足音たち
読みづらい場合はPDFでの縦書きで読んでください。携帯の方はすみません。
――コツコツ、こつこつ、骨骨。
どこからか足音が聞こえてくる。踏む音の深みやリズムがそれぞれ違う振動が三つ、床を伝って、僕が横たわっている布団まで伝わる。
一つ目の振動は、若い女性が裸足、あるいは靴下を履いている足で軽くスキップするかのようなモノ。
二つ目は三十・四十代の女性が立てるような足音だった。そこそこ伝ってくる振動が大きく、一つ目のより僅かにゆったりとしたモノだった。
三つ目は大男が歩く時の振動だ。夢だと地震として現れるのではないか、と思うぐらいのモノだ。
先月僕はこの中古アパートを借り始めたばかりなのだけれど、引越しして四日目ぐらいからこの足音たちが続いている。足音があるのは他の部屋からではないか、と隣の住人に苦情を言ってみたが両部屋とも、一人暮らしだった。確かに三人で住むには狭い。
今思えば、中古アパートを借りるときのあの異常な安さには、あの時、疑問ひとつも浮かばなかった。そこまでお金があった訳でもないし、今でもそんな状態が続いているから文句言わずに、甘んじるしかなかった。
この足音たちは、いつも三つ揃っていることは余り無かった。どちらかといえば、一つないし二つ。組み合わせとしては軽めの足音は毎回入っていた。大男の振動はほとんど来ない。
だからって毎日そんな足音を聞いていればノイローゼになるかもしれない、と心配していたのだけれど不思議とならなかった。恐怖という感情とは一歩置いて好きなホラー映画を月に一本、映画館で見ていたからかもしれない。心地は悪くなかったけど、良くもなかった。
だから今この足音が三つ揃っているということは、僕は死ぬかもしれないし、呪われるかもしれない。幽霊さんこんにちは、とかこちらの世界へようこそ、なんて言われる日も近いかもしれない。僕としては生きる意味は見いだせていないのだけれど、生きていきたいという欲望はあるので必死に対策を考えた。だけど僕のいる部屋には何も無かった。生活必需品しかなかった。お祓いの札とか棒切れとか知り合いの巫女さんや超能力者なんてなかったり居るはずもなかった。もう諦めて寝るしかない、いつもより深く布団をかぶり様子を伺う。一向に近づいてくる気配は無かった。ただ単に被害妄想かもしれない。そう少し安心しても僕は布団から出ることは無かった。ゲーセンにあるゾンビシューティングゲームの如く突然目の前に顔、なんてことがあるかもしれないからだ。それほど僕は怯えていた。
どれぐらい時間が経ったのだろう。僕の体内時計なんて日頃の生活スタイルが乱れに乱れきっているので役に立たない。それでも言うと二時間はずっとこの状態かもしれない。
いつからか足音は消えていった。だけどそれは僕の不安を煽るだけだった。現在の生活範囲を狭めていってもう限界まで来てしまった。外から見ればたこ焼きかもしれないし、つくねかつみれかもしれない。食べ物を想像したらお腹が減ってしまった。今日の飯はカップラーメン一杯。お腹が鳴らないように努め(多分難しいが)じっと目を伏せて、聞こえてくる音を細部まで分解・分析する。今のところ布団とのこすりしか聞こえなかった。
もう流石に大丈夫か、と布団と床の間に隙間を作ったがいかんせん深夜なので真っ暗。見えるものも見えなくなっていた。どうしようもないので布団から出るしかなかった。こんな僕でも早朝アルバイトがあるし、ゆっくり休んでから出かけたいものだけれど、世の中はそう簡単には上手く転がせはしない、ということを実感し直す。
明かりを付けると、特に変わりもない狭い部屋だった。カップラーメンと何点かの服が散らかっている。アルバイトから帰ってきたら片付けないとな、と明かりを消し布団に潜った。
その瞬間、
「……――君っ! わかるかい! 意識があるなら返事をしてくれ!」
急に体を揺さぶられ、微かに目を開けたとき、強い光が目の前にあった。
ゆっくり寝たいんだよ、もう起こさないでくれと寝返りを打とうにも出来ず、仕方なく元の位置に戻り、返事をした。
「おい、意識はあるらしい。人工呼吸はそのままだ。大きな怪我が無かったとはいえ呼吸器官は少しやられてしまっているからな」
……何の話だ。なんで人工呼吸? しかも寝心地が悪くなった。背中にあたるものが硬くなった。
「聞こえているなら何かしらサインをくれ」
頭の中が混乱している中、首を僅か振った。
すると聞こえてくる男性の声が話を始めた。
「よし、一通りの流れをするぞ。知らないかもしれないが、君の部屋は火事に見舞われた。しかも三日前深夜の三時にだ。原因は分かっていない。何か使ったという痕跡が無かったからだ。君は何か覚えてる?」
火事……? 三日前?
僕の部屋が無くなったのか……? イマイチ状況がつかめない。
何か言おうと口を動かそうにも声が全く出なかった。
「無理に言う必要はないよ、なんたって君は煙を結構吸ってしまったからね。致死量ギリギリだ。よく意識を取り戻したと思っているよ。なにせ――……」
それ以上のことは鼓膜が正確に音を拾わなかった。もう唖然とするしかなかった。声は出ない、背中に当たるものは硬い。それだけだった。もうそれだけで大体のことは把握できてしまった。あの足音たちが呪って火をつけたんだ。そうとしか思いつかなかった。僕の部屋では火は全く使ってないし、電気もお湯を出すのと明かりを付けるぐらいだ。火事の発生原因もわからない。そこからはじき出される答えなんてあの足音しか思いつけなかった。頭の鈍いボクでもわかった。
だとしたらあの足音たちは僕を本当に呪ったのだろうか。もしそうなら何を見て呪ったのだろうか。僕が生きているところを見て呪ったのだろうか、よくわからない。
場所を取られたから、とも考えられた。なぜなら、それから退院し再び転居して布団の上に横たわってから、あの足音たちはもういなかったのだからだ。
読まなくてもいいです。ちょっとした話↓
同好会での課題で恐怖、というお題が三つのうち一つ入ってたので書いてみました。初めてのホラーなのでよくわからないのですけど、どうでしたでしょうか。最初はB5一枚で収めるはずが三枚まで増えてしまいました。これでは同好会メンバーに怒られるかもしれないですけど気にせず出します←
個人的には終わり方が弱いかなあ、なんて思ったりしてます。途中からそう思い出してこの流れのまま行けるか!? なんてふざけた結果がこれだよ。ひどすぎるよ、という感じなのでどうすれば終わりがきっちりとしめられたか感想もらえると嬉しいです。
ではまた。