鳴き声
月もなく、曇りなのか星さえ一つもなく。
世界を包むような暗闇を、街灯が気味悪いほどの白い光でわずかばかり照らしている。
「ちこ、ちこ、どこいるの?」
大人でさえ不気味に思うような闇の中を、一人の少女が泣きそうな顔で走っていた。
不安げな声で、必死に闇を見渡しながら道を走る。
額に浮かぶ汗が少女が長い間走り回っていることを伝えていた。
愛猫の行きそうな場所もすべて探したし、人とすれ違うたびに黒と白のぶち猫を見なかったと聞いた。
しかし姿が見えないどころか、手がかりさえも見つからない。
愛猫がこんなに長い間いなくなるなど初めてのことで、少女の不安は相当に高まっていた。
「あれ、野口さん」
「あ、瀬野さん!」
名前を呼ばれ振り返ると、そこには去年同じクラスだった女の子が不思議そうに少女見ていた。
「どうしたの、こんな夜遅くまで外にいちゃ危ないわ」
「そうなんだけど……あたしの飼ってた猫がいなくなっちゃったの。いつもなら空が暗くなる前に家に帰ってくるのに、いつまでたっても帰ってこなくて。
ねえ、瀬野さん。これくらいの大きさの黒と白のぶち猫見なかった?」
「ごめんね、見てないわ。
今日はもう遅いから明日探したら? こんなに暗くちゃ見つからないだろうし、それにすごく危ないもの。明日の朝、探したほうがいいと思う」
その言葉に少女は少し考えたようだったが、小さく首を振った。
「そうかもしれないけど、もしかしたらちこ、怪我して動けなくなってるのかもしれないし、早く見つけてあげたいの。
もうちょっと遠くのほうまで探してみる」
そう言うと、少しばかり目の前の女の子は黙った。
辺りは暗くて彼女がどんな顔をしているのか、はっきりとはわからない。
「……そう、なら気をつけてね。
裏山の方には行っちゃだめよ」
「うん、わかってる」
それは母親にも散々言われてきたことだった。
裏山は足場が悪いうえ、山犬が出る。昼間はそうでもないのだが、夜に行くには危険な場所だ。
その言葉を聞くと彼女は小さく笑い、そのまま帰ろうしたが、なぜか不意に足を止めた。
「もし近づいてしまったら、どんな声が聞こえても近寄らないようにね。相手の姿がちゃんと見えるまで、近寄っちゃだめよ」
よく意味のわからない言葉に、少女は不思議そうな顔をする。
何が言いたいのかわからなかったが、とにかく気をつけろという意味なのだろうと思い、とりあえず頷いた。
「それじゃあね」
「うん、また明日ね」
女の子の背中がだんだんと遠ざかっていく。
しばらく少女はその姿を見送っていたが、また思い出したように走り始めた。
「ちこ、ちこ!」
何度呼んでも、答える声はない。
今、どの辺りなのだろう。そして何時になったのだろうか。
空はいつまでたっても真っ暗で、夜の道と昼の道はまったくもって姿が違うため、さっぱりわからない。
もういい加減帰ったほうがいいかもしれないと、少女が思い始めたころだった。
にゃおー
「! ちこ!」
道先の暗闇の中から聞き慣れた猫の声が聞こえた。
少女の愛猫の鳴き声は特徴的で、他の猫とは違った変な伸び方をする。野良猫の声と聞き間違えるはずはない。
少女は暗くなった顔に笑顔を咲かせ、声のした方へと走り出した。
闇の先で、猫の声が木霊する。
少女の姿もその闇の中へと飲まれていき。
暗闇から響く少女の足音は不自然に途切れたのだった。