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『 ウルクアレク 』  作者: かえる
【 ライフ・イズ・マネー、「手招きドラゴン」のお話 】
9/14

9 給仕の朝

            ※



 プジョーニの街中を日暮れグマが彷徨うこともなく迎えた『木の日』。

 外で早朝の清々しい光を浴びる小鳥達がさえずっている頃、ぱんだ亭の手狭な屋根裏部屋では年頃の娘が寝床を襲われていた。

 小さな窓から射し込む明かりから、花瓶に生けられた花の名を知ることができるものの、未だ木造りの部屋は薄暗く、肩当てから垂らす黒いマントも相まってか、佇む影の怪しさを更に強めた。


「がるるるるるるるるう」


 爽やかな空気を淀ませるような怒気を孕む獣の如き唸り声。

 それでも人であることに違いない髪がボサボサ風味の男を、髪をクシャクシャにするエリが寝具の上で上体を起こし、ぼーっと寝ぼけ眼で眺めていた。

 エリが玉子のような曲線で縁取られた顔を目の前の相手と向き合わして束の間、普段の朝より随分ずいぶんと早い朝に目覚めていることに気づく間もなく、そこにあった目が丸くなる。


「あわわわ、ア、アレクがなんでっ、キャアアアっ、いやあああ、キャアアアアアア、きゃいたっ」


「ええいっ、朝っぱらから金切り声を出すなっ。頭がズキズキするだろうがっ」


 外の小鳥を一斉に羽ばたかせた悲鳴は、乙女の方が頭を痛めることでの鳴り止む。


「なんで。どうして、私がブたれるのお……」


「お前は自業自得と言う言葉を知らんのかっ。ただでさえ気分が優れぬ俺の鼻先で、突然キャアキャアうるさくするからだっ」


「だってだって私っ、私――服着てないんだよっ」


 頬と耳をみるみるうちに赤く染めたエリは、床に落ちていた毛布をさっと拾うと、惜しみなく露わになるきめ細やかな肌を隠すように胸元までたぐり寄せた。

 そう日に焼ける機会もないだろう白い二の腕を強張らせ、ぎゅっと抱え込む毛布の裾からは、ぺたんと座る柔らかな脚線が垣間見える。


「お前は何を言っている。ペラっペラで透けそうな貧弱極まりない布だが、服なら着ているだろう。……うーむ。馬鹿と言うよりアレだな、クサコだけにやはり脳みそが腐っているのやもしれん。何かとキモいヤツだ」


「うう、下着姿見られただけじゃなくて平然とヒドいこと言われているよう……なんかいろいろ泣けてくるよう」


「まあ元々クサコだしな。多少腐っていても問題あるまい。おい、いつまでボサっとしているつもりだ。俺を待たせるんじゃない。さっさとゆくぞっ」


 エリの嘆きを掻き消し、アレクが羽織るマントを翻す。


「なんでアレクが私の部屋……そっか、昨日お店で酔いつぶれたままだったんだっけ――、ほえ? 行く……行くって何?」


 恥じらう仕草のままブツブツと文句を垂れるエリが疑問を口にすると、再び戦士のマントがバサッと音を立てた。

 射し込む光が振り返るアレクの顔を照らせば、不敵な笑みの中にあって瞳が子供のような煌めきを発していた。


「決まっているであろう。これから俺とお前は、三〇〇〇万ルネのドラゴン退治にゆくのだ」









「お客さんの話だと二、三日はかかるって話だったし、往復だと……はうう、絶対怒られるよう、ヨーコさんに怒られるよう」


 御者台の人間からしかめっ面で手綱を引かれ続け半日程になるが、二頭の馬達は文句も言わず、淡々と一面の草原地帯を横断する踏み固められた土の道を北へ向けて進んだ。

 若草色の給仕服を身に纏うエリと、その後ろでふんぞり返る革の軽防具で身を固めるアレクを乗せた荷馬車の目的地は、魔晶石の街クリスタである。


 クリスタへはプジョーニの街から延びる北街道に沿って、途中にある王都ルネスブルグへの道へ曲がらず真っ直ぐ北へ行けば辿り着ける。

 単純な道のりであるが、道中は森を通る場所もあり、大陸の深い森には豊富な自然の恵みと多くの動物が暮らすだけあって、餌となるそれらを求めるモンスターの数も増す。

 護衛を雇い危険に備える者や森を避け迂回する者など、旅をする者の判断でまちまちではあるのだが、プジョーニからならば最短でも馬車で二日程の時間が必要であろう。


「戻りたければ戻っていいぞ。その代わりクサコのお陰で三〇〇〇万を手にできない俺は、ムカつくからヨーコの店で暴れる。今朝お前がウジウジしていた時以上に俺が本気で暴れれば、ヨーコの店の風通しがかなり良くなるぞ。それでも構わんのだな」


