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1.わたくし、悪い子だったんだわ

「お嬢様は聖女様です。ふさわしいものを受け取り、ふさわしい座にお就きなさいませ」


 頭からすっぽり黒いマントをかぶった、その占い師は囁いた。


 占い師がしわくちゃな両手を水晶玉にかざすと、その中には、わたくしの姿が見えた。


「わあ! すごいわぁ!」


 このわたくしがウェディングドレス姿で、お姉様の婚約者であるはずの王太子殿下と共に、王宮のバルコニーに立って大勢の民に手をふっているのよ。


 レオニード殿下とわたくしは、金髪に青い瞳同士なの!


 こうやって見ると、すごくお似合いの二人だわ!


 今、レオニード殿下とお姉様は十六歳で、わたくしは十四歳。


 水晶玉の中では何歳なのかしら?


 わたくしはレオニード殿下と笑いあい、とっても幸せそうだった。


 自分で言うのもなんだけど、わたくしは目は二重だし、鼻は高いし、頬と唇はふっくらしていて薔薇色で、すごく愛らしいの。


 金髪は縦ロールに巻いて、ハーフアップにしているのよ。水晶玉の中では、わたくしはウェディングベールをかぶっているけれど、普段はかわいいピンク色のおリボンをつけているの。


「素晴らしきお嬢様、この老婆にはわかります。あなた様こそ、聖女様。最高位の神に愛されしお方です」


 わたくしは胸が高鳴った。このわたくしが、わたくしこそが、聖女様だったのよ!


 そうなのではないかな、とずっと思っていたの!


 お母様だって、いつも言っているわ!


 お姉様なんかより、わたくしの方がかわいいって!


 神様だって、お母様と同じなんだわ! お姉様より、わたくしの方がかわいいのよ!


 もしかして神様の姑も、お姉様に似ていたのかしら?


 茶色の髪に茶色の瞳をした、お堅い女。


 きっとそうよね! だって、神様って、お母様みたいな方のようなんですもの!


 きっと神様も、金髪に青い瞳をしているんだわ!


 それに、伯爵家から侯爵家に嫁いで、姑にいびられて、苦労ばかりしたのよ!



 わたくしはご機嫌で屋敷に戻った。


 こっそり街に出るのって、本当に面白いわ!


 平民たちの間で人気だという占い師は、特に良かった。


 王立学院でも話題になるだけあるわね。


 噂になるだけあって、まともなことを言うじゃないの!


 それにしても、あの水晶玉は不思議だったわ。


 ただの透明な玉だったのに、人の姿が映ったんですもの。


 水晶玉って、本当に未来が見えたりするのね。


 物語の中だけかと思ていたわ!


 もしかしたら、あの占い師のおばあさんも、聖女様だったのかも!


「あらあら、お帰りなさい! かわいいニーナ!」


「お母様!」


 わたくしはお母様に抱きついた。


 お母様は、笑顔でわたくしを抱きしめ返してくれたわ。


 本当はお辞儀をしたりしないといけないらしいんだけどね。


 わたくしはかわいから、誰もそんなお堅いことは言わないの。


「かわいいニーナ、ほら、見て!」


 お母様は片手にピンク色の真珠のネックレスを持っていた。


 お姉様のネックレスだわ! とってもかわいいピンク色だから、ずっと欲しかったのよ!


「あのクソババアがイネッサにくれてやったネックレスよ! あの子ったら、ベッドの裏に隠していたのよ!」


 お母様はわたくしの首に、お祖母様の形見のネックレスをつけてくれた。


 お姉様ったら、お祖母様に贔屓されていたの。


 亡くなったお祖母様は、お姉様にばかり宝石やアクセサリーを譲っていたのよ。ずるいったらないわ!


「ああ、よく似合う! ニーナって本当にかわいいわ」


「ありがとう、お母様!」


 わたくしはネックレスに触れてみた。ああ、早く鏡に映して見てみたいわ! きっと元からわたくしの物だったみたいに、わたくしにぴったりのはずよ!


「お母様! ニーナ!」


 ふり向くと、お姉様が怖い顔をして立っていた。


 わたくしがふさわしいものを受け取ったのに、なにを怒っているのかしら?


