2.ピカッと光らないタイプの聖女様
その日の夕食の席に、お姉様はピンク色の真珠のネックレスを着けてきてくれた。
お姉様がうれしそうにしていると、わたくしもうれしかった。
わたくしがお姉様に手をふると、お姉様も手をふりかえしてくれた。
ちょっとお行儀が悪かったかしら?
だけど、姉妹で仲良しなのって、とっても聖女様っぽいと思うの!
「イネッサ、妹からネックレスを取り上げたの!?」
お母様がテーブルの向こうで怒鳴った。
それを言うなら、わたくしとお母様の方が、お姉様からネックレスを取り上げていたんだと思うの……。
「そうなのか、イネッサ?」
お父様がお姉様をにらみつけた。
お姉様は黙ってうつむいてしまった。
「違うわ! わたくしが返したのよ! お姉様のネックレスは、お姉様のネックレスですもの!」
お父様とお母様は、少しの間、理解できないという顔をしていた。
自分の物は自分の物、他人の物は他人の物でしょう?
わたくし、おかしなことは言っていないわ!
「イネッサ、もっと妹にやさしくしなさい」
お母様がまたお姉様を責めた。
あんなにやさしいお姉様に、『もっとやさしくしろ』ですって!? これ以上、どうしてほしいのかしら?
「お姉様はすでにやさしいわ!」
わたくしはお姉様を見た。お姉様が傷ついていたら困るわ。自分のせいで姉が傷つくなんて、聖女様っぽくないもの。
お姉様はわたくしを安心させるように、ちょっと笑ってみせてくれた。
やっぱりお姉様はとってもやさしいわ!
「イネッサ、なにをニヤニヤしているんだ」
お父様までお姉様を責めた。なんでなの? お姉様は悪いことなんてしていないわ!
わたくしの家族って、こんなだったの?
いつから?
こんなに変だったなんて、まったく気づかなかったわ!
「お父様もお母様もおかしいわ! お姉様はなにもしていないじゃない!」
わたくしが叫ぶと、いきなりスプーンが飛んできた。
スプーンはわたくしの額にコツンと当たって床に落ちた。
いきなりなんなの! すごく痛いわ!
お母様、どうしてわたくしにスプーンをぶつけたりするのよ!?
「ニーナ、部屋に戻りなさい!」
お母様がわたくしをにらみつけていた。
まだスープも食べていないのに、もう部屋に戻れですって!?
お腹が空いちゃうわ!
「ニーナ、行きましょう」
お姉様が席を立った。わたくしも慌てて席を立ち、お姉様のところに行った。
お姉様はわたくしの手を引いて、わたくしを自分の部屋に連れていってくれた。
お姉様の侍女が、わたくしの額のたんこぶにお薬を塗ってくれた。とっても痛いわ!
お姉様も前にお母様からスプーンをぶつけられたことがあるの。あの時のお姉様も、きっとわたくしと同じように、とっても痛かったはずだわ。
お父様は自分の娘がお母様にスプーンを投げつけられても、なぜ一言も注意しないのかしら……? 自分の娘が大事だったら、お母様を止めるはずだわ。
「お父様もお母様も、ちょっとおかしい人たちだったのね……」
わたくしがつぶやくと、お姉様がとっても驚いた顔をした。
もしかして、わたくし、間違ったことを言ったのかしら?
「ニーナがそんなことを言う日が来るなんて!」
お姉様が、わたくしを抱きしめてくれた。
そのまま、お姉様が泣き出してしまって、わたくしはとっても驚いた。
占い師のところに行って、わたくしが聖女様だと言われていなかったら、きっとお父様とお母様がおかしいなんて気づけなかったわ。
お姉様はたぶん、わたくしがずっと気づかないままだと思っていたのね。
「わたくし、聖女様として、お父様とお母様を導いていけるかしら……?」
わたくしには、あのお父様とお母様を導ける自信がなかった。
お母様は、完全に目が据わってしまっていた。
そんなお母様を見ても、お父様は無表情だった。
「まずはできることから始めたらいいのよ」
お姉様はわたくしを放すと、涙をぬぐって笑いかけてくれた。
わたくしのお姉様は、なんて前向きで立派なの!
「そうよね! わたくし、できることから始めるわ!」
わたくしは、お姉様の両手を握った。
お姉様に励ましてもらえて、やる気がみなぎってきたわ!
◇
翌日、日曜日だから、また王立学院はお休みよ。
わたくしとお姉様は二人だけで、庭のガゼボで朝食をとった。
食べたのは、カチカチのパンと冷めたスープだったけど、まったく気にならなかった。
ガゼボのある花園には薔薇が咲き乱れていて、小鳥さんや蝶々も見られたわ。
見えるものが素敵だから、なんだか楽しくて、味までおいしく感じたの。
気分って大事よね!
わたくし、お姉様ともっとたくさんお話がしたくなったの。
お姉様とお話するのって、とっても楽しいんですもの!
