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PEACE

気分転換に外に出ると、既に陽は沈んでいた。一五年経った今でも、夕陽というのは変わらず眩しい。

裏の方にあった家を出た通りの先は繁華街へと繋がっていた。

お世辞にも上品とは言えないそのネオン街は、ここ周辺でも群を抜くほど治安が悪く、ギャングたちの溜まり場になっているらしかった。手紙にはしばらくはそっち方面への外出は控えるようにとも書き添えてあった。


地下室へ行った後、最後まで読んだ手紙には、涼馬が知っておくべきであろう世界の常識などが親切に長々と書いてあった。それらは涼馬にとって、驚きの連続だった。

一つは、今涼馬のいる世界は、涼馬が死んでから一五三年後、帝国歴三○一六年、地球で言えば二一六九年だということ。

もう一つは、その間にイスカン帝国の侵攻によって多数の国家が陥落し、日本も既にイスカン帝国領となっていることだ。


涼馬が死んだあと、日本も講和を前提に、武力に対し徹底抗戦したが、同盟を築いていた他国も同じく帝国の侵攻に遭い、充分な支援が受けられなかったこと、そして帝国の武力の高さなどが総じて一年と経たず日本政府は白旗を上げた。

あれだけ高度なテクロノジーを持った国だ、それも仕方のないことだろう、と涼馬は考える。歩いていると、目当ての店を見つけたので、涼馬は躊躇いなく中に入る。


錆びれた看板にはイスカン帝国の言語で煙草屋、と書かれていた。


「はいよいらっしゃい」


店に入ると、テレビを見ていた婆さんがやる気の無さそうに声を上げる。薄汚れた店内はヤニ臭く、お世辞にも繁盛しているとは思えない。婆さんを挟んで置かれたショーケースの中に見本の箱と一ダースあたりの値段が手書きで書かれていた。


(……知らん銘柄ばかりだ)

 

ショーケースの中のパッケージはほとんどが見たことのないもので、涼馬はここでも今いる場所が自分の知っている時代の世界ではないのだと再確認させられる。気分転換でやってきたのにこれでは逆効果だ。

涼馬は踵を返そうとする。しかしそのとき、端に置いてある見知った銘柄を見て眉を上げた。そして、自嘲気味に笑う。


(よりによって、この銘柄が残ってるとはな……)


俺は婆さんにその銘柄を注文する。


「――PEACE(ピース)を一ダース。あとライターも」


「はいよ。――アンタ、若そうなのに随分古い銘柄の吸うね。こりゃアタシが生まれる前からある煙草だよ」


「……ええ、よく知っています」


代金を渡すと、婆さんは、あまり吸いすぎるんじゃないよ、と言って袋を渡してきた。店が繁盛しないのはこの婆さんのせいかもな、と苦笑する。


涼馬は帰り道、早速箱から一本取りだす。火を点け、鼻腔をくすぐる懐かしい匂いに、少し落ち着いた。灰を路上に落としながら、これからのことを考える。

この世界を壊してほしい。この体の持ち主であった少年、バゼット・ジュールはそう言った。彼はこの世界に疎い涼馬に懇切丁寧に色々と書き置きしていったが、結局自分の事については一切触れなかった。彼がなぜ世界を壊すなどと考えるようになったのか、地下の武器弾薬や、巨大なロボット――エンドエイプという兵器らしい――カリラを造ったとは、彼は何者だったのか、など、彼が近くの高校に通う学生という以外、その家族に至るまで何も分からないままだった。これは生活していくうえで地道に情報を集めるしかない。


今日だけで、涼馬を取り巻く環境はあっという間に変わってしまった。己の死、転生、巨大な兵器。しかし、そんな中でも涼馬はそれほど悲嘆していなかった。むしろ、バゼット・ジュールとして、これから始まる第二の人生に少しの高揚もしていた。

これで、奴らへ落とし前をつけることが出来る。


「そのためにも、まずはこの身体からどうにかしないとな……」


涼馬は、眼下に映る、脆弱を通り越して病的な自分の体を見下ろす。煙草もしばらくはやめだ。この時代の治安は涼馬が生きていた頃より格段に悪いと言うし、とりあえずは体を昔のように動かせるくらいまで鍛えよう。


どこか遠くで銃声が鳴る。それに次ぐ怒号と悲鳴。それに少年は怯えもせず、むしろ懐かしさすら感じながら、煙草の煙を曇らせ夜の闇へと消えていった。


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