第13章 「下層配電孔(Lower Manifold)」
――Hoshiden・火口都市圏、紅蓮貿易連の裏路地。
壁の配電灯が赤→琥珀→緑と切り替わり、路地奥のシャッターが上へスライドした。
奥は資材路の時間窓。10分だけ下層配電孔へつながる搬入帯が開く。
「今、開いた。窓は10:00で閉まる。中で騒ぎを起こすと短縮される」
紅蓮の係が、焼き印の入った搬入証を渡す。「言葉は要らない。通した証拠だけ置いてけ」
「了解。――Go」
ヤエ=ヤエは搬入証をUIにスキャンし、トレイと並んで短い坂を駆け降りた。
《Main Quest:鍵門(Keystone)を開くもの(進行 1/3)》
目的:下層配電孔で封鎖ログ:層2/3に接触
注意:時間窓 10:00/偽流の発生/熱冷交互の圧縮路
通路は、熱と冷が目に見える縞になって流れていた。床の膨張継ぎ目に白い霜、壁の配管では赤い光が脈打つ。
頭上のレールで運搬台がギギと鳴り、たまに灰がさらさら落ちる。
「ショートホップII、二段微修正で縞の境を踏む。Adaptationは最後」
「回路解析は分岐弁の三相切替。熱へ冷を半拍遅れで混ぜると衝撃が薄まる」
「音ゲー+配管パズル、了解」
1・2・3・4――縞の境を踏み替え、壁走りで熱帯を短縮、冷帯で息を伸ばす。
最初の制御盤。青/赤/灰の三相、AND/OR/NOTのゲートが組まれている。
「灰(中性)を軸に、赤へ半拍遅れ、青へ一拍前――逆拍ミキサー」
ヤエ=ヤエの指が走り、三相が弾むように切り替わった。
床の衝撃が中辛まで落ちる。
《環境緩和:三相均し(小)》
《時間窓残:8:52》
角を曲がると、風の通り道。
通風孔の縁に、黒いフードが一秒だけ滲み、肩のデバイスが赤に点。
直後、UIの風向表示が反転した。
「偽流。――画面切る」
「耳と頬で風を読む。鎖鳴りの反響が真」
半拍ためて跳び、二段で斜角を調整。
通風孔の縁だけを爪先で噛んで抜ける。
BuzzCamの代わりに、熾天狗の観測鈴が遠くでチリと鳴った。
「見てるね」
「観客は増える。落ちなければ舞台になる」
配電孔手前の広間。
中央に、翼のような放熱板を背負った監視機が低く浮遊していた。
《セントリー:Vent Lammergeier Lv.8》
行動:吸い上げ気流/熱刃の呑込/冷霧の吐出
特性:風位相で避け難/偽流支援
「鳥、だけど風洞の悪魔。正面は長居が死」
「Adaptationを最後に。先に弁で風を乱して翼を鈍らせる」
壁面の三連弁へダッシュ。
ヤエ=ヤエは回路解析:初段で青→赤→灰を逆拍で切替え、吸い上げに冷を挿す。
Lammergeierが翼をばたつかせ、浮力が落ちた瞬間――接近。
頭上から熱刃のうねり。
Adaptation、起動。
《カウンター:熱刃呑込→斜角すべりで刃圧を床へ沈め、翼根の冷却孔へタップ》
《CD:30.0s》
踵で冷却孔を弾き、翼が痙攣。
Lammergeierは冷霧を吐いて反撃するが、三連弁の灰がそれを鈍らせる。
トレイが短く叫ぶ。「今、下腹!」
体勢が落ちた一瞬、腹面の点検蓋が開く。
中に、鍵の座――三相楔の受け口。
UIが表示を出す。
《アクセスキー:HS-Keystone(第二段) 取得可》
条件:灰(中性)を軸に、熱と冷を逆拍で同時成立/Lammergeierの気流に同調させること
「1(待)・2(熱)・3(待)・4(冷)。灰は通し」
「鳥のはばたきに合わせる。耳で拍」
――バサ・(待)・バサ・(待)。
ヤエ=ヤエとトレイの入力が拍に噛み、楔が座に沈む。