 お姉様って本当に変わっているわ。


 お母様も、いつもお姉様は変な子だって言っているのよ。


「ニーナ、そのネックレスは、わたくしがお祖母様からもらったものよ! わたくしの物だわ!」


 お姉様の言う通りだった。これはたしかに、お姉様の持ち物だわ。


 わたくしは違和感を覚えた。


 なんなのかしら? わたくしったら変ね。


「イネッサ、あなたはお祖母様にもらった物が、たくさんあるじゃないの。一つくらいニーナにあげなさい」


 そうよね。一つくらい、いいじゃない。


 お祖母様の遺産相続の時、お姉様だけアクセサリーボックスいっぱいのアクセサリーをもらったんだもの。


 わたくしだって、古風なネックレスが欲しいわよ。


「返して! 返してよ!」


 お姉様がわたくしに駆け寄ってきた。


 すぐにお母様が間に入って、お姉様の頬を叩いた。


 お姉様は頬を押さえて、泣きながら部屋に戻っていった。


「まったく困ったものね。あんな野蛮な娘に王太子妃なんて務まるのかしら? ねえ、ニーナ?」


 お母様がわたくしに笑いかけてくれた。


 やさしいお母様は、いつだって、わたくしの方が良いと思ってくれているのよ!


 はっきりと言われなくたって、わかるんだから!


 わたくしとお母様は、お姉様の悪口をたくさん言いあった。


 わたくしは侍女を連れて、自分の部屋に戻った。


 姿見の前に立って、自分の姿を見てみる。


 ピンク色の真珠のネックレスがとっても似合っているわ!


 わたくしにも、もちろん似合っているんだけど……。このネックレスは、お姉様の茶色の髪と瞳にも、とっても似合っていたわ……。


 だいたい、わたくしは聖女様なのよ。


 お姉様から取り上げたネックレスをしているって……。


 それって、どうなのかしら……?


 あんまり聖女様っぽくないんじゃない……?


 わたくしは侍女に命じて、ネックレスを外させた。


 侍女はすぐにネックレスを、わたくしのアクセサリーボックスにしまおうとした。


「ちょっと待ってちょうだい」


 わたくしは侍女が開けたアクセサリーボックスを見つめた。


 いつの間にか、わたくしのアクセサリーボックスには、あふれるほどのアクセサリーが入っていた。


 おかしいわ……。前はこんなに入っていなかったと思うんだけど……。


 わたくしは侍女に命じて、お姉様を呼んできてもらった。


 お姉様はひどい顔色をして、わたくしの部屋に入ってきた。


「お姉様、このネックレスはお返しするわ」


 わたくしがピンク色の真珠のネックレスを渡すと、お姉様はひどく驚いた顔をした。


 お姉様が固まってしまっているから、わたくしはお姉様を鏡台の前に座らせて、ネックレスをつけてあげた。


 このネックレスは、やっぱりお姉様の方が似合っていると思った。


「こちらも見てほしいの」


 わたくしはお姉様にアクセサリーボックスを見せた。


 お姉様はわたくしのアクセサリーボックスの中身を見て、顔を引きつらせていた。


「わたくしには、どれがお姉様のアクセサリーかわからないのよ。お姉様なら自分の物がわかるわよね? 自分のアクセサリーは持って行ってほしいの」


「どういうつもり? 今度はなにを企んでいるの?」


 お姉様はわたくしをにらみつけた。


 企むなんて、ひどいわ! そんなことしないわよ!


「わたくしは聖女様だったの。だから、人から奪った物なんて、持っていられないのよ」


「聖女様!? あなた、自分が聖女だなんて思っているの!?」


 お姉様が叫んだ。そこまで驚くことかしら? 失礼ね。


 でも、わたくしだって、自分が聖女様だと知って驚いたんですもの。お姉様が驚くのも無理ないわ。


「今日、わたくしは街の占い師に聖女様だって言われたのよ」


「それを信じて、わたくしにアクセサリーを返してくれると言っているの!?」


「そうよ。人から取り上げたアクセサリーなんて、聖女様にふさわしくないでしょう? 占い師は言っていたわ、わたくしにふさわしいものを手に入れろって」


 お姉様は半笑いでわたくしを見ている。


 なにかおかしいのかしら?


