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『 ウルクアレク 』  作者: かえる
【 ライフ・イズ・マネー、「手招きドラゴン」のお話 】
14/14

14 ラティス・ロイヤードはウサピーがお好き

 

 背に翼を羽ばたかせる女神像が祀られる祭壇では、勇者アーサーが祈りを捧げていた。

 大広間の端では、その彼を待つ傍ら始まった乙女達の話が、互いが知る武闘家ノブナガのことはそこそこに、エリがこうしてこの街に赴くハメになったきっかけであり、勇者達の目的であるクリスタのドラゴンの話から、今はどのような経緯なのか、王暦おうれきにて定められている記念モンスターの話題へと移り変わっていた。

 談話に花を咲かせる乙女達の姿をも、女神像は神々しくも慈愛に満ちた微笑みにて見守る。


「まあ! 噛みつきうさピーちゃんだなんて羨ましいですわ。わたくしなんて、愛しさの欠片もない瞬きペンギーですことよ」


「そうですか? 瞬きペンギーの、あの何を考えてるか分からないパチクリした目って可愛いじゃないですか……、あれ、瞬きペンギー!? じゃあラティスさんって、十七歳だったんですか!? うそおっ」


「あら、私そんな年増に見えまして」


「見えません見えませんっ」


 大慌てでエリの首がブンブンと左右に振られ、ぶるんぶるんと張りのある頬肉が波打つ。


「違うんですっ。私、ラティスさんって体型も細くてすんごい綺麗な人だなって思ってたからっ、まさか私と一つしか違わないなんて思いもよらなかったから、それで驚いて」


「ふふふ、ありがとうございます。十分に可愛らしい貴方から褒められると嬉しいですわ」


「私、可愛くなんてないですよう。うー、ほんと、なんでこんなに違うんだろ……」


 腰回りを手でつまむエリは溜息をつく。

 ないものねだりの眼差しがくびれた胴を舐める中、持ち主たるラティスは祭壇の方へ意識を向けているようであった。

 エリが口をパカっと開き、ハっとなる。


「あわわ、私ってほんと駄目だ」


「どうかなさいまして?」


「私なんかの相手なんてしてたら、ラティスさんがアマンテラス様にお祈りできないですよね。お祈りも勇者様達の大切なお仕事ですよね。私、ラティスさんとお話するのが嬉しくて、つい夢中になってて。あうう、気が利かなくて、すみません」


「頭をお上げになって下さいまし。エリさんがお謝りになることではありませんし、そもそもウイザードである私が、祈りを捧げることははばかられることのようですから。それに私とてお話が楽しく夢中になっていたのですから、ふふ、アーサー様の側に仕える者としてはお叱りを受けるやもしれませんね」


「……魔法士ウイザードだと、お祈りをしちゃダメなんですか?」


「ええ、駄目と言うよりは、遠慮した方が何かとよろしいようで。なんでも、サクラ・ライブラという胸につく贅肉だけが取り柄の少々お間抜けな巫女が言うには――」


 コホンと、軽い咳払いが一つ。


「失礼しました。私達の仲間である神官の話ですと、加護を呼び寄せる人々の祈りと違い、魔法を扱う者の祈りは魔力を呼び寄せてしまうらしく、教会に宿る創造神の加護を乱す恐れがあるらしいとのことですわ。そしてそれは、ウイザードとしての質が高い程影響が大きいとも……」


「そ、そうなんですかあ。魔力って、アマンテラス様の御加護との相性が良くないんですね……ほへえ」


「魔力によって万物へ干渉できる魔法と、時に奇跡と呼べるような森羅万象を顕現する加護の力は似ていると言えばそうなのでしょうけれども、同じ口に頂く物でも、お塩とお砂糖くらいの違いがある。恐らくそのような感じでしょうか」


 調味料に例えられた魔法と創造神の加護。

 どちらがしょっぱくどちらが甘いのかはさておき、人に大いなる力を与えるそれらの違いは他にも挙げられる。

 魔法の一つである『拘束の鎖(バインドチェーン)』を例にとれば、

 地中の鉄分から鎖を構築し、更に魔力で強度を上げるといった魔術式を組み、精霊と称される”媒介する者”との誓約を結ぶことにより行使することが可能となる。


 対して創造神の加護は、術式の有りように”媒介する者”は必要とせず、儀式や祈りによって呼び寄せ宿る力である。

 その力は、教会や過去の人魔大戦で建築された砦などに見られるように聖なる力場を与え、なぜだかモンスターなどが寄りつかない、なぜだか怪我の治りや早いなど、明確な原理が認知されないままに効力を生み続けていた。


