第17章 「炎帝、臨観」
――ゴング。
黒曜のリングに炎鎖(Flame Chain)が三拍で起立し、床目の燠噴射がぷしゅと吠える。
対面、Kenは胸前で灰誓護符を短く押し、足下へ灰紋を刻んだ。熱・冷・風が三拍だけ整う小さな平。
「――行く、Ken」
「来い。礼式のうえで」
1・2・3。
ヤエ=ヤエは影だけを踏み、燠は踵の斜角で床へ逃がす。
Kenの灰紋が起立と噴射のズレを可視化するが――ヤエはUIを遮断、耳と頬で風の拍を拾う。
「Adaptation――温存。Yo, 目は罠に弱いから切る」
Kenの灰紋が二重に重なり、偽流でも位相が崩れない舞台ができる。
だがヤエは紋の縁に半歩だけずらしを差し込み、紋の**“外”で拍を奪**う。
「外側……踏ませる気か」
「今!」
Kenが燠の遅延に合わせて切り返す瞬間、ヤエはショートホップIIで無効化枠の角へ誘導。
灰紋が一拍だけ切れる――その空白に、Adaptationを叩く。
《カウンター:紋外の斜角回り込み→膝裏タップ→炎鎖影で崩し》
《CD:30.0s》
Kenの体勢が沈む。ヤエは炎鎖の影へそっと足を置き、二段で肩を押して崩した。
灰誓護符がコトと床を打ち、民兵の槍吏が判を掲げる。
《判:外来者・Protagonist》
《敗:Hoshiden Militia・Ken》
歓声、賭け札の札音。
Pain Sim:高の鈍い重みが戻り、Kenはうつ伏せに息を吐いた。
槍吏が近づく。儀礼どおり、刃を喉に当てる角度。
(……今、殺すの? ここで?)
ヤエ=ヤエは反射で踏み出した。炎鎖が沈む一拍、ショートホップで槍と刃の間に身体を滑り込ませ――掌で石突を押し返す。
「待って。Not today」
「――不敬!」
槍吏が鋭く叫ぶ。周囲の民兵が一斉に槍を構え、観客が息を呑む。
ヤエは両手を広げ、Kenの前に立った。
「Yo、規則は知ってる。でも、負けたからって秒で首は――私は納得できない」
「灰廷の裁きを妨げるは、叛逆に同じ!」
槍が火を舐め、執行の陣形が寄る――そのとき。
空に火が灯った。
夜の端。火口都市圏の上空、赤い瞳のような炎がゆっくりと回転し、城門の方角から旗列が伸びる。
大気が低く唸り、風が膝を折る角度に変わる。
民兵は――観客は――灰廷の書記でさえ――一斉に跪いた。
「――主帝、御臨観」
Kenがかすれ声で囁く。「頭を垂れろ」
ヤエ=ヤエは半拍だけ遅れ、膝を折る――が、視線は上へ。
Skipは、ない。
炎が降りる。
火炎の御座。紅と黒の帷が立風を孕み、彼女はそこから歩み出た。
火帝(Homura-hime)。
黒曜の髪に焔が焦がし縁を描き、瞳は燠の芯の赤。
踏むたびに床の火脈が芽吹き、礼式の線が自動で整う。
口元は微笑、でも温度だけが容赦ない。
彼女は一瞥で状況を飲み、指先を軽くひと振り――炎が集まって形を持つ。
大剣。火そのものを刃に鍛えた巨剣が、彼女の掌に収まる。
「――『凡ての凡愚に我らが伝統を穢させはしない』」
彼女の声は澄んでいて、よく響く。
同時に、UIに英語字幕が自動で重なった。
《“No mortal shall defile our tradition.”》
民兵が頭を地に擦り付ける。観客は沈黙し、火だけが音を持つ。
「灰廷の列を乱し、執行を妨げ、礼式を軽侮。
――両者、処断」
火帝は大剣の切先で、Kenとヤエを交互に指した。
「死は一つ。誰からでも同じ」
ヤエ=ヤエは肩を竦め、乾いた笑いをひとつ。
「……Yo。あの女、マジでケツにキックが必要だわ」
トレイが真顔で肘を突く。「今それ言う?」
「言う。――やる」
ゴウン――炎鎖が沈む一拍。
ヤエはAdaptationを叩いた。
《カウンター候補提示:炎帝剣の初動→斜角離脱→冷脈開放スイッチへ二段で接続》
《CD:30.0s》
火帝剣が横薙ぎに走る。空気が鳴り、熱が線になって押し寄せる。
ヤエは半拍ずらして滑り、壁面の冷脈弁へ掌を打つ。
冷が噴き、リングの一角に白い霧が咲いた。
「Now――斜角重ね!」
ヤエは霧の縁に乗り、二段で火帝の死角へ回る――が、刃が先に来た。
一太刀。
火帝剣は霧ごと空気を割り、力を残さず流す角度でヤエの前腕を払う。
Pain Simが白く弾け、視界がにじむ。
(速い……読まれてる?)
