第15話:放火と気道熱傷殺人事件
千代田区の住宅街で火災が起こった。
その現場付近にたまたま居合わせた俺と洋子はすぐさま百十九番通報をした。
数分後、消防車が駆けつけ、消防士による消火活動が行われた。
やがて火は消し止められ、建物の中から黒田 陽一という、NPPに勤務する男性の遺体が運び出された。
その後、火災調査官の調査で火災は放火によるものだと断定された。
「放火殺人、と言うことか」
陽一の死因は気道熱傷による窒息だった。死亡推定時刻は今日の午前六時前後である。白昼堂々の殺人だ。
「警部!」
唐沢刑事がやってくる。その手元には焦げた鉄パイプがある。
「こんなものがありました。何なんでしょうか」
「鉄パイプ?」
「なるほどな」
「何が、なるほどなの?」
「犯人が被害者を殺した方法が分かったんだ」
「殺害方法って、放火でしょ?」
「違うな。死因が気道熱傷だったことから考えると、犯人は被害者を先に殺してから火を放ったんだ」
俺は鉄パイプを指差す。
「犯人はこれで被害者を殴って気絶させると、これを口に入れ、ガスバーナーで気道熱傷を誘発させ、被害者を死に至らしめたんだ」
「なるほど」
「後は犯人を絞り上げるだけだな」
唐沢刑事──と、続ける俺。「被害者の交友関係洗ってもらえますか?」
「分かりました」
唐沢刑事は走り去っていった。
鉄パイプは洋子に渡されている。
「これで気道熱傷ね……」
「洋子、俺たちは被害者の職場へ行ってみようか」
そう言って車に乗り込む俺。運転席には洋子が座る。
「確かNPP東日本品川店だったわね」
洋子が車を発進させた。
品川の電話会社NPP。
車を駐車場に止めると、俺たちは社内に入った。
事務スタッフが用件を訊いてくる。
「どういったご用件でしょうか?」
洋子は懐から警察手帳を取り出した。
「警視庁刑事部捜査一課の荒川です。黒田さんのことでお話があります」
「黒田さんに何か?」
「実は黒田さん、何者かに殺されました」
スタッフは驚いた表情をした。
「黒田が殺された!? 犯人は誰なんです!?」
「それはこれから調べるところです」
「それで、貴方は今日午前六時前後、どちらにいらっしゃいましたか?」
「その時間は……起床して、朝食を食べていました」
「それを証明出来る人物は?」
「妻が出来ます」
「残念ながら家族の方の証言では立証出来ないんですね」
「はあ、そうですか」
スタッフは肩を落とした。
「では、黒田さんを恨んでる人物に心当たりは?」
「分かりません。黒田は人柄もよく、誰かに恨まれるようなことは……」
「そうですか。ありがとうございます」
俺と洋子は軽く頭を下げ、その場を後にした。
俺と洋子は警視庁刑事部捜査一課にやってきた。
唐沢刑事がこちらへやってくる。
「警部、容疑者が一人浮上しました。今、取り調べを受けてます」
「そう。ご苦労様」
「それじゃ、様子を見に行こうか」
俺と洋子は取調室の隣の部屋に入った。
窓越しに取調室の様子を見る。
取調室では、刑事が同様の質問を繰り返しているが、容疑者はその度に否定していた。
容疑者の名は坂田 浩一。放火の前科があり、被害者とはいつも喧嘩ばかりしていた。
「洋子、女の線で当たってみるか」
「どうして? 犯人は坂田じゃないの?」
「あれだけ否定してるんだから、違うと思うぞ」
「そう。じゃあそうしましょう」
俺と洋子は部屋を出た。
「唐沢刑事」
「何でしょう?」
「女の線で当たってみようと思うの」
「女の線? しかし被害者には付き合っている女性は……」
「居ないということか」
「はい……」
「洋子、現場行くぞ」
「うん」
俺と洋子は事件現場へと戻る。
現場では制服を着た警官が入り口を見張っている。
洋子は警官に警察手帳を見せた。
警官が黄色いテープを持ち上げる。
俺と洋子は中に入った。
「初めて入るな」
「そうね」
俺と洋子は初めて現場に入る。
「何も無いわね」
「火災調査官が持ってったんだろ」
「じゃあ消防本部行かない?」
「行くか」
俺と洋子は消防本部へと向かう。
千代田消防本部。
車を止め、降りる俺と洋子。
消防署員の一人がこちらに気付いてやってくる。
「何かご用でしょうか」
洋子は警察手帳を見せる。
「警視庁の荒川です。黒田 陽一宅から持ち出した物を見せていただけませんか?」
「少々お待ち下さい」
署員はその場を離れると、黒田家にあった証拠品を持ってきた。
その手にあったのは、写真立てだった。
「生憎、ほとんど燃えてしまって、残ったのはこれだけです」
写真立てには燃え残った写真が入っていた。それには端正な顔立ちをした女性が写っている。
