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オーバードライブ計画  作者: lil jyo
第2幕 ホシデン
17/84

第17章 「炎帝、臨観」

 ――ゴング。


 黒曜のリングに炎鎖(Flame Chain)が三拍で起立し、床目のおき噴射がぷしゅと吠える。

 対面、Kenは胸前で灰誓護符を短く押し、足下へ灰紋を刻んだ。熱・冷・風が三拍だけ整う小さなたいら


「――行く、Ken」

「来い。礼式のうえで」


 1・2・3。

 ヤエ=ヤエは影だけを踏み、燠は踵の斜角で床へ逃がす。

 Kenの灰紋が起立と噴射のズレを可視化するが――ヤエはUIを遮断、耳と頬で風の拍を拾う。


「Adaptation――温存。Yo, 目は罠に弱いから切る」


 Kenの灰紋が二重に重なり、偽流でも位相が崩れない舞台ができる。

 だがヤエは紋の縁に半歩だけずらしを差し込み、紋の**“外”で拍を奪**う。


「外側……踏ませる気か」

「今!」


 Kenが燠の遅延に合わせて切り返す瞬間、ヤエはショートホップIIで無効化枠の角へ誘導。

 灰紋が一拍だけ切れる――その空白に、Adaptationを叩く。


《カウンター:紋外の斜角回り込み→膝裏タップ→炎鎖影で崩し》

《CD:30.0s》


 Kenの体勢が沈む。ヤエは炎鎖の影へそっと足を置き、二段で肩を押して崩した。

 灰誓護符がコトと床を打ち、民兵の槍吏が判を掲げる。


《判:外来者・Protagonist》

《敗:Hoshiden Militia・Ken》


 歓声、賭け札の札音。

 Pain Sim:高の鈍い重みが戻り、Kenはうつ伏せに息を吐いた。

 槍吏が近づく。儀礼どおり、刃を喉に当てる角度。


(……今、殺すの? ここで?)


 ヤエ=ヤエは反射で踏み出した。炎鎖が沈む一拍、ショートホップで槍と刃の間に身体を滑り込ませ――掌で石突を押し返す。


「待って。Not today」

「――不敬!」

 槍吏が鋭く叫ぶ。周囲の民兵が一斉に槍を構え、観客が息を呑む。

 ヤエは両手を広げ、Kenの前に立った。


「Yo、規則は知ってる。でも、負けたからって秒で首は――私は納得できない」

「灰廷の裁きを妨げるは、叛逆に同じ!」

 槍が火を舐め、執行の陣形が寄る――そのとき。


 空に火が灯った。


 夜の端。火口都市圏の上空、赤い瞳のような炎がゆっくりと回転し、城門の方角から旗列が伸びる。

 大気が低く唸り、風が膝を折る角度に変わる。

 民兵は――観客は――灰廷の書記でさえ――一斉に跪いた。


「――主帝、御臨観」

 Kenがかすれ声で囁く。「頭を垂れろ」


 ヤエ=ヤエは半拍だけ遅れ、膝を折る――が、視線は上へ。

 Skipは、ない。


 炎が降りる。

 火炎の御座。紅と黒の帷が立風を孕み、彼女はそこから歩み出た。


 火帝(Homura-hime)。


 黒曜の髪に焔が焦がし縁を描き、瞳は燠の芯の赤。

 踏むたびに床の火脈が芽吹き、礼式の線が自動で整う。

 口元は微笑、でも温度だけが容赦ない。


 彼女は一瞥で状況を飲み、指先を軽くひと振り――炎が集まって形を持つ。

 大剣。火そのものを刃に鍛えた巨剣が、彼女の掌に収まる。


「――『すべての凡愚に我らが伝統を穢させはしない』」

 彼女の声は澄んでいて、よく響く。

 同時に、UIに英語字幕が自動で重なった。


《“No mortal shall defile our tradition.”》


 民兵が頭を地に擦り付ける。観客は沈黙し、火だけが音を持つ。


「灰廷の列を乱し、執行を妨げ、礼式を軽侮。

 ――両者、処断」

 火帝は大剣の切先で、Kenとヤエを交互に指した。

「死は一つ。誰からでも同じ」


 ヤエ=ヤエは肩を竦め、乾いた笑いをひとつ。

「……Yo。あの女、マジでケツにキックが必要だわ」


 トレイが真顔で肘を突く。「今それ言う?」

「言う。――やる」


 ゴウン――炎鎖が沈む一拍。

 ヤエはAdaptationを叩いた。


《カウンター候補提示:炎帝剣の初動→斜角離脱→冷脈開放スイッチへ二段で接続》

《CD:30.0s》


 火帝剣が横薙ぎに走る。空気が鳴り、熱が線になって押し寄せる。

 ヤエは半拍ずらして滑り、壁面の冷脈弁へ掌を打つ。

 冷が噴き、リングの一角に白い霧が咲いた。


「Now――斜角重ね!」

 ヤエは霧の縁に乗り、二段で火帝の死角へ回る――が、刃が先に来た。


 一太刀。

 火帝剣は霧ごと空気を割り、力を残さず流す角度でヤエの前腕を払う。

 Pain Simが白く弾け、視界がにじむ。


(速い……読まれてる?)


