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絶対に明日は二度来ない  作者: 結城蒼生
6/8

分岐点(下)

「ここか」

 今回は海外へ渡ることなく、日本国内にある普通の中学校だ。

「今回から一人加わるはずなんだけど……」

「遅れてすいませーん。寝坊したっす」

 年齢は二十歳ぐらいで、金髪にグラサン。このチンピラにしか見えない身なりの男が今回加わる一人なのだろう。こんなのと一緒に行けば説得どころか、城と志星まで不審者と間違えられかねない。

「自分は新庄敦史っす」

「僕は城まさ……」

「あー、自己紹介はいっすよ。俺、忘れっぽいんで」

「あ、うん、わかった。それならそうで構わないよ。行こうか」

 差し出された握手を断るように手を振る新庄。無礼だと文句を言おうとした志星を城は片手でなだめる。

「彼に悪気はない」

「で、でもよ……」

 志星は初めて会った時からこの新庄敦史という男が気に入らなかった。その理由が今分かった。周囲と交わることに何の興味も示さず、自分のしたいことをする。そんな男なのだ。

 無言を貫き、中学校に向けて歩きだした彼の背中は「もう何も言うな」と背中で語っていた。自分より年下である新庄にあからさま無粋な態度をとられ、苛立ちを覚えていた志星は、不満をあらわにしながら城についていく。

ここの中学で校長を務める人物は城の旧い友人らしく、彼の案内で志星達は学校内を歩いていた。

「私の生徒達はいい子ばかりでね、毎日が楽しいんですよ」

 小柄で少し丸めの男は、さも嬉しそうに話す。城の知り合いだというからには四十代ぐらいだろう。その若さで校長になったというんだからよっぽど優秀な人なんだろう。髪が薄いのが少し気になるが。

「着きました。御紗はいるかね?」

 とある一年生の教室で止まると、誰かを探し始める。

「何ですか? お父さん」

 声は校長の後ろから聞こえる。

「おぉ、そこにいたか。御紗はいつも速いね。この人たちは私の友人だ。挨拶しなさい」

 校長は女の子を前に押し出す。

「初めまして。朝燈御紗です」

 礼儀正しい清楚な女の子。自分よりも遥かに年上で見知らぬ俺たちを前にしても怖じけず、しっかりと目を見据えていた。同年代の子供にしてはしっかりできてる方だろう。

「この子は私の子でね、母親は出産の時に死んだから親族は私だけになるんだ」

「そして原石」

 今まで静かだった新庄が急に口を開く。

「城君、お二人はもう知っているのかい?」

「神谷は原石で、新庄は今日加わったんだ」

「なるほどなるほど。御紗、お前はそろそろ教室に戻りなさい。集会が始まるだろう」

 女の子は頷くと、志星たちに一礼をして教室の中に入っていった。本当によくできた子だ。

「生徒はこれから全校集会で体育館に集まるんですよ。校長室でお茶でも飲みながら話しませんか?」

 すでに各クラスが体育館に集まるため、廊下で整列を始めていた。その中で、大人四人が廊下に突っ立っていては邪魔でしかない。即座に校長室へと退避した。

「今頃、生徒は体育館に集まっていることでしょう。さて、本題に入りまし……」

「あのー、トイレ行ってきていっすかね?」

「構わんよ」

 空気を読まない新庄が出ていく。

「私の娘のことなんですがね、右目にカラーコンタクトを入れてるんですよ」

「知っています。右目ですね?」

 分かって当然のように言われても志星はまったく気づいていなかった。

「いやはや、お気づきでしたか。それなら話は早い。娘のようにチカラを持ってしまった子供たちが可哀想で可哀想で……。だから私はそういう子を集めてチカラというものを教え、正しい使い方を学ばせたのです」

「そのせいでしたか。ここに来てからずっと不思議に思っていたんですよ。普通の子が少ないってね」

「はい、全国の貧しくて学校にもいけないような子には私がお金を出し、将来、チカラを隠しながら社会に溶け込めるように育成しているのです」

「その心遣いありがたいのですが……」

 城が何かを言いかけたとき、校長は悲しそうな表情で首を横に振る。

「えぇ、分かっています。いつか私のところにも来るのだろうと思っていましたよ。政府からのお達しがね。今日の集会……それは私の最後の挨拶をする臨時の集会なのです。さぁ、行きましょう。私のかわいい生徒が待つ体育館へ」

