11 幼女ココア
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古来より人は青蒼めく鉱石に魔力が含まれていることを知るも、岩石と比べ脆く多彩な加工にも不向きなこの魔晶石を装飾用の飾り石として扱うのみに留めていた。
しかし二十年余り前に発明された魔術回路により、その用途が激変することとなる。
魔術回路は一つの回路につき一つの魔法術式を作動させることを可能とする、ウイザードのような魔法術者の役割を担うカラクリである。
ただし、機能するには従来の魔法同様、魔力を必要とした。
それゆえ魔法術者と違い大気中の流動する魔力を導き集め、制御する性能を備えていない魔術回路は、魔晶石と組み合わせることでこの点を補う。
こうして、旧来の油で火を灯すランプに代わる魔力を燃料とした魔晶石ランプなど、魔力の供給さえあれば半永久的に機能し続ける魔晶石アイテムの開発に成功する。
複雑な魔法術式は組めないものの、魔法術者を介さず魔法効果を発現できる利便性は瞬く間に魔晶石アイテムを大陸中に普及させた。
現在では多様性に富むばかりではなく、魔術回路の技術革新によりシンブン玉のような魔力そのものに干渉し情報などを封じ込める媒体として魔晶石を活用する方法まで生み出されている。
その魔術回路によって重宝されるようになった魔晶石の鉱山を保有する街こそがクリスタであった。
王都ルネスブルグから北西に位置する魔晶石の街クリスタは、酪農の街プジョーニからほぼ真北にあたる為その気候を同じくするのであるが、同じネコの月でも東側では雪が降るなど、大陸は地域によって同時期の気候がかなり異なる。
この気候の変化が旅をする者へ与える影響は大きく、気候の差異がほとんどない南北の物的流通が盛んであるのに対し、旅路が困難となる東西のそれは乏しい。
このような流通事情から、西側で魔晶石を手に入れようとすればクリスタの鉱山採掘へ頼る他なく、林業を生業としていたクリスタは鉱山の街として様変わりし、魔晶石によって潤い大きくなっていった。
今では魔晶石の街の俗称で呼ばれる程までに至るクリスタであるが、ある日のこと、高等魔族に分類される手招きドラゴンが空からやって来てくるなり、大切な鉱山に住み着くようになる。
ドラゴンが直接街へ被害をもたらすことはなかったものの、採掘場の鉱夫らが襲われる事故が多発し、採掘する魔晶石が魔力保有量の少ない黒ずんだ質の悪いものばかりとなった。
鉱夫達は口々にドラゴンによって魔晶石の魔力が抽出されているのではないかと声を上げた。
このままでは魔晶石の街そのものが立ち行かなくなってしまう。
街の危機にクリスタ自治会はドラゴン討伐を冒険者ギルドへ依頼した。
魅惑的な褒賞金のかいあってか、地域によっては守り神として崇める者もいるドラゴンの討伐にも関わらず、大陸中の猛者を呼ぶクエストとなる。がしかし、やはりなのであろう。それ程までの難敵ゆえに未だ街から危機は去っていない。
だが、クリスタは悲壮感漂う有り様といったわけではなかった。
街の酒場や宿場は連日の大盛況、武器屋などの商人は品切れ続出にほくほく顔と、懐を暖める者も多く、ドラゴンに便乗して商売を始める者までいた。
皮肉なもので、ドラゴンが現れたことにより街には冒険者などの来訪者が溢れ、むしろ今まで一番活気に満ちていた。
武装する者達が至ることで見受けられる街の南口。
さすがは魔晶石の街といったところか、綺麗な水しぶきを上げる噴水の側にとても大きな魔晶石板が据えられていた。
文字や絵が入れ替わり映しだされるそこにあった案内に従い、遠目に高い櫓が見える通りへ向かえば飲食店が建ち並ぶ。
既に昼時を回っていたが、どの店からも美味そうな匂いを引き連れ腹を撫でる客が出て行き、入れ替わるようにありふれた戦士と別の店の給仕とよだれを垂らす幼い少女が、次の客として酒場の一つにその足を運んでいた。
三人が囲むテーブルいっぱいに料理が並ぶと、銀髪の少女は小さな頬をパンパンにした。
隣では対抗するがの如くアレクがものすごい勢いで料理を飲み込んでいった。
料理に口をつけないエリは、にゅっと唇を尖らしていた。
「どうして、ハナコとハナゾー置いて来ちゃうのっ。あの人達、私を助けようとしてくれれたいい人達なのに、別に逃げる必要なんてなかったのに」
「またその話か。鬱陶しい。飯がマズくなるだろ。ハナコとハナゾーならクサコより賢い。ちゃんと俺の後を追って来るので問題ない。それと勘違いはするな。俺は逃げたのではない。一刻も早くこの街へ着きたかったのだ。しかしアレだな、このラアメンという汁物はなかなかに美味だ」