 帆布を張る荷台からの脅しに御者台からエリが振り向く。見せる表情は諦めが読めるものだった。


「それとお前がヨーコから怒られるなどという、どうでもいい話はもうするな。いい加減鬱陶うっとうしくて敵わん」


「ど、どうでも良くないよっ。私クビになるかもなんだよ!? ううん、勝手に数日もお店をサボるんだからきっとクビだよ……はあ、どうしよう、ねえ、ほんとどうしよう?」


「俺が知るか」


 つまらなそうに言い放つアレクに対し、オロオロとしていたエリが目を横に細くする。


「私がお給金貰えないと、アレクも困るんだよ。二万ルネどうするの」


「ぬ、言われればそうだな……。しかし、クサコがヨーコから怒られるのはクサコの問題なので俺には関係ない。お前がどうにかしろ。どうにして金だけは俺に払え」


「原因がアレクなんだから関係あるんだよう……もうっ、なんで私を連れて行くのお……アレクが一人で行けばいいのにって思いますう」


「その言い草はなんだ。お前は俺の馬車係だろうがっ」


「私ハナコとハナゾーの世話はしているけど、アレクの馬車係じゃ、あう、待って待ってっ、剣で叩くのはやめてよう」


 エリは身を屈めるようにして頭を守る。


「ふん。無駄口を叩く暇があるのなら、とっととクリスタへ向かえ」


 ロングソードの握りから手を離せば、アレクは荷台いっぱいに四肢を広げ、ゴロンと横になった。

 人の話し声が途絶えようとも荷馬車を引く二頭の馬達はカパラカパラと硬い土を蹴り続けた。

 そうして上空の太陽が傾き空が茜色に染まる頃になると、プジョーニから旅だった荷馬車は、草原地帯から鬱蒼うっそうとした森へと移り変わる場所に差し掛かっていた。


「うーむ、揺れてないな」


 荷台の中、むくりと身を起こして腹の辺りを擦ったアレクが、帆布に覆われていない面から顔を出し周りをうかがう。

 荷馬車は生い茂る木々の側でその車輪を止めており、二頭の馬が繋ぎ留められていた。

 御者台に座っていた者の姿はなかったが、荷台を降りて腕組みをするアレクの目は森の方からうんしょうんしょと重たそうに木の桶を運んでくる人影を捉えていた。


「おいクサコ、何をしている」


「あはは……アレク起きてたんだ。ええとね、少し先に泉があってね。よいしょっと。ハナコとハナゾーに飲ませようと思って」


 エリが地面へと置いた桶に馬達が首を突っ込む。


「ハナコとハナゾーに水を飲ませようとしているのは見れば分かる。俺はお前に何をこんな所でのんびりしていると聞いているのだ」


「のんびりというか、もう日も落ち始めているし、この先は森を抜けないといけないから、今日はここで夜を明かそうと思うの」


「ふむ。そういうことか。夜はモンスターどもが凶暴になるからな。クサコにしてはマトモなことを言えているようにも思える。だがしかーし、夜だろうと何匹襲って来ようとも森のモンスターなんぞ俺にとっては雑魚だ。森だろうと雑な魚で雑魚だ。気にせず先へ進め」


「うう、やっぱりそんな感じだよね……。ううんとね、アレクがすんごい強いのは知っているから心配はしてないの。でもハナコとハナゾーはアレクと違って普通のお馬さんだから危ないし、一日中走ったから休ませないといけないし」


 馬のたてがみを撫でながらエリが優しい口調で語ると、アレクの腰に下がるロングソードが抜身となった。


「待って、アレク待ってっ。お馬さんと比べたのはゴメンなさい――じゃなくて、ええと、魔晶ランプの明かりがあっても夜の森はものすごく暗いから、私じゃ馬車を沼にハメたり、くぼみで車輪をダメにしたりすると思うの。あと迷子になったり、いろいろ危ないのっ」