「これ、預からせていただいても?」
「事件解決に繋がるのであればどうぞ」
洋子は写真を懐にしまった。
「洋子、区役所行こう」
「了解」
俺と洋子は車に乗り込むと、千代田区役所に向かう。
役所に着き、中へ入って窓口で洋子の警察手帳を使って黒田 陽一の戸籍謄本を請求した。
黒田 陽一の戸籍謄本には、彼が既婚者であることが記されていた。
妻の名は黒田 佐智子。
「すみませんが、この黒田 佐智子さんの住民票もいただいてよろしいですか?」
所員が佐智子の住民票を発行する。
「ありがとうございます」
俺は佐智子の住民票を受け取った。
「洋子、この住所の場所へ行くぞ」
「うん」
俺と洋子は車に戻り、佐智子の家に向かった。
ピンポン──と、チャイムを鳴らすと、中から写真の女性が出て来た。
洋子が警察手帳を見せる。
「黒田 佐智子さんですね? 警察です」
「警察!?」
驚き戸惑う佐智子。
「黒田 陽一さんが何者かに殺害されました。今朝の六時前後、貴方はどちらに居られましたか?」
「そ、それって私を疑って?」
「いえ、形式的なものでして……」
「その時間ならまだ寝てたわよ。それより、これから仕事行くんで、もういいですか?」
「そうですか。では仕事先の住所を教えて下さい。後ほど話を聞きに行くと思いますので」
「銀座のパーリーっていう喫茶店」
「分かりました。失礼します」
俺と洋子は佐智子の家を後にした。
「洋子、今度は佐智子の戸籍謄本調べてみようか」
俺と洋子は区役所に戻り、佐智子の戸籍謄本を請求した。そこには前の夫の名があった。その名は鹿島 浩介。既に他界している。
「この鹿島 浩介の死因調べるか」
俺と洋子は警視庁へ行き、資料課へと足を運んだ。
「真鍋さん」
資料課の真鍋に声をかける俺。
真鍋は振り返ると、「黒沢さん」と、口を開いた。
「それに荒川さんまで。今日は一体どんな用件で?」
「過去の資料を見せていただこうと思ってね」
「過去の資料? どんな資料ですか?」
「鹿島 浩介という男の死因を調べたいんですよ」
「鹿島 浩介って、五年前に焼死した男ですよね。うちには記録がないので、所轄へ行っていただけますか?」
「どこ?」
「練馬署ですね」
「分かりました。ありがとうございます」
俺と洋子は練馬署の資料課へと足を運んだ。
「すいません、鹿島 浩介の事件資料を拝見させていただきたいのですが」
「あなた方は?」
洋子が警察手帳を出す。
「本庁の荒川です」
「少々お待ちを」
資料課の男が本棚を調べる。
「鹿島 浩介……鹿島 浩介……あった!」
一冊の資料を取り出して持ってくる男。
資料には鹿島宅放火事件と書かれている。
「また放火かよ」
「また、と言いますと?」
「千代田区で今朝、放火があったんですよ。そんなことより資料を」
俺は資料を開いた。
「……!?」
俺は資料を閉じた。
「聡、何か分かったの?」
「鹿島 浩介も気道熱傷が死因だ。それに佐智子には多額の保険金が下りてる。こうなってくるとますます怪しいぞ」
「佐智子が犯人なの?」
「銀座のパーリーだったな。行くぞ」
俺と洋子は練馬署を後にすると、銀座のパーリーへと向かった。
「いらっしゃいませ……って、刑事さん。何か分かったんですか?」
「鹿島 浩介、ご存知ですね?」
「鹿島 浩介? 知らないわ」
「可笑しいですねえ。貴方の戸籍謄本にはちゃんと記載されていましたよ。前の夫ですね?」
「なっ……、そうよ。だから何?」
「お答えしましょう。鹿島 浩介は他界しており、多額の保険金が貴方に下りています。そして黒田 陽一。彼にもまた保険金がかけられています。そして、この二人を殺害したのは貴方です!」
「……!?」
「貴方は先ず、鉄パイプで被害者を殴って気絶させ、そのパイプを被害者の口に入れ、ガスバーナーで気道熱傷を誘発させて窒息死させた。そして、家にガソリンを撒いて火を放った。違うところがあったらどうぞ指摘して下さい」
その場に崩れる佐智子。
「すみませんでした……」
「やはり火元はお前か! 洋子、逮捕だ!」
洋子が手錠を取り出し、佐智子の手にかけた。
「黒田 佐智子、殺人及び放火の容疑で逮捕します」
「佐智子さん、最初の事件で巧くいったからって、二度目も巧く行くとは限らないんですよ。それ相応の沙汰、覚悟しておいて下さい」
「ごめんなさい。赦して下さい」
「二人も殺してんだ。死刑かもな」
俺の言葉に佐智子は泣き出した。
「じゃ、後は頼んだぜ」
洋子は佐智子を車で警視庁へ連行するのであった。
元ネタ:火災調査官・紅 連次郎