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『 ウルクアレク 』  作者: かえる
【 金の切れ目が縁の繋がり目、「ウーシーカンパニー」のお話 】
2/14

2 店主ヨーコ

 手に焼き印を持つ少女と、牙のような八重歯を持つ男が出会った山道を抜ければ、大陸の西南に位置する街プジョーニがある。

 大陸の中央で栄える王都からだいぶ離れた地域にも関わらず、近隣の豊かな資源と人間を襲うモンスターの脅威が比較的緩やかなこともあり、西側街道では屈指の賑いを見せる宿場町だ。


 それから、プジョーニではイノブタの畜産が盛んに行わており、イノブタ肉を安く仕入れられることから、飲食を扱う店にとって欠かせない食材である。

 売られているイノブタ肉料理に、歯ごたえのある黒パンと柔らかい白パンでローストしたたっぷりのイノブタ肉を挟む、パンぱんだパンなるものがあるが、三〇〇ルネの手頃な価格も相まり、街で暮らす人々の一部では長らく人気の一品であり続けている。


 パンぱんだパンを味うには、酒場『ぱんだ亭』を訪れれば良い。

 店は街にいくつかある酒場に比べればこじんまりした装いで、二階造りの建物に使われている木材も随分と古びたものだが、それでも、店を切り盛りするヨーコの行き届いた管理によって、今でもしっかりとした見栄えを残す。

 ウマさと安さ、それと女店主ヨーコの飾らない人柄から、多くの酒飲みから愛されている酒場であった。


 その酒場ぱんだ亭のアーチ状の入口をくぐれば、奥にあるカウンターに人影が三つ。

 空が茜色あかねいろで染まる少し前から営業するぱんだ亭に、早々の客とは呼べない来客があり、長い髪を後ろで束ねる店主ヨーコが、カウンターテーブルを挟み顔見知りの戦士風の男と、一回りは歳が離れているだろう若い奴隷風の少女と対面していた。


「それで、いくつだい?」


「俺はイケイケのハタチだ」


「……アタイがあんたの歳を知ってなんか得でもあんのかい。知りたいのはそっ

ちのお嬢ちゃんの方に決まってんだろ」


「おい、クサコっ」


「ふへ。ええと、じゅ、十六です」


「念のため聞くけどさ、嘘じゃないだろうね?」


「は、はい、王暦おうれき三七〇年ヤギ月生まれで、誕生年の記念モンスターは噛みつきウサピーです」


「おうこら、ヨーコ。俺のクサコにイチャモンをつける気か。ここで働くのに歳なんぞ関係あるのか。そこの魔晶石板には若い女としか書かかれていないぞっ。クサコはお前と比べたら十分若いだろっ」


 戦士風の男がヨーコの後ろに掲げてある、文字を表示する四角い板を指差し吠える。

 店主ヨーコは、エリがあわわと狼狽うろえた男の失礼な言動にも慣れた態度で澄まし顔。切れ長の目で、自分が書いていた給仕募集をチラリ一瞥する。


「いつも難癖つけられてんのはアタイの方さね。それに歳を聞いたのは、最近領主様からお達しがあってね。十五歳以下は夜まで働かせない方針なんだとさ。うちの主な営業は夜なんだ。雇うにしても使いもんにならなきゃ意味ないだろ」


