4.ユニコーンにふさわしい聖女様
わたくしはあたりを見まわした。通りの向こうに本屋の看板が見える。
わたくしはヴィクトル騎士団長にお願いして、一緒に本屋に行った。
絵本のコーナーで、幼い頃にお気に入りだった絵本を探し、ヴィクトル騎士団長に見せてあげる。
「この本の聖女様が着ている『ワンピース』という白いドレスが欲しいんです」
この日本から召喚された聖女様は、世界を救うために、すぐに誰かと結婚しないといけなかったの。それで、国王陛下や騎士団長、辺境伯や、勇者様や大魔王、とにかく大勢の貴公子たちが求婚するんだけど、聖女様が選んだのは、ずっと近くで支えて守ってくれたユニコーンだったのよ。このユニコーンは、人の姿にもなれたの。
「ああ、まあ、たしかに聖女様といったら、この『ワンピース』ですよね……」
ヴィクトル騎士団長もわかってくださったわ! 絵本を見せることを思いついて良かった! わたくしだって、けっこう賢いじゃないの!
わたくしは、うれしくなって絵本を見た。
絵本の中では、聖女様と人間姿のユニコーンが、仲良くおやつを食べている。
お姉様は聖女様としてレオニード殿下と婚約しているけれど、わたくしは……? わたくしは聖女様として、誰と結婚したらいいの……? レオニード殿下に匹敵するような、聖女様の結婚相手……。
「わたくし……、ちゃんとユニコーンと結婚できるかしら……?」
「ユニ……? えっ、ユニコーンとですか……?」
ヴィクトル騎士団長が驚かれているわ……。そうよね、王都にはユニコーンなんて住んでいないもの……。
わたくし、思うの。占い師の水晶玉に人の姿が映ったり、聖女様であるお姉様がピカッと光ったりするんですもの。聖女様の夫となるユニコーンだって、きっとどこかにいるわ!
「ユニコーンって、どちらにお住まいなのかしら……? ヴィクトル騎士団長、ご存知ありませんこと?」
ヴィクトル騎士団長は王都を守る騎士団長様だけど、遠征というもので遠くまで戦いに行ったりもしている。ユニコーンの家がどこにあるか、知っているかもしれないわ。
「やっぱり山にお住まいなのかしら……?」
この絵本のユニコーンは、山に小さなお屋敷を持っているの。わたくし、山なんて行ったことがないわ……。ユニコーンはみんな山に住んでいるのかしら……?
「ヴィクトル騎士団長、ユニコーンが住んでいる山をご存知ですか? やっぱり王都から遠いところにあるのかしら……?」
「山……。山ですか……。まあまあ距離があるでしょうね」
ヴィクトル騎士団長はとても困ったお顔をされているわ。これはかなり遠そうね……。
「きっと何時間も馬車に乗らないといけないですわね……。わたくし、馬車に乗るとすぐに酔ってしまうんです……。困ったわ……」
「ユニコーンにこだわらずとも良いのでは……?」
ヴィクトル騎士団長は励ますようにほほ笑んでくださった。すごくやさしいお方なのね。
「お気持ちはとてもうれしいのですが、わたくし、聖女様なので……。やっぱりユニコーンが、釣り合いがとれているんじゃないかと思うんです」
「そう……ですか……? 釣り合い……? ユニコーンと……?」
「ええ。占い師も『ふさわしいものを手に入れなさい』って言っていたんです」
やっぱり聖女様の結婚相手といったらユニコーンよ。
お姉様は、きっと聖女様だと気づく前にレオニード殿下と婚約してしまったのよ。そうでなければ、きっとお姉様だってユニコーンと結婚していると思うわ。
「わたくし……、この聖女様やお姉様みたいに、ちゃんと奇跡を起こせるのかしら……? わたくしの方こそ、ユニコーンと釣り合っている、立派な聖女様かしら……?」