Lammergeierは羽をたたんで墜ち、床で火花を散らした。
《**アクセスキー:HS-Keystone(第二段)**を取得》
《封鎖ログ:層 2/3 開示》
視界の奥で、記録が開く。
――Sub-Caldera:鍵門周辺区画。
月紋の影が冷却バランスを崩し、逆流を起こす手順。
貼り付けられた紙片に、KEの二字と、短い語尾の余白。
《Herald Protocol “KE—”
1) Keystone均衡に対し冷の遅延を増し、熱を前へ
2) Excision準備コード投入
3) ……
承認:Overseer》
「――Overseer、直。月は命令で動く」
ヤエ=ヤエの喉が渇く。「Zankeiの切除、テンプレがある」
記録が砂嵐で破断し、最後に指の走書きだけ残る。
Kestrel、Keystone――二重のKE。
そして、印の端に細い爪跡。
広間の上手で金属が鳴った。
黒いフードが梁に滲み、肩の赤が一度だけ点。
「――均衡は退屈、破壊は華。
君はどちらが好き?」
歪んだ声が低く笑い、霧に溶ける。
「どっちでもない。クリアが好き」
ヤエ=ヤエは中指でUIを弾き、配電孔のコアへ歩く。
コアの前に端末。層2/3の封鎖ログが焼き付いたままうごめく。
禁知の鍵が二段、インベントリで揃って光る。
《Main Quest 更新:鍵門(Keystone)を開くもの》
進行:2/3(HS-Keystone第一・第二段 取得)
次目標:鍵門区画への移行(Access Corridor)/封鎖ログ:層 3/3
ヒント:時間窓が縮小。幇関係によって検問の開閉が変動
「戻る? 窓、残り3:10」
「戻る。今は証拠を持ち帰る。裁きは舞台で」
トレイが頷く。「紅蓮に提出、協力状を上へ上げる。Access Corridorの検問、緩む」
帰路――。
偽流が二度、風をひっくり返したが、ヤエ=ヤエは画面を切って耳で抜けた。
出口で、配電灯が緑→琥珀→赤へ戻る。シャッターが降り始める直前、二人は滑り込みで路地へ飛び出した。
《時間窓:00:12》
《搬入帯:閉鎖》
「セーフ。――Yo、喉が砂利」
「水は高い。味覚は濃い」
「NYでも水は無料なのに……ここは火山税?」
冗談を一口だけ。
紅蓮の受付で、二人は協力状を更新し、層2/3ログの写しと、Lammergeierの翼根部片を証拠として提出する。
端末が承認を返し、Access Corridorの検問に通行枠が付いた。
《通行枠:紅蓮・優先帯》(2回分)
《ヒント:灰拳会と熾天狗に正面で喧嘩を売るな。口より手際で短絡仕事を一つ置け》
「二回分。層3/3と鍵門に足りる」
「途中で誰かが扉を閉めれば足りなくなる。寄り道の喧嘩は無し」
通りに出ると、火の風が低く唸った。
夜空に赤い吐息、遠くに裁きの広場の観客台が組まれていく音。
そこへ黒い影が路地の端で止まり、肩の赤を点にして消えた。
「見てる。近くなってる」
「舞台に引き寄せられるのは観客の性。――次はAccess Corridor。層3/3だ」
ヤエ=ヤエは二本の鍵の光を確かめ、UIの次目標をマークする。
ショートホップIIが風の角をつまみ、足取りが軽くなる。
痛覚は残っている。だが、その残響が道筋の輪郭を濃くしてくれる。
――下層配電孔・突破。
次章、Access Corridorで封鎖ログ:層3/3に触れ、HS-Keystoneを揃える。
言葉より証拠、証拠より手際。そして舞台へ。
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