リハビリ
「――楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」
不意にそんな声が聞こえてきたとき、私は確かに一瞬希望を持った。だが、それも彼の姿を見た途端、霧散してしまう。
何故なら、その声の主がイスカン人だったから。イスカン人など所詮私たちのことなんて同じ生物として見てない。せいぜい家畜かペット扱いが限度で、そんな彼らの一人が私を助けてくれるなどありえない。私は聞こえてきた台詞を言葉通りに捉えた。
そしてもう一つの理由、もし万が一彼が私を助けようとして現れたのだとしてもそれは到底叶いそうにないようだということ。なぜなら、彼がどう見ても私と変わらない歳、せいぜい十七歳くらいの少年だったからだ。
「あ? なんか言ったかお坊ちゃん? 同じイスカン人の義理で聞かなかったことにしてやるから、ガキはとっとと家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
「……」
少年は無言で歩を進める。変わった少年だった。痩せ気味の体型で、華奢と言っても差し支えないような身体。一見するとお坊ちゃまのような見てくれだが、金色の髪を短髪に刈り上げ、こちらを鋭く射抜く眼光は歴戦の戦士のようにも思えた。
「……忠告はしたぜ、ガキ」
遂に男達の正面に立った少年へ向け、男はそう言い放つ。指の関節を鳴らした。
「おらっ!」
「ッ!」
男から放たれたストレートを見て、思わず私は目をつぶる。あんな体格差のパンチをもらえばただでは済まない。次の瞬間には少年が吹き飛ぶ姿が幻視する。しかし、聞こえてきたのは殴った男の悲鳴だった。私は困惑しながら恐る恐る薄目を開ける。そして、目の前の光景に間抜けな声を漏らした。
「え……?」
悲鳴を上げる男の腕が、肘からあらぬ方向に曲がっていた。男はたまらずしゃがみ込み、片腕を押さえている。呆気にとられる私たちに対し、少年だけは動きを止めない。
「遅い」
「ぶぇ!?」
後ずさったもう一人の男の顔面を少年が殴りつける。情けない声を上げ男が後ずさる。しかし、クリーンヒットしたにも関わらず、男は鼻血を流してはいるが倒れる様子はない。 男は瞳から怒りの炎を灯らせる。
「腕力が弱い!?」
「チッ、やっぱりまだ一撃で倒せるほどは戻っちゃいないか……」
焦る私をまるで他人事のようにして、少年はぽつりと呟く。そして再び殴りかかって来た男に対し、半身を切るだけの最小限で動きで躱す。そして空いた男の顎に掌底を思い切り突き上げだ。
すごい!と私は内心喝采を送る。相手の呼吸に合わせて打った会心の一撃だ。脳を揺らされて、軽い脳震盪を起こした男は、そのままぐらりと膝を付く。そこで低くなった頭を少年は何の躊躇いもなく蹴り飛ばした。
「ひゃっ!」
思わぬ容赦ない一撃に、私は反射的に竦みあがる。少年は、腕の折れた男も同様に蹴とばすと、見た目からは想像できないドスの利いた声で言う。
「こいつは俺の女だ。次手ぇ出したらこんなんじゃすまねえからな」
そう一方的に言うと、少年は顎を外へとやり、私に移動を促す。歩き出した少年を見て、私も慌てて後を追った。
そこからしばらく歩いたところで、タイミングを見計らっていた私は、意を決して「ねえ」と彼に話しかけた。
「……さっきのことは気にするな。たまたま気が向いたから助けただけだ。それ以上でもそれ以下でもねえ」
私が答えるより先に、少年は一方的にそうまくし立てる。私は慌てて言った。
「あ……いや、それもあるんだけど、まず一つだけ言っておきたいことがあるの」
「?」
その私の予想外の一言に少年は不思議そうに首をかしげる。初めて年相応の表情を見せた少年に私は――あらんかぎりの批判を込めて言った。
「私――アンタの女なんかじゃないからっ!!」
気づけば、自然に放たれた私のビンタが、少年の頬を強かにぶっていた。
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