深夜のトラックドライバー
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この物語はフィクションです
登場する人物・団体・名称等は架空のものであり
実在のモノとは一切関係ありません
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いつもの暗い道。
トラックドライバーは今日も走り続けている。
市街地を抜け、山間部を走り、別の市街地に入る。
今日は台風が近づいていて、市街地ですら視界が悪いが、深夜なので交通量が少なく、ゆっくり走れば問題ない。
普段より少し減速しても、大型トラックが水溜りを通り抜けると飛沫が凄く、道路は冠水寸前だった。
目的の営業所に到着すると、ホームに荷物を降ろすフォークリフトがやってくる。
大きな欠伸をしながら、荷台の後部に停車すると降りてきた。
「凄い雨だな」
「なー」
営業所勤務の山田さんとはもう3年同じ事をしていて慣れ過ぎた。
たいしたあいさつも無く作業を始める。
後部ドアを開くとぎっしりと乗せられた荷物が有るが、パレットに積まれているから特に大変な作業ではない。俺は待機しているだけで作業は山田さんの仕事だ。10分程度で降ろし終えると、休憩所に向かい、そこで夜食を食べる。
付けっ放しのテレビの音量は小さく、雨の所為であまり聞こえない。
「いいなー、愛妻弁当」
「やらんぞ」
営業所で働いている山田さんは俺と同い年だが、未婚で、一人暮らしをしている。コンビニ弁当も最近は値段が上がっていて、同じ愚痴を毎回聞かされながら食べていると、テレビからニュース速報が流れてきた。
『暴風域が近付いており………山間部では土砂崩れに注意してください………』
「どうやって注意するんだろうな」
「高速で事故が有ってトラックの到着も遅れてるからなー」
「それで欠伸してたのか」
「暇すぎて眠くなるんだよ」
普段はもっと会話が少なく、男二人で食べていたら深夜ニュースの話題くらいしかないが、今日は少しだけ話題が有る。
「いつもの道通るだろ?」
「そのつもりだよ」
「この雨だから工事はしてないと思うが渋滞してるぞ」
「そうなのか、けど他のルートは知らんからなあ」
口頭で道を教えてはくれたが、決まったルートを通るように指示されている以上、特に必要が無ければ他の道を通ることは無い。
定められた速度、定められたルート、定められた時間。
この仕事を始めてから知った事だが、大型トラックの運転は意外にもルールが厳しい。高速道路を走っている時が一番気が楽だ。
ただ、高速道路を使うのは往路だけで。帰路は一般道やバイパスを使う。
これは会社のルールなので勝手に高速を使う訳にはいかないのだ。
「雨の日くらい使わせてくれればいいのにな」
「だよなあ」
食べ終えると水筒のお茶を飲む。
夏でも冬でも温かいお茶がイチバンだ。
落ち着く。
「一本50円のお茶だったのに、今じゃ80円だぞ」
愚痴を言いながら不味そうにペットボトルのお茶を飲んでいる。
パッケージにはお茶と書かれているが、一度飲ませてもらった時、薄いと感じて2度と飲みたいとは思わなくなった。
とは言っても腹が膨れれば眠気は来るモノで、ちゃんと睡眠をとっても夜というのは眠くなる。特に雨の日は眠気が凄い。
大きな欠伸を見て欠伸が感染るのはなんでだろうな?