 重々しく立ち上がった校長に続いて部屋を出る。

 校長が悲しむのも無理はない。

 体育館では全校生徒が集まり、校長の姿が現れるのを待ち続けていることだろう。そして、校長は別れの挨拶を告げるのだ。

「今年の三年生はもうチカラを制御することを学び、高校に進学する準備をしていたんですよ。誠に残念で無念で切なくて……ん?」

 今にも涙が溢れ出そうな校長は一点を見つめて立ち止まったかと思うと、きょとんとしたまま棒立ちになる。

「御紗? 集会はどうしたんだ?」

 廊下の向こうから弱々しく駆けてくる小さな少女は、校長の体に倒れるように寄り掛かる。なぜか衣類に所々赤い斑点付いている。

「逃げ……て……」

「どうした? 何から逃げるんだ?」

 少女の体から力が抜け、倒れかかった体を志星は抱き抱える。

「気絶した。そんなことより自分の身を心配した方が良さそうだ」

「そうだね。くるよ!」

 城は何かを右手で払い除けると、甲高い擦過音が鳴り響く。城がいつも身に付けていた腕時計の残骸だ。

「いやー、お見事」

 気持ちの入っていない賛辞と乾いた空気に反響する軽い拍手。

 少女を追うように姿を現したのは、トイレに行っていたはずの新庄だ。

「身に付けているものは全部武器っすか? 怖いっすよー」

「君のその格好も愉快とは言い難いけどね」

 新庄の頭の天辺から足元に至るまで、衣類の模様とは言い訳できないほどこびりついていた。真っ赤な『血』が。

 それを気にすることなく会話をしていられる新庄に、おもわず身震いが走る。血に慣れている。それがどれだけ恐ろしいことなのか、世界を見て回った志星と城は知っている。

「そういえば、城さん。あなたが保護と称して政府のもとに送っていた子供達……どうなったか知っていますか?」

「それは政府が監督のもと、教育を受け、将来……」

「やっぱりその程度っすか」

 城の顔には疑問の色が浮かぶ。

「何年間、この仕事をしてきたんすか?」

「十八年だったかな」

「じゃあ十八年間、騙されてたんすよ。あなたは子供達を地獄に送っていた。最低っすね! あははっ」

「どういうことだい?」

 口調は相変わらずだが、城の苛立ちが目に見えて分かる。

「子供達が受けていたのは教育じゃない。脳に電極線刺されて薬物注射打たれて、人体実験と何ら変わらない。しょせん、原石も政府のおもちゃと何ら変わらないってことすよ。さすがに今回は政府も危険視したんじゃないすか? チカラの自覚がある子供が数百を超え、政府に対して一斉に反旗をひるがえす。おぉー怖っ」

「私はそんなこと……」

 校長は顔を蒼白にして震えている。

 彼が生徒をそんな風に使うはずがない。生徒を見守る優しい目をしていたのを俺は知っている。彼はただ純粋に、子供達の将来を、未来を、希望を……見守ってやりたかっただけなんだ。

「えぇ、そんな気がないのはわかるんすよ。でもな? もし仮にだ、あんた自身がテロリストに人質として捕らえられ、脅迫されたら? 可能性はいくらでもある。なんなら一から百まで言ってやろうか? 日が暮れちまうと思うけどな」

 ついに校長は頭を抱えて塞ぎ込んでしまった。

「雑談ここまでにして……その女の子、俺に渡してくれませんか?」

 新庄はにやつきながら手に持ったナイフで少女を指差す。

「もし僕がこの子を君に渡したらどうなる?」

「そりゃーまぁ、昨日までと変わらず同じように過ごせますよ? 子供を集めて送るの毎日に。拒むというなら、指示通りあなた方をぶっ殺しまーす。意味はないと思うけど証人は消しときたいんじゃないすか?」

「なら答えは一つしかない。君を倒し、命を一つでも多く救うとするよ」

 城は志星達の前に立つと、スーツの上着を脱ぎ捨ててラフな格好をする。

「だらしない……が、動きやすい服装も悪くはないかな? 最後に聞いておこうか。他の生徒はどうなったんだい?」

「これも指示通り、教師もろとも全員」

 人をあやめたということをさほど気にした様子もなく、変わらぬ調子の新庄。いかなる方法を持ってしても数百人の人を限られた短い時間で殺害するのは不可能だ。朝燈御紗のように逃げ出すことに成功した人はいるだろう。しかし、多くの血が流されたことは確かのはずだ。それは新庄の服についた血が物語っている。

