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絶対に明日は二度来ない  作者: 結城蒼生
5/8

分岐点(中)

 一見、優勢に見える志星だったが、彼は内心焦っていた。今は油断して一直線に突っ込んでくる小男も、志星に動きが見えてると思い込めば、パターンを変えてくるに違いない。そうなれば志星にはなすすべがなかった。

「見えてるならいくら走っても意味がないってことか……クックックッ」

 走るのをやめた小男がゆっくりと近づいてくる。

志星にとってこれは最悪の事態だ。小男が開き直れば下手な時間稼ぎは仇となる。対抗策を練る時間もない。彼にとって一生に一度あるかないかぐらいのピンチが訪れた。

 志星と小男との距離はゆっくりと、だが確実に縮まっていく。そのスロースペースが志星に余計、恐怖を植え付ける。

 そして、小男は止まった。手を伸ばせば届きそうな距離で。

「俺の蹴りの重さに耐えられるか?」

 いきなりの蹴り宣言。

 志星が何かを言い出す前に小男は腰を落として踏み込む。あまりの力強さに彼の足元が割れていた。あの速さの蹴りを至近距離で放たれてどうにかできるほど志星は優れていない。ましてや直接蹴りを受け止めることは論外だ。

 すでに蹴りのモーションに入りかけていた小男に対し、何の対抗策も浮かばずに慌てふためいていた志星はどうにか最低限のダメージに抑えようと考えるが、男の蹴りを予測して動くことしかできない彼にそんな芸当ができるわけもなく、唯一反射神経が対応して目を閉じるのがやっとだった。

 目を閉じ、歯を食い縛りながら来るべき衝撃に備えていた志星に、いつまで経っても予想していた衝撃は訪れない。恐る恐る目を開けた志星の目の前には、昨夜、彼が叩きのめした男が涼しそうな顔をしながら片手で蹴りを受け止めていた。

「あんたは昨日の……」

 志星はこの場にもう一人、謎の男が現れたことに驚きを隠せないでいる。

「それを今答える必要はない。少し下がってくれないかい? 邪魔だ」

「クックックッ……貴様、誰だ?」

 動揺を隠しきれないのは男も一緒だった。調子を崩さないように焦る気持ちを押しこらえてはいるが、あまりにも突然なことだったために質問が先に出てしまった。

「通りすがりのヒーローとだけ言っておこうか」

 突然の来訪者は男の動揺を感じ取ったのか、優位に立っていることをさらに強調するために弱気な姿勢を見せない。

「……チッ」

 足を掴まれた男は憎々しげに舌打ちをすると体を捻って抜け出そうとするが、びくともしない。

「弱いな。その程度で人拐いなんてやっているのかい?」

 その涼しげな顔には一切の焦りが見られない。一方、身動きが取れない小男の額から焦りと不安が入り交じった汗が滝のように流れ落ちる。

「諦めて帰ってくれないか?」

「そんなの……クソ食らえだぜ……クックックッ」

 誰が聞いても強がりにしか聞こえない。いまこの場の主導権を握っているのは男ではなく、ヒーローを名乗るこの男だからだ。

 自称ヒーローは男が抵抗する間もなく地面にねじ伏せると、容赦なく腹に重たい一撃を加える。すると男は動かなくなった。

「さてっと、危なかったね」

 ズボンに付いた砂ぼこりを手で払いながら振り向く。

 昨日会った時はすでに時間帯のせいもあって辺りは暗く、顔を見ることはなかった。それに、志星が有無を言わさずに殴りかかってしまっために面と向かって会話をすることもなかった。よく見ると整った顔立ちなのだが、なぜか彼の笑顔は安っぽく感じた。そして、職業上の理由なのだろうか? スーツ姿だった。