 そして、このような創造神の加護を生来から人の身に宿すのが、アーサー・エルブルグである。


 アーサーのように加護の力を持つ人間は、かの英雄王ルネスブルグを始め、歴史上幾らかの人物は存在した。

 だが、それでも現在までに人々が知る者は数えられる程度しかおらず、生きたままと条件を加えれば、今はアーサーだけとなる。

 その稀な存在ゆえ、人々はアーサーを勇者へと駆り立て、よわい二十歳の若き者であっても、神の使徒と謳い絶対的な信頼を寄せていた。


わたくしにだって祈りたいことはありますのに。創造神とやらは、いけずなお方のようですわ」


 どこか幼くムスっとして言い放たれたラティスのそれにも、女神像は絶えず美しき微笑みを返す。


「あはは……ラティスさんの分もアーサー様がお祈りして下さいますよ。あれですよね。アマンテラス様の御加護を宿すアーサー様が祈りを捧げるとすんごい効果があるんですよね。昔お世話になった神父さんが言ってました」


「相乗効果とでも申せばよろしいのでしょうか。もちろん、日々の参拝者の祈りは大切ですけれども、アーサー様の祈りはそれとは比較にならない程の成果が得られると、どこかの腐った巫女――失礼。サクラ・ライブラが申しておりました。教会は加護の力場を整え、アーサー様の加護の力も増大するようです。ですから、世界に安寧をと願うアーサー様にとっては、魔王討伐と同じく大切な神事でもありますわね」


 エリのくりっとした丸い瞳と比べれば、切れるような鋭利さを持つラティス瞳。

 その黒い眼が向き合う相手を変える。


「やはり、相手が同じ女性だとラティも楽しそうだね。今はサクラがいないから特にそう見えるよ」


「はい。エリさんとは楽しくお話させて頂いておりますけれども、わたくしはあの巫女以外の方でしたら、男性女性問わずどなたとでも」


「ラティのそれは、アマンテラスの教えにある、仲が良い間柄ほど罵り合えるだね。本当に君はとサクラは仲が良いね」


 なんの前触れもなく会話に混ざったアーサーに、エリはドギマギしながら側のラティスへと身を寄せる。

 相手がこの場にいない以上、ラティスの一方的なものとしか言いようのない旅の仲間への罵りに、アーサーは慣れた様子でにこやかに受け止め切り返した。


「はあ……やっぱり王子様だあ」


 きゅっと両手を胸の前で握り合わせ、見惚れるようにして発せられた溜息混じりの呟き。

 なんの脈絡もないのだからして、本人としては胸の内であったように思えなくもないこの一声に、アーサーの視線が奪われる。

 

「確かに僕は王族と言われていますけれど、現ルネスブルグ王は叔父にあたるお方で、僕に王位継承権はないです」


「ふい!?」


「アーサー様。この世の乙女には、幼い頃より胸に抱く理想の『王子様』がいるものです。もちろん私にも白馬に乗って現れる『王子様』がいます。エリさんは正式な王位継承者を指して言ったのではありませんことよ」