エリの対面では、アレクが話題を変えるようにしてズズズっと丼に浸る麺を吸い上げる。
その側面では、肩掛けのある服に銀の髪を掛ける少女がハグハグ一生懸命口を動かす。
少女は上品な仕立ての可愛らしい装飾を施す上着が下のスカートと繋がる赤い服に、食べかすをくっつけていたが、気にするような素振りは見せず、ごっくんと口の中を空にすると愛わしい碧眼を隣の男へと向けた。
「ココアにもそのらあめん頂戴」
幼き少女の願いに、男はすする丼の中身を加速度的に貪った。
「げぷ。残念だったなチビコよ。もうラアメンは俺の腹の中だ」
「チビコじゃないよ、ココアだよ牙のお兄ちゃん」
「おうこらチビコ。俺をキモち悪い呼び方で呼ぶなっ」
「ココアちゃんって、ココアちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」
銀髪の少女を大人気ない行動を取ったアレクが更に大人気なくギロっと睨むのであるが、先にあった丸っこい顔はそこへ放り込まれたエリの声によって横面を見せていた。
「ココア可愛いの? ありがとう、クサコのお姉ちゃん」
「ええとお、私のことはエリお姉ちゃんでお願いします」
「そうなんだ。エリのお姉ちゃんはクサコでエリなんだね。ココアはココアージュクロニクル・デ・プラムフォンシュ・バレンシュタインでココアだよ」
「あはは……なんだろう、すごいね、としか言えなくてなんだかごめんなさい。……それで、ココアちゃんはいくつかな? 私は十六歳だよ」
テーブルの上では、ココアの両手の指が折られながら数が数えられてゆく。
「ううんとね、ななで一つだから……五歳か六歳」
「クサコよ。チビコの相手もいいが、自分の仕事もちゃんとやれよ」
和気あいあいとした少女達のやり取りの間へ興味なさ気な様子の男から忠告が入る。
エリはわずかに考える素振りをやってのけて、浮かぶ疑問符を傾げる首とともにアレクへと返す。
「私の仕事って?」
「決まっているだろ。クエストの情報を集めるのはお前の役目だろうがっ」
「それ初耳なんですけれど……」
怒鳴るようなアレクの言い草にも慣れた様子で受け止めるエリ。しかし落ち着いた態度には、今一つ相手が言わんとするところを理解できていない部分が見て取れる。
「なぜ俺が飯を食うのにここを選んだか。酒場とは情報が集まる場所だからだ。よく覚えておけクサコ」
ぽんっとエリの握られた右手が手の平を打つ。
「なるほど。つまりアレクは私に、周りでご飯を食べている冒険者さん達からドラゴンさんのお話を聞いて来いって言ってるんだよね」
「うむ。クリスタにドラゴンが出没するといっても、街中をうろうろするのは馬鹿のやることだからな。賢い俺はちゃんと情報収集とやらをやる抜け目のない男なのだ」
「アレクも学習するんだね……。あっあっ、でも、ドラゴンさんは鉱山に住み着いているらしいから、その、街中には居ないよ」
到底聞こえるはずもない、聞かせるつもりもないだろう小声にアレクの耳がぴくりと動き、それを察したのかエリは慌てた。
「ぬ……それくらい知っている。アレだ、クサコがどれくらい情報を集めたのか試しただけだ。とにかくお前はどいつが三〇〇〇万ルネのドラゴンか調べておけ、いいなっ」
「どいつ? ううんと、ドラゴンさんってたぶん一匹しかいないはずだから、あいたっ」
「あ、牙のお兄ちゃんがエリのお姉ちゃんの額を指でハジいた。痛そう」
「俺に口答えなんぞをするからこうなるのだ。キサマもあまり調子に乗っていると痛い目を見ることになるぞっ」
アレクが親指に引っ掛け中指をしならせるゴツい手を幼き少女へ見せつけた。
ばしゅっ、ばしゅっ、と中指が素振りされる中、ココアはスクっと椅子に立ちその小さな体を威嚇するアレクへ寄せる。
するりと近づいた幼き少女の小さな指が、差し伸ばす先にあった額をぎこちなくべちりと小突く。
「上手くいかなかった。失敗、失敗」
銀の頭をぽりぽりと掻く少女の納得具合はさて置き、側では口元に手を当て驚愕の表情のまま固まるエリと、腰掛けていた椅子を飛ばして立ち上がるアレクがいた。
「くうらああああっ、このガキっ」
「ああ、牙のお兄ちゃんが怒ったー。きゃはは、逃げろおー」
ひょいと椅子から身を翻し、牙を剥く獣の手から逃れたココアがテーブルの下や客達の合間を上手に縫って駆ける。
それをアレクはテーブルを吹き飛ばし客達を払い除け追いかけた。
何事かと店の主人が顔を出す頃、食べ物が舞い散らかる店ではわーわーと盛り上がる客達が取り囲む中で居合わせていた冒険者達と戦士風の若い男が乱闘をしており、てんやわんやの騒動となっていた。
間があきましたけれども、読んで頂けましてありがとうございます。