「黙れ、クサコ」


 鋭い目つきとなったアレクが大きく振りかぶる。

 次の瞬間、短い『ふんっ』の掛け声とともに振り下ろされた手からロングソードが矢のような勢いで放たれ、エリの横面をかすめた。

 風が吹き抜けた側の頬に手を当てるエリの横をアレクがのしのしと歩いて行き、ロングソードが消えた森の方へと踏み入ってゆく。


 アレクが木々にその姿を隠すことしばらく、何事が起きたのかといった様子で眺めていたエリの向こうに、ロングソードを肩へ担ぎ、担ぐそこに寸胴の体から短い手足を伸ばす一匹の獣を串刺しにするアレクが現れた。


「ううんと、イノブタだよね……それ」


「お前が騒ぐから危うく逃してしまうところだったぞ」


 運ばれて来た野生のイノブタがエリの足元へ横たわると、得意気なアレクの腹辺りからぐう、と音が鳴った。


「昼飯を食べるのを忘れていた俺は、とても腹が減っていたことを思い出した。まずはコイツで飯を作れ」






 辺りがすっかり暗くなり、街とは一味違う静けさが訪れる木々が囲む場所にて、エリ達はパチパチと火の粉を舞い上がらせる焚き火で明かりを灯す。

 イノブタが焼かれ食欲を誘う脂の匂いが漂うそこでは、胡座あぐらをかくアレクが上機嫌で骨付き肉を千切るようにして食らう。

 隣ではエリが木桶をひっくり返した即席の椅子に腰掛け、皿の上から切り取った肉を摘む。


「お肉、おいしいね」


 野生のイノブタならでの脂の旨味だからなのか、それとも食事を分けてくれるよう旅の同伴者へべそをかきながら懇願し続けたり、慣れないおべっかを使うなどして勝ち取った品への感慨がそうさせるのか。ハフハフと熱そうに肉を頬張るエリの顔は緩むばかりだった。


「俺が仕留めたイノブタだからな。旨くて当然だろう」


「誰が捕まえても味は変わらないと思うんだけれどなあ……でも、アレクってすごいよ。剣をナイフ投げみたいにびゅーって投げて、イノブタを仕留めちゃうんだもん」


「おいクサコ。ビューではないズバっ――だ。そして、俺の必殺ソード飛ばしをそんじょそこらのレンジャーどもが使う小手先の技と一緒にするな」


「違いがよく分からないんだけど」


 あはは……と、ぎこちない笑いを付けたエリ。


「俺の必殺ソード飛ばしは、いつぞやの銃を持つキモい髭との戦いの末、俺が閃き編み出したとっておきの攻撃技だ」


「そ、そうなんだ。そういう違いなんだね……あっ、飛び道具対策ってことだよね!? そうだよね。へえ~」


「何がへえーだ。間抜け面をこっちへ向けるな」


「この顔は感心してる顔だよ。アレクってちゃんと戦士っぽいことも考えてるんだうっ」


 エリの頭が仰け反る。肉を付けない骨だけになったイノブタの骨が飛来し、エリの額を襲っていた。


「なんとなくだが、クサコが俺を馬鹿にする気配を感じた。今回は骨飛ばしだけで勘弁してやるから、俺を褒め称える話か、もっと俺の役に立つ話をしろ」


「うう、本当に感心してたのに……」


「また投げつけられたいようだな」


「食べ物を粗末にしちゃダメなんだよ。モッタイナイお化けが枕元に立つって教会の教えにも――あっ、そうだ」


 手元にあった皿を頭の前で持ち、飛んでくる骨を避けようとしていたエリが、何やら思いつきましたとばかりに声を張る。


「ねえねえアレク、盾は? 盾って役に立たないの?」


「ぬう、盾か。確かに投げれば風に乗りよく飛びそうではあるな。だが、邪魔臭そうだから俺に盾はいらん」


「そ……だね。投げるつもりならいらないね……。じゃあじゃあ、鎧を変えるのは? アレクも騎士さんみたいに鋼の鎧を着るの。きっと鉄砲だって大丈夫だよ」


「金属の鎧はガシャガシャとうるさいからな。だが、クサコのくせになかなか良いところを気がついた」


 アレクがおもむろに立ちあがり、バサリ、バサリと羽織る黒きマントを幾度か翻す。

 肩から垂らされる丈夫そうな生地。どこか気品も感じるその裏地は落ち着いた赤色で、縁取るようにさり気ない草花の飾り模様が描かれていた。


「革の鎧ではどうにもこのマントに見劣りする。やはりここはビカビカっと銀色に光る鋼の鎧が俺のような品のある戦士には相応しかろう。ライトアーマーくらいなら身に付けてもやっても構わんな」


