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キース・デジーの夢


―堕ちていく―



堕ちていく。



どこまでも、どこまでも深い闇の底へ。


もう、あなたの声も聴こえない。

もう、あなたの顔も見えない。

もう、あなたの匂いもしない。


……私は死ぬのだろう。

ディズガイア最強の召喚士、その渾身の一撃を受けて生きていられる者などいない。

体は砕け、魂すら燃え尽きようとしている。

私はこれまで、幾千という命を奪ってきた。

血に塗れ、嘘に沈み、罪にまみれた女だった。

その報いが死であるなら、甘んじて受けよう。

覚悟は、とうにできていた。

だが――

ただ一つ、心残りがある。

彼のことだ。

あなたは、無事だろうか。

あの地獄の中を、逃げ切れただろうか。

もう確かめることはできないけど。

それでも不思議と、私は安らぎを覚えていた。

最後に、愛する人の腕の中で終われるのなら。

それだけで、もう十分すぎるほど幸せだった。

死へと向かう階段を、静かに登りながら、私は彼との出会いを思い出していた。


「離せコラァ! この豚野郎!」

奴隷館の廊下に、怒鳴り声が響く。

獣人のピッグが一人の男を押さえつけ、暴れる腕を力でねじ伏せている。

そんな光景は見慣れていた。

だがその男は違っていた。

光を吸うような黒髪。

曇りのない瞳。

泥にまみれているのに、なぜか――美しい。

(……上物だ)

調教すれば貴族の愛玩用として、五百ゴルドは下らない。

「キース、その男、私の部屋に入れな。味見する」

メリー様の声。冷たい、いつもの声。


ああ、また壊れるのだろう。

四肢を切られ、魔法で陰部を焼かれ、狂い、死ぬ。

それが、いつもの結末だった。

私は無感情に、男を地獄の部屋へ運んだ。


「キース、今日から圭介をあんたの部下につける。仕事のイロハを教えてやんな」

その瞬間、私は目を疑った。

彼は生きていた。

五体満足で、あの地獄から生還していた。


そして――

メリー様の目が違っていた。

いつもの無機質な光ではない。

まるで恋をした少女のような、柔らかな光。


私は、その時から彼に興味を持った。

一晩でメリー様を変えた、この奇妙な男に。


彼――椿圭介は、平凡で、そして常識外れな男だった。

戦闘経験はなく、魔法も使えない。

彼が来てから、メリー様の笑顔が増えた。

そして気づけば、私自身も笑うことが増えていた。

ある日のこと。

「おい、キース。髪にゴミついてるぞ」

彼が私の髪に手を伸ばした。

「触るな!」

反射的に彼の手を払いのける。

「ってぇな! この圭介様の繊細な手に傷ついたらどうすんだ!」

「す、すまない……だが、怖くないのか? 私の髪が」

「怖い? なんの話だ?」

彼はきょとんとした顔で笑った。

「綺麗じゃん、その髪。俺は好きだぜ」

……綺麗?

青い髪。

それはラグール族の証。

恐怖と死の象徴。

私は幼い頃、掟に逆らい、海を渡った。

十五の少女が一人で生き抜けるほど、この世界は甘くない。

飢え、寒さ、裏切り、そして――殺し。

アービガルド奴隷館の前当主に拾われた私は、生きるために殺しを学んだ。

罪なき者を、女を、子を。

命令のままに、ただ殺した。

十年。

いつしか私は「深層の青」と呼ばれるようになった。

奴隷館の死神、キース・デジー。

人は私を見れば道を譲り、逃げた。

それが当然だと思っていた。

なのに――

「き、きれいだと? バカか。こんなものは呪いの証だ」

「俺が綺麗だと思うんだから、それでいいだろ。

 他人がなんて言おうが関係ねぇ。俺の感情は、俺のもんだ」

ぽん、と彼は私の頭に手を置いた。

「髪、伸ばした方が似合うと思うぜ」

その笑顔は、あまりに眩しくて、私は言葉を失った。

「……君は、本当に変な奴だな」

「ははっ! おまえに言われたくねぇよ」

その日から、私は髪を切るのをやめた。


椿。

あなたを、愛している。

たとえあなたがメリー様のものでも構わない。

私を愛していないのも、分かっている。

それでもいい。


ただ、生きてほしい。


私が愛した、たった一人の男。




左手に、かすかな温もりを感じた。

目を開けると――

そこには椿がいた。

私の手を握り、ベッドに突っ伏して眠っていた。

「……椿」

息が漏れる。

腹の傷は、もう癒えていた。

あり得ない。あれほどの致命傷が……なぜ?

ギィ、と扉が開く音。

私は慌てて手を離した。

「起きたか、キース」

メリー様。

その瞳は、また昔のように冷たかった。


「……ごめんなさい」


「聞いたよ。全部、圭介にな」


「……どんな罰でも受けます。ですが、椿だけは――!」

パンッ!

頬を打たれる音が響いた。

「圭介は病気なんだろ? そのウッズ病とかいうやつ。それなら仕方ない部分もある。

 でも――あたしに黙ってたのが気に入らねぇ」

「……はい」

「条件は二つだ」

「……条件?」

「セックスするときは、あたしも一緒にすること。

 あと、子供はあたしが先に産む」

思考が止まった。

「……メリー様、私を許してくださるのですか?」

「他の奴なら殺してる。

 けどキース、あんたがいなきゃ、あたしはもう死んでた。

 あんたがいたから、生きてこれた。

 だから――あんたもあたしのものだ。

 生きるか死ぬか、決めるのはあたしだ」

メリー様が笑った。

私は、堪えきれずに涙を流した。

「なに泣いてんだよ。……それと、今夜は特別に貸してやるよ。

 でもセックスは禁止! キスも駄目だからな!」

「……はい、メリー様」

「おーい、終わった? 態勢つらいんだけど」

椿が気まずそうに顔を上げる。

「聞いてたのか! このバカ! 気が変わった!

 キース、体は平気か!」

「は、はい!」

「よし! じゃあ今夜は3人で寝るぞ!」

「ふざけんな! 俺だけ薬飲んでねぇっての!」

「うるさい! おまえらはあたしのものなんだよ!」

メリー様が笑う。椿も笑う。

そして――私も笑っていた。

その夜。

三人で並んで泥のように眠った。

その姿は、紛れもなく――

家族だった。

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