「怪我はないかい?」

「ん、まぁな……」

「それは良かった。そうそう、自己紹介が先だったね。僕は城雅之」

「俺は神谷だ」

「知ってるよ」

「はぁ?」

 予想外な返答に志星はひょうたんな声を上げて男の顔を見る。彼はにっこり微笑みながら話を続ける。

「風が教えてくれる。君の名前や性格、身の上や過去の出来事まで全部」

「俺の何を知ってるって言うんだ」

「何もかもだよ。君が両親とうまくいってないこととかもね」

 大きく目を見開きながら後退りをする。

 当然だ。いきなり現れた男が風が教えてくれたと言いながら家庭環境を把握しているのだから。志星は驚き以上に恐怖を感じ始めていた。

「僕は原石と呼ばれる能力の持ち主だからさ。そして、君もだ。神谷君」

「俺? いやいや、俺は風の声なんか聞こえねーし」

「原石の種類は人それぞれだ。君の場合はまだわからないが素質を感じる。原石はお互いのチカラに反応して第六感を刺激するってのが僕の考えだ。信憑性は薄いけどね。そんな気がするだけさ。でも、この男も君のチカラを狙ってのことだろう。僕はこれからちょくちょく君の前に現れるかもしれないけど気にしないでくれ」

「気にしないでって言われてもな……実感湧かねーし超能力使えたら苦労しねーし……」

「心配ないさ。僕は適当にぶらぶらしながら過ごすだけだし、チカラも意識する必要ない。普通に学校生活を送ればいい。おっ、君の友人がそろそろ起きるんじゃないか? 僕は行くよ。この男は貰ってくから。じゃぁね」

 城雅之に沈められてぐったりしていた小男を、右手一本で軽々しく担ぎ上げて歩き出す。あんな細い体のどこに筋肉が詰まっているのかを外見から判断するのは不可能だった。

 まだまだ聞きたいことがありそうな志星であったが、一度に色々なことがありすぎて言葉が詰まっていた。そんな彼に構うことなく城雅之は公園を出て、見慣れた町並みへと消えていった。

「うぅぅ……」

「お前ら! 起きたか!」

 気を失っていた友人が次々と目を覚まし始める。志星はふと笑みをこぼしながらも彼らのもとに駆け寄る。このとき、志星は城雅之の存在を忘れていた。今は体を痛めた友人たちに肩を貸し、介抱することだけを考えていたからだ。

「へへっ……ヘマしちまったぜ……」

「俺を呼ばないからだ」

「仲間外れにして悪かった」

「黙ってろよ、馬鹿野郎が」

 志星は不安そうに彼の顔を見つめる友人たちに無理やり作った満面の笑みを見せつけると、彼らは安心したように沈黙を宿し、体を志星に預けた。

 それからというと、志星は何処と無く無口になり、周りに関わろうとしなくなっていた。つるんでいた友人すら彼は拒絶した。先日起きた一連の事件のことで、どこか心の奥底で責任を感じていたのかもしれない。だんだんと学校にもいかなくなり、部屋に引きこもって真夜中に外出することが日課になりつつあった。

 そしてある日、空虚な生活を送っていた志星の前にあの男が再び現れた。


「やっ!」


 にこやかに手を振る城雅之を志星は無言で一瞥いちべつする。

「元気そうで何よりだね」

 今の志星を見て元気そうだと言うやつは目が見えないか嘘つきかのどちらかだろう。すっかり痩せ干せ、顔もなんだか青白い。志星自身ですら自覚しているのだ。他人から見ればなおさらだろう。しかし、きっと城雅之は知っている。志星の真っ白に染め上げられた無に等しい日常を。

