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『 ウルクアレク 』  作者: かえる
【 金の切れ目が縁の繋がり目、「ウーシーカンパニー」のお話 】
3/14

3 ガンスでザンス

            ※



 世界を創造した神アマンテラスが、太陽が昇り沈む一日に意味を与え、一定の周期からなるこよみを創ったとされる。

 その暦で四百年ほど前、大陸では人間と魔族による大規模な争いがあった。

 大陸各地には長い年月が経った今でも、戦争の残り火である石造りの城壁後や見張り塔などが、点在している。

 人間と魔族、双方の命を多く散らした苛烈な戦いが終戦となる頃、人間の王ルネスブルグは生き残った人々を集い国を再建した。これを紀元とし、創世神アマンテラスが創りたもうた暦とは別の、大陸では人の歴史を刻む王暦おうれきが生まれる。


 そして現在、王暦三八七年。

 大陸西側が程よい暖かさに恵まれるネコの月。

 エリがヨーコの店ぱんだ亭で働き始めて一週間が経ち、二度目の『水の日』が巡って来た今夜も酒場は盛況であった。


「お待たせしました。ご注文のイノブタの鉄板焼きと葡萄酒ぶどうしゅのおかわりです」


 顎先をくすぐる長さのあった茶色い髪を後ろで縛りるエリは、注文された品をテーブルにことり置き、お辞儀をすると若草色の上衣とスカートが一続きなったフリルのつくエプロンドレスの裾をひるがえして、店主ヨーコが待つカウンターへ舞い戻る。

 厨房を兼ねるカウンターでは、料理皿に添え物をする店主ヨーコとカウンター席の男性が話す。


「しかしヨーコさん。ウルクも珍しくいい仕事したねえ。新しい子エリちゃんだっけ。よく働くようだし、愛嬌あいきょうもあっていいし、いい娘を連れて来たじゃないか」


「確かにいい娘だよ。よく動いてくれているね。ついでによく皿も割るさね」


「えへへ、すみません」


 店の常連客とヨーコの間に、バツの悪そうなエリの声が加わる。


「戻ったかい。じゃあエリー。次はこの料理をあっちのテーブルへお願い」


「わかりましたのです」


 元気な返事とともに、料理は運ばれて行く。






 酒飲み達からの注文が一段落したぱんだ亭に、細い目を丸くする店主がいた。

 カウンターの中で壁を背に一息つくヨーコを、エリがきょとんとさせていたのである。


「エリー、いきなり何が『ありがとうございます』なんだい?」


「あの、改まって説明しようとしたら、恥ずかしくなってくる私なんですけれど。やっぱりヨーコさんにはお礼を言いたくて――」


 エリは照れ臭そうにうつむいた後、上げた顔で抱く気持ちを口にしていった。


 みなしごで教会からの施しを頼りに、住まう土地を移り変え暮らしてきたエリである。

 アレクが奴隷商の荷馬車を横転させたあの日、仮に他の捕まっていた娘達と一緒に逃げおおせていられたとしても、ふるさと呼べる場所を持たないエリは宛てなく彷徨さまようことしかできなかったであろう。


 エリはアレクと出遭ってしまったことは不運であるが、このぱんだ亭へ連れて来られことは、本当に幸運だったと思っていた。

 ぱんだ亭はお金を持たないエリにとって、これ以上ない待遇で迎え入れてくれた。

 店主のヨーコからは、手狭でも酒場の屋根裏部屋を貸し与えられ宿の心配がないばかりか、店の残り物で作った料理ではあるが食事も出る。


 そして何より、ぱんだ亭の店主ヨーコを始めプジョーニの街では奴隷へ対して偏見を抱く人が少なく思えた。

 自身が右手に焼き印を持つ以前から、大陸各地で奴隷の扱いを見て聞いて知っていたエリの見聞からすれば、ここプジョーニはかなり奴隷に優しい街だ。

 ヨーコの元で働くようになってからの、エリの日々には自由と充実があった。

 だから、エリはヨーコへの感謝を、ありがとうの言葉にしてどうしても伝えたかったのだろう。


「エリーがここを気に入ってくれてたんなら、それはそれで構わないって話だけさ。しっかり働いてくれているんだ。礼ならアタイが言わないといけないくらいだろうよ」


「お皿、よく割りますけれどね」


「あんまりドカドカ割るようだったら、給金から差し引くさね」


 言葉には嫌味のない笑みが添えられる。

 ヨーコの優しさと一緒になって微笑むエリは、形はどうあれ、自分を奴隷商から助け、ぱんだ亭で働けるようにしてくれたことへのお礼は言うべきだろうかと、アレクのことを考えていた。


