7 始まり
なだらかな地形が色濃くなった道沿いには低い背丈の茂みが並ぶ。
人の肌を少しだけ冷やす夜の風が吹き抜けた街道に人の行き来はなく、ぽつんと西へ進む魔晶ランプの明かりがあるだけであった。
カラカラ、ガラガラ。
道に残る轍をなぞる元奴隷商の馬車は、順調にその車輪を回す。
二頭の馬の手綱を預かる顔に白さを取り戻すエリの後ろでは、荷車を独り占めするアレクが得意気な顔で講釈を垂れていた。
「自衛団のどいつかが馬車は東へと向かった言っていたからな。だがしかーし、髭面どもが山道を越えて先の街や村に向うことはあり得ないっ。……おいクサコ、何をボーっとしている」
「ほえ? ボーっとはしてないよ。ちゃんとお馬さんを真っ直ぐ走、らいたっ。なんでおでこに指ピンするのお。……アレクのすんごい痛いんだよ」
「ええ、髭面どもは山道を越えらないんですか? とお前が驚いて、俺へ聞き返す番だろうがっ。どうしてあいつらの居場所が分かったのか、お前が俺に尋ねたのだぞっ」
「ううんと、そうなんだけど……はふう。ええ!? どうして、奴隷商は山道を越えらないんですか」
エリは赤味を帯びる額をすりすり擦り、後ろからの台本通りに問うた。
「なんだ、クサコは日暮れグマが夜行性というのを知らんのか。夜の山にはアイツらがわんさかいるからな。髭面ども如きでは、山道を越えられんのだ。そんなこともわからんとは情けないヤツめ。だはははは」
痛快と言わんばかりに尖る歯を見せるアレクの頭の中では、半壊したカウンターにて喋るぱんだ亭店主ヨーコの姿があった。
ヨーコは奴隷商が東へ向かったこと。夜間の山道を避けるためどこかで一夜を過ごすだろうこと。追われる者に働く身を隠そうとする心理などの条件から、エリが見張り塔で軟禁されている可能性が高いとアレクに伝えていた。
「――昔はあの塔を冒険者の避難場所に使っていたらしいからな。もうあそこしか考えられんというわけだ」
「そうかあ……なるほど。アレクって意外と物知りなんだね」
「当然だろう。剣の腕だけでなく頭もキレる男が俺だからな。意外と物を知っている。ぬ? 待て。意外とはなんだ、このっ」
今度は分厚い手の平でバシリと後頭部を叩かれたエリであったが。
「お前……、殴られてニヤけるとはキモち悪いヤツだな。アレか。クサコは変態というヤツだったか」
「違うよ、私変態じゃないよ。違うの。ええとね、なんかプジョーニの街の明かりが見えてきたら、ちょっと嬉しくなってそれで。えへへ」
家路を急ぐ馬車の先、薄暗い景色に仄かな火の色が集まっていた。
「喜んでいるのだから、やはり変態だろう。まあクサコの変態性など、どうでもいい。クサコは俺にまた一万ルネの借りを作ったのだからな。しっかり払えよ。それまで逃しはせんからな」
「うう、変態違うのに……でも、逃げたりはしないよ。明日もお仕事しないといけなし、ヨーコさんからお給金もらったらちゃんと、あれ? また……またって?」
「さっき俺は髭面どもをぶっ飛ばした。するとまたクサコがついてきた。つまり俺はまたクサコを助けてしまったようだ。仕方がないので、クサコからはまたルネ巻き上げなければいけない」
エリの顔がきょとんとしたものから、はっとなれば、そこにあった唇がみゅうっと突き出すようにして伸びる。
「俺は時に優しさを見せる男だからな。いつかの時と同じ額にしておいてやったぞ。ありがたく思えよ。だはははっ」
カラカラ、ガラガラ。ケラケラ。
愉快な笑い声を乗せた馬車が夜の街道を通り、少女を帰るべき場所へと送るのであった。
読んで頂きありがとうございました。
次のお話からは、予定ですけれども
魔法やドラゴン。勇者や魔王、ギルドとモンスター、そしてエトセトラ。
といった異世界情緒溢れる内容を考えています。
お付き合いして頂けましたら嬉しい限りです。