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フレーム・エンド  作者: だいなま
学園編 一章
5/5

五話 ”折り入って”

「きみ一週間謹慎ね」

「え?」


 朝のルーティーンであるランニングと筋トレを済ませると、突然レオンがやってきてそう言った。


「地主がお怒りだ。処分を決めるからとりま謹慎しとけって学園長が」


 謹慎で済むならラッキーと思ってしまったが、暫定措置か。


「てことで。寝てろ」

 くるりと背を向け歩き出す。


「旋鷲討伐に関する報酬はあると思うけどな」

 胸が高鳴る発言だけ置いて、学生寮から離れていった。



「話終わったか?」

 レオンが見えなくなると、寮のメインゲートが開いた。

 中から出てきたのはサム。


「今日は早いな」

「ちょっと相談がありまして」


 かしこまったその態度に絶妙な気色悪さを覚えながらも、話を聞いてやることにした。


「なに?」

「シエラっているだろ」

「誰だよ」


 突然知らない名前が出てきて困惑する。


「ほら、あの金髪の。かわいい子」


 一生懸命説明してきたため、仕方なく記憶を探ってみた。


「ああ。昨日僕らより先に教室にいた――」

「そうそうそう!!」


 興奮ぎみの声色で被せられ、より一層困惑してしまう。


「その、可愛いなーって。手伝ってくれないかなーって。俺の恋応援しちゃってくれないかなーって」


 サムはぎゅうと目を瞑り、片目だけパチパチさせて僕の様子をうかがっている。


「一目ぼれしたから手伝えって?」

「一目ぼれ言うな、恥ずかしい」


 実際そうだろ。


 恋愛か。好きな話題だけど、僕自身にそういう経験はない。

 かといって、ここで「わからん」と即答するのも違う。

 疎いなら疎いなりに、案を出してみるべきか。

 珍妙な作戦を立てるより地に足をつけた話が良い。


「日ごろの挨拶やら授業中の話し合う機会とかで積極的に話しかけていけば――」


「そうか!」

 まだ最後まで話し終えていないが、サムは目をキラキラさせた。


「早速試してくる!」

 それだけ言い残し、サムは寮の中に消えていった。

 大丈夫だろうか。




◇◆◇




 あれから三日後の夜。


 金属の触れ合う音が無人の部屋に響いた。

 最後の一回を押し切って、ベンチにバーを戻す。


 起き上がった拍子に、扉の近くで何かが動いた気がした。

「――?」

 視線だけを流す。

 開けっ放しの扉の向こう、人影があった気がしたが、今はもう暗がりにしか見えない。

 気のせいか。


 首をかしげながらプレートを外す。片側ずつ抜いてラックに戻し、シャフトを所定の台へ納める。

 床に落ちた汗の粒をタオルで拭き、扉へと戻る。


 照明を落とし、部屋を出た。



 学生寮一階、ジムとコンビニが向かい合っている。

 廊下を挟んだその先、コンビニのイートインスペース。

 金髪の少女が居た。


 彼女は僕の顔を見ると、血相を変えたように迫ってきた。

 そして、僕の肩をがっしりと掴み、壁に押し付ける。


「あんた、サムに何を吹き込んだの!?」

 開口一番、彼女はそう言った。


「誰……?」

「シエラよ。同じ班のサムって人にストーキングされて困ってるの!!」


 シエラというと、サムが見惚れていた人か。

 彼女はぷんすかといった様子で肩を持ったまま揺らしてくる。


「そんな指示を出した覚えはない」


「嘘つかないで! 見てたのよ。三日前寮の外でサムと一緒にいたじゃない。あの直後からなの!」


 鬼の形相で詰めよってくる彼女に、困惑は強まるばかりだ。


 “直後”……直後か。女子寮に侵入したりしたのだろうか。


「朝食の時間に『おはよう』とか、授業中には『ノート見せて』とか」


 ――ん?