「今日僕が来た理由、それはだ……少しは僕の話に興味を持って欲しいね」

「……」

「まぁいい、話に戻ろうか。いきなりで悪いんだけど、君に来て欲しいんだ。僕と一緒に」

 下げていた視線を城雅之に戻すと、前に見た優男の印象とは別に、真剣な眼差しで志星の目を見据みすえていた。

「……新手の告白か?」

「僕はそっちの趣味があるわけじゃない。今回、政府から重大な使命を帯びた。前からやりたいとは思っていたし、快く引き受けた。だからこれから全世界を回って歩くことになる。そこでだ、もう君の近くで守ってあげることもできなくなる。だから一緒に来ないか? 望むのなら僕の権限で君が死んだことにして学校に行かなくてもいいようにもしてあげられるよ? 無理にとは言わな……」

「……くよ」

 まるで志星は今の生活に未練がないことを知っているかのような口調であった。志星もそれを分かってのことだろう。

 蚊の鳴くような小さな声で呟いた志星に対し、嬉しそうに城雅之は聞き返す。

「ん?」

「だから俺も行くって言ってんだろ!」

「わかった」

「そのかわり、俺を存在しなかったことにしてくれ。もう二度と……ここには戻らない」

「了解した。でもなぜだい? 学校に行きたくない……ってわけでもなさそうだし、変わってるね」

 からかうようなそぶりを見せたが、すぐ自重する。

『一刻も早くこの地を離れたい』

 近くにいれば誰もが感じ取れるだけの強い思いを発していたからだ。

 側で志星を守っていたことや簡単に存在を抹消できるだけの権限。いろいろと疑問に思うことが志星にはあったが、そんなこと問題ではなかった。城雅之という男といればいずれわかることを志星は確信していたからだった。



 志星は交通事故で死んだ。そういうことになった。どうやったのかは知らないが、城の背後に政府がついているならそのくらい簡単なのかもしれない。

 数少ない親族を集めて葬式が現在行われていることを志星は空港で知らされ、複雑な心境におちいっていた。

「海を越えても越えなくてもだ、もう後には引き返すことはできない。進むしかないんだ」

「わかってる。それにもう戻る気はないさ」

 志星と城は世界各地を転々として回った。そうしているうちに志星は城雅之という男について知ることとなる。城雅之は偽名でもなんでもなく本名だということや年齢は志星とあまり大差ないことなど様々だ。志星が彼の過去について知る機会はなくはなかったが、いつもごまかされていた。志星には城が意図的に避けている気がしてならなかった。

彼らの目標は原石と呼ばれる能力を持った人物を訪ねて能力を説明し、保護することだ。保護というのはお金を渡して日本に送るだけの簡単な作業のことで、保護の対象者に多かったのは小学校に通う年代の子供達だった。城が言うには「まだ自分の中に眠る能力にを気付かれずにいる少年少女が、組織に取り込まれる前に回収するのが僕達の目的であり、使命なのさ」らしい。

 争い事を極力避けていた城と志星も無傷で済まなかった。城の存在をうっとうしく思うの組織が山ほどいたからだ。チカラを利用すれば世界を動かすことだって不可能ではない。

 日本は国際社会の一員として、軍事目的でチカラを回収すると公表するわけにはいかなかった。なので名目上、貧しい子供たちに普通の暮らしをさせるために保護するとのことだったが、日本がたくさんの原石を所持するという事実に変わりなかった。そのため、他国や組織が警戒どころか、妨害してくるのは当たり前のこと。あわよくばチカラを横取りしようとまで考えているのは丸わかりだ。雇われたチンピラやごろつき、組織化されたマフィア。またある時にはその国の軍が介入してくることもあった。

「たまには逃げることも大切だよ」

 城はよく言っていた。志星の記憶には逃げてばかりの記憶しかないのだけども。

 世界中を回って数年たったある日、城は突然日本に帰ると言い始めた。志星には帰る場所がないのだが、城についていくしかなかった。日本に帰ってからは急遽きゅうきょ、城が家庭を持ち、志星は城の用意した住居に落ち着いた。しかし、世界の原石探しに終わりはなかった。城に子供ができ、すくすくと成長を遂げ、一人前の男として認めてもいいほど大きくなったその時、事件は起こった。

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