5.変身できないタイプのユニコーン
「ええいっ! ニーナ嬢、私がユニコーンです!」
「え……?」
わたくしは驚いて、ハンカチから顔を上げた。
ヴィクトル騎士団長って、ユニコーンだったの!?
「ユニコーンです! ユニコーンだからお助けしたのです!」
「さっき助けてくださったのって、ユニコーンだったからなの!?」
「そうですよ、ニーナ嬢! あなたのユニコーンが助けに来たのです!」
たしかにヴィクトル騎士団長は、すごく都合良く助けに来てくださったわ! たまたま都合良く通りかかっただけなのかと思っていたけれど、ユニコーンとして聖女様を助けに来てくれたなんて!
そうよ! そんなに都合の良い偶然なんてないわ!
ヴィクトル騎士団長はユニコーンだから、聖女様を助けに来てくれたのよ!
「ヴィクトル騎士団長、結婚してくれるんですか!?」
「はっ!? 結婚っ!?」
ヴィクトル騎士団長はご自分の後ろに立っている中年の女性を見た。中年の女性は、あごをクイッと動かした。あの動作は『行け!』という命令だわ。
中年の女性は貴族の奥様みたいね。ちょっと見ないくらい豪華なドレスを着ているんですもの。店員さんじゃなくて、このお店のお客様だったんだわ!
「もちろん! もちろんですよ! ニーナ嬢、結婚しましょう!」
「わぁっ!」
わたくしは、うれしくなって叫んでしまった。
だけど、待って。よく考えてみたら、ユニコーンって、普段はなにを食べているのかしら?
絵本の中のユニコーンは、聖女様と人間の姿でお茶をしていたけれど……。ユニコーンにも、いろいろいるわよね……。
ヴィクトル騎士団長は普段、馬小屋で馬たちと一緒に牧草を食べているの……?
結婚したとしても、旦那様と一緒に食事ができないなんて、そんなの悲しいわ……。
「ヴィクトル騎士団長、普段は牧草を食べているんですか?」
「え……っ、牧草は……、私は普段は……、あまり牧草は食べないですね……」
「では、そこらへんの草をお食べになっているんですか?」
わたくしは別の絵本で、馬たちが木の柵の内側で、のんびり草を食べているのを見たわ。ヴィクトル騎士団長も、ご自宅の木の柵の内側で、新鮮な草を食べているの……?
「サラダなら食べますが……、そこらへんの草はちょっと……、食べたことはないですね」
「サラダ!? 人間と同じものをお食べになっているんですか!?」
それなら一緒にお食事できるじゃないの! わたくし、ヴィクトル騎士団長と結婚してもいいかな、という気持ちになってきたわ!
「実はですね、ニーナ嬢……。私は変身できないタイプのユニコーンなんです。常に人の姿をしています」
「まあ……、それは、角を切ってしまったせいで……?」
「ええ、そうなのです……」
ヴィクトル騎士団長はなんだかお辛そうだわ。角を切った時の痛みを思い出しておられるのね。
ユニコーンの角って、爪の先の白いところみたいなものではなくて、神経が通っていたのね……。知らなかったわ……。
絵本の中のユニコーンは、角を切ると馬から人になれなくなっていたわ。だけど、人から馬に戻れなくなるパターンもあるのね。きっと馬それぞれなんだわ。
「私はこのまま一生、ユニコーンには変身できないかもしれません。こんな不完全な私でも、伴侶にしていただけますか……?」
ヴィクトル騎士団長は、とても不安そうにしている。
ああ、すごいわ! ヴィクトル騎士団長は本物のユニコーンよ!
わたくしのユニコーンが、わたくしのそばにいたくて、許可を求めているわ!
絵本のユニコーンも、聖女様のおそばにいたくて、一生懸命に頼んでいたわ!
ヴィクトル騎士団長はお顔もとっても素敵だし、なにもかもが、まったく絵本の通りじゃないの!
ヴィクトル騎士団長は間違いなく本物のユニコーンだわ!
「不完全だって気にすることないですわ! ユニコーンに変身できなくなっていることなんて、『真実の愛』があれば、まったく気になりませんわ!」
感動だわ! 聖女様らしくしようとした途端に、ユニコーンと婚約できそうよ! すごいわ!
わたくしはヴィクトル騎士団長を安心させるために、手を握ってさしあげた。
ヴィクトル騎士団長は、遠慮がちにほほ笑んでくださった。
まあ! 喜んでいるわ! わたくしのユニコーンは、なんて健気でかわいいのかしら!
「ヴィクトル騎士団長、安心してください。わたくしも聖女様として不完全なんです。ピカッと光ることもできないし、剣を持って民衆を導いたりもできないし……。それに……、それに……」
わたくしはまた涙をこぼしてしまった。
ヴィクトル騎士団長は、ご自分が馬に変身できないタイプのユニコーンだということを、ちゃんと打ち明けてくださったわ。
わたくしも勇気を出さなくちゃ……。
「もうなんでも言ってください。こうなったら、なんだって受け止めますよ」
ヴィクトル騎士団長の愛が重いわ……。これだけ愛していただけているなら、わたくしの最大の欠点だって、きっと受け入れていただけるわよね……。
「わたくし……、あんまり頭が良くないんです……」
「あ、ああ……、頭が……。そうですか……。そうですよね……」
わたくしはちょっと腹が立った。そこは否定するところですわ! なんでもかんでも受け入れればいいってものではなくてよ!