「三日で十三回よ。一回あたり五秒から四十五秒。平均二十五秒として、十三回で――」


「なんて?」


 聞いてなかった。今の一瞬だけでいくつ数字が出てきたんだろう。

 あだ名は電卓で決まりだ。


「とにかく、サムを叱っておいて。今日中に」


 異常者は満場一致でシエラである。

 女子のネットワークに『サムはストーカー』というキーワードを投下されていれば、この時点であいつは終了だ。


「……待ってくれ、何をそんなに怒ってるんだ?」


 困惑しながらギリギリで絞り出したのはそんなセリフだった。

 シエラは眉間に皺を寄せ、答える。

「付き纏われるのは嫌よ」

「サムは嫌がらせをしてるわけじゃない、電卓と友達になりたいんだ」


 サムの恋心は知られてはならない。

 嘘だとしてもなんとか弁明しなくては。


「電卓と……? 変わった人ね」

「電卓はシエラのことだ」


「は?」


 鋭く睨みつけられた。けれども、怯えている場合ではない。


「電卓、とりあえず手を離してくれるか」

「その呼び方をやめたら放してあげる」


 脅迫ともとれる発言に背筋が冷えた。

 にこやかな笑顔の奥から垣間見える狂気がおぞましい。


「分かったから放してくれ」

 仕方なく引き下がる。シエラは悪びれもせず手を離した。


「サムはシエラと友達になりたいんだ」

 首に巻いたタオルで口元を拭いながら言うと、シエラの顔から表情が抜けた。


「友達にストーキングするのはおかしいでしょう」

「今の話を聞く限り、サムは普通のことしかしていない」


 意味が分からないとばかりに、シエラは反応を示さない。

 いったい今までどういう人生を歩んできたのだ。


「友達なら、会話十三回なんて一日でも少ないくらいだ」


 シエラは眉を寄せたまま、僕の顔をじっと見つめている。

 いや、視界に入っているだけで、認識できていないのだろう。

 明らかに焦点が合っていない。


「――そうなの?」

 毒気の抜けた軽い声だった。




◇◆◇




「よっす、迷子謹慎土地荒らし」


 翌朝、朝食をとっていると、情報量の多い挨拶と共にサムが向かいへ座った。

 続くように脇のもう一人がその隣に座る。

 ジークという、サムの班のメンバーである。


「だんだん属性が増えていくな」

 ジークが言う。

 彼もまた日ごろから僕をイジるが、サムよりは控えめだ。


「そういえばシエラとはどう?」

 ゆうべを思い出して聞くと、サムは胸を張った。

 自信ありげに鼻を伸ばし、米をひとくち頬張ってから言った。


「昨日はノートを借りられた」


 些細なことだと思ったが、サムにとっては大きな進捗なのだろう。

 確かに、好きな人にノートを貸してもらうのは勇気がいるかもしれない。


 ノートを貸したということは、彼女は嫌がっていても態度には出さないのだろうか。


「ロイはすげぇよ、女心も分かるなんて」


 今更女性経験がないとも、作戦は失敗だったとも言えない。

 その場しのぎの苦笑いを作った。


「あ、そうだロイ、もう一つお願いが」

 思い出したようにサムが口にする。

 目線で了承すると、サムは続けた。


「朝と夜、トレーニングやってるだろ。俺も一緒にやりたいんだけど。ダメかな」

 思ってもない提案。

 面倒は増えるが、同時に楽しみも増える。

 快く了承してやると、明日の朝からということで落ち着いた。




◇◆◇




「ふわあぁぁ……」

 大きなあくびをしたのはサム。

 毎日六時にはランニングを開始しているというのに、既に二十分以上遅れがある。

 コイツを起こすのに手間取った。


「あくびしてる場合か、大遅刻だぞ」

 ジークが寝癖による爆発したような髪をくしゃくしゃとかきあげて言った。

 サムほどではないが、彼も遅刻している。


 僕が駆け出すと、二人も追ってきた。

 走り出して二秒。石畳を踏む音がいつもの三倍聞こえるが、景色はいつも通りだ。


 角を曲がる。三人の足音がたまに重なる瞬間が妙に気持ちいい。


 半周すると、荒い呼吸音が聞こえ始める。


 一周。五分の一走り終わったころには、呼吸音のひとつはさっきよりも遠くで聞こえるようになっていた。


 二周したあたりで、起きた寮生たちの生活音が目立ってきた。


 四周、ついにサムの後ろ姿を捉えた。しかし、ジークは息は荒くともほとんど遅れずについてきている。

 サムは歯を食いしばって速度を上げるが、その背中が特別離れることはなかった。


 五周走り終えると同時に、サムに追いついた。


 サムは地面にへばり、目を閉じて天を仰いだ。

 数秒後、ジークが合流してくる。


「ロイ、速いよ」

「普通」


 サムが文句を垂れる。

 でもコイツは四周しかしていない。万死に値する。


「学生寮がここまで広いとは……」

 肩で深呼吸するジークへ、よく頑張ったと褒めておいた。

 五周走り切ったのだ。賞賛に値する。


 それを見たサムは、脚を震わせながら立ち上がった。


「負けてられるかぁ……」

 亀のようなのろまで五周目へ乗り出していた。


「先に行ってるぞ」


 サムは振り返らない。いや、振り返っている余裕がない。

 ジークと足をそろえて食堂へ向かった。


 次にサムと会ったのは、朝食を食べ終えてからのことだった。

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