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絶対に明日は二度来ない  作者: 結城蒼生
8/8

地獄に天国を垣間見た

 一歩進むたびに後ろから何かが潰れる音がついてくる。それがゴミを踏みつけた音だと気付くのにさほど時間はかからなかった。

「勘弁してよもぉー……いくらなんでも殺風景過ぎない?」

「まぁ何にもないな」

「しょうがないよ、ゴミしかないんだから」

 弥生一押しの高級飲食店で、桁を間違えたのかとメニュー表を見直してしまうほど安かった朝食をいただくと、弥生の案内に従い歩き始めた。そしてまもなく一時間が過ぎようとしていた。

「何にもないのに案内するところがあるのか?ある意味矛盾してるぞ」

「一つだけあるよ」

「一つかよ」

 そろそろ真剣にどう過ごそうか真面目に考えようと思う。

「大きいからそろそろ見えるはずなんだけど……あった! あの建物だよ」

「あれって、学校?」

 校門こそゴミに埋もれて見えないが、ゴミに囲まれてなお堂々とあり続けるその建物はぎりぎり学校に見えた。

「学校の何が珍しいんだよ」

「驚かないの? ゴミ山の中に学校があるんだよ?」

「あるだけだろ? まさかこんなところで勉強を受けたいと思うやついるわけないよな」

 弥生は時計を見て、笑いながら言った。

「そのまさかだよ」

 その時、学校は十二時を告げるチャイムの音を辺りいっぱいに元気よく響かせた。

「中を見学とかできる?」

 なぜか興味ありげに朝燈が聞く。俺はこんな廃墟に用はないんだが。

「もちろん……と言いたいところなんだけど、今はご覧の通りお昼だ。午後まで待たないと」

 確かに空腹と睡眠不足で倒れそうだ。あの時意地を張らないで朝燈に起きてもらっていればまぶたが重たくなることもなかったのに……。

 眠気が起こるたびにあくびを()(こら)えていた俺だったが、ついに口から漏らしてしまった。

「やっぱり眠たいんじゃない! 何で起こさなかったのよ」

「これは脳に酸素を送って活性化させる動作であって、決して眠たいということの意思表示ではないったぁーっ!」

 あくびをしながら歩いていたが、足元にあった角張った廃棄物に気付かずに(すね)をぶつけ、あまりの痛さに転げ回る。

「……べつに気を遣わなくてもいいのに」

「え? 何?」

「何でもないわよ!」

 突然大きな声を出したかと思うと、転げ回る俺を無視して早足で立ち去ろうとする。

「ニーチャン、女心が分かってないね」

「何にも聞こえなかっただけなんだけど。そもそもお前が女心を語るなよ」

 今度は弥生が小さくため息を吐くと、朝燈が立ち去った方へ歩き始める。

「ちょ、待てよ……はぁ……」

 朝燈のために良かれと思っての配慮だったのに何が悪かったというのだろうか? まぁ、いずれにせよ謝っとくのが良策だろう。謝られて気分悪くなる人はいないしな。

 昼食の際、真心(まごころ)を込めて謝ったつもりだったが、なぜか無視され、またもや弥生にため息を吐かれた。

 なせだ? なぜなんだ? わけが分からない。

 俺はどんな問題も時間が解決してくれると信じてる。だからこれ以上、火油を注ぐような真似はやめることにした。

 女心ってやつは複雑だ。それが男の俺よりも強くたくましく、凛々(りり)しい女の子ならばなおさらだ……。



 俺達は弥生に連れられて学校に入った。外はゴミに囲まれ、見た目はおんぼろだった学校も、中だけは塵一つない綺麗な状態――とはいえ壁が崩れかけてたり床がめくれあがっていたりはするのだが――を保たれていた。

「ここ、下手したらあの宿よりも綺麗かも」

 朝燈は宿と学校の清潔度にギャップを感じている。

 俺からしたらどこも一緒なのだがそれは黙っておこう。

「弥生は学校で勉強とかしないのか?」

 通り掛かった教室で授業をしていたので、不意にそんな疑問を口にする。

「僕は勉強なんか必要ないと思ってるしねー。だって壁の内側にいる限りそんなの役に立たないよ。それよりもバレずに財布を抜き取る方法の方が役に立つね」

 もっともな意見だが、ここにいる子供達は勉強をして頭が良くなりたいから授業を受けているのだろうか? 俺はそうとは思わない。授業を受けている子供たちの目がやけに輝いて見えるからだ。

