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波の下  作者: f値
7/7

対岸

第七話「対岸」


 駅をでるとすぐに、岩肌が車窓を埋めた。

反対側には海が見えるので、わざわざこちらへ座ったことを後悔した。

ただ、鬱陶しい岩肌がどいても、そこへ映るのはまばらな車だった。

深く椅子に腰掛け、

「なぁんだ。百万といえどこんなもんか。大したことないじゃないか。

電車に乗る人こそ多いものの、いわゆる満員電車とやらには程遠く、加えて席に座ることができるという時点で、やはり私の憧れる「都会」とは全く違うものなのだろう。」

そのような達観的な思考が、全くの愚考であることに気づく時間はそれほど長い時間を要さなかった。

 ガラス張りの建物、大量に並ぶ街頭広告、何線も引かれる線路、鬱蒼とする待合室。

「......都会」

思わず、しおりすら挟まずに本を閉じてしまった。

今までの常識とやらが、いかに矮小なものであるかをわからされた。

……私は気が狂うほどに嬉しかった。

まだ、この世界には私の知らないことがあるんだとわかったから。

そして私に、まだ得られる知識が星の数ほどあるのだと知ったから。

ああ、これが私の追い求めた都会か。

これが、私が自由を手に入れられる場所なのか。

私は、そこで初めてほしいものがわかった。

 しかし、そのような感動的な初恋を、冷たい都会人は待ってはくれなかった。

大量の人に押されるようにして車外へでてしまい、乗ってきた電車は行ってしまった。

すると、目の前の特徴的な車両が入線して、衝撃を受けた。

まるでカフェのような車内と、先ほどとは比べ物にならないシックなシート。

行き先表示器には「博多」と書いてあった。

そういえば、博多には、父の職場の銀行があるらしい。

父から、耳にタコができるほどきいた覚えがある。

「ツキ、いつか休みができたら博多へ行こう。」

と帰るたびお父さんが言うんだった。

しかし、それから何年経ったのだろうか。下手すれば言い続けて十年目か。

結局、博多どころか福岡県に足を踏み入れたのは今日が初めてだ。

私は、今日初めてお父さんに反抗した気分になった。

博多なんて、行こうと思えば行けるんだ。

お父さんの力なんて借りず、一人で博多なんて行けるんだ。

クラスメイトが「母親にブチギレた」だとか、「お父さんヤダ」とか、そうやって反抗する気持ちがようやくわかって、とても清々しかった。

しかしその特急は私を待たずに出発してしまって、私の反抗は未遂に終わってしまった。

赤く光るヘッドライトが消えゆくのを、ただ見守って、嘲笑した。

 やや急ぐように階段を登ると、これまた巨大な広場が見えた。

ネオンに輝く巨大なディスプレイ、とてつもないほどに高い屋根。

奥は吹き抜けになっていて、数え切れないほど立ち並ぶ巨大なビル群が見える。

一つ一つが太陽すらを覆い隠すような大きさをしている。

あまりに美しく、信じられない光景に、思わず足がすくんだ。

少し外へでてみると、バスはやはり絶え間なく動いていた。

それもあの駅とは比べものにならないくらいに、だ。

なのに、それでも人は捌ききれてない。

故郷の駅に憧れていた昨日までの愚かで無知な私を、嘲笑いたくてしょうがなくなり、ついには笑いを堪えることができなかった。

すると奥から、高い音が鳴り響いて、奇抜な電車が入線した。

その電車は線路に跨るように走っていて、一目見てあのおばあさんの言う「モノレール」であることがわかった。

急いでモノレールと書かれた場所へいき、券売機の前に立ったところで、お金があまりないことに気づいた。

仕方がなく百円の切符を買ってホームへ駆け上がるが、先ほど入線した電車は過ぎ去ってしまったようで、しょうがなく時刻表や駅周辺情報を見てみた。

百円で行ける範囲は流石に限られず、少々勿体無い気はするが、しかし一番の繁華街があると言うので、一駅で降りるとした。

やってきた黄色の列車に踏み入れると、窓から見えるのは、終わりのない建物、建物、建物。

どこまでも続くコンクリートの景色には、学校で習った知識と言う尺度ではどうも計りづらかった。

 三十秒もせず到着してしまって余韻を噛み締める暇すらなかったが、それで満足だった。

余韻なんて感じたくなかったのだ。噛み締めるんじゃなくてずっと咀嚼していたい。

そう思うと自然と足どりが軽くなって、急ぐように階段を降りると、平日の朝っぱらだと言うのに人が多く、そして看板もそれに負けじと数があった。

時間のせいか、シャッターも多かったが、しかし見劣りしない活気が確かにそこにある。

カフェなんかで何か飲もうかとも思ったが、もっとここを歩いていたいと言う気持ちが高く、店内を目で追うだけに留めた。

銀に鈍く光るパソコンを眺めながら何かしらを打っている若者が数名かいた。

カジュアルな人はコーヒーを片手に、スーツの人は血眼になっていて、個性があって、これまた側から見る分にはとても面白い。

あちらの居酒屋では魚が生きたまま水槽を泳いでいて、どういう反応をすれば良いか迷った。

数日前まではきっと「新鮮なんだな」だとか、「口を開いて可愛いな」のような感想しか思わなかったが、きっとそれは大人達といっしょなんだ。

大人といっしょなのだけはどうしても避けたくて、口を閉じ、その場から離れた。

 歩き続けて、中心街から外れてしまった。

「ここから先はもうないみたいだ。」と思って、戻ろうとした。

すると目の前に現れたのは、「工事中の為立ち入り禁止」と書いてある看板だった。

看板によると、ここにビルが建つらしい。重機の音も聞こえる

……何にも例え難い喪失感を少し感じた。

何も失ったわけではないのに。

私は、ここにあったものなんて知らないし、特に思い入れもないが、確かに喪失感はあった。

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