テレビは相変わらずニュースが流れていて、今は政治関係だ。
興味はない。
「少し昼寝してくか?」
深夜なのに昼寝とはこれいかに。
「いや、ゆっくり走っていくから早めに出る」
「そうか、じゃあ、気を付けてな」
「おー」
ココは荷降ろし専用で、5分ほど移動した先に積み込み専用が有る。
こちらは建て替えたばかりで、本社ビルに併設されていて、明るさもさっきの営業所とは大違いだ。
ホームに着けて荷台のドアを開くと直ぐに荷物を抱えたフォークリフトがやってきて荷台に押し込んでいく。半分ほど空きが有るが、積まれれば直ぐに出発するのは既に次のトラックが待機しているからで、社名が別のトラックが何台も並んでいる。
だから会話も無く、伝票の受け取りを済ませたら出発する。
「お気を付けてー」
唯一そう言うのは事務員の女性で、どのトラックの運転手でも同じだ。
運転席から手を上げて応じたら、帰路の始まりだ。
予定では次の営業所まで4時間。
大雨で視界が悪い中、山間部の長いバイパスを走り、和野辺パーキングでの休憩を挟んで、午前4時半には到着し、そこでは残りの荷物を積んだら少し先の自社にトラックを着ければ終わりだ。
積んだ荷物を同じ社員が片付けて、俺は伝票を置くだけで帰宅する。
仕分け作業も別の社員の仕事だからだ。
「おつかれー」
「おつかれー」
と、挨拶だけ済ませて帰宅をすれば午前6時前。
夜明けの太陽がまぶしく感じる頃、自宅には誰もいない。
妻は弁当屋で早朝から仕事をしているし、二人の子供は朝練で学校へ行っている。
リビングには妻の作ってくれた朝食が置かれていて、静かな食事が始まる。
寂しさを紛らわす為にテレビを付けると、ニュースではまだ台風と大雨の情報が流れている。
「この雨は何日続くんだ……?」
明日も仕事……正確には19時前には出社して仕事が始まるから、身体が慣れるまでは感覚がズレて何曜日か分からなくなったが、今ではそれも普通だ。
ただ、ココ何日も妻と子供に会っていない。
週休二日だから最低でも週に一度は会えるのだが、何故か何ヶ月も会っていない気がする。
風呂に入るのも忘れてソファーでに横になると、眠ってしまった。
「おい、もう時間だぞ」
「ん、あぁ、少し疲れててな」
「大丈夫か、雨だから大変なのは分かるが」
「また雨か」
「何言ってんだ、昨日は快晴だっただろ」
「あれ、山田さん?」
俺は作業着の姿で営業所のソファーで目を覚ました。
外は真っ暗で、テレビでは天気のニュースが流れている。
『暴風域が近付いており………山間部では土砂崩れに注意してください………』
同じニュースのような気がするが、ちゃんと聞いていた訳ではないので内容は覚えていない。
「疲れてんのか、弁当食ったらそのまま寝てたぞ」
言われて確認すると、目の前に空になった弁当箱が有る。
コメの一粒も残っていない。
「あー、済まん。疲れてるんだな……」
「気を付けろよ、いつもの道を通るんなら、土砂崩れで塞がってるかもしれないから」
「そうなのか、それは困ったな」
「塞がってるんなら回り道の案内がいるだろうよ」
「まー、行ってみるしかないな」
「おぅ、気を付けてけよ」
トラックに乗って営業所を出たのだが、雨が強く、視界が悪すぎて、ワイパーが仕事をしていない。
5分程度て到着する筈が、倍以上かかってしまったが、珍しく待機するトラックが一台もいない。
この雨で他の人達も苦労しているのだろう。
そう思ってホームに着けると、いつも通りにフォークリフトがやってきて、空の荷台に積み込んでいく。
そのフォークを運転する人が珍しく声を掛けてきた。
もちろん、名前も知らない。
「バイパスで土砂崩れだってさ、あんたも気を付けな」
「そうなんだ、ありがとう、気を付けるよ」
差し出された伝票を受け取り、トラックに乗り込む。
「お気を付けてー」
との声に手を上げて応える。
営業所を出て一つ目の信号。
赤なので止まって待つと、そこにはこの大雨の中、傘もささない人が信号の歩道に立っていた。
歩道を渡る途中、俺の車を見て駆け寄ってきた。
何かを言っているようだが、雨の所為で良く聞こえない。
雨が吹き込んでくるので半分窓を開く。
「あ、あのっ、済みませんが和野辺市に行くのでしたら乗せてくれませんか?」
和野辺市なら、バイパスを抜けた先で、いつもの休憩所が有る場所だ。
助手席には何も置いていないから、人を乗せて問題は無いが、本来は会社や仕事に関係の無い人を乗せるのは禁止だ。
だが、この時の俺は、必死の表情で訴えてくる姿に妙な違和感と懐かしさを感じた。
乗せればドライブレコーダーに記録が残るが、どうせ事故でも起きなければ確認することも無い代物だ。
「………いいよ、和野辺パーキングまでなら」
助手席に乗り込んできたのは若い女性だった。
髪の毛も服も雨でビチャビチャで……?
「ありがとうございます、助かりました」
全く濡れていない。
「シートベルトは付けてな」
「はい」
不思議に思いながらトラックを出発させる。
こんな深夜に雨の中、若い女性が傘もささず、和野辺まで……?