 エリの首元へ、袖にレースあしらう黒い腕がするりと抱きつく。

 クスクスと笑うかのような微笑むラティスの腕の上方では、紅潮するエリの恥ずかしそうな顔があった。


「ふおお、私の心の声がアーサー様に。そそのおお、違うんです、違わないんですけれど、違うんです」


「ラティ。僕はだいぶ世間を知ったつもりでいたけど、まだまだのようだね」


「ふふふ。乙女の心は、かの女神の御心よりも深きものですことよ。ご精進なさいまし」


「それからエリさん。ありがとう。絵本にも描かれる白馬に跨った英雄王のように、とはいかないけれど、君の期待へ報いられるよう僕は頑張るよ」


「英雄王? はわわ」


 アーサーから、さっと手を握り取られたエリ。

 目を白黒させることで精一杯の少女と異なり、勇者アーサーの強い眼差しは、しっかりとそこにあった猛牛をかたどしるしを見る。

 奴隷を奴隷と知らしめる手の甲にある焼き印。


「すぐに変化は訪れないだろうけれど、誰もがみな、自由と平和の元に暮らせる世の中へ僕が、いいや、僕達が変えてみせるから待っていてくれ」


「アーサー様のお気持ちを少しだけ晴せるかと思い申し上げるのですけれども、エリさんは奴隷ではありません」


「しかし、こうしてこの手には」


「先程教えて頂いた話によれば、エリさんは身売りされる前、魔法誓約を交わす前に奴隷商から助けられたそうです」


 握られていたエリの手が、優しく置くようにして離される。

 そこにあった温もりは失われていたが興奮さめやらぬといった少女の前では、麗しきアーサーの目がつむられる。

 そうして口元が緩めば、輝く双眸そうぼうが見開かれた。


「ラティ、君が言いたいことが分かったよ。そういうことなんだね。その助けた者こそが彼なんだね」


「ふふ、左様でございます」


「やはり彼は、僕が思うような人物だったようだね」


「私を助けた彼が……アーサー様が思うような……!? うわ、ももももしかして、アレクが、アレクがアーサー様に何かご迷惑をっ。きっとそうだ、そうに違いないよ。どうしよう、どうしようっ」


「エリさんそんなに慌ててどうなさいました」


「すすすすみません、そのすみません。とにかく、すみませんっ」


 エリは食い入るようにして、ラティスにぺこりペコリと頭を下げる。

 ずっと同行していたアレクがどこでどうやってアーサーと接触していたのか、と疑念すら抱けない程に、エリの思考は混濁、もしくは停止しているかのようであった。


「落ち着いて下さいまし」


「でもでも、アレクが――ああっ、アレクって言うのは私の連れのことなんですけれど、今はここにいないんですけれどおっ、そのアレクがアーサー様にご無礼を働いたようで」


「なるほど、アレックス君はアレクとの愛称で親しまれているんだね。エリさん、彼は無骨で誤解を招きやすい性格だとは聞いていますが、僕は彼を無礼などと思っていない。むしろ僕の方が彼に敬意を払い、そして感謝しなくてはならない」


「アレックスでアレク? 無礼じゃなくて敬意で感謝……ですか?」


 遠慮なくエリがキョトンとする。


「ここへ至る道中のあの時、僕は君達を襲う魔物をいかにして倒すかばかりを考えていた。けれども彼は違った。敵に背を向けるという屈辱に耐え、彼は魔物から君達を引き離すことに全力を注いだ。僕が勇者として、そして英雄王の血を受け継ぐ者の一人として、何よりも守らなければならないのは民の命だ。彼の気高き行動は、僕にその大切な志を思い出させてくれた」


 想いを確かめるように銀色に輝く胸当てに拳が添えられる。

 再び閉じられた瞼の裏に、勇者アーサーは己が望む世界を見ているのかも知れない。

 そのような中で、エリの耳打ちは行われる。


「ラティスさん、ラティスさん。なんかすんごおおーく申し訳ない気がして、言いづらいんですけれど、アーサー様は何か勘違いされています。アレクって、アーサー様やたぶんラティスさんの思っているような性格じゃないですし、私が奴隷商から助けれられたのもたまたまですし、それにノブナガさんを蹴飛ばすようなことしているんですよっ。だからムギュ」


 エリのぷるっとした唇が、すらりと立つ綺麗な人差し指によって押さえる。

 しー、と内緒ですと言わんばかりのラティスの唇にも、逆の手の人差し指が立てられていた。

 

「その様子は丁度並木で隠れ、アーサー様からは見えていませんでしたので、そのような事実は存在しないと無きものにしています。ですから、ノブナガのことでしたらお気になさらずに」


「へ、へ? ラティスさん!?」


 ラティスの微笑みはエリの呼び掛けには応えず、カツカツと堅い床を鳴らして近づいて来る清楚な装いの女性へと向けられた。


「アーサー様。それにラティス様。お待たせして申し訳ありません。ようやく、子供達による歓迎会の準備が整いました」


「いいえ、こちらこそシスターマルガリータ。シスターのご配慮で、アーサー様は粛々と祈りの儀を遂げること叶いましたわ」


「シスターである私が言うのも不謹慎なことながら、民から慕われるばかりが良いものとは言えないもののようですね。表では、今もアーサー様やラティス様のご尊顔を賜わろうと街人達が集っています。特にアーサー様へは黄色い声が絶えないようで」


