純都フェルノア-5
そして、無情にも顔すら見ていない兵士はオルハに向けた銃の引き金を躊躇いなく引いてしまった。
銃弾が発される乾いた音が連続で響き、その後には妙な静寂と時が止まったかのような空白が生まれた。
だが、彼女はまだ息をしている。痛みもない。傷一つも負っていなかった。
オルハは不審に思い、すぐさま立ち上がって自らの身体を確認する。銃弾などどこにも突き刺さってはいない。
続いて顔を正面に向ける。
そこには。
そこには、一人の男の背中があった。
陽の光に照らされてなお、闇夜を思わせるような髪と服装をして、装飾にしてはあまりに奇怪な紋様を施されている長大な白銀剣を背負っている。
そして、その前方には二人組のクアドハイト兵。彼らの手には硝煙を吹かす小機関銃があったが、着弾の音はしなかった。
「…………流石、帝国兵だな。逃げ遅れた市民も射殺しようってのは」
おどけた様子で背中を向けた男が言う。そういえばそうなのだ。オルハは人間となんら変わらない外見を持っているし、武器を携帯しているわけでもない。市民だと言い張ればある程度のごまかしは出来るはずだ。
けれど彼らクアドハイト兵はほとんど問答無用で撃とうとした。彼女をテロリストだと認識しているのは彼女自身だけなのだ。この場にいることだって、脚をくじいて動けなくなったなどと考えれば不自然ではないはずである。
「なんだ貴様は! 貴様もテロリストの一員か!」
言い終わらないうちに二人の兵士は得体の知れない男に向けて再び発砲する――その直前。いや、直後だったのか。少なくともオルハにはわからない速さで三つの動作が起きた。
一つは二人の兵士が発砲したこと。
一つは正体不明の黒い男が背中の剣に触れたこと。
一つは二人の兵士が、糸が切れたように身体を弛緩させたこと。
それから数秒遅れて二人は地面に倒れてしまった。
その間のオルハの目に映った光景で変わった点は、一瞬前には身体の横にぶらさがっていたはずの青年の右腕が今は背中の巨剣に伸びているということくらい。
なにが起きたかわからない。
なにを起こしたかわからない。
けれど一つ言えるのは、そびえるように目の前に立つこの青年が原因だということ。
「あ、あの」
「話は後だ」
青年はオルハを抱えるとそのまま倒れた二人をまたいで駆けようとする。
「ま、待って下さい……!」
それをオルハが止める。
「みんなが、まだ……残ってて」
「みんな? まさか――」
言葉を詰まらせる青年にオルハは小さく頷き、彼の腕の中から降りる。
「……みんなは許してくれないかもしれないけど、わたしもみんなの仲間です」