だから、朝食の後、二人でわたくしの部屋に行ったのよ。
そうしたら、わたくしのクローゼットの扉が開いていたの。
部屋を出ていく時には、ちゃんと閉まっていたのに。
わたくしがクローゼットの中を見ると、一番のお気に入りのパーティードレスがズタズタに切り裂かれていた。
大好きなピンク色で、フリルとリボンとレースがいっぱいついているの。とってもかわいいドレスだったのよ……。
「わたくしのドレスが……。一番のお気に入りだったのに……」
わたくしは侍女に命じて、クローゼットからドレスを出させた。
胸元から縦に大きく切られているし、これではもう二度と着られないわ……。
わたくしは侍女が持っているドレスに抱きついて泣き出した。
「まったく、ひどいことするわね。ちょっと貸してちょうだい」
わたくしはお姉様にドレスを渡した。
どんなにお裁縫が得意だって、こんなにいろいろなところを大きく切られていたら、とても直せやしないわ。
似たようなドレスをいっぱい持っているけれど、これはリボンやレースが特にかわいかったのよ……。
突然、お姉様の持っているドレスがピカッと光った。
わたくし、驚きすぎて、涙が引っ込んだわ。
「これでもう大丈夫よ」
お姉様は元通りになったドレスを見せてくれた。
あんなにボロボロになっていたのに!
――ああ、水晶玉に人の姿が映るくらいですものね!
聖女様がピカッと光って、ドレスを元に戻せることもあるわよ!
こんなことって、物語の中だけの作り物なのかと思っていたわ!
聖女様なら現実でも奇跡が起こせたのよ!
わたくし、知らなかったわ!
「ニーナ、実はね、わたくしも聖女なの」
「わかるわ! わたくし、ご本で読んだもの! ピカッと光るタイプの聖女様っているわよね!」
「ピカッと光るタイプ……。ええ、そうね。光るタイプだわ!」
お姉様は楽しそうに笑った。
ピカッと光るタイプの聖女様って、いろんなことができるのよ!
こんな身近にもう一人、聖女様がいたのね!
わたくし、聖女様のお話なら、たくさんご本で読んだことがあるの。
小さい頃から、聖女様のお話が大好きだったのよ。
ピカッと光るタイプの聖女様は、派手でかっこいいの。
だけど、派手でかっこいい聖女様だけが、聖女様じゃないのよ。
「お姉様は小さい頃からピカッと光っていたの?」
「えっ、ええ……。そうね。小さな頃から光ったわ」
「わたくしはこれまで、一回も光ったことがないの。きっとピカッと光らないタイプの聖女様なのね」
「ええ、そうね……。きっとそうなのよ」
お姉様は侍女に命じて、ドレスをクローゼットに戻させた。
「クローゼットの奥に隠しておくのよ」
なんて指示まで出してくれたの。
「ニーナ、大丈夫よ。こうして他のドレスに紛れ込ませておけば、きっと直っていたって気づかれないわ」
「そうかしら……?」
せっかくお姉様が直してくれたドレスなんですもの、もう切り裂かれたくないわ……。
「これは、きっとお母様からの警告よ。『ニーナが言うことを聞かなかったら、他のドレスもこうする』と脅しているのよ」
わたくしは違うと思った。お母様はわざと、わたくしが一番気に入っているドレスを切り裂いたのよ。なにをしたら、わたくしが一番悲しむか、わかってやっているのよ。
お母様は、このドレスがわたくしの一番のお気に入りだって、ちゃんと知っているんですもの。
「ニーナが心配だけど、今日は王太子妃教育で王宮に上がる日なの。もう出かけないと……。ニーナも一緒に来る?」
「わたくしはわたくしで出かけるわ」
王宮に行っても、どこかの部屋でただ待っていることしかできないもの。
お姉様は「心配だわ。気を付けて」と何度も言いながら出かけていった。
わたくしは、改めて自分のクローゼットの中身を見た。
フリルとリボンとレースがいっぱいついている、派手で子供っぽいドレスばかりだった。
パーティー用から普段着まで、みんなとっても値段が高くて、色だってピンク色や赤が多いの。
わたくしは、どのドレスも聖女様っぽくないと思った。
聖女様って、もっと清楚で可憐な雰囲気だと思うの。
◇
わたくしは聖女様っぽいドレスを探しに行くことにした。
持っている中で、一番地味なピンク色のドレスに着替える。リボンもフリルも控え目よ。
使用人に馬車を用意させたけれど、この馬車がまた派手なの!
こんな金ピカな馬車に乗っている聖女様なんていないわ!
それに、従者や侍女たちを大勢引きつれて、ドレスを探しに行くって、なんだか聖女様っぽくないわ。
わたくしは出かけるのはやめると言って、馬車や使用人たちを下がらせた。
使用人が「わがまま娘の気まぐれ」なんて言っていた。
その使用人を叱りつけても良かったんだけど、たしかに『準備させておいて使わないなんて……』って思うわよね。
わたくしは急いで使用人たちに謝った。
使用人たちも失礼なことを言ったと謝ってくれた。
聖女様は下の者たちの気持ちだって考えるのよ。
使用人を相手に威張り散らしている聖女様なんていないわ!