 エリは酒場で働く傍ら、戦士アレクの噂を沢山耳にした。

 そのどれもが眉をひそめるような内容のもので、アレクがプジョーニの街でもっとも悪名高い有名人だと知る。

 しかし、アレクと付き合いのある店主ヨーコは、『馬鹿と包丁は使いようさね』と言い、モンスター討伐のたとえを挙げたりと、アレクを心底毛嫌いするような様子をエリに見せない。

 そして、横暴で迷惑千万で、けれどもその戦士としての強さは買われるアレクを、街の人達は時に『ウルク』と呼ぶ。


「あっ、ヨーコさん、そう言えばなんですけれど。いいですか」


「なんだい。お客で気になる男でもいたかい?」


「あはは、気にはなってましたね。でもでも、全然そう言うのじゃなくてですね。さっきの常連さんみたいに、アレクのこと”ウルク”って言う人がいますよね。なんでのかなあ……ってです」


「ああ、”ウルク”かい。元々あいつのことを揶揄してウルフアレクって呼んでいたのが、混ざって一緒になっちまったっていう、仕様もない理由さ。本人は伝説の動物、勇猛なウルフと一緒にされることを、自分を称えるもんだと思い違いしてるみたいだね」


「へえ……ウルフアレク、狼アレク、ああっ、あの牙みたいな歯があるからですね!」


「残念、ハズれだね」


「じゃあ、アレクが『わおーん』って鳴くから」


「あいつが鳴くとしたら、そんな可愛らしいもんじゃないだろうさね」


「ええっとお……うう、降参です」


 エリは閉じる瞼の裏で、幼い頃絵本で読んだ誰もが知る伝説上の生き物ウルフと、プジョーニで伝説級の逸話を持つアレクとを比べてみるが、牙のような歯以上の類似点を見つけることができなかった。


「なんでも東の果てで暮らす人達の間じゃ、こっちと違ってウルフは意地汚ならしい伝説の動物として語り継がれているらしくてね。そこじゃ、ウルフは強欲な奴なんかを皮肉る意味の言葉になるらしい。プジョーニで誰が言い始めたのか知れないけどさ、守銭奴のアレクにゃ、お似合いだろさね」


「なるほどお。守銭奴でウルクかあ。アレク、お金の執着がすんごいですもんね。……今日も来るのかなあ」


 カウンターからぱんだ亭の出入り口を見るエリは、当分先のまだもらっていない自分の給金目当で店へ訪れるアレクと、ほぼ毎日のように顔を合わせていた。


「商売人のアタイからすりゃ、守銭奴で何も悪いことはないんだけどさ、アレクのは変人だけあって、おかしなガメツサがあるもんだから、ちょいとばかし困りもんだねえ」


「ちょっとじゃないですよう。でも、アレクがルネにこだわるのって、お母

さんのためなんですよね。うう、奴隷をかじった私には複雑です」


 エリは道徳的観点もぜひこだわって欲しいと願ってから、酒樽から葡萄酒を取っ手のつく木樽のコップへぐヨーコに、にゅっと尖らす唇を向けた。

 守銭奴アレクがルネに執着する理由。

 アレク本人の口から聞いたわけではないが、エリは街の噂で聞く。


「エリー、それは”貴族に買われた奴隷の母親を高額のルネで取り戻す話”だね」


「はい。私と違って魔法誓約した奴隷のお母さんは、誓約書に従わないといけないから、大変ですよね」


 魔法誓約さえなければと、想像上のアレクの母親を想い、少しばかり心を切なくするエリが口にするこの『魔法誓約』は、ウイザードが魔法を行使するために行う誓約とは異なる。

 しかし、何もエリが誤用しているわけではない。

 魔力によって拘束力を持せた誓約並びに誓約書は、一般に広く魔法誓約と呼ばれていた。

 奴隷の場合、奴隷を売る奴隷商と買い手である客が取り交わす内容ものに、奴隷が従い魔法誓約するのが通例で、誓約をたがえた報いとして、魔法による奴隷の死が多い。


 一度買われた奴隷がこの魔法誓約から逃れるには、誓約相手の所持する誓約書に準じた誓約破棄の条項に則ることでしか方法がなく、エリの話にあったアレクの母親を例にとれば、高額のルネの支払いが誓約破棄には必要のようであった。


