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絶対に明日は二度来ない  作者: 結城蒼生
4/8

分岐点(上)

 日はすっかり沈み、夜のとばりが辺りを覆い始めていた。そんな時間帯であるにもかかわらず公園では、学生服をだらしなく着こなした四、五人の少年がたむろしていた。

「また一人やられたのか……。これで何人目だ?」

「四人だ」

「畜生っ! 俺たちだけ狙いやがって……」

「そのことなんだが、タッツが目を覚ました」

「タッツが起きたのか!」

 タッツとは、先日、病院での生活を余儀なくされた彼らの友人のことだ。

「いや、退院はまだ先らしい。で、タッツの話によると、知らない男に志星の居場所を聞かれたらしい。そして、知らないと言ったら急に殴り掛かってきてボコボコにされたそうだ。何か心当たりは?」

「いや……何も……」

 不意に仲間の名前があがったことで少年たちはざわめく。その中でも特に驚いていたのが本人である神谷志星だった。

 志星には後ろめたいことはなかったが、おもわずうつむいてしまう。

「志星が知らないにしてもだ。これ以上志星といるのは危ないと思うのは俺だけじゃないはず。違うか?」

 わざわざ志星の顔色を伺いながらうなずく者や、そんなこと気にせずに遠慮なく頷く者など様々だ。結局はなんとなくつるんでるだけの集団に友情なんて生ぬるいものは存在しなかったのだ。

「あぁ、わかったよ。俺がいなくなれば平和だもんな。とっとと失せてやるよ」

 誰も何も言わない。

 それだけでも志星の心は大きく傷付いた。裏切られ、突如失った自分の居場所。仲間だと思っていた連中の中に、もう自分の居場所がないのだと悟った志星は、ふらふらと立ち上がり、公園を出た。それを止める者が誰もいなかったのはいうまでもない。



 ある時間を境に誰もが一日の責務を終えて帰宅する。その後は人を見かけることさえ珍しくなる。しかし、いくら時計の針が進もうと、志星は決して家に帰ろうとはしなかった。それどころか、何の目的もなしにただひたすら歩き続けた。心の穴を埋めるものを探し求めて。

 小学校も中学校も、志星の周りは友人でいっぱいだった。高校に入ってからも苦労することなく友人はできた。だが、失うことには慣れていなかった。初めての孤独に免疫がなかった志星は心に尋常ただならぬ大きなダメージを受けた。

 肩を落として河川敷かせんじきを歩く志星に、背後から声を掛ける一人の男がいた。

「君、とっても悲しそうな顔をしてるね」

 時刻はすでに夜中の二時を回っていた。

 こんな時間に歩き回る人間にろくなやつはいない。ましてや話しかけてくるのは特に危ない。宗教の勧誘などでは済まされないだろう。

 自分も夜の街をふらふらしていたことを棚に上げて、男を無視すべく、足取りをよりいっそう早める。どこへ行くのかも知らずに。

 だが、次の一言が志星の歩みを止めた。

「ふむ、友達と喧嘩したのか。しかも直接の責任は君じゃないね。友達に怪我を負わせた男には気を付けた方がい……っ!」

 男は話を途中でやめてしまった。いや、やめざるを得なかったというべきか? 何故なら、男の顔には志星の拳がめり込んでいたからだ。

「テメェの! せいで! なんで! 俺が! 苦しまなきゃ! いけねんだ! よっ!」

 志星は何度も何度も何度も何度も拳を降り下ろした。仲間がやられた分。自分が受けた心の傷の分、そのすべてを出し尽くした。そして去り際に憎々しげに吐き捨てる。

「二度と俺の前にそのつら見せるんじゃねぇ……」

 男は横たわったまま動かない。当然返事はない。

 手には割れたメガネの破片が刺さって血を流していたが、そんなこと苦ではなかった。それ以上に彼は達成感を感じていたからだ。



 次の日、志星はいつもの公園に向かう。学校に行く前は友人が絶対に集まる公園だ。

 もう襲撃の恐怖に怯えなくていいということ。そしてまた、いつもみたいに馬鹿騒ぎができるということを彼は伝えるつもりでいた。だが、公園に着いた浮かれ気味であった志星の目に飛び込んできた光景、それは彼がそれまで味わっていた達成感を根本的にくつがえすものだった。