 バサバサ、バサバサ。

 焚き火の炎を揺らしながら、これ見よがしの舞いが繰り返される。


「ええと、その……カッコいいね。お気に入りなの?」


 牙のある満面の笑みが、エリへと向けられた。


「そうかそうか、お前もカッコいいと思うか。うむ、気に入っていると言えば、なかなかに気に入っているぞ。ただクサコよ。勘違いはするな。このカッコいいマントは俺だから着こなせているのだ。俺が羽織るからカッコいいのだ」


「ううんと、ええと、なんかアレクに合わせて仕立てたみたいにピッタリだよね」


 エリはアレクの『俺だから』を肯定せずとも、身の丈に合った品であることは告げた。

 それから、目を皿のようにする。

 飽きることなく、子供が宝物を自慢するような態度のアレクがひけらかし続けるマントの裏地に織り込まれる特殊な文字。


「ええ!? うそうそ。ねえアレク、マントの裏の文字って魔法文字、マジックスペルだよね? だよねっ」


「クサコは俺がウイザードに見えるか。俺が知るわけがなかろう。これはアレだ、裏地だから見えないお洒落と言うヤツだ。つまりお洒落文字だな」


「綺麗に織り込まれているから、ほんとお洒落文字だね、じゃないよう。マジックスペルだよっ。私マジックスペル見たことあるもん」


 興奮気味のエリがマント目掛け駆け寄り、前かがみになりながらその裾を掴む。

 手の平で生地の感触を確かめるように擦り、指先で刺繍されたような金色の文字をなぞるエリは頬擦りでもしかねない勢いであった。


「こら、勝手にペタペタと。俺の素晴らしくカッチョいいマントに手垢をつけるんじゃない」


「私、魔法付加のマントなんて初めて見た。なんかすごいなあ……。ヨーコさんが錆びない包丁でも、売値が普通の物の十倍くらいするから買えないって言ってたくらいだし、とんでもなく高かいんだろなあ……」


 持ち主からの苦言にも動じず、エリが珍しそうに眺める戦士のマントは、彼女の見立て通り魔法付加が施されたマントであった。

 大陸の人間社会にいて魔法付加が意味するところは、物質へ魔法による効果を持たせること。

 人は魔の者と違い魔法の根源たる魔力を取り込むことができない。ゆえに『魔法文字=マジックスペル』と呼ばれる特殊な言葉やいんを駆使し、その力を発現させる。

 ぱんだ亭の店主が欲しがる錆びない包丁は、刃物として加工する際に、”さびを寄せ付けない魔法”の術式を刀身へ刻み込んだ物である。


 同じ魔法効果を持つ物として、魔力そのものを宿す鉱石を利用する魔晶石アイテムがあるが、比べるまでもなく、魔法付加アイテムの価値は数段高い。

 魔法付加の技術は魔晶石を媒体とするそれよりも非常に高い知識と能力を必要とする為、扱えるウイザードが少なく、そのことから限られた数しか世に出回らず、希少性が生まれてしまうのだ。

 そして、この魔法付加アイテムは魔法の効果だけでなく、付加対象が金属であるか否かでも価値が激変する。

 魔力は鉱物との相性が良い。

 魔法付加の中でも容易とされるのは金属への付加であり、大陸に現存する魔法付加アイテムの多くは金属製品で占められていた。


「ふむ。とんでもなく高いか。クサコよ。お前がこのマントに値をつけるとしたらいくらだ」


 問うアレクは肩を使い、ぐいっとマントを引っ張る。

 マントを手放すエリが、折っていた腰を伸ばす。


「……アレクがそのマントをいくらで買ったのか当ててみろってこと?」


「まあそんなところだ」


「自慢したいんだあ……。ええでも、分かんないよう。私装備品の相場とか知らないもん。それにマジックスペルだっていうのは分かるけれど、どういった魔法効果があるのかまでは分かんないし」