 火帝は一歩も踏み違えない。燠も炎鎖も――彼女が歩む地点では従順に沈み、立つ。

 Kenの灰紋が、彼女の足跡に吸い込まれるように消えていく。


「礼式は剣の鞘。剣は私だ」

 火帝の声。大剣が高く掲げられ、火口の息が集まる。


「――Unit-2748、出す?」

 トレイの囁き。

 ヤエは頷き、インベントリの奥を叩く。


《Ultimate:Unit-2748 起動可》

《効果:金属躯体/吸収バフ/レーザー/フォースフィールド(短時間)》


 変形の光が走る――が、火帝の指がひと振りした。

 炎が輪になって降り、起動の光を焼いて消す。


《警告:封火の勅(Imperial Seal)によりUltimateが阻害》

《起動失敗/CD:短縮なし》


「……マジ?」

「主帝の直勅。反則、じゃなくて権限」

 トレイの声が苦い。「今は耐えろ。角度で受けろ」


 火帝剣の二太刀目が落ちる。

 ヤエはAdaptationの残像どおりに足を置き、斜角で衝撃を床へ逃がす――

 でも、熱は逃げない。皮膚がきしむ痛みが遅れてくる。


 Kenがよろめきながら立ち、槍で横から火帝剣を払おうとする。

「やめ――」

 火帝は振り向かない。足の火が指の合図で広がり、Kenの槍を根から溶かした。

 彼は膝をつき、灰誓護符を握り締める。


「執行は私が行う」

 火帝の大剣が真に構えへと落ちる。

 観客は息を止め、灰廷は無表情、民兵は額を地に擦り付ける。


(終わらせに来てる。――なら)


 ヤエ=ヤエは視線をリングの縁、冷脈弁の向こうに走らせた。

 壁の裏。Sub-Calderaに通じる古い配管――回路解析:初段の図式が脳裏で煌めく。


「回路解析、灰を軸に――今」

 彼女は膝で滑り、弁へ掌を捻じ込む。

 灰(中性)→冷→熱、逆拍で短循環。

 床に薄い霜が一拍だけ走り、火帝剣の刃圧がほんの少し鈍る。


「もらった――!」

 ヤエは二段で懐へ飛び込み、柄の基部を小突いて角度を狂わした。

 叩き込む――直前、火帝の手がわずかに返る。

 刃がきらりと笑い、衝撃だけが逆に返ってきた。


 視界が跳ぶ。床が近い。

 Pain Simがバチッと白を散らし、息が遅れて戻る。


「Yo……はぁ……強すぎ」

「君は生きてる。まだだ」

 トレイの声が細い線で繋ぐ。


 火帝は一歩も急がない。礼式は完璧、剣は静か。

「外来者。火の文法を学び、礼式を踏み、それでも逆らうのか」


 ヤエは笑って、血の味を飲み込んだ。

「学んだ。――でも、私は主人公(Protagonist)。Skip不可なら私が書く。Yo, あなたにはお灸が必要」


 火帝の瞳が一寸だけ細くなる。

「言葉――軽い。証拠――薄い。手際――未熟」


 大剣が上がる。

 次の一太刀は、終わりの線。


 Kenが膝でにじり寄り、灰誓護符を掲げた。

「主帝――処断は一人で足りる。俺は――」


「黙れ」

 火が彼の言葉を焼く。それでも彼は顔を上げた。


「彼女は――この国を侮辱していない。礼を踏んだ。俺の見た事実だ」

 灰廷の書記が動きかけ、火帝が指で制す。

 彼女は短く息を吐き、大剣をほんの少し下**げた。


「証言は軽い。――だが、舞台は続けよう」

 炎鎖が立ち、燠が唸る。

「次の一太刀で示せ。外来者。

 我が伝統を穢さぬ**“手際”がある**というなら」


 ヤエ=ヤエは膝を立て、拳を握る。

 AdaptationのCDが0.0sで跳ねた。

 Kenの灰紋が足元に灯り、三拍だけ風と熱が平になる。


(最後の一手――見せる。私の**“文法”**)


 火帝が踏み出す。

 大剣が落ちる。

 リングが息を止める。


 ――次章へ。

 火帝の刃が描く終止符に、主人公はどう“書き換える”のか。


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