前方に振り回す男を、涼馬はあばらへ一撃入れて黙らせ、庭の方へ蹴り飛ばす。これで残りは一人。
「……お前、強いな」
残った灰色のスーツを着た男は、三十代に届いていないくらいの年齢に見えるが、どこか落ち着きがあり、先ほどまでの奴らとは違う雰囲気を感じる。
「最初の突進。速さは大したモンでも無かったが、ウチの奴が反応できなかったのは、足運びのせいだな。遠近感を狂わせ、気づけば相手が間合いに入っているという状況を足運びだけで可能にする。古武術で見たことがある技だ」
(……初見で縮地を看破されたか)
涼馬が先ほど使ったのは縮地という技だ。だが、それを本調子ではないとはいえ、一度見られただけでこうもあっさりと見破られたことに、涼馬は素直に感心する。
「……アンタ、今の奴らの兄貴分か?」
「フン、まあそんなとこだ。本当なら、その歳に見合わないお前の技量を賞賛して、今回は手を引くって事にしたいんだが、俺も二流とはいえ、これでも一つの組を背負ってるんでな。組のメンツに掛けて、そこのお嬢ちゃんは力ずくでも連れていく」
黒スーツの男はそう言うと、銀色に光る何かを懐から取り出し、拳に装着する。よく見るとそれは、涼馬の記憶ですらも懐かしいと感じる武器。地元のチンピラで、たまに使う奴を見たことがある。
「拳鍔か……。随分前時代的な物を使うじゃねえか」
「この時代にポン刀振り回す奴に言われたかねえな。イス公で刀使う奴なんてアンタが初めてだよ」
拳鍔は、拳に装着することで殴打などの打撃力を強化する武器。所謂メリケンサックと呼ばれる物だ。武器としてはかなり小さく、携帯性の面で特に融通が利く
この時代で、未だに拳鍔を使う者がいた事に、涼馬が軽口を叩くと、男も軽口で返す。やがて、お互いの口から苦笑が漏れた。一瞬緩む空気。が、次の瞬間、部屋に鳴り響いた得物同士の激突音は、それを見ていた留美の肩を大きく揺らした。
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