「大体でいい。答えろ」


「当たったら何か貰えたりするの? う……んとお、『疾風のハチマキ』が落札された時の話を参考にするとお、百……ううん、マントだしもっと高いのかなあ」


「もたもたするな。さっさと金額を言え」


 腕を組むアレクが急かすようにして、硬い戦士靴の裏でパタパタと地面を叩く。


「じゃあっ、思い切ってニ〇〇万ルネで。あっ止まった……、はっ、もしかして大当たり!? そんなにしたのこれ!?」


「くくくっ。そうかそうか、ニ〇〇万ルネはくだらないのだな」


 足の動きをぴたりと止めていたアレクが俯き加減でつぶやけば、後には、ぐわっと起き上がる目尻を下げた顔があり、大きな笑い声が夜空の星へ向かって飛んで行くのである。


「だあははははははっ、まさかヨーコがこんな高級品を隠し持っていようとはな。俺に三〇〇〇万の褒賞金を隠していただけのことはある。……ぬふふ、空の木箱を見た時の唖然としている姿が目に浮かぶわっ。だははは、いい気味だ」


「ヨーコさん? ……はっ、もしかしてそのマント!」


「ぬ、なんだその顔は。いや待て。確かクサコの間抜け面は感心している時だったか」


「全然違うよっ。この顔は軽蔑してる時の顔なんだからっ。私なんとなく分かったんだから。アレク、そのマントお店から盗んだんじゃないのっ。ヨーコさんの物を勝手に持ち出して来たんじゃないのっ。泥棒したんじゃないのっ」


 下方から迫るエリの剣幕に、アレクがたじろぐ様子を見せる。


「ガミガミとうるさいっ。クサコ風情が生意気だぞ。いいか、これは盗んだ物ではない、拾った物だ。俺は戦士であり冒険者だ。冒険者はモンスター退治だけでなく宝探しもする。ダンジョンで宝箱を見つければ中身を頂く」


「ああ、なんか話を逸らして誤魔化そうとしてるっ。もうっ、ぶうぶうだよ、ぶうぶう。あいたっ」


「ブタキツネのマネはイラつくからヤメろ」


 栗色の頭が小突かれるとぷう、と膨らんでいたエリの頬がしゅぼ、とすぼむ。


「それと俺の話はまだ途中だ。最後までちゃんと聞きもせず、横から口を挟んだくせに誤魔化しなどと決めつけるなっ」


「うう、どうしよう。アレクなのに、アレクからちゃんとしたことで叱られた気がする……」


「うぬ、またか。忙しいヤツだな。今度の顔はなんの顔だ」


「……話の邪魔をしたのはごめんなさい……の顔です」


 つい今しがたまでの勢いはどこへやら。消沈する有り様で謝罪がなされた。


「そうか。俺は常に寛大な男だ。一度の愚かさくらいは許してやろう。次は無いからな、続きは耳の穴をかっぽじって聞け」


 アレクの胸元近くにあったつむじを晒す頭がすう、と離れる。


「今朝のことだ。ヨーコの店で目覚めた俺は、いつかの仕返しのチャンスだと思い、砂糖と塩を入れ替えてやろうと調理場を物色した。するとどうだ、棚の奥からいかにも大切に仕舞う木箱が出て来たではないか。パカっと開けてみれば、このマントが入っていた。無論見つけたのは俺なのだから、これは俺のマントだ」


「お店はダンジョンじゃないよう、お店に宝箱は置いてないよう……」


 身長差ゆえに見上げる格好になるエリの、相手を見つめる瞳はどことなく悲しげな色を宿していた。


「ヨーコの店がダンジョンでないことくらい言われんでもわかっている。クサコにでも理解できるよう、トレジャーハントに例えて話をしたまでだ。そもそも、ただの飯係であるヨーコにこのマントは必要ない。まさしく宝の持ち腐れ。ゆえに俺が貰ってやったのだ」


「ねえ返そうよう。こんな高い物、ヨーコさん可哀想だよう。ねえっ、ねえっ」


「だああっ、バシバシ引っ張るな。破けたらどうする」


 剥ぎ取らんばかりにマントを引っ張り、アレクの肩を大きく揺らすエリだったが、襟首を掴まれあえなく土の大地へと放らてしまう。


「これはもう俺の物だ。欲しければ力づくで俺を倒して奪うか、このマントに見合うだけの金を払え」


 尻餅をつく小柄な体は健康だけが取り柄。硬貨を入れる巾着袋にはお守りが一つあるだけ。

 どちらの条件も満たせないそうにないエリは、すくっと立ち上がり、ぱんぱんと給仕服のスカートにつく土を払うことで、戦士が羽織るマントの話を切り上げるのであった。






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