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オーバードライブ計画  作者: lil jyo
第2幕 ホシデン
11/42

第11章 「冷縁護送(Coldrim Escort)」

 ――紅蓮貿易連(Crimson Trade)・倉庫路。


 鉄骨の梁に吊るされた赤い提灯が、熔けた鉄みたいな光を落としている。フォークリフトの代わりに、脚の生えたキャリー・ラプトルが木箱をくわえ、荷札を噛んで運ぶ。


「依頼品は三点。熱交換ユニット×2、灰縁用ケーブル束×1。冷縁地コールドリムの中継所まで護送ね」

 受付の女が手袋を嵌め直す。胸章は赤い三角、瞳は灰の色。

「言葉はいらない。時間と無傷――それが証拠」


「了解。受注するわ、Crimson」

 ヤエ=ヤエはUIに指を走らせる。


《サイド受注:灰縁護送(紅蓮)》

目的:冷縁地中継所へ資材を無事搬入

条件:荷の損壊0/到着タイム 10:00以内/Herald痕跡があれば採取

報酬:紅蓮の協力状/クレジット+/ヒント:HS-Keystone


「タイムアタック乗ってるじゃん。ショウの匂い」

「火は手際を愛す」

 トレイが背負い具を締め、「ショートホップIIで段差、回路解析は熱交換に割り当てて」と短く指示を出す。


 木箱の側面に、古い端子が二つ。小さなパネルに温度針が踊る。

「熱を保つんだ。冷縁は寒い。箱の中は逆に凍らせちゃダメ」と女。

 UIが補足する。


《環境特性:冷縁寒流/熱奪取の風》

《荷装機能:熱交換ユニットの“温度ベクトル”を回路解析:初段で制御可能》

《注意:急激な温度変化で損壊》


「温度ベクトル……パズル、好き」

「好きと言えるうちが華。行こう」


 ***


 関所を抜けると、空が鈍い銀に変わった。

 火口から離れるほど、風は鋭く冷たく、灰は白く細かくなる。

 遠く、冷えた外輪――冷縁地がうねる。熔岩の赤は見えず、代わりに霜の光が散っていた。


《タイマー:10:00》

《荷温:A 43℃/B 41℃/Cケーブル脆性閾値 2%上昇》


「Yo……冬。NYの地下鉄ホームより寒い」

「呼吸を浅く、Ember Resist Iは切らない。風は斜角で切る」


「出すよ。――3、2、1、Go」


 ラプトル二体と手押しのケーブル台車が走り始める。

 上昇気流とは逆に、ここには冷たい下降がある。ショートホップIIの斜角補正で、跳びの落ちを水平へ伸ばす。


「灰だまり、左に回避。凹地は沈む」

「見えてる」


 ヤエ=ヤエは壁走りで凹地の縁を舐め、ラプトルの手綱を軽く引く。

 その時、耳の奥でキィという薄い音。灰雲の中から、灰色の影が数匹跳ねた。


《敵性:Cinder Jackal Lv.6》

挙動:灰砂で視界を曇らせ、脚を狙う

注意:荷に噛みつくと温度針が急降下


「護送あるある、来た。噛ませない」

「Adaptation温存。脚を見せて“嫌な踏まれ方”をする」


「嫌な踏まれ方って何語?」

「犬語」


 ヤエ=ヤエは灰狼の真正面で一瞬止まり、踵で灰を円に撫で付ける。

 灰の渦が尾に絡み、嫌な感触に狼が顔をしかめた瞬間――ショートホップで逆側へ。

 牙は空を噛み、荷は傷ひとつない。


《荷温:A 42℃/B 40℃/C 脆性閾値 1%》

《タイム:8:43》


「順調。でも風が変わる。冷奪が強い」

 トレイがミニマップに白線を走らせる。「熱交換の回路、今のうちに組み替えて」


「回路解析:初段――起動」


 箱の側面に、青と赤のライン、NOT/AND/ORのゲート。

 青を負へ回し過ぎると凍る、赤を盛ると過熱――二箱を逆相で循環させて均すのが正解だ。


「1・2・3でOR回し……4でANDを逆相。NOTは半拍で釣る」

 指先が走り、熱ベクトルが滑らかに往復を始めた。


《荷温:A 44℃/B 44℃(安定)/C 脆性閾値 0%》


「ナイス調理」

「料理は愛。荷物は命」


 崖沿いの細道。右は霜壁、左は深い谷。

 風が横から刺し、遠くで金属の鈴みたいな音――熾天狗(Shitengu)の観測鈴だ。


「上から見てる。敵じゃない。賭けの客だ」

「観客は多いほど良い。ショウしようか?」

「落ちるショウはしない」


 その時、谷底から低い唸り。

 灰色の車輪を付けた台座が、逆風を切って這い上がってくる。

 上に乗るのは、紺の外套の三人組――野良灰賊。

