座する巨人
「……ッ!」
目を覚ますと見慣れない天井が見えた。無機質なクリーム色の壁に暖かみのない蛍光灯の光。コッチコッチと秒針の動く音だけが部屋に響く。
自分がベッドにいると気づいた涼馬は、ゆっくりと体を起こす。妙な違和感。自分の記憶の最後と今の置かれている状況がどうにもつながらない。
「あの時、俺はロボットに撃たれた……だとすれば、ここは病院か?」
病院、と言う割には殺風景な場所だった。部屋にはベッドの他に、タンス、布の掛けられた家具、そして小さな机が一つだけ。
そこで、机の上に一枚の便せんが置いてあることに気づいた。近づいていき、それを手に取ると、文面には見たことのない文字が書かれている。だが何故か、その見たことのない文字を涼馬は苦も無く読む事ができた。おまけに意味までも正確に理解出来る。
「……『親愛なる今の僕へ』?」
文面を読み上げるとそのように書いてあった。奇妙な文面に惹かれ、涼馬はゆっくりと便せんの封を開ける。
中には育ちの良さが分かるような綺麗な字で、何枚かの手紙が入っていた。その中で一番上にあった手紙を読み上げていく。
『初めまして、新しい「僕」。僕の名前はバゼット・ジュール。今、君は突然の事態に混乱しているだろう。君の最期の記憶はおそらく自分の死の間際の情景だろうからね。
時間も限られているし単刀直入に言うよ。君の最期の記憶。そこで君は死んだ。今の君は、僕がある方法を用いて、僕の肉体に憑依させたからなんだ』
「……」
導入部から語られた、あまりの突拍子の無い話に、涼馬は顔を顰め、反射的にポケットから煙草をまさぐる。しかし、煙草はおろか、ライター一つすら見つからず、思わず舌打ちする。
諦めて涼馬はそのまま続きを読み進める。
『君の常識では信じられないことだと思う。実際、今の時代のこの世界でも、この話を信じる者は、裏世界に精通した者か、もしくは他人を信じやすい只の愚か者のどちらかだろう。ただ、君は現に今この事象を体験している。この後すぐに、これが現実だという事の証拠も提示する。それらを踏まえて君が僕の言った事を信じたとして話を進めるよ。なにせ君に問いかけることも出来ないからね。
話を戻そう。僕は、そのある方法で自分の魂の消滅と引き換えに、君の魂を過去から現在へと召喚し、僕という中身が無くなって器だけとなった僕の肉体に憑依させた。その証拠に、気付いてるかな? 君の今の身体――以前の肉体とは大きくかけ離れたもののはずだ』
「なっ!?」
そこまで読んで、涼馬は初めて手紙を掴んでいる手に目を向けた。
そこに見えたのは、見慣れたごつごつした大きな手では無く、枯れ枝のような細い指と、不健康そうな青白い肌の手だった。
「まさか……」
ここに来てから一番の驚きが涼馬を襲う。
『今の君は、僕がある方法を用いて、僕の肉体に憑依させたからなんだ』
先ほどの冗談のような手紙の一文が、頭の中を駆け抜ける。まさか、あれは現実に起こっていることだというのか。
そこまで考えて、涼馬はこの部屋に布の掛けられていた家具のことを思い出した。あの長方形の薄い形状。おそらくは姿見の類だろう。
「……どのみちこれでハッキリする」
意を決した涼馬は、ゆっくりとそこまで歩いて行くと、掛けられていた布を一気に取り払った。
「……嘘だろ?」
果たして、鏡に写っていたのは、見たこともない病的なまでに痩せすぎの、高校生くらいの少年だった。
鏡の中で顔を強張らせてこちらを見る少年は、病的なほどにボロボロだった。
身体は、全体的に枯れ木のように細く、太陽を全く浴びてないであろう不健康そうな青白い肌が、彼の枯れたような印象をより強くさせる。顔は比較的端正な造りだが、不摂生のせいか、カサカサの肌、ひび割れた唇、落ちくぼんだ眼窩などがそれらの魅力を全て失わせ、手入れの施されていない荒れ放題の金髪が、少年の荒んだ印象をより一層際立たせている。
「これが、俺……?」
動揺を隠せない。目の前の事が信じられず、足元がガラガラと崩れていくような心細い錯覚を覚える。
「……ッ!」
動揺する心を落ち着かせる。俺もガキじゃない。まずは何よりも情報だ。涼馬は机まで戻ると深呼吸し、再び手紙の続きを読み始める。
『どう? 少しは信じてくれるようになったかな? 僕の肉体の脆弱さについては申し訳ない。生憎インドアな生活が続いて身体はもうボロボロなんだ。まあ3ヶ月ほどまともに日光を浴びていないだけだから、一週間くらい南の国でバカンスでも行って来れば、体については人並みに戻ると思うよ』
ふざけた餓鬼だ、と涼馬は内心思う。自分の体を他の奴らに明け渡したり、この手紙の淡々とした文面といい、このバゼットという少年がどれだけ歪んでいたかが伝わってくる。
『まあ、身体についてはそっちでなんとかしてもらうとして、本題だ。何故僕がこんなことをしたのか、君は不思議に思っていると思う。けど僕の望みは単純だ。
――この世界を壊してほしい。完膚なきまでに。それが僕の望みさ』
「……ぶっ壊れてやがる」
涼馬は思ったことをそのまま口に出す。先ほど抱いたこの少年への印象をより強くした。そしてその次に掛かれていた一文を読むと、涼馬はその部屋を後にした。
文面にはこう書かれてあった。『そのための力も用意した。次の所に移動して』
手紙に記された通りに移動した場所はこの家の巨大な地下室だった。ここまで来るまでにこの家が所謂豪邸と呼ばれる物だという事は分かっていたが、まさかこんなシェルターみたいな地下室まであったとは。
地下室はまるで秘密の研究所だ。見慣れない大層な電子機器がいくつも並び、あちこちには巨大な木箱がいくつも置いてある。
そしてその奥に、目的のソレは鎮座していた。
「……これは、あの時の……」
それは、涼馬が死の間際に出会ったモノの同種。漆黒なカラーリングに腰には拳銃。
大きさも同じくらいだが、あの時のロボットとの違いはスリムな姿、そして方に斜め掛けで掛けられている、巨大な刀。
文面の最後は、こう締めくくられていた。
『現在、第三世代の復旧で、最前線からお払い箱になってきてる第二世代ノームを僕なりに改良して造ったエンドエイプ――カリラだ』
座した巨人は、静かにその時を待っていた。