「和野辺まで何か急いでるのか?」
「え、ええ、大切な人を捜しに行くんです」
「明日じゃダメだったのか」
と冷たい口調で聞いてみる。
「早い方が良いので」
「こんな雨の中なのにか」
返答が少し遅い。
横をちらっと見ると困った顔をしている。
「雨は止んでますけど……」
確かに雨は降っていなかった。
道路が冠水寸前だったハズなのに、今は星空が見えるほどに良い天気だ。
ワイパーも動いていない。
流したままのラジオも、今はJPOPが流れている。
「あ、この曲……」
俺が好きな曲だ。
まだ結婚する前によく聞いていた。
「すごく好きなんですけど、今聞くとちょっと悲しくなるんです」
「好きなのは好きなんだな、俺も好きなんだこの曲。でもなんで?」
「好きな人の笑顔を思い出してしまって……」
理由は良く分からない。
好きな人の笑顔を思い出して悲しくなる。
何かあったのだろうと思い、暫く黙る事にした。
運転をしている道はいつもなら何個か信号にハマるのだが、全部青信号。
対向車も全く無いし、バイパスに入るランプも車の影も形も無い。
あまりにも静か過ぎる道を走る。
山間部に差し掛かるとラジオから流れる軽快なDJの声が聞こえなくなる。
これはいつもの事で、何ヶ所か電波の悪い場所が有るのだ。
「急いでるだろうけど、安全運転だからな」
「はい」
横目で何度か見ると、道路の脇を身を乗り出すようにジーっと見詰めている。
それも、ラジオの音が聞こえるようになると姿勢を戻し、再び聞こえなくなると身を乗り出した。
その不思議な行動が気に成ったが、暫く黙っていると再びラジオが流れ出し、山間部を通り過ぎ、和野辺パーキングに到着する。
「ココでいいよね」
「はい、ありがとうございます」
降りてドアを閉める前に彼女が言った。
「お仕事大変でしょうけど頑張ってくださいね、応援してます」
ドアが閉まった。
頑張れ。
は、解る。
応援されるほどか……?
次に会うことは無いだろう。
暫く休憩をする為に横になる……。
「おい、時間だぞ」
「あれ、山田さん?」
目の前には食べ終えた弁当箱が有る。
テレビのニュースは天気予報だ。
「雨凄いよな?」
「お前のイビキの方が凄かったぞ」
「そんなにか」
苦笑いをし、大きく背伸びをしてから外を見ると凄い雨だった。
俺のイビキはこの雨に勝ったのか。
「そんな事より土砂崩れで行けないぞ」
『暴風域が近付いており………山間部では土砂崩れが発生し………』
同じニュースのような気がするが、ちゃんと聞いていた訳ではないので内容は覚えていない。
「疲れてんのか、弁当食ったらそのまま寝てたぞ」
「最近家族に会えてないからかなあ……」
「そういや共働きだったな」
「ああ、子供も塾やら部活やらで帰って来るのが遅いんだ」
「じゃあ次の休みまで我慢しないとな」
「そうだなー……」
何故か疲労感が凄い。
「気を付けていけよ」
「ああ」
トラックに乗り込み出発する。
次の営業所はいつも通り。
「お気を付けてー」
その声に手をあげて応じ、出発する。
そして最初の信号機。
赤なので止まると、雨で視界の悪い中、人が歩道の前に立っている。
歩道を渡るかと思えば、やっぱり俺の車に駆け寄ってきた。
「あ、あのっ、済みません……」
「あれ、昨日の?」
「ま、また乗せて貰って良いですか」
「……いいよ」
乗り込んできた彼女は、やっぱり濡れていない。
「和野辺パーキングで良いよな」
「はい、お願いします」
青信号になる。
雨は………降っていないし、道路も濡れていない。
「オジサン、いつもこの時間なんですか?」
おじさんと呼ばれた事に違和感はない。
だが、その呼び方が似ている。
「ああ、家族を食わせないとならんからな」
流行病で失業した後にやっと見つけた仕事で、もうすぐ3年が経つ。
元々は趣味で取得した大型免許で、仕事にするつもりは無かった。
だが、安定して給料が高い夜間ドライバーは働き手が少ないらしく、未経験であるのにあっさりと決まった。
それから無事故で今日まで続けている。
無違反は……まぁ、ね、うん。
「大変ですねー」
その時、ラジオからあの曲が流れてくると、彼女は悲しい表情になる。
詳しくは聞かないでおく。