「ニーナ嬢は、今、何歳なのでしょうか?」
「十四歳です……」
どうせ、わたくしの頭が悪すぎて、とても十四歳とは思えないとか言い出すのよ。
わたくしはレオニード殿下がお姉様に会うために屋敷に来られた時、いつもお姉様の隣に座って一緒にお話をしていたの。
お母様がわたくしにそうするよう言ったから……。そうするものなんだって思っていたの。
レオニード殿下は、わたくしが一緒にいるのがすごく迷惑だったみたいで、けっこう酷いことを言われたわ。
例えば、「ニーナ嬢は幼いですね。とてもその年齢とは思えません」とかね。
「私は十九歳です」
「ええっ!? 二十代半ばじゃないんですか!? 十歳は上だと思っていました」
「二四歳ではないですね……」
ヴィクトル騎士団長は、しょんぼりした顔になってしまった。
ユニコーンは馬ですものね。
ヴィクトル騎士団長も、ちょっとだけ馬っぽい面長系のお顔なのよ。
人間とは違うのに、かわいそうなことを言ってしまったわ。
「とても大人っぽく見えたので……。失礼なことを言ってしまって申し訳ありません」
「いえ、もうなんだっていいです……」
投げやりな発言に聞こえるけれど、わたくしにはわかるわ。
これは、愛する聖女様と結婚できるから、細かいことはどうだっていいってことよ。
「五歳の差なら釣り合いが取れているじゃないの。うちのヴィクトルも十九歳なんだけどね。婚約破棄されてから、もう結婚しないとか言い出しちゃって困っているのよ」
中年の女性が、とても自由な雰囲気で話に参加してきた。
この方にもヴィクトルという十九歳の息子さんがいるなんて、すごい偶然だわ!
「母上……、私がそのヴィクトルです……」
ヴィクトル騎士団長が、ものすごく疲れた声で言った。母上ということは、この方ってヴィクトル騎士団長のお母様ということ!?
どういうことなのかしら!? よくわからないわ!
「ニーナ嬢、ご紹介が遅れましたが、私の母です」
「あら、ヴィクトル本人だったの? わたくし、キートパー筆頭公爵夫人のアンナですわ」
「わあっ! わたくしはカーネリア侯爵家のニーナです! わたくし、ずっと『病弱な妹』のアンナ様にお会いしてみたかったんです!」
アンナ様は病弱だったから、国王陛下からすごく大事にされていたのよ! それで、国王陛下は婚約者だったご令嬢に婚約破棄されて、ご令嬢は他国で外交官になってしまったの。
その後も、国王陛下はアンナ様ばかり大事にされるから、結局、三度も婚約破棄されたの。二人目の方は辺境伯夫人に、三人目の方は隣国の王妃になられたのよね。
国王陛下は貴族の中に結婚する相手がいなくなって、平民の出でピンクブロンドが素敵なマリア王妃殿下をお迎えになったのよ。
「わたくしも会ってみたかったのよ! 『欲しがりな妹』のニーナ嬢といったら有名ですもの!」
アンナ様はわたくしの両手を握って、ほほ笑みかけてくださった。
わたくしは二つ名がアンナ様と似ているから、アンナ様と同列で語られることがよくあるの。
アンナ様とも会えるなんて! 今日はなんだかとっても運がいいわ!
「ヴィクトルったら、わたくしと似た系統の女性が好きだったのね」
「えっ、いいえっ!?」
ヴィクトル騎士団長が裏返った声で否定なさったわ。
そうよね。だって、ヴィクトル騎士団長はユニコーンですもの。運命に導かれて、わたくしと結婚することになったのよ。
特殊な事情なんですもの。そこらへんの貴族の奥様には理解できなくても仕方ないわ。
「ニーナ嬢、わたくしは病弱だったでしょう? 少し体調の良い時に、本を読むことだけが楽しみだったのよ。それで、手持ちの本を読み尽くしちゃってね。今日もこうして、自分で好きな本を買いに来ていたの」
アンナ様は気さくな方みたいね。こういう方なら、嫁いびりとかもされなそうで安心だわ! わたくしって、すごく運がいいわ!
「わたくしは聖女様だったので、『ワンピース』というドレスを買いに来たんです」
わたくしはアンナ様にも絵本の挿絵を見せた。
ヴィクトル騎士団長が、わたくしの事情をアンナ様に説明してくれた。
「あら、ヴィクトルとデートしてたの!」
デート!? わたくしとヴィクトル騎士団長が、一緒に『ワンピース』を買いに行くのってデートだったのね!
言われてみれば、そうよね。運命の出会いを果たして、一緒に街を歩くんですもの。デートだわ!
「邪魔したわね、ニーナ嬢、ヴィクトル! 安心してちょうだい! わたくしが家に帰って、カーネリア侯爵家に婚約を申し込んでおいてあげるわ!」
「わあ、アンナ様、ありがとうございます!」
アンナ様は護衛騎士と侍女を従えて、お店を出ていかれた。
国王陛下から溺愛されているアンナ様が認めてくれた婚約ですもの、お母様だってきっと反対なんてしないわ!