「よくわからんが、クサコなら一日中働らかせてもいいぞ」


「ちょ、ええ!?」


「そんなことするもんかね。それで、クサコちゃんだっけ。見たところ奴隷のようだけれど……アレク、あんたこのどっから連れて来たんだい」


 ヨーコは何か言いたげなエリの焼き印を見てから、アレクと呼ぶ戦士風の男を冷ややかな視線で刺した。


「クサコは山から拾って来た」


「人の子を山で落ちていたように言うなさね。アタイは人様のところから連れて来たのか、それとも奴隷商の輩から連れて来たのか知りたいんだよ」


「そうか。よし、クサコ説明しろ」


「……え、私がですが!? 私の方がいろいろ説明して欲しいんですけれど。なんで私こんなところで、きゅぴ」


「無駄口はいい。とっととヨーコに話してやれ」


 アレクは隣に居たエリの襟首をわしっと掴み、むんずと自分の前で釣り下げる。

 つま先立ちのエリは、泣く泣く話し始めるのだった。

 自分がさらわれ奴隷商の荷馬車で運ばれていたこと。

 自分を運んでいた奴隷商の男達が、アレクによって倒されたこと。

 自分がそのアレクに担がれ、気がつけば見知らぬ街の見知らぬ酒場にいること――。

 話を聞き届けた店主ヨーコの顔には、憐れみの表情が浮かぶ。


「なるほどね……。こいつに出遭ったのは、災害みたいなもんだと思って割り切るんだね」


「うう、災害ってことはやっぱり害なんですね、この人」


「クサコのくせに、俺の目の前で俺の悪口とは、なかなかいい度胸だな」


 アレクから胸元へ引き寄せられ、ごすっと額に頭突きを食らわされたエリは、『なんで私だけなの』と不平を漏らす。


「ちょいとおよしよアレク。傷物にしたらうちじゃ雇わないよ」


「うぬぬ……。目突きの刑は勘弁してやろう」


「それより厄介事を嫌うあんたが、なんでまたわざわざ奴隷商の荷馬車なんてのを襲ったのさ」


「ぬ? 俺はその奴隷商の荷馬車とやらを襲う気なんてなかったぞ。なんだアイツら、面倒臭い連中だったのか」


「いや、あんたがそう思ってなきゃ別にいいんだけどさ」


「心配するな。俺を誰だと思っている。そんじょそこらの素人ではない。後腐れがないよう、きっちり息の根を止めたどうかの確認はしている」


 アレクの話に釣られるエリの脳裏では、事切れた奴隷商をロングソードでツンツン突っついていた野蛮な戦士の絵が過っていたことだろう。


「あんたの心配なんてするもんかね。襲う気がなかったって言うんなら、大方いつもの腹いせだろう。アタイは奴隷商の野郎共に同情するよ」


「おいこら。腹いせとは人聞き悪いぞ。まるで俺が悪者みたいではないか」


「金も絡んでいないあんたの話に、腹いせ以外の理由なんてあんのかい。ないだろ」


「なんだその言い草は。俺を考えなしの馬鹿者みたいに扱うな。アイツらをぶっ飛ばしたのにはもっともな理由があるのだからな」


「試しにその大層な理由を言ってみなさね。期待しないで聞いたげるよ」


「ふむ、よかろう。俺は山で疲れていた。そこに都合よく馬車が通った。街まで乗せろと言った。髭面共から断られた。ムカついたからぶっ飛ばした。どうだ、俺は悪くない。悪いのは、俺を馬車に乗せることをケチった髭面共だ」


「それを世間じゃ腹いせって言うんだよっ。まったく……大体あんた、真っ昼間の山道で何してたんだい? 山道には小銭くらいしか落ちてやしないよ」


「俺が落ちている金なんぞ拾うか。俺の強さを見込んだジジイ会の白髪しらがジジイが、『日暮れグマ』退治を依頼してきたのだ。だから俺は山にいた」


「……一応教えておいてやるけど、爺さんの会じゃなくて、自治会だからね」


 報酬のあるモンスター退治しか請け負わないアレクの性格をよく知るヨーコは、街のプジョーニ自治会が定期的に発注している危険モンスターの討伐依頼へと思い至り指摘する。


「じゃあ、アレクあんた、これからまた山へ入るんだね」


「いいや、俺は山へは戻らんぞ」


「ちょっと、自治会の会長さんの依頼はどうすんだい。モンスター退治はあんたの唯一の取り柄だろうにさ」


「うむ。モンスターを狩れるのは俺のような強者だけの特権だな。しかし俺が強すぎたようだ。俺に恐れをなした日暮れグマのヤツは、とうとう姿を現さなかった」


「何言ってるんだい、そいつはさっきの話なんだろ。なら、そりゃそうだろうさ。なんたって日暮れグマなんだから。討伐依頼書にも特性は載ってるはずだろうに……さては読んでないねあんた」