「オジサンも好きなんですね、この曲」
「まぁ、良い思い出が有るからな」
その時、顔を赤くして笑顔になった。
そして……泣きだした。
山間部に入り電波が悪くなると、ラジオが聞こえなくなる。
そして道路脇をじっと見つめている。
涙を流しながら見詰め続け、電波が回復するまで続いた。
土砂崩れが有ったと言っていたが、道はなんとも無い。
対向車に全く会わないのも珍しい事ではあるが、無いことも無い。
そんな日だってある。
暫くして和野辺パーキングに到着すると、彼女は降りる前にまた言った。
「お仕事大変でしょうけど頑張ってくださいね、応援してます」
その言葉が頭の中に残り続ける。
ずっと………。
それから、仕事を終えた俺が帰宅すると、いつものように誰もいない。
リビングは何故かとても広く感じる。
そのリビングに、今日は朝食の残りが置かれている。
そして何故か写真が有った。
家族写真と、結婚式の写真。
そして、俺の寝ている写真。
朝食の残りを食べる。
きっと寝坊でもして間に合わなかったんだろう。
うん。
残り物でも美味しい。
風呂に入ろうとしたが何故か水が出なかったから諦めて寝た。
……何かがおかしい。
「おい、大変だぞ」
俺は目を覚ました。
作業着を着たまま、営業所のソファーで寝ていたようだ。
「なんか頭が痛いな……」
雨は降り続き、外は冠水寸前だ。
「ニュースでやってるけど、ひどい土砂崩れでトラックが埋まったらしい」
「この雨だからな……会社に電話してみるか」
携帯を取り出し、電話をするが繋がらない。
「山田さん、電波有るよな?」
携帯を確認すると圏外になっている。
「なんだ、この雨で電話が繋がらなくなるのか」
「仕方がないか……」
「まぁ、気を付けていけよ」
「あぁ……」
『暴風域が近付いており………和野辺バイパスでは土砂崩れが発生し………』
テレビから流れてくれ女性アナウンサーの声がはっきり聞こえた。
「マジかー……」
「迂回路あるかな」
「だなー。雨が降っても雪が降っても行けっていう会社だからなあ……」
諦めて休憩室を出る。
「気を付けていけよー」
「あー……」
頭痛が酷い。
次の営業所に向かうのも、雨の所為もあって時間が掛かってしまった。
しかし、営業所には待機中のトラックが一台もおらず、積み込みに来るフォークリフトの人も知らない顔だ。
「お気を付けてー」
声はするが姿は見えない。
気の所為かもしれないが、最近は人の姿を見ない気がする。
出発して直ぐに信号で止まる。
この雨の中だ、人影は無い……。
「やっほー、オジサン」
勝手に乗り込んできた。
それも良く聞いた感じだ。
「いいよねっ?」
「和野辺パーキングまでだぞ」
「はーい」
本当によく似ている。
見れば見るほどそっくりだ。
発進しようとしてエンストしてしまった。
車が大きく揺れる。
「どうしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
初めて会った時の妻の顔を思い出して頬が赤くなった。
エンジンを掛け直して走り出す時には雨も止んでいて、快晴の星空が見える。
不思議と頭痛も消えると、トラックは進み、和野辺バイパスに乗るランプ前の案内電光掲示板は何も表示されていない。
「あれ、土砂崩れが有った筈なんだけどなあ」
「オジサン、それって1ヶ月くらい前の話だよ……」
「えっ?」
ラジオからはいつもの曲が流れてくる。
懐かしくもあり、嬉しくもある。
「やっぱり辛いよぉ……」
今日は特に泣き声が大きい。
俺にはどうして良いのか分からない。
大型トラックは運転席から助手席が遠く、深夜で薄暗いから表情は解り難い筈だ。
なのにくっきり見える。
その泣き顔は妻そのものだった。
「どうして……」
俺にはどうする事も出来なかった。
前を見て運転するだけ。
次の休みの日に家族に会えるのを楽しみにして……。
「何かあったのかな?」
到着した和野辺パーキングには消防車や救急車が止まっている。
一般車がほとんどおらず、俺のトラックだけが異様な雰囲気を出していた。
「次はちゃんとするから……」
そう言って彼女はトラックを降りると、その姿は真っ赤なランプの中へ消えていく。
