第18章 「御狩宣(デスワラント)」
――落ちる。
火帝剣が終止符を描き、ヤエ=ヤエは斜角で受けてから地を蹴った。
炎鎖が沈む一拍、ショートホップIIで肩越しに回り込む――が、焔の軌道は予想の先に来る。
ギン。
肋のあたりに白い痛み。Pain Simが跳ね、視界の端にノイズが走る。
「ッ……Yo、痛っ……!」
「外来者」
火帝(Homura-hime)が静かに一歩。床の火脈が彼女の足跡に従って芽吹く。
「礼式の上で死ね」
大剣が再び上がる。
ヤエはAdaptationを叩き、白線の指示どおり風の縁へ滑り――街へ出た。
***
広場から飛び出す。
火口都市圏の段丘、鉄骨の橋、灰を吸う屋台――すべてが熱と赤に脈打つ舞台だ。
背後、火帝剣が石橋を易々と断ち、溶けた鉄が雨になって落ちる。
「Across town, huh……やります!」
ヤエ=ヤエはショートホップIIで看板から看板へ、壁走りで煙突を越える。
Adaptationがルートを描くが――火が追い越してくる。
火帝は歩幅だけで街を横断し、踏むたび道が従順に開く。
横薙ぎ。
ヤエは二段でかすめるが、熱だけは逃げない。皮膚が軋む――息が詰まる。
縁店の外壁に叩き込まれ、窓と棚が一緒に砕けた。
「う、ぐッ……最悪……Skip不可の拷問演出……」
火帝剣が影を落とす。
刃が上がり、店の空気が焼ける直前――
「下がれ!」
灰紋が床に咲き、熱が一瞬だけ鈍った。
Kenが肩でヤエを抱え、槍の石突で柱を蹴る。
トレイが屋台のコードを引き抜き、冷脈弁を遠隔で開いた。
ザッ――白霧。
火と冷がぶつかり、視界に白が一拍だけ咲く。
「Now! 西路へ抜ける!」
「抱えた!」
Kenの灰紋が連続で足元に灯り、三拍ずつ風と熱が平になる。
ヤエは脇腹を押さえながら首を振る。「Yo、助かった……二人とも」
「礼は生き延びてから」
火帝は霧の向こうで一度だけ剣を横に振り、白を裂いた。
目が合う――温度が上がる。
「逃げる舞台もまた礼式。……狩れ」
御座から命が降る。
《Imperial Order:御狩宣》
内容:外来者(Protagonist)・民兵離反者(Ken)・外来ガイド(Trey)を捕縛/即時処断
権限:火帝直勅
対象:Hoshiden Militia/幇(全)/市民報奨
報酬:階級点/クレジット/火紋加護(暫定)
《ステータス更新:Death Warrant(御狩宣・対象)》
効果:検問強化/露出ペナルティ/市民通報システム起動
解除:灰廷での無欠証明/主帝の赦/鍵門証拠の決定性提出
「Yo、指名手配に主帝の名前、最悪のバフ……!」
「走れ」
***
火口都市の横路。
幇の旗がひるがえり、民兵の鈴が高く鳴る。
検問が次々と起き、炎鎖の簡易柵が道を塞ぐ。
Kenは灰紋で隙間を作り、トレイは配電盤を短絡させて燠を一拍遅らせる。
「右――No、偽流! 画面切る!」
ヤエは風UIを遮断し、耳で気流を拾う。
ショートホップIIで看板を蹴り、斜角で通りの角を曲がった。
背後で火が咲く。
火帝は追わない――命だけ撒く。
鈴、号令、鉄の足音。
街が狩りの犬になる。
「Safe houseへ連れていく」
Kenが短く言う。「口外厳禁。俺が灰誓を破ることになる」
「破ってる最中じゃん」
「もう遅い」
橋を渡り、段丘をひとつ下る。
紅蓮の屋台の裏、古い暖簾の蕎麦屋。
Kenが木札を裏返し、床の灰紋に掌を押すと、湯気の奥がすべり落ちた。
「ようこそ、灰脈祠へ」
細い階段。壁は冷えた黒曜、足下に薄い霜。冷脈が静かにうなり、外の熱を拒む。
《ロケーション:灰脈祠(Ken’s Safe House)》
効果:露出ペナルティ無効(短時間)/検問追跡外/痛覚シミュが中辛に低下
《Ken Background Quest:灰脈の印 解禁(導入)》
扉が閉まり、静けさ。
ヤエは壁にもたれ、荒い息を整えた。腕の傷は赤黒い線――痛覚が遅れて笑う。
「治療、先」
トレイが医療チップを取り出し、ジェルを塗る。「Ember Resistは切るな。火の熱は壁も伝う」
「Unit-2748、封じられたね……Yo, 反則感MAX」
「反則じゃない。権限だ」Kenが苦く微笑む。「主帝はHoshidenの**“設定”の外にいる。裁きが演出で終わらないための“手続き”**でもある」
「理解はする。――でも、気に食わない」
「だから生きて見せろ。証拠で殴れ」
UIが冷たく震える。
《御狩宣:対象通知》
・民兵が包囲網を展開中(西段丘→灰縁路)
・幇の通報でチェックポイント増設
・観測鈴(熾天狗)による上空監視強化
《サブ:包囲網の穴を探せ》
ヒント:冷脈祠は二時間で露見。灰紋経路/配電孔の残路/紅蓮の物流地下のいずれか
「二時間……短っ」
「祠は長居する場所じゃない」Kenが壁の古地図を引き出す。「三本、道がある。
一つ、灰紋経路――灰紋を連結して熱を平にする狭路。俺が印を置けるが、露出が増える。
二つ、配電孔の残路――下層へ戻る旧配管。Lammergeierの残骸がいる可能性。
三つ、紅蓮の物流地下――有料、でも安全。金で時間を買う」
「金はある。時間はない。鍵門の現場に先に着いて、証拠を確保**――それが生き延びる道」
トレイが頷く。「配電孔へ戻って下層経由が最短。でも、偽流がまた来る」
ヤエは拳を握り、痛みを息で薄めた。
「偽流は切る。耳と頬で風を読む。Ken、印で三拍の平を作って」
「了解。槍は捨てた――手で印を刻む」
火の都の上で、鈴が鳴る。
御狩宣の行列が段丘を下り、検問が赤く点灯する。
火帝は遠い高座で剣を静かに立て、“結果”を待つ。
ヤエ=ヤエのUIに新しい赤が灯った。
《バウンティ更新:Protagonist(S-tier)/額:火紋勘定にて変動
捕縛:即時処断可
注意:抵抗時、周辺への火災拡大を許容》
「……ゲームの空気じゃないね。Yo, これが**“国”」
「それでも君は主人公**。Skip不可なら――書け」
トレイの笑いは薄いが強い。
Kenが扉の鍵を外す。
「二時間。灰脈祠は持たない。出るぞ」
ヤエ=ヤエは立ち上がり、痛む腕を振って笑った。
「了解。――Not today、女帝。生きて証拠を置いて、あんたの**“正しさ”を焼き直**す」
灰が舞い、冷脈がうなる。
御狩宣の網が縮み、Safe Houseの灯が細く揺れた。
――逃走編・開幕。
次章、配電孔の残路へ潜り、偽流の網を裂いて鍵門に先着。
死刑令状が赤く燃える前に――生きて辿り着け。
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