「教えてるあの大人は誰?」

 朝燈がある男をばれないように指す。彼については俺も少しだけ気になっていた。

 清潔感溢れる漆黒のスーツに、肩まで伸びた金髪。それだけで彼もD地区の住人でないことが分かる。

「月に何回か来る先生だね。それがどうかしたの?」

「彼とはどこかであった気がするの……どこだったかな?」

「俺に聞くなよ」

 自分を観察する存在に気付いたらしい教師とおぼしき男が、生徒に一声かけたと思うと廊下で立ち尽くす俺たちに向かって来る。

「俺たち何か悪いことしたか?」

「私は何も……」

「さぁね」

 みんな揃って否定する。

「君たちも授業を受けに来たのかい?」

「いえ、見学です」

 どうやら怒られるわけではなさそうだ。嘘をつく必要もない。朝燈が切実に答える。

「それなら君たちも僕の授業を受けていかないかい? もちろん無理にとは言わないけど」

 見た感じではさほど授業内容は難しそうではないが、勉強よりも苦手……というか、率直にいわせてもらうと『めんどくさい』ものがある。小さな子供だ。

「いえ、俺たちは遠慮しと……」

「いいんですか! 喜んで!」

 俺が断ろうとしたにもかかわらず朝燈はやる気満々だ。教師はなぜか嬉しそうに(うなず)くと、早速俺たちに自己紹介の場を作った。

「弥生君のことはみんな知ってるね? 今日は弥生君のお友達が来たから仲良くしてあげてください。では彼らから一言ずつ挨拶があります」

「朝燈御紗です。毎日お風呂かシャワーのどちらかは入らないと気がすまない私です。みんなはどうなのかな? よろしくね」

 一見堅苦しい挨拶にも見えるが、親近感を湧かせる簡潔ながら素晴らしい一言だ。子供たちはその小さな手を一生懸命叩く。次は俺だ。とにかく帰りたい。

「城勇人だ。食い物の好き嫌いはしない主義だ。よろしく」

 子供たちは何をウズウズしているのだろうか? 机に手を突いて立ち上がろうとしている子供までいる。そこで俺は気付いた。教師のある言葉を待っているのだ。それは――

「みんなから何か質問はありますか?」

 待っていたと言わんばかりに一斉に手が上がった。元気よく「はいはい!」と連呼する子供たちに、正直俺は嫌な予感しかしなかった。

「ミサおねーちゃんとハヤト君は付き合ってるんですかー!」

「何でお前らみたいなガキが彼氏彼女の関係を知ってんだよ!」

 質問には答えてはいないが、俺の反応に子供たちは大変満足そうだった。教室内が沸き立つ。

「勇人君はただの知り合いです」

 朝燈がキッパリと言い放つ。そこまではっきりと言われてしまうと逆に悲しい。本当のことだけども。

 少し落ち込みを見せる俺とは裏腹に子供たちの質問はさらにヒートアップする。

「ハヤト君はホモなんですかー!」

「またお前か! 少し黙れ! ホモなんて二度と口にするなよ? あの人種は関わっちゃいけないものなんだ」

 目立ちたがりの鼻たれ小僧が、挙手なんて関係ないといったように好き勝手質問する。このガキ、先ほどの質問と合わせて二回目だがやたら物知りだ。しかも無邪気であどけない子供なら知ってはいけない生々しい質問だけだ。

 己の身が大切ならば近付くべからず。子供達には自分の一生を大切にしてもらいたい。自らの同性愛疑惑を否定しつつ警告をうながす。

 そろそろ疲れてきた俺は助け船を求め、隣でにこやかに教室を見回す教師を見る。

「よし、質問タイムはそろそろ終わりにしよう。授業をしようか」

 ストップをかけられた子供たちは意外と聞き分けがよく、素直におとなしくなる。

「君たちは適当に空いてるところに座ってくれ。それじゃあ授業を始めよう」

 授業は算数や理科などみんなが一般的だと思っている教科をするのではなく、簡単な穴埋め問題や少し頭のひねる引っかけ問題といった簡単に楽しくできることばかりだった。俺たちには問題を解くことは造作もないことだが、子供たちがうなりながら悩んでいるところを見ているのが楽しかったため裏方に徹し、アドバイスしたり、すぐに解けて自慢気にしている少年に嘘を教えてからかったりした。D地区に来てから笑うということ自体に懐かしさを感じていたが、この学校では自然に笑うことができ、十分に楽しむことができた。初めは殺風景で何もない退屈な場所だと思っていたD地区で、とても平凡とは言い難いが、俺と朝燈は目安とされていた一週間を毎日学校に通った。日常から切り離され、立て続けにいろんなことがあった俺たちにとって、学校生活とは(まぶ)しいものだったのだ。

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