火帝は一歩も踏み違えない。燠も炎鎖も――彼女が歩む地点では従順に沈み、立つ。
Kenの灰紋が、彼女の足跡に吸い込まれるように消えていく。
「礼式は剣の鞘。剣は私だ」
火帝の声。大剣が高く掲げられ、火口の息が集まる。
「――Unit-2748、出す?」
トレイの囁き。
ヤエは頷き、インベントリの奥を叩く。
《Ultimate:Unit-2748 起動可》
《効果:金属躯体/吸収バフ/レーザー/フォースフィールド(短時間)》
変形の光が走る――が、火帝の指がひと振りした。
炎が輪になって降り、起動の光を焼いて消す。
《警告:封火の勅(Imperial Seal)によりUltimateが阻害》
《起動失敗/CD:短縮なし》
「……マジ?」
「主帝の直勅。反則、じゃなくて権限」
トレイの声が苦い。「今は耐えろ。角度で受けろ」
火帝剣の二太刀目が落ちる。
ヤエはAdaptationの残像どおりに足を置き、斜角で衝撃を床へ逃がす――
でも、熱は逃げない。皮膚がきしむ痛みが遅れてくる。
Kenがよろめきながら立ち、槍で横から火帝剣を払おうとする。
「やめ――」
火帝は振り向かない。足の火が指の合図で広がり、Kenの槍を根から溶かした。
彼は膝をつき、灰誓護符を握り締める。
「執行は私が行う」
火帝の大剣が真に構えへと落ちる。
観客は息を止め、灰廷は無表情、民兵は額を地に擦り付ける。
(終わらせに来てる。――なら)
ヤエ=ヤエは視線をリングの縁、冷脈弁の向こうに走らせた。
壁の裏。Sub-Calderaに通じる古い配管――回路解析:初段の図式が脳裏で煌めく。
「回路解析、灰を軸に――今」
彼女は膝で滑り、弁へ掌を捻じ込む。
灰(中性)→冷→熱、逆拍で短循環。
床に薄い霜が一拍だけ走り、火帝剣の刃圧がほんの少し鈍る。
「もらった――!」
ヤエは二段で懐へ飛び込み、柄の基部を小突いて角度を狂わした。
叩き込む――直前、火帝の手がわずかに返る。
刃がきらりと笑い、衝撃だけが逆に返ってきた。
視界が跳ぶ。床が近い。
Pain Simがバチッと白を散らし、息が遅れて戻る。
「Yo……はぁ……強すぎ」
「君は生きてる。まだだ」
トレイの声が細い線で繋ぐ。
火帝は一歩も急がない。礼式は完璧、剣は静か。
「外来者。火の文法を学び、礼式を踏み、それでも逆らうのか」
ヤエは笑って、血の味を飲み込んだ。
「学んだ。――でも、私は主人公(Protagonist)。Skip不可なら私が書く。Yo, あなたにはお灸が必要」
火帝の瞳が一寸だけ細くなる。
「言葉――軽い。証拠――薄い。手際――未熟」
大剣が上がる。
次の一太刀は、終わりの線。
Kenが膝でにじり寄り、灰誓護符を掲げた。
「主帝――処断は一人で足りる。俺は――」
「黙れ」
火が彼の言葉を焼く。それでも彼は顔を上げた。
「彼女は――この国を侮辱していない。礼を踏んだ。俺の見た事実だ」
灰廷の書記が動きかけ、火帝が指で制す。
彼女は短く息を吐き、大剣をほんの少し下**げた。
「証言は軽い。――だが、舞台は続けよう」
炎鎖が立ち、燠が唸る。
「次の一太刀で示せ。外来者。
我が伝統を穢さぬ**“手際”がある**というなら」
ヤエ=ヤエは膝を立て、拳を握る。
AdaptationのCDが0.0sで跳ねた。
Kenの灰紋が足元に灯り、三拍だけ風と熱が平になる。
(最後の一手――見せる。私の**“文法”**)
火帝が踏み出す。
大剣が落ちる。
リングが息を止める。
――次章へ。
火帝の刃が描く終止符に、主人公はどう“書き換える”のか。
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