 志星の中にはより一層深い怒りが湧き、拳を血がにじむほど固く握りしめていた。

「俺もやる。もともとこいつが気に入らなかったんだ。いい機会だ」

 志星だって長く城と過ごし、生身でも敵と渡り合えるぐらいの実力が自然とついていた。邪魔にはならないはずだ。

「いいや、君は逃げるんだ。その子と校長を連れて逃げるんだ。幸いなことに、君に関するデータは僕が全部消してある。君を追うことはできないはずだが、相手は日本を統治する謎の多い政府だ。何が起こるかはわからない。だから気を引き締め、身を隠し、自分のやりたいことをすればいい」

「でも……」

「物事を正しく見極めるんだ、神谷。今までスポンサーだった政府は敵になったんだ。考えれば分かるはずだ。こんなところで駄々をこねてる暇はないということに。これだけは言わせてくれ『迷うぐらいなら本能に従え、絶対に立ち止まるな』とね。それと、僕の家族もよろしく頼むよ。さぁ、行って!」

 志星は少女と城の背中を交互に見る。そして悩む。今怒りに任せてここに残るのと、確実に救える命を救う、優先すべきことはどちらか考える。

城ならどうする? おそらく後者だ。

 もちろん城は生きて帰ってくる。そう信じてはいるが……信じずにはいられない。しかし、もしものことがあるかもしれない。志星は逃げる。そして、決意する。

 城雅之という男が願っていた、誰もが笑って暮らせる世の中を創る――と。

 決心がついた志星は、校長を無理に引っ張って連れ出しながらつぶやく。

「帰ってこいよ」

 志星の想いがこもったその一言が城に届いたかはわからない。いや、たぶん伝えてくれたはずだ。彼のチカラである風が。だから何食わぬ顔で帰ってきてこう言うんだ。

「あの時の言葉、風が教えてくれたよ」

――ってな。



 後日、城は帰ってこなかった。志星は不安に駆られ、ひどい罪悪感にも悩まされたりした。それでも彼が残した奥さんとその息子の様子を見に行った。空は大きな黒い雲に覆われて暗かった。彼はそれが雲ではなく、煙だと気付いたのは城の家に着いてからだ。

 城の家が真っ赤に燃えていた。その光景を見ながら、コンビニ袋を片手に呆然と立ち尽くす少年――城勇人がいた。彼は母親に頼まれて買い物に行った帰りだったのだ。その日は風が強く、炎がより一層凶暴なものとなっていた。

「まさか……な」

 志星は呆気あっけにとられながら呟く。

 最悪の事態を否定したい志星は一刻も早く奥さんの姿を確認したかったが、轟々と燃えたぎる炎の中に突っ込んでいくわけにもいかず、消防隊による消火を待った。鎮火されて出てきたものは一つの黒こげになった塊だった。以前ならそれは、楽しければ笑い、辛ければ泣き、腹が立てば怒るといった感情を持った一人の人間だったものだ。そして、その焼死体は城勇人の母親である城七恵であることが判明した。身元確認をするまでもなく決定的な証拠が見つかったからだ。勇人に渡した財布の中から遺書が出てきた。志星に全てを託す。息子をよろしく頼む――と。遺書が見つかるまで、政府による工作だと信じて疑わなかった志星も、冷静を取り戻し、遺産の相続の手続きをした。これから勇人が何一つ不自由しないで暮らしていけるようにだ。放心状態から抜け出せないでいる勇人の心も時が自然と回復してくれることだろう。

 城の遺業のおかげなのか、志星に追手がかかることはなかった。彼が気づいてないだけで、政府はまだ志星のことを追っているのかもしれない。いくら国の政務をこなす政府であったとしても死人を大々的に探すことはできないからだ。

 例の中学校は志星が去ったあと、すぐに倒壊し、大規模な火災が発生した。以前から建物を支える支柱に亀裂があったらしく倒壊。そして、火災のせいで全てが焼失した。生徒、教師が揃って事故死。

 なんとも都合のいい話だ。

 志星はテレビ局に押し掛けて事実を話そうかと何度も考えたが、そのたびに思いとどまることとなった。どうせ頭のおかしいやつ扱いされるか、最悪、政府に目をつけられて処分されるかもしれない。

 今は睨まれぬように大人しくし、水面下すれすれで活動を続けようと決心した志星。

 その努力が彼の短い人生が続いてる間にみのってくれること、そして城が無事帰ってくることを、志星はひたすら祈ることしかできなかった。

分岐点は完結です。

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