 片手にルアー銛、片手に灰磁バリアの盤。


「言葉は要らない。荷を置いて去れ」

「NY式に言うなら――『Not today』」

 ヤエ=ヤエは腰を落とし、盤が光る前に走る。


 銛が灰を引き寄せ、視界を白にする。

 Adaptationは温存。

 ヤエ=ヤエは音を聴く――金属の唸り、車輪のリムが一拍遅れで擦れる音。

 その一拍に体を滑り込ませ、手首で銛の糸をはじき――逆巻で相手の足に絡ませた。


 盤がこちらに向く。バリア衝撃は重い。

 適応を叩く。


《カウンター:灰磁盤の位相ズレに合わせ、斜角で受け流し→荷台に衝撃を返さない足置き》

《CD:30.0s》


 斜角で衝撃を床に逃がし、荷台は無傷。

 灰賊は自分の車輪に衝撃をもらい、バランスを崩して退いた。


《タイム:6:12》

《荷温:安定》


「次。……Yo、谷の影、見た?」

 トレイが目を細める。

 谷底、黒いフードが一秒だけ縁に滲み、肩口の小型デバイスが赤を点にした。


「来てる。今は仕事優先」


 道が二手に分かれる。直進は短いが風が強い。迂回は長いが風影が多い。

 ヤエ=ヤエは迷わず短い方へ指を向けた。


「ショートで切る。風は頬、角度は足で読む」


 下降に合わせて肩を回し、跳びの先を半拍だけ遅らせる。

 灰が鳴り、霜の粒が頬を叩く。

 荷台の針がふらつく瞬間、回路解析で温度ベクトルを逆相に切替。

 針は真ん中へ戻る。


《タイム:3:58》

《残距離:0.9km》


「間に合う。――けど空、嫌な色」

 トレイの言葉どおり、雲が金属光沢に反射し始める。

 砂嵐の前兆――じゃない。鏡面アクセスによる**偽流(Fake Current)**だ。


《障害:偽流発生/風向表示が反転/温度針に擬似ノイズ》


「またそれ。画面を切る」

 ヤエ=ヤエはUIの風向を遮断。

 頬、耳、灰の鳴りだけで風を読む。

「1・2・滑る、3・4・置く――今!」

 ショートホップIIが角を掴み、荷台の車輪が霜を蹴って走る。


 最後の出っ張り。崖から冷気が噴く通り道――吹きおろしだ。

 風の芯は上、縁は弱い。

 ヤエ=ヤエは芯を避けて縁に乗り、AdaptationのCDが0.0sに戻ったのを横目で見る。


「Now」

 適応起動。

 白線が足と荷台へ二重に伸び、呼吸の拍まで指示する。

 半拍の緩みでショックを逃し、最後の段差を噛んで――抜けた。


《タイム:1:11》

《視界前方:冷縁中継所》


 柵の向こう、霜に覆われた塔が静かに光っている。

 ヤエ=ヤエが安堵の息を吐こうとした、その刹那――。


 カチ。

 荷台の底で、小さな装置が赤く点灯した。

 月の微細刻印、三本線のサブサイン。


「Yo――仕込まれてる!」

「Heraldの投げタグ。荷ごと爆じゃない、“偽装署名”だ。納入即、君らの犯行になる」


「させない」


 ヤエ=ヤエは片膝で滑り込み、端子に指を差す。

「回路解析:初段、並列入力――偽装署名をダミーに流して焼く」

「Blue Nagaの時みたいに二系統で」


 青線を二重に描く。

 偽流がダミーへ食いつき、本線が署名を隔離する。

 最後にノイズピンを差し、三拍だけ雪崩を起こして焼き切った。


《偽装署名:無効化》

《証拠:月紋タグ(焼損)を採取》

《タイム:0:32》


「走る!」

「ゴール!」


 中継所の門が霜を散らして開く。

 ヤエ=ヤエは荷台を押し込み、受領端末にスタンプを落とす。

 針が0:12で止まり、UIが祝祭を弾かせた。


《サイド:灰縁護送 クリア!》

《到着タイム:9:48/荷損:0》

《報酬:紅蓮の協力状/クレジット+/ヒント:HS-Keystone》

《特記:月紋タグ(焼損)を提出→証拠評価:高》


 中継所の管理官が、白い息を吐いて帽子を上げた。

「……やるね。言葉いらずの手際。――協力状、持っていきな」


 受け取った紙面に、紅蓮の印が熱で浮き出る。

 同時に、端末から追加情報が吐き出された。


《ヒント:HS-Keystone》

・火口下層(Sub-Caldera)へ降りる資材用シャフトが二本。一つは封鎖、一つは時間帯限定。

・冷縁の冷気脈は鍵門の冷却にも使われた旧配管と連動。

・Heraldは冷気脈に逆流を起こし、偽装署名で罪を擦り付けている可能性。


「逆流……Keystoneの冷却を狂わせて焼く。