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波の下  作者: F=55mm
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ただのくだらない身の上話

海峡の街、下関。激流に逆らって泳げるのは、人魚か、よっぽどの馬鹿だけだ。

私はそのどちらでもなかったけれど、ただ、あの波の下に広がる「ここではないどこか」を信じるしかなかった。

――これは、救いようのない私が綴る、くだらない身の上話。

ただ漠然と、人魚に憧れていた時期があった。

あの激しく、速い波に飲まれず泳いでいける人魚に。

これは私の幼少期の、奇怪な小話。

正確に言うと、小話ではないが、私は小話であると言いたい。

出ないと、私は妄言患者になってしまうから。



こんな地方都市で私のような子供はどこにも行けない。

駅にぷらっと行けるなんて私にとってそれは夢物語だった。

駅といえば、まるでお城のような、舞踏館のような物。

目一杯おめかしして、他人に恥のないようにする。それが私にとっての駅だった。

通勤通学で日常的にとか、自宅から駅が徒歩10分で辛いとか、そう言う話はお貴族様の自慢話だと思っていた。

だから、今ただ暇だからと駅や駅ビルに出向く私をふと振り返ると、大変なことをしているなと幼い私が言う。

なぜこうも駅に執着しているのか。

電車が好きだった?いいえ、乗ったこともないものに憧れは抱かない。

駅ビルに好きな店があった?いいえ、駅ビルにどんな店があるかを知ったのも大きくなってからだった。

なぜか。それは私は母親に支配されていたから。どこにも行かせてもらえなかったからだ。

父親は日常的に遠方へ、祖父母は逝去、さらに人付き合いの薄い中途半端なニュータウンと条件が重なると、どうしても母親へ依存せざるを得ないのだ。

母親の権力は絶大で、コンビニやスーパーへ行くのも母親の手を借りなければいけなかった。

バスも一日にあまり来ず、そもそも自家用車を持つことを前提に作られたかのような都市なもので、自立すると言うのは私の古くからの夢だった。

こう思うのも今振り返ると無理はない。

昼飯はまともに作らないくせに野菜や冷凍食品の一つもない。

夕飯はあっても酷いもので、ある時は冷えた味噌を湯掻いただけの味噌汁もどき。(しかも玉ねきは生のままだ。)

ある時は紫色に変色したチーズ(なお、そう言う種類ではない。普通の、想像するような黄色いチーズが、だ。)

ある時はガラスや洗剤、砂や葉っぱが混入していた時もあった。

見栄を張るためだけに私をバレエに通わせたこともあった。

周りは可愛らしくて、常に身の回りも新しくて。実力もあって毎度賞を受賞している上に勉学でも優秀とのこと。

毎日大きな高級車でお父さんに送られ、母親の愛のこもったお弁当を持ってくるようなお嬢様達ばかり。

私はリサイクルショップで買ったサイズがギリギリの寄れたシューズに、才覚のない身体。

母親に怒鳴られながら、母親の不手際で遅刻して、お弁当や水筒はなし。

でもこの場に立っている時点で私は恵まれている。そうやって自信を鼓舞していた。それも、トイレの手洗い場の水で一つ、また一つと喉を潤すたびに己の惨めさや敗北感が言語化されているような感じがして激しい怒りや悲しみがあったが、次第に何も思わなくなった。

ある時、自立したいと常日頃から思っていたこともあって、自分が何もかもやることが次第に増えていった。

そんな喜ぶべき子の成長を背に、母親は何をしていたかというと、他人へ自らを魅せるためエステに行ったり、高級ブランドを買ったり、カルト宗教の祭壇を数百万かけて買ったり、浮気相手に股をひらいたり。

たまに思い出したかのように私を高級料亭へ連れていってくれたり、ゲーム機をプレゼントしたりして、子供を愛していると自己暗示すると、それっきり満足して夕飯すら作らなくなったり。

でもそれも後に「ああしてやったのに」という癇癪を起こす免罪符にするのだから困った話だ。

そんなんだから、中身の成長を待たずして、私は外面だけは大人びていった。

「すみません」「すごいですね」「ありがとうございます」そう言う上部の言葉が上手くなって、逆に相手によっては自らの幼さを盾に、年相応のおもちゃやテレビを好んだ。

「アンパンマン」のおもちゃやグッズが私の部屋に大量に残っているのもその名残りだ。

父親は無理にでも私にものを買い与え自らを「よくできた父親」と定義するのだろう。

私には物欲などなかったが、年相応にアンパンマンを駄々をこねながらねだると待ってましたと言わんばかりに「わかった、わかった。買ってきてやる。」と途端に上機嫌になる。

電話では弱々しく「そうですね」「なるほど」と応対するが、家では大袈裟に振る舞っていた。

ただ人にものを与えるのではなく、人に「お願いします」と懇願され「しょうがないなぁ!」と渡す。それが彼の生きる理由であって、彼なりの見下し方なのだ。

私はこんな環境に満足していたとえば嘘になるが、それでもこれでいいやとどこか諦めていた。

好きな人でもできれば変わるかな。そんな淡い希望を捨てきれず、されど理性では諦めていた。

そんな私のコンビニやスーパーもない街でただ一つ、心の拠り所は海だった。

日本語の他に、ハングルや中国語の書かれた缶などが大量に流れ着く海岸に、冬も夏も関係なく素足で浸かる。

対岸の眠らない夜景を見ると、私の環境よりもっと酷い人はいないだろうとどこか誇らしくなって、明日も頑張れる。

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