「実際、そうなら大変だろうさ。噂じゃ貴族様は街一つ買えるくらいの金額を、アレクにふっかけたってことになってるからね」


「ふええっ!?、街ですか、街っていくらするんですか!?」


 驚くエリの先で、葡萄酒を煽るヨーコがクスクスと笑う。


「ねえ、エリー。自分の母親が奴隷にしちゃ、アレクは奴隷商に無頓着じゃなかったかい?」


「はっ、言われてみればそうですね……。もしかして、奴隷のお母さんの話って嘘なんですか?」


「さあ、どうだろうね。ウルフアレクには”城を買う話”やら”教会へ寄付している話”、もっともらしいものから胡散臭いものまで、沢山あるからねえ」


 ヨーコの言葉に、エリの心の中は呆れによる感心で満たされていった。


「そういやあ、ルネを食ってるとかの話もあったね。アレクのあの馬鹿強さと頑丈さは、そこから来てるんだとさ」


「はい、はいっ。私、なんかその話が本当っぽい気がしますっ。アレク、ルネを食べないと生きていけないから、いつもお金お金言うんですよ、きっと」


 カウンターの中で、ぴょんぴょんと跳ね挙手をするエリが、”ルネを食ってる話”に一票を投じた――まさに、その時である。

 アーチ状の扉が乱暴に開き、酒飲み達で賑わう店内が普段と異なるざわつきを見せれば、空気が一変、静けに包まれた。

 ぱんだ亭に招かれざる客。


 エリよりも先に不穏な気配を感じ取っていた店主ヨーコの目は、数名の軽武装をした男達を捉えていた。

 戦闘を考慮した動き易い身なりに籠手こてを装備し、各々ショートソードなどの武器を所持する。

 旅の冒険者も訪れるぱんだ亭では珍しくもない客層であるが、来店した男達は武器を抜き、見せびらかすようにして刃物を光らすと、有無も言わさずテーブルに座る客らを立ち退かせ、店の中央にて陣取った。


「おう、悪いが今日はもう店じまいだ。客はささっとケえーんなっ」


 男達の一人、無精髭面の男が威圧するようにして声を張り上げる。


「ヨーコさん止めときなって。さっき連れの仲間に自衛団の人を呼んで来るように行かせたから。ね。怪我しちゃ、元も子もないから」


「アタイは大丈夫さね。ちょいとっ。どこのどちら様か知らないけどさ、店主の断りもなく勝手に店じまいだなんて、どういう了見さねっ」


 常連客からの忠告を後ろに、客の合間からつかつかと現れた店主ヨーコが気丈な態度で言えば、相対する無精髭の男がテーブルへガンっと武器を突き立てた。

 無精髭の男の威嚇に怯むことなく、ヨーコが今一歩前踏み込み睨み合う。

 そこへ、騒ぎを起こす男達とは異色をなす風体の男が、間を取り持つようにして歩み出てくる。

 男の髪は毛先がきっちりと切り揃えられており、男の口元にはにゅるんとした口髭。

 上下を同じ生地で仕立てた、最近王都ルネスブルグで流行っている『スーツ』と呼ばれる着衣に袖を通し、折り目がピシパシと入る、テカテカと光沢を帯びた紫色の衣服で身を飾っていた。


「そうですよ。そこの女店主が言うように、わざわざ店を閉じる必要もないざんす。女店主。心配しなくともワタクシ達の要件に手間は取らせないざんすから、安心するざんす」


「はん、どいつもこいつも舐め腐った態度だねえ。あんたが、こいつらの親玉かい」


「親玉とは、アナタはまたお下品な物言いをする女ざんすね。ワタクシはガンス。『ウーシーカンパニー』で代表を務めている社長ざんす」


「あらそうかい、育ちが良くて悪うございましたね。で、そのウーシーなんちゃらのザンス代表様は、アタイの店で何をなさるんだい。こっちとら忙しいんだっ、地上げなら他所でやって欲しいもんだねっ」


 ヨーコの怒号に口髭を摘むガンスは涼しい顔で応え、その視線はヨーコを飛び越え、店の奥、焼き印が刻まる手で長い棒切れを握る給仕の娘へと注がれていた。


「ザンスではなくガンスざんす。生憎、土地転がしは専門外。弊社は奴隷商を商いとしている会社ざんすよ」


 ニカリと笑うガンスに、ヨーコ、そしてヨーコを助けようと武器代わりに掃除用具を持つエリの顔が険しくなるのであった。




次回も読んで頂けましたら嬉しいです。

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