「奇跡……。奇跡も起こすおつもりなのですか……? 立派な……?」
ヴィクトル騎士団長はとても驚いていた。やっぱりあまり聖女様に詳しくないのかしら……? 聖女様といったら、奇跡を起こすものだと思うんだけど……。
「ええ……、奇跡です。わたくし、ユニコーンにふさわしい聖女様かしら……? 一生独り身は嫌だわ……。お姉様は王家に嫁いでいって、いずれ王妃殿下になるわ。王妃殿下となんて、そう簡単には会えないわよ。お父様とお母様だって、ずっとは生きていないわ。わたくし、一人ぼっちのおばあさんになるのなんて、さみしくて怖い……」
わたくしは、どんどん不安になっていった。
荒れ果てたお屋敷で、一人ぼっちで、刺繍をしようにも老眼でよく見えない……。そんな悲しい未来が待っていたらどうしよう……。まあ、今だって、刺繍なんてあんまり得意じゃないんだけど……。
わたくしの目から、涙がぽろぽろこぼれ落ちた。
「泣くほど……!? あの……、ニーナ嬢……? 弱ったな……」
ヴィクトル騎士団長は助けを求めるように本屋を見まわした。そんなに都合良く、ユニコーンが本屋にいるわけないのに……。
「わたくし……、ピカッと光らないタイプの聖女様なんです……。ユニコーンは、ちゃんと……、わたくしのことを見つけて、助けに来てくれるかしら……」
「ピカッと……? 今はそういう……? 聖女様も今だと、奇跡を起こす際に、光ったり光らなかったりすると……?」
わたくしは泣きながらうなずいた。
ヴィクトル騎士団長が、わたくしの手から絵本を抜き取り、ハンカチを渡してくださった。わたくしはきちんとお礼を言ってから、そのハンカチでお上品に頬の涙を拭った。
ヴィクトル騎士団長は絵本を本棚に戻してくださった。お店の大事な売り物ですもの、汚したらいけないわよね。
「わたくしのお姉様は、ピカッと光るタイプの聖女様なんです……。でも、わたくしは……、どうもピカッと光らないみたいで……」
わたくしはすごく悲しくなって、「わぁっ!」と声を上げながら、ハンカチを両目に押しつけた。涙が後から後から出てきてしまう。
「ニーナ嬢、困ります! そんなに泣かれては! ニーナ嬢!」
ヴィクトル騎士団長は、声の感じだと、おろおろしているみたいだわ……。
早く泣き止まなくちゃ……! 人を困らせるなんて、聖女様っぽくないわ……!
わたくしは聖女様なのに、ヴィクトル騎士団長を困らせて……。
こんなことでは、ユニコーンに迎えに来てもらえないわ……。
ああ、ユニコーンが来てくれなかったら、わたくし、ずっと独り身よ……。
わたくしの頭の中を、いろいろな考えがグルグル回った。
「あらあら、そちらのお嬢様は、どうしたのかしら?」
店員さんらしき声がする。店員さんなんだから、きっと平民だわ。中年の女の人みたいね。なんだか怒っているみたい……。
「大丈夫だ。私は騎士団長だ」
ヴィクトル騎士団長は、「……はあぁっうぇっ!?」と妙な叫び声を上げた。ああいう声って、『声が裏返っている』って言うのよね。
「なにが騎士団長よ! うちのヴィクトルは堅物なの! 物陰でご令嬢をそんなに泣かせたりしないわ! ちょっと顔がヴィクトルに似ているからって、なにをしているの!? 本物のヴィクトルを呼ぶわよ!」
中年の女の人は、なんだかいろんなことを言っていた。
わたくしは、中年の女の人が早口すぎて、なにを言っているのかよくわからなかった。
「……ああっ、母上がこうなっては、もうダメだっ! ニーナ嬢、ニーナ嬢、なにか言ってくださいっ!」
わたくしは、ヴィクトル騎士団長に求められるままに「ユニコーン」と言ってみた。
なにかって、なんでもいいってことよね?