 先程から酒場にて名を挙げられている日暮れグマは、山林で生息し人を襲うモンスターである。

 四肢があり人型に近い容姿だが全身は毛むくじゃらで、人間の大人よりはるかに大きく、巨躯から繰り出されるクマ爪攻撃は、薄い鉄板ならなんなく裂いてしまう破壊力を持つ。

 熟練のモンスターハンターでも倒すのに一苦労する凶悪なモンスターのため、山道を往来する者にとって恐怖の対象でしかない日暮れグマであるが、件のモンスターは夜行性であるがゆえ、日中は穴蔵にもる。


 このことから山を知る者の間では、”日が暮れた”山道を行かぬことが鉄則であり、アレクが日暮れグマを見つけれなかったのは、ひとえにこのモンスターの特性に尽きた。


「日暮れグマだからどうしたのだ。日暮れグマなんぞ俺は楽勝で倒せるぞ。現れさえすれば、報酬の一万ルネを……むんがっ、そう言うことだったかっ。危ない危ない、またヨーコから騙されるところだった。俺はモンスターなんぞの話をしに、ここへ来たわけではないのだ。コイツだ、クサコをさっさと受け取れっ」


「あんたの方こそ人聞きの悪いこと言うなさね。アタイがいつあんたを騙そうとした、と文句でもグチグチ言いたいところだけれどさ、それじゃお嬢ちゃんが――ちょいと、口から泡吹いてるじゃないかいっ、早く離してやんなっ」


 カウンターから慌てて飛び出したヨーコが、襟首を掴まれぷらりと吊されるエリをアレクの太い腕から奪い取った。


「よし、受け取ったな。ならばヨーコよ、俺に渡たす物があるだろう」


「ほら、しっかりしな。……あんたに渡す物。なんのことだい?」


 咳き込む娘を腕の中で抱えるヨーコ。その視線が、聞き返した相手から後ろの魔晶石板へ移る。

 広く薄い版の大半は転移文字による新聞の掲示で占められているが、アレクがビシッと指差すのは一点のみ。


「若い女を連れて来た者には、五千ルネを渡すと書いてある」


「そう言うところはしっかり見てんだね……。アタイはてっきり、この子の扱いに困って、頼って来たんだとばかり思ってたさね」


「クサコ如きで、俺が困ることなんぞ何もない……いや待て、違った。ヨーコの言うように俺は困っていた。金を持たないクサコに俺は困らされた。ふむ。……てやっ」


「あいたっ」


 ビシっと額をしなる指先で弾かれ覚醒したエリは助けを求めるようにして、ヨーコの細い体へ腕を回し身を寄せる。


「さあヨーコ、俺に五千ルネ渡せ、遠慮なく渡せ。今すぐ渡せ」


「はん。紹介料は店に溜まってるあんたのツケでチャラだよ。言っとくけど、帳消しだと割に合わないくらい、あんたはアタイの店で飲み食いしてんだからね。五千ルネじゃ、食べれても十品程度なんだしさ」


 ヨーコの耳に返事は聞こえず、代わりにどすん、どすんと重たい踏み込みで床板をきしませ鳴らす音が届く。


「ちょいと何すんだいっ」


「ひやっ。何々!? あのあの、よよよよヨーコさあああんっ」


 ヨーコから無理やり引っぺがされたエリがアレクの肩に担がれる。


「金を払わんのなら、クサコは山へ帰す」


「帰すも何も、その子は山で暮らしていたわけじゃないだろっ」


「ならば、捨ててくる」


 真摯で実直なまなこであった。

 アレクの肩の上でバタつく手足がそれを物語る。

 酒場では大きな嘆息が一つ吐かれ、店主によりぱんだ亭の金銭箱から五枚の銅貨が引き出された。


「おい、クサコ。お前はとっとと金を稼いで、俺に助けた謝礼を払えよ」


 ご満悦顔のアレクが去り際の台詞とエリを残し、ぱんだ亭から去って行く。

 投げ捨てられるようにして放られていたエリは、腰を落とす床板の上でただただ肩幅の広い背中を見送るだけだった。

 そこへ、先っちょにボロ布がついた長い棒を持つヨーコが声を掛ける。


「とりあえず、床掃除からお願いしようかね」




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