第15章 「灰廷の門番(Ken)」
――Access Corridor の検問口。
黒曜石のゲートに、火口紋と灰廷(Ash Court)の印章。槍吏が二名、奥には赤い裾を持つ民兵(Hoshiden Militia)の詰所。
ヤエ=ヤエがCorridor Writ(灰廷通行証)を掲げると、受付の端末がピッと鳴った。
「紅蓮協力状、Writ確認。……付き添いが要るな」
低い声で出てきたのは、二十歳前後の青年――短く刈った黒髪、灰の汚れが残る軍上衣。
胸章には火口と槍の刻印、その下に名前タグ。
KEN
「Ken。Hoshiden Militia所属。Access Corridorは今、大審闘準備で物騒だ。――護衛、つける」
「料金は?」
「無料。ただし条件がひとつ」
Kenはリング状の床を顎で示した。灰色のタイルが三列、燠噴射のノズルが散る。
「灰礼――ここを三拍子で渡る。炎鎖の影を踏み、燠は斜角で流す。手際を見せてくれ」
「試験、ね。Yo、やるしか」
ヤエ=ヤエはショートホップIIを確認し、風UIを遮断。
「耳と頬で読む。1・2・3――Now」
影(1)、置(2)、抜(3)。
影だけを踏み、燠は踵の捻りで床へ逃がす。
最後に炎鎖の起立へ半拍のウィンクを差し込み――ゴール。
「……合格」
Kenは口元をわずかに緩め、端末を操作した。
「護衛許可を付与。――それともう一つ、君に選択肢を与える」
ヤエ=ヤエの視界に、新しいウィンドウがポンと開いた。
《新規プレイアブル解放》
Ken/Hoshiden Militia
Tier:A
Tech Skill:灰紋制御(Ash Sigil Control)
・地表に灰紋を刻み、熱・冷・風の位相を短時間整流(半径小)
・燠噴射/炎鎖のタイミングを可視化(味方限定ヒント)
CD:22s
Background Quest:「灰脈の印」(未解放)
加入条件:護衛任務クリア/Militia評価:中立以上
→ 加入可? Yes/No
「Yo……A-tier。強」
「喧伝は嫌いだが、仕事はする」Kenは肩をすくめた。「火の国を通るなら、灰礼と裁きの流儀を知る必要がある」
ヤエ=ヤエはYesをタップ。
Kenの名がParty欄に追加され、灰紋の小さなマークがUIに常駐する。
《Ken が仲間になった!》
《パーティ・シナジー:環境予告ヒント(微)/熱冷ダメージの初段を軽減(小)》
「歓迎、Ken」
「Guide」とトレイが手を差し出す。「The Guide、トレイ。彼女は――」
「主人公」Kenは短く頷く。「噂になってる。雷帝の都市でゲームズを勝ち、灰廷で証拠を運んだ外来者」
「噂速すぎ。NYのゴシップ列車より速い」
「火は噂でも燃える。だから灰廷は手際と証拠で熱を鎮める」
歩き出しながら、Kenが簡潔に語る。
「火の裁き(Trial by Combat)は最終審理。証言は軽い、証拠は重い、最後は手際(闘)。
判が出た後、敗者は死。――**主帝(Homura-hime)の勅**だ」
「必ず?」
「例外はない。勝者が赦しを乞うても、勅が覆らない限り刃は止まらない」
Kenの声は平板だが、言葉の端に火の硬さがあった。
「……残酷って思う?」
ヤエ=ヤエが問うと、Kenは短く沈黙し、灰の風を一度吸って吐いた。
「火は曖昧を嫌う。決着を外に持ち出さないための流儀だ。……俺がどう思うかを言うのは任務外」
「主帝については?」
Kenの喉がわずかに動く。
「……語るのは禁だ。灰誓を立てている」
胸の内ポケットから、小さな焼印護符を見せる。火口紋と細い爪跡のような傷。
「見たことを語らない。語れば焼く――それが灰誓」
「了解。無理に聞かない」
ヤエ=ヤエは肩をすくめ、UIでMainを開く。「層3/3、Access Corridorの奥だよね」
「ああ。封鎖ログは鍵門(Keystone)の真上、灰廷の監督区画を抜けた先。――行く前に」
Kenは床に指で印を刻む。灰が円を描き、紋が淡く点った。
「灰紋制御。三拍だけ風と熱を均す。燠は二拍遅れで噴く。影を踏め」
「助かる。Adaptationの温存が効く」
