四話 “弱食”
「うわぁ! そういえば鳥に攫われてぇぇ……」
着地の衝撃で目を覚ましたルーシーは、顔を引きつらせ身震いした。
彼女に目立った外傷はない。
旋鷲に向き直る。
「今すぐ森を出ろ」
背中越しに声をかける。
すぐ後ろで、落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。
「やーだよっ」
「怖がってたんじゃないのか」
「そりゃ怖いけど……」
隣に歩み寄ってきたルーシーは、以外にも笑顔だった。
一人でも仲間がいてくれるのは心強い。
「転移は合わせてくれ」
「あ、ちょっと……」
大地を蹴り、大きく前に出る。
属性は“風”――。
『空裂』
空気がいくつもの薄い刃を形成すると、目に見えない斬撃はそれぞれ周囲へ飛散し、周囲の木々を斬りつけていく。
幹の半ばに白い断ち目が走る。
重さに耐えられなくなったのかゆっくりと傾き、連鎖するように倒れていった。
僕は荒い息を飲み込みながら、目だけは旋鷲を捉えて離さない。
二択だ。次の羽休め、地面まで下りるか、遠くの木まで飛ぶか。
前者なら物理攻撃が通る。後者なら、反対方向に走れば逃げ切れる。
必ずしも倒す必要はない。
旋鷲の翼が、ふっと鈍った。目に見えて遅くなっている。
心なしか、高度も少し落ちているように見える。
休みたくとも、近場には何もない。
直後、旋鷲の姿勢が崩れた。
――勝った。
確信に近いものが、胸の奥でかちりと噛み合う。
僕は半歩だけ前に出て、全身に強化をかける。
来る、と心臓が早鐘を打った。
「――――!?」
旋鷲の翼は、完全に静止した。
だというのに――。
落ちない。
「ロイ!」
視界が切り替わった。
直前まで僕がいた場所に、嵐弾が撃ち込まれていた。
「……助かった」
「アレ、魔術で浮いてるの?」
降り注ぐ土砂の中、ルーシーは尋ねた。
“空踏”。
飛行種が使えるなんて、普通思わねぇよ。
「ああ。いよいよ打つ手がない」
旋鷲が嵐弾を放つ。
ルーシーを抱えて回避を試みるが、着弾の風圧から逃れられず、吹き飛ばされた。
木の根に背中からぶつかり、その勢いは止まった。
向き直ると、また嵐弾を撃ち込もうとしていた。
「あっちへ! 分散する!」
指示を出すと、すぐにルーシーは動いた。
僕は逆方向へと身を乗り出す。
旋鷲は僕を狙った。地形なんて考えずぶっ放してくる。
空踏まで対策するにはどうすればいい。
サイラスが使っていたような結界があれば無効化できるか?
あとは――僕も飛ぶか、だ。
つべこべ考えていると、踏んづけた地面が淡く発光しているのが見えた。
「――っ!!」
気づいた時にはもう遅い。輪のように浮かび上がった光が土の表面を走り、突風を噴き上げる。
重心を乗せていた足ごと、身体の芯を下からぶち抜かれる。
地面から引き剥がされ、全身が無防備に空中を舞った。
空と森が、ぐるりと入れ替わる。
旋鷲はそれを見逃さない。
金色の目が、最高にギラついていた。
防御態勢に入る間もなく、嵐弾は放たれた――。
「――ん?」
目を開けると、そこは旋鷲の背後。
「えぇ、罠魔術、こんな時に……?」
彼女の声で、ようやく繋がった。罠って、旋鷲が仕掛けてたものだったのか。
再び旋鷲は動き出す。威圧するみたいに、翼を広げた。
「援護は頼んだ」
短く告げた僕は、人差し指の先を噛んだ。
手の甲に、ピアスにはない魔法陣を描く。
属性は“風”――。
『空踏』
バフの乗った体は軽く、一直線に旋鷲へ飛び込んだ。
削られるように魔力がじわじわ減っていく。
決着は一瞬だ。
虚空を連続で駆け上がっていく。
旋鷲は翼をひるがえし、横へ滑るように逃げ込んだ。
直後、嵐弾が立て続けに二発眼前に迫る。
足場から飛び降り、冷静に避ける。
見えている。
動きは確かに速い。だが、見失う程じゃない。
無数の嵐弾をかわし続けながら、人差し指に魔力を集める。
指先が熱を帯びていくが、まだ足りない。
旋鷲は、その身を弾丸のようにして飛び込んできた。
細い影が三本、胸元を裂きに来る。