「おい、なんだよ……これ……」

 無意識に志星の声が震える。

 辺り一面に持ち物が散乱し、昨日公園にあった顔ぶれが揃いも揃ってうつ伏せに倒れていた。

「俺以外みんなやられちまったのか……」

 地面に倒れている少年たちは喧嘩をしない連中ではなかった。それどころか、志星を含め、全員が喧嘩には慣れっこだったといっても過言ではない。

「お前が神谷志星だな?」

 いつから男はそこにいたのだろうか。

 神谷は声の方へ慌てて振り向く。そこにいたのは口元を黒いスカーフで隠した小柄な男で、志星が距離を置くために下がっても微動だにしなかった。それは、いつでも捕まえることができるという自信の現れだったのかもしれない。

「だとしたら?」

 志星は虚勢を張るため、切羽詰まった頭で絞り出した答えがそれだった。しかし、すぐにそれは不味かったと悟る。

「……」

 相手は無言だったが、場の雰囲気が変わったのを肌で感じとり、志星は思わず身震いをする。

 いくら学生とはいえ、何もしないでやられるほど志星は馬鹿じゃない。喧嘩で一対一なら誰にも負けなかった。少なくとも同じ学生にはだが。

「お前を頂く。くっくっくっ」

 小男は気味の悪い忍び笑いをすると、音もなく志星の背後に回り込む。

 志星には腕に多少の自信があった。勝つことはなくても負けることもないと思っていた。しかし、志星のちっぽけな自信も、大きすぎる実力を目の当たりにして萎縮してしまう。

 無意味だと分かっていても小男との間に距離を置く。

 志星は小男から目を離したつもりはなかった。だが、小男はまるで……そう、瞬間移動のように背後に回り込んだのだ。

「誰一人お前のことを話さねぇから探すのが大変だったんだぜ?」

 小男は倒れた志星の友人を一瞥いちべつしながら唐突にそんなことを言う。

「こいつらが?」

「話すどころか逆に殴りきってきたぜ。当然返り討ちにしてやったけどな。クックックッ」

 自らの保身が目的だった彼らが志星のことを売らずに殴りかかっていった。その事実を志星は理解できなかった。

 彼らは志星を遠ざけときながらしたかったことはこんなことだったのか?

 それを問うべき相手は気を失って倒れている。

「くくくっ、はっはっはっ! お前ら……カッコ悪すぎるぜ……」

「恐怖で潰れたか……。それならそれでやりやすい。ターゲットを回収する」

 男は動いた。いや、動いたのかどうかすら怪しい。なぜならば志星には目で追うだけの動体視力はないからだ。彼にそれが見えていたとは到底思えない。

 だが、志星は動いた。それは迷いを微塵みじんも感じさせないものだった。

 体勢を低くしながら前方に向かって拳を突き出す。

「運がいい。次で終わらせてやる」

 すぐ間近で聞こえたはずの声の主は志星から少し離れた場所に立っていた。

 志星の行動にどんな意味が含まれていたのだろうか? それは彼自身にしか分からない。

 またしても小男の姿が消える。志星はそれを見て素早く数歩下がりながら虚空に力いっぱい拳をかざすも、やはり空振りだった。

「まさか……見えてるのか?」

 志星の無謀ともいえる暴れっぷりに異変を感じたのだろう。再び姿を見せた小男は予想外といわんばかりに戸惑いの表情を見せる。

「はっ、そのまさかに決まってんだろ」

 自信満々に答える志星に小男は訝しげに顔を歪ませる。

 志星はただ闇雲に拳を振るっていたのではなかったのだ。足元いっぱいに敷かれた砂利の軋み、大気の微かな動きの変化。まぐれでも何でもなく、鋭い観察力と洞察力による狙って突きだされた拳だったのだ。。

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