俺は不思議に思いながらも、急激な眠気に襲われ、運転席で眠ってしまった。
俺は目を覚ました。
誰もいない営業所。
「山田さん……?」
外の雨が凄く、目の前の弁当箱はまだ食べる前だ。
慌てて携帯で時間を確認すると、時間には余裕が有ってホッとする。
『暴風域が近付いており………和野辺バイパスでは土砂崩れが発生し………トラックが巻き込まれたようです………』
テレビから流れてくれ女性アナウンサーの声がはっきり聞こえる。停車している自分のトラックを見ると、荷台は空になっていて、出発準備は整っていた。
土砂降りよりも酷い雨の中、俺はトラックを走らせた。
いつものように次の営業所に到着する。
初めて見る……いや、人の姿に見えない影のような姿が運転するフォークリフトが、俺のトラックに荷物を積み込んでいる。
気が付くと俺は運転席にいた。
雨が酷い。
トラックに乗っても顔が雨に濡れる感じがする。
俺は自分で運転している感覚も無く、トラックは動き出し、信号で停車する。
「やっと……みつけた」
雨が降った中、俺を見詰めてくる人がいる。
雨音で何も聞こえない。
その顔が誰だか分らないが、優しい声が聞こえる。
「なんで……こんな姿に……」
手が動かない。
足も動かない。
「あなた……」
周囲が真っ暗になった。
雨音で聞こえないのではなく、雨音が聞こえない。
全身が何かで重い。
分からない。
何が起きたのか、なんで濡れているのか。
雨の止んだ夜明け前。
俺の姿は病院のベッドにあった。
「お母さん……」
子供の声が聞こえた気がした。
「お母さん、3日も寝てないんだから休んだ方が良いって」
「もう少しだけ」
そう言って妻は俺の頬を撫でながら泣いていた。
訃報が届いたあの日、妻は和野辺パーキングに向かい、捜索に参加できるはずも無く、パーキングエリアの休憩室で座っていた。
寝ていない妻に二人の子供は学校を休んで付き添い、食事どころか、水も飲まず、手を震わせて報告を待っている母親をどうして良いのか分からず、ただ傍にいた。
……俺が発見される日まで。
死体で発見された俺が救急車に運び込まれ、病院に到着するまでの間、妻はずっと泣いていた。
泣いて、泣いて、雨は止んでも、泣き止む事は無かった。
看護師に手伝って貰いながらも、泥で汚れた服を脱がせ、濡れタオルで身体を綺麗に拭いた。
妻が着替えの無い事に気が付いて帰宅すると言い出したが、寝ていない身体では危ないのでタクシーで移動する。
帰宅した妻が思い出したかのように朝食を作り、食べるのを途中で止めて服を取りに行く。戻って来た時には何故か写真を手にして。
子供から見ても母親が混乱しているのが容易に分かる行動だった。
霊安室に置かれた俺は妻の用意した服に着替え、静かに眠っている。
俺は思い出した。
あの大雨の日。
いつものようにバイパスを走行していた。
慣れた道だからこそ走れるが、とても視界が悪く、ハイビームでも数メートル先しか見えない。
ラジオから聞こえていた音楽が聞こえなくなった。
ゆっくりとカーブを曲がると、突然対向車のライトが顔を照らした。
眩しさで目を逸らすと、何かにぶつかった。
やってしまったと思った時、轟音とともに俺の車は横に流されていた。
対向車のライトはハイビームで眩しかったのではなく、俺の車のフロントガラスにぶつかっていたのだ。
道を埋める土砂崩れが発生し、俺はトラックと一緒に崖の下へ落ちていった……。
俺はあの日……。
もう思い出せない。
もう考えられない。
妻と子供を残し俺に見せた夢は、とても悲しいモノだった。
あれは若い頃の妻の姿。
もう……分らない。
数ヶ月後、土砂崩れが綺麗に撤去され、母親と子供はカーブの路側帯に立って手を合わせている。運が良かったのか悪かったのか、あの大雨で交通量は少なく、犠牲になったのは俺一人だけ。俺の勤めていた会社は大雨で危険だと知りながらも仕事をさせた事で問題になり、廃業した。
残された家族は全てを失って、虚無感だけが残された。
毎日どこかで事故が起き、誰かが死んでいる。
それでもトラックは、今日も走り続ける。
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