愚者のワルツ
夜明け前の港海は、黒い硝子のようだった。
波の音が、かすかな心音と重なって聞こえる。
館の主マーリン、そしてメリー、キースは一連の騒動を終えた後、傷だらけの圭介を部屋に運んだ。
マーリンが肉体再生の魔法処置をしようと詠唱を始めた時、異質な魔力が吹き出し圭介の体は自己再生した。それは魔法の理の外だった。
「……わかるか?メリーちゃん、こいつは並の化け物じゃない、いつかおまえの全てを喰らいつくすぞ?」
マーリンの声色はメリーの今後を案じる意図を含んだものだったが、同時にこの化け物に対する興味を隠せていない。
「皮膚も骨も、再生。しかも痕がない。死なないどころか“死ねない”……人間じゃないよ」
メリーの身に高揚感が湧き上がる。
この女の精神に躊躇など存在しないのだ。
「ふ、ふはひははは、、さ、さすがあたしの番だ!死ねない?上等だよ!上等!一生一緒に踊ってやるよ!最高だね!圭介!おまえは最高だ!」
ベッドの上、包帯は意味をなさず、血はすでに止まっている。
マーリンは杖をくるくると回しながら、笑うような、ため息のような声を漏らす。
「逝かれた女には似合いの贄か?ずいぶん面白いおもちゃを持ってきたもんだ。……ふふっ、まるで“災厄”だよ、貴様は?」
二人のやり取りを見ていたキースが思う。
椿、お○んち○おっきくなってる///
数日後
窓の外に広がる港町ピアーズの朝――それは、逃亡者たちの静かな隠れ家でもあった。
海風が強いこの街では、潮の匂いがすべてを包む。
メリーとキースは偽名を使い、マーリンの護衛兵を装っている。マーリンは魔法学者としての顔で圭介を庇護下に置き、屋敷の地下で密かに彼の再生能力”を研究していた。
「しかしお主も難儀じゃのう?毎晩盛っては体がもつまいて」
「ん?別に苦じゃないぞ。苦なのはあんたの気持ち悪い診察だよマーリン」
「……ふひひ、匿ってやってるんだ、こちらにも利益がないとだろう?ロキの坊や」
マーリンは呆れながらも、圭介を見る目に少しずつ“興味以上”の色が滲んでいた。
「お主のう、ジャンパーではない異質の存在かもな」
「は?」
「人間の範疇じゃない再生力。通常回路にない魔力の循環異常。……下手すれば、神の因子に触れてるかもしれない」
「そんな仰々しいもんいらねえよ。俺は普通に寝て、普通に飯食って、普通に生きてたいだけだ」
マーリンは笑う。
「そんな“普通”を望む奴ほど、世界に壊される。……興味あるのう?開戦後もここにおらぬか?メリーやキースはワシがなんとかしてやろうぞ?」
言葉は軽かったが、視線は真剣だった。
バタン!
「マーリン、圭介をからかうのはやめろ。あたしのもんだ」
「所有権の主張? それとも嫉妬かい?女よなあメリーちゃん」
「うるせえババア、墓の予約はできてるか?」
火花が散る。
そのやり取りに圭介は胃を押さえた。
「頼むから俺を賭けないでくれ……」
そんな穏やかな日々が、ほんの数週間続いた。
だが、嵐はすぐそこまで来ていた。
開戦2日前
その日、ピアーズの空は異様に静かだった。
港の鐘が二度鳴った瞬間、街路に“氷の花”が咲いた。
「……この魔力、まさか」
マーリンの表情が凍る。
屋敷の外、氷結魔法の光柱が立ち上る。
「クリス・アービガルド」
名前を口にした瞬間、空気が震えた。
屋敷の扉が軋み、白い霧の中から“彼女”が現れた。
金の髪はゆるく乱れ、白磁の肌に氷の粒が舞う。
その瞳は、かつての狂気を残したまま、しかしどこか澄んでいた。
「会いたかったわ、思い人」
声は甘く、柔らかい――だが、その奥には狂気が滲んでいる。
「嬉しい。……すごく、嬉しいの」
マーリンが杖を構える。
「来るな。ここは中立地だ。戦争はまだ始まってない」
「戦争? いいえ、これは“愛の逢瀬よ」
クリスは微笑みながら一歩進む。
足元の石畳が凍り、ひびが走る。
その美しさに、一瞬、世界が息を止めた。
「圭介。あなたは、私のもの。思い人に失礼をしたクソガキなら壊しておいたわ、ダメじゃない?楽しむ時は一緒でしょ?」
「おい、待て。俺はあんたの――」
「違うの、思い人、言葉はいらないわ?どうせ野蛮なクソ女がそろそろ飛び込んでくるでしょう?無粋な輩は退場させないとね?」
彼女の手がわずかに動いた。
氷の刃が空を切り、マーリンの結界を貫く。
音が弾ける。魔法同士が激突し、白と紫の閃光が広がった。
「クリスッ!!」
その声と共に、屋敷の窓を突き破ってメリーが飛び込む。
赤いマントが風を裂き、剣が閃光を引いた。
「やっぱり出てきたな、バカ王女が!」
「思い人を守れなかった下賤の民が!貴様が何か言えた義理か!」
「言ってくれる!」
二人の魔力がぶつかる。
赤と蒼の閃光が交差し、屋敷の周囲を吹き飛ばす。
波が逆流し、港が震えた。
メリーは炎を纏い、クリスは氷を咲かせる。
天と地が入れ替わるような衝突。
マーリンは結界を展開しながら圭介に叫ぶ。
「小僧!下がれ! 下手すりゃ街ごと壊れる!」
「……下がる暇ねえよ!」
炎の嵐。
氷の嵐。
二人の女は、彼を挟んで同時に叫ぶ。
「圭介はあたしのものだッ!!」
「いいえ、あたしの運命よッ!!」
――そして、終わらないワルツを眺める客がもう一人。




