最終的には犬しか信用できない。
ゴスゥッ!
「がはっ!」
い、いってぇ……!
シュワちゃん、思ったよりずっと強ぇ!
ロキソニンさんいるし、なんとかなるだろとか思ってたけど――これ、死ぬやつだ!
どうにかしねぇと……!
ガンッ!
「ぐっ!」
腹を蹴り上げられ、俺の体は宙を舞う。不様に床を転がった。
肺から空気が抜ける音がした。
「ガアアアアア!」
クソッタレ、シュワちゃんさんは絶好調だ!
考える暇なんざねぇ!
ガガッ! ゴス! ドガ! バキッ!
連撃の嵐。拳が、膝が、肘が、雨あられのように襲いかかる。
受けても、かわしても、痛みが残る。世界が歪む。
ー
ー・・・ー
ー
はぁ……はぁ……くそ、意識飛んでたぜ。
今、何分経った? 体感では9分40秒はいってる!あと少しのはずだ……!
「マーリン様、既に10分は経過したはずです! まだ終わらないのですか!」
憤怒の表情を浮かべたキースがマーリンに詰め寄る。
「経過時間はまだ――10秒だよ」
「なっ!? ば、ばかな……!」
時計を見るキースの顔に驚愕が走る。
確かに、針は10秒しか動いていなかった。
「忘れたかい? あたしの二つ名。“時空魔法のマーリン”は伊達じゃないさ。
もちろん、正当なルールの範囲内だよ?」
ーブワッ。
周囲の温度が跳ね上がる。
空気が震え、床石が焦げる。
メリーが――イフリートを発現させていた。
「上等だ、ババア。そっちがその気なら、こっちもやってやる。あたしたちなりの、やり方でな!」
「おっと、メリーちゃん。そちらの手出しは禁じたはずだよ?」
「知るか! 約束を破ったのはそっちだろうが! 冥土で詫びな!地獄の炎で焼かれながらな!」
詠唱に入ろうとした瞬間、メリーの胸を激痛が貫いた。
「がっ……! ば、ババア……あんた、何を……した?」
「さっきの言葉、あれを“呪印”として刻ませてもらったよ。
日和ったね。昔のあんたなら、こんなものにかからなかったろうに。
……バカな男に誑かされて死ぬことはない。大人しくしてな、メリー」
「椿っ!!」
キースの叫びに顔を向けると、そこには――血を吐き、崩れ落ちる圭介の姿があった。
ー
ー・・・
ー
「はぁ……はぁ……お、おかしいだろ? もう20分は経ってるはずだ!ふざけんな、クソッタレぇ!」
「経過時間は――30秒だよ、椿圭介」
「あぁ? ふざけんなババア! なんのインチキだクソが!」
「まだ悪態をつけるとは大したもんだ。少し見直したよ。……まあ、よくやった。もう降参しな。支度金くらいは用意してやる。メリーの呪印の解呪も探してやるさ。どこか遠くで、静かに――野垂れ死ぬがいい」
な、なかなか魅力的なプレゼンだ……このババア、一流の営業マンかよ!
俺の気持ちは震度7で揺れている。
……だがな、椿圭介は“かっこつける”男なんだ。
かっこ悪い選択をするくらいなら――死んだ方がマシだ。
「はっ、クソッタレビッチババア。
惚れた女を捨てるくらいなら、死んだ方がマシなんだよ!
椿圭介を、なめんじゃねぇ!」
「本当にいいのかい? これが最後のチャンスだよ。
あたしにはわかってる。椿圭介。あんたはこんな鉄火場には不釣り合いな人間さ。
逃げてもいい。恥じゃない」
「そうかもな。
だが、ここで逃げたら――俺は“俺”じゃなくなる。
下向いて歩くような負い目なんざ、いらねぇ!
俺は椿圭介であることから、逃げねぇ!」
「ほう……なかなか男を見せるじゃないか。面白い!
いいだろう、ルール変更だ!
椿圭介! ドラゴに勝てたら、お前の勝ちだ!
ドラゴは龍人の末裔、ロキだろうが遅れは取らんぞ!
ドラゴ! その男の腕を切り落とせ!
――絶望の顔を見せてみろ!」
「やめろ圭介! もういい! 降参しろ!」
メリーが叫ぶ。
キースも魔法を発現しようとしたのか、胸を押さえ苦悶の表情。
「うるせぇ! 俺の女なら、黙って見てろ!
来いよクソトカゲ! 腕でも足でも、持っていきやがれぇ!」
ザシュッ!
――ゴトッ。
静寂。
斬撃音とともに、何かが床に転がる。
マーリンの筋書きと違うのは――落ちたのが圭介の腕ではなく、ドラゴの首だったこと。
「なっ……なにが……?」
圭介は、動いていない。
メリーも、キースも、魔力の発現なし。
では、いったい誰が……?
理解不能な沈黙が支配する。
「いったい……なにが起きた……?」
圭介自身が、一番驚いた顔をしていた。
ウオォオオオォオオ――!
屋敷全体を震わせる、獣の咆哮。
上空を見上げると、雪のように白い毛並みの巨大な狼が浮かんでいた。
幻想的で、誰も言葉を発せない。
「ま、まさか……従者召喚か?
あれがロキの従者召喚だとすれば――
神々に災いをもたらす獣、フェンリル……!」
ー
ー
ー
「お、お前は……」
どでかい狼が、ゆっくりと俺の前に降り立つ。
無意識に手を伸ばす。
その巨獣は、軽く俺の手を舐めると――霧のように消えた。
「圭介!」「椿!」
走り寄る二人の声を最後に、安堵した俺は――静かに意識を手放した。