 だいたい、聖女様は清らかで慎ましいのよ。アクセサリーをジャラジャラ着けてなんていないものでしょ。わたくしが聖女様だとわかった今、こんなにアクセサリーがあったって、もう使う機会がないわ。


「そういうことなら、返してもらうわ」


「お姉様、ごめんなさい。アクセサリーを取り上げるなんて、するべきじゃなかったのよ。聖女様にふさわしくない行動だったわ」


 わたくしはお姉様の両手を握って、一生懸命に謝った。


 自分が聖女様だって知らなかったとはいえ、人の物を取り上げるなんていけないことだったわ。


「わかったわ。返してくれたんですもの。もういいのよ。気にしないで。ニーナのこと、少し誤解していたみたい。良い占い師に出会えたのね」


 お姉様がやさしくほほ笑んでくれた。


 許してもらえて良かったわ!


 さすが聖女様の姉なだけあって、心が広いわ!


 お姉様のアクセサリーは、一人では持ちきれないくらいあった。


 なんでわたくしのアクセサリーボックスに、こんなに入っていたのかしら……?


 何回かお姉様におねだりして、譲ってもらったことがあった気はするんだけど……。


 ここまでたくさんもらっていたかしら……?


 わたくしは侍女と一緒に、お姉様の部屋までアクセサリーを持って行った。


 お姉様のアクセサリーボックスは空っぽだった。


 遺産相続の時には、あんなにいっぱい入っていたのに。


 わたくしの部屋から持ってきたアクセサリーを入れると、アクセサリーボックスはまたいっぱいになった。


「お姉様……、わたくし、こんなにたくさんアクセサリーを取り上げていたの?」


 自分のことなのに、まるで気づかなかったわ……。


 これじゃあ、聖女様じゃなくて盗人じゃない!


 あの占い師に会えていなかったら、そのうち牢屋に入れられていたわ!


「お姉様、わたくし、盗人みたいなことをしていたのね……。自分で自分が怖いわ……」


「ニーナ、わたくしのアクセサリーボックスから、勝手にアクセサリーを持って行っていたの?」


「えっ? さすがにそんなことしないわよ。わたくし、一つ二つ、いいえ、三つ? もっと? お姉様におねだりして、譲ってもらったことはあったけれど……。それだけよ」


 アクセサリーボックスの中身を全部なんて、譲ってもらったつもりはなかったのに……。


 自分で思ったよりもずっとたくさん、お姉様からアクセサリーをもらってしまっていたのね。


「ニーナが持って行っているのかと思っていたけれど、違ったのね」


「えっ、どういうこと?」


 それって、わたくしが勝手に、お姉様のアクセサリーを持って行っていたと思われていたってこと?


「お母様がニーナのために持って行っていたみたいね」


「お母様が!? わたくしのために!?」


 お姉様のアクセサリーは、お姉様の物なのに?


 お母様が勝手に、お姉様の物をわたくしの物にしていたということ?


 わたくしには意味がわからなかった。


「ニーナはわたくしに『欲しい』って言っていたものね」


 そんなちゃんとした言い方じゃなくて、『お姉様ばかり、ずるいわ!』なんて、子供っぽい言い方をしていたけれど……。


「ごめんなさい、お姉様」


 わたくし、悪い子だったんだわ。お姉様から強引にアクセサリーを取り上げていた。そんなことしたらいけなかったのよ。


 だって、わたくしは聖女様だったんですもの。


 聖女様はみんなのお手本になる立派な方よ。


 ふさわしい行いをしなければいけなかったのよ。


「わたくし……、こんな悪い子で……、ちゃんとした聖女様になれるのかしら……?」


 わたくしは心配になってきた。


 涙が一粒、ぽろんと落ちた。


 アクセサリーを奪われていたお姉様の方が、よっぽど泣きたかっただろうと思うのに……。


「大丈夫よ! これからがんばればいいのよ! ニーナなら、きっと立派な聖女様になれるわ!」


 お姉様がハンカチでわたくしの涙をふいてくれた。


 こんなやさしくて立派な方が、わたくしのお姉様でよかったわ。


 お母様はわたくしの方が、王太子妃にふさわしいと思っているみたいだけれど……。


 このすごく立派なお姉様が王太子妃なら、きっと民も安心だと思うの。

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