避けないどころか、僕は間合いを詰めて拳を繰り出す。
鋭いかぎづめが食い込む。激痛を伴う代わりに旋鷲の体がぐらついた。
なんとか旋鷲は体勢を立て直し、一時的に距離を取ろうとするが、その一瞬だけは僕の方が速かった。
その前三趾を掴みあげ、真下へ振り下ろした。
旋鷲は翼を広げ、叩きつけられるギリギリで踏みとどまる。
「今だ――!」
下で待ち構えていたルーシーは地面に両手をつき、魔術を発動した。
『土棘!』
地面からいくつもの細い棘が形成され、縫い針のように旋鷲を貫く。
旋鷲は啼いた。肺がひしゃげるほどの大声で。
森全体を震わせ、腹の奥まで響き渡った。
土棘は確かに旋鷲を捉えている。けど、翼だけだ。
胴体には一本も届いていない。
「……まずい」
その瞬間、森に影が落ちた。
魔獣は夜行性。活性化する――。
「早く止めを!!」
ルーシーが声を荒げる。
息を整え、指の先で旋鷲に照準を合わせた。
風魔術は万能だ。あらゆる属性――炎も、水も土も、もちろん風だってレジストできる。
旋鷲ほどの火力なら“嵐弾”だけでもほとんどの魔術の対策になる。
「離れてろよルーシー」
属性は“雷”――。
『電撃』
指先に貯め込んだ魔力を一度に放出した。
魔力がずるずると引き抜かれていく不快感を覚えながらも、その魔術を打ち切った。
白い閃光は蛇行しながら旋鷲の胸元を貫く。
その金色の目が一瞬だけ見開かれた。
遅れて、雷鳴が響き渡った。
焦げたようなにおいが鼻を刺す。
土煙がやむと、灰になった旋鷲が見えた。
「……終わった」
ルーシーの声と同時に、僕も肩から力が抜けた。
魔力はほとんど底をつき、固めていた空気が解けると同時に、僕の体は空中へと放り出された。
地面とすれ違う瞬間、ルーシーが無茶な体勢で飛び込んできた。
「うわぁっ!」
二人まとめて落ちる。
ルーシーが角度を変えてくれたおかげで地面にぶつかったあと、ごろごろと転がれた。
「無茶するなよ」
「ロイに言われたくない」
その声はへろへろだった。
「……おなかすいた」
ルーシーの声は薄暗い夜の森にぽつりと浮かぶ。
初めての実戦演習が、終わりを告げた。
◇◆◇
「遅いんですけど」
激しい戦闘を終えた僕たちは、レオンの車に乗せられて帰路についていた。
旋鷲を倒したあと、枯渇した魔力で夜の森を抜けられるはずもなく、かれこれ二時間はあの場所で待機していた。
時刻はもう八時を回っている。
運転手はレオン。助手席にアイシャが座っており、後部座席には僕と眠りこけたルーシーが居た。
「いや、すまん。少し調べものをだな――」
「そういうのいいです」
「う……」
詰めると、あっさりと引き下がった。
「何が“少し”よ」
「体感では三十分くらいだった」
アイシャが舌打ちする。
レオンは少し肩をすくめたものの、反省しているようには感じない。。
「最低ね」
「最低だな」
二人の声がそろうと、車がぐいんとブレた。
「……まあ、なんだ」
声を震わせたよそよそしい声。いかにも話題を変えたいって時のやつだ。
「昼間だったとはいえ、旋鷲を二人で仕留めたってのは大したもんだ」
状況が状況なだけに、あまりうれしくない褒められ方。
「誰かさんが早く来てれば楽に倒せたんだけどな……」
ボソッとそう口にすると、またもや車体が揺れた。
「あ、そうだ。地形ぶっ壊したんだって? 多分地主に怒られるぞ」
「え?」
レオンの発言は、僕の中のいら立ちを全て焦りに変えた。
「地盤から落ちてるなら旋鷲のせいってことにも出来ないぞ」
用意しかけた言い訳を先回りされた挙句、封じられてしまった。
「具体的にはどういったペナルティが……?」
「知らん。想像を絶するものかもしれん」
反省文百枚を音読で提出とか、被害額請求されて足りない分×一時間土下座とか……。
考えただけで恐ろしい。
「うわ、顔真っ青」
ルームミラー越しにレオンが言う。
つられてアイシャが笑う。
「もう着くぞ」
レオンの言葉で窓の外を見る。
照明に照らされた学生寮があった。




