第29話:刑事の殺し
黒沢探偵事務所。
俺は椅子に腰掛けて新聞を読んでいた。
「所長、珈琲飲みますか?」
「うん」
聡美が珈琲を持ってきた。
コンコン──ドアがノックされ、聡美がそれを開けた。
二十代の男性が入ってくる。
「依頼ですか?」
「妻の死の真相を探って下さい! 妻は……妻はきっと奴らに!」
「落ち着いて、話をして下さい。奥様が亡くなられたということですが、一体何があったというのですか?」
男性は深呼吸をして気分を落ち着かせると口を開いた。
「実は……」
男性の話では、昨晩、仕事が終わって家に帰ってくると、リビングで妻が首を吊って亡くなっていたという。警察は現場の状況から見て自殺と判断し、捜査を打ち切った。
「なるほど。分かりました。その依頼、承ります」
では──と、俺は続ける。「貴方の名前と連絡先を教えて下さい」
男性は葛飾区に住む小川 健二であることが分かった。
「それでは調査しますので、現場を拝見させてもらいます」
俺と聡美は小川と共に車で小川家へと向かった。
小川家は葛飾区の亀有公園前にある。俺たちはその小川家に入った。
妻が亡くなっていたのはリビングで、帰宅した当時、部屋は綺麗だったという。部屋の状況は発見時のままだ。
遺体が吊されていた場所の床には踏み台にしたものが存在しなかった。
「小川さん、遺書はありますか?」
「遺書てすか? えっと……」
小川は懐から妻の遺書を取り出した。
遺書には、生きていくことに疲れた、と書かれていたが、手書きではなくパソコンで打って印刷したものである。
俺は携帯を取り出し、洋子に電話をかけた。
「はい。どうしたの?」
「小川 健二の家に来てくれ」
「小川 健二?」
「葛飾署が自殺で処理した事件だ」
「分かった。待ってて」
電話が切れる。
それから二十分後、洋子が鑑識課の署員を連れて現場にやってきた。
「貴方が出しゃばってるってことは、やはり殺人?」
「現場の状況から見て殺人だろうな」
洋子が現場を見渡す。
「踏み台になるようなものが無いわね」
「小川さん、この家にパソコンはありますか?」
「ありますが、それが何か?」
「遺書はそのパソコンで書かれたものかも知れないんです。パソコンを拝見させていただくってことは?」
「いいですよ。二階にありますのでご自由にどうぞ」
俺たちは二階に上がって部屋に入った。
「鑑識さん、パソコンのキーボードの指紋を」
「了解しました」
鑑識がキーボードの指紋を採取した。
「では指紋の分析をしますので私はこれで」
去っていく鑑識。
「洋子、倉田さん、葛飾署へ行こう」
俺たち三人は葛飾署へと行き、捜査関係者に話を聞くことにした。
捜査をしたのは三人の刑事だった。
「本庁の方々が出て来るってことは、事件性があるってことですか?」
「現場の状況から見て自殺ではないことは明白です」
「流石は本庁。お見逸れしました」
「それで、何を聞きたいんです?」
「なぜ自殺だと断定を?」
「それは現場に踏み台があったからですよ」
「待った! 本当にあったんですか?」
「ありましたよ」
「異議あり! 我々が現場を見た時、そのようなものは見ませんでした。あなた方の発言は矛盾しています!」
「……それは旦那が片付けてしまったからでは?」
「遺書も見つかってますよね?」
「小川 幸子は自殺です!」
「あなた方三人はどうしても自殺にしたいようで……」
「どういう意味です?」
証拠は無いが……。
「それはあなた方が小川さんの奥さんを殺したからです!」
辺りがシーンと静まり返る。
お三方は驚き戸惑っている。
当たりか。
プルルルルル──洋子の携帯が鳴った。
応答する洋子。
「はい、荒川です。……はい。……はい。……分かりました」
電話を仕舞う。
「たった今、鑑識から連絡があって、パソコンから葛飾署の刑事の指紋が検出されたそうよ。名は岩上 富雄」
「岩上 富雄さんはどなた?」
「……俺です」
三人の中で一番若い男性刑事が口を開いた。
「実行犯ですか?」
「いや、遺書担当です。殺したのは二人です」
「そうですか。殺害の動機は何です?」
「幸子は俺たちが捜査費の流用をしているのを突き止めたんです。そして脅迫してきました」
「だから殺した、と?」
「すみませんでした」
三人はその場に崩れた。
その後、三人は別の刑事に逮捕され、殺人罪と横領罪で起訴されたという。