「君の技は見た。頼りにしている」
***
Access Corridor・深層。
床のタイルに灰紋が混じり、壁の配管に三相の脈。燠噴射のノズルが不規則に点滅。
検問所では灰廷の書記と民兵が帳面を突き合わせ、大審闘の物品搬入が滞りなく進むか監督していた。
「Writを」
Kenが差し出すと、槍吏が道を開ける。
「時間帯が短縮されている。偽流の報が入っている。――注意して進め」
《エリア効果:偽流(発生率↑)/燠噴射の遅延がランダム》
《同行効果:Kenの灰紋により予告ヒント(微)表示》
「Yo、便利。ゆるいチート感」
「火はチートを嫌う。これは礼式だ」
曲がり角で、黒い影がちらり。
肩の小型デバイスが赤を点――風UIが逆転した。
「偽流。画面切る」
ヤエ=ヤエが耳で風を読む間、Kenが灰紋を二重に重ねる。
床に薄い矢印のヒントが流れ、燠の噴く拍がうっすら数字で出る。
「1(待)・2(影)・3(抜)……Now」
三人の動線が噛み、燠を斜角で床へ逃がす。
Lammergeierの残骸めいた小型セントリーが二機、吸い上げで絡もうとするが――。
「灰紋!」
Kenの印が足元で灯り、風位相が一瞬だけ平になる。
ヤエ=ヤエはその平にAdaptationを合わせ、二段でコアをタップ。
《カウンター成功/CD:30.0s》
深層端末に到達。
黒曜のコンソールが三相楔の座を露出し、UIが点滅した。
《封鎖ログ:層 3/3 に接続可》
条件:HS-Keystone 第一・第二を挿入/第三段は現場同期で生成
補助:灰廷監督鍵(Kenが代理可)
「Ken」
「ああ。監督鍵、挿す」
Kenが出した灰廷鍵を左座に、ヤエ=ヤエが第一・第二を右座に。
三座が逆拍で点灯し、層3/3が開く――はず、だった。
カチ。
上部の通風孔で、赤が一度だけ点。
次の瞬間、コンソールの風向指示が反転し、燠が予定外に噴いた。
「妨害!」
「灰紋二重――間を作る!」
Kenが印を重ねる。二拍だけ整流が生まれ、燠の芯がずれる。
ヤエ=ヤエはAdaptationを叩き、白線で三座の逆拍を再同期――挿入。
《**アクセスキー:HS-Keystone(第三段)**を生成》
《HS-Keystone 完成(3/3)》
《鍵門区画へのアクセス権を取得》
視界の裏で、最後の記録が点滅する。
――鍵門室。Keystoneのリング。
月紋の影がExcisionの最終コードを入力する直前、画面が切れ、細い爪跡だけが残る。
「……切られてる。最後の瞬間が抜けた」
「大審闘までに鍵門に入れば、現場で残りが見える」
Kenは頷く。「通行枠、一回分残ってるな。今行けば前日の証拠提出に間に合う」
ヤエ=ヤエのUIが震え、新目標が光る。
《Main Quest:鍵門(Keystone)を開くもの(完了直前)》
目的:鍵門区画へ侵入し、現場記録を確保/偽流発信源を識別
期限:大審闘 前日夜まで
報酬:経験値/現場証拠/灰廷提出ボーナス
そこで――Kenが一歩、二人の前に出た。
「一つ、忠告。Trialについて、もう少し。
負けた者は死ぬ。勅だ。泣いても叫んでも、観客の拍手で音は消える。
勝ちを証拠で補い、手際で押し切る。……君にそれができるなら、俺は隣で槍を振る」
言葉は硬いのに、目の奥は熱い。
ヤエ=ヤエは笑って、拳で軽く胸を叩いた。
「できる。――だって、クリアが好きだから」
黒いフードが通路の高所で一秒だけ揺れ、赤を点にして消える。
熾天狗の鈴がチリと鳴り、観客がまた増えた気配。
「行こう、鍵門へ」
「走って、見せて、置く。火の文法だ」
Kenの灰紋が足下で灯り、風と熱が三拍だけ整う。
ショートホップIIが角を掴み、三人は鍵門区画へのスロープを駆け下りた。
――Access Corridor・突破/HS-Keystone 揃い。
次章、鍵門へ侵入、現場証拠を確保し、大審闘の卓に叩きつける。
言葉より証拠、証拠より手際。そして――生き残れ。
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