 シスターマルガリータの冷やかしに、どうやら、にこやかでいることしかできないでいるアーサーだった。

 その人気者のアーサーを別室へと促す素振りを見せようとしたところで、マルガリータの口から『そちらは』と言葉が続く。

 彼女のそちらは、明らかにただの給仕にしか見えない娘を指す。


「こんにちは、シスター。私は『探し人』で教会を訪れたエリと言います」


 エリは自分の目的が勇者アーサーではなく教会にあることを示す。


「シスターマルガリータ、僕らに案内は必要ありません。どうか、彼女への助力をお願いします。さあ、ラティ、子供達の待つ部屋へ急ごう。ではエリさん、アマンテラスの御加護を」


 エリとシスターマルガリータを残し、勇者アーサーは別室への扉をくぐる。

 ラティスも純白のマントの後を大らかに追うのであるが、大広間から去り際、す、と首を回し周囲の目を盗むようにして何かを眺めたようであった。

 誰にも気づかれることもなかった魔法士ラティスの仕草。

 女神像の目には、黒き乙女が銀髪の幼女を見つめていたように映っただろう。








 教会は人々に、創造神への祈りの場を提供するだけでなく、探し人あらば教会を訪れよとの言葉がある程に、特定の相手を探す場としても利用される。


 今回、エリはココアの迷子解決の糸口としてここへ足を運んだようであるが、孤児達を預かる教会には、生き別れになった家族を求める者や、条件の合う孤児を里親として引き取る者など、人を探し求め訪れる場所としての慣習がある。

 いつ頃からか、それらの行為は総じて『探し人』と呼ばれ、人々の間や教会内でも定着していった。

 

 教会の長椅子には、その『探し人』エリと横で休むココア。そして、教会の聖典本よりもやや大きい四角い板を手に乗せたシスターマルガリータが座る。


「さすが、魔晶石の街クリスタですね。記録帳が羊皮紙じゃなくて魔晶石板なんですね」


「これを使うようになったのは、ここ最近ですね。便利ですから、その内ブジョーニの教会でも使われるようになることでしょう。それで、ボルザックさんとおっしゃる方からの届けは、まだ無いようです」


 操作によって、パっパっと変化する魔晶石板上の文字を読むシスターマルガリータが言う。


「あれ、私マルガリータさんにプジョーニから来たって話しましたっけ?」


「いいえ、直接はうかがっていません。アーサー様達がここからご退室なされる際に、ラティス様の方から、貴方がプジョーニからの旅行者であることを告げられました。ですから、こちらでの宿の名前も教えて頂くつもりです」


「宿、宿……その、すみません。クリスタには今日着いたので、まだ……」


「宿の方は後々でも問題ありません。クリスタの街にはところどころに魔晶石板が設置されています。そこに朝と晩『探し人』の連絡等が記載されますので、こまめに確認して下さい」


「うわ、すごい便利」


「はい、便利になりましたね。一昔前までは何日も教会で夜を明かす待ち人も居ましたが、今では見なくなりました。それで、そちらの女児の名前を教えて欲しいのですけれども」


「あ、はい。彼女は、ココア―ジュ・クロニクル・フォン、フォ……ええと……ううんおお」


「エリさん?」


「ココアちゃんでお願いします!」


 無駄に元気な声だった。


「名前はココア。年齢は五、六歳。銀の髪に赤い服。はい。登録しましたから、これで『探し人』に必要なことは終えました。もし宿が決まるようでしたら、また教会を訪ねて下さい」


「ありがとうございました」

 

「この子に、そして、貴方にアマンテラス様のお導きを」


 エリ達に祝福の言葉を贈ると、シスターマルガリータはそそくさと奥の扉へ消えて行った。


「シスターさんも神の巫女である前に女の子だもんね。アーサー様の歓迎会に早く戻りたいよね。……そう言えば、マルガリータさんはあんなこと言ってたけど、私、ラティスさんにプジョーニの話したっけな……」


 エリが明るい髪の頭をこてっと傾げる。

 その後、気持ちよさそうに眠るココアを頬が指先でぷにゅぷにゅと突かれ、それは繰り返されるのであった。


「うりうり、可愛いなあもう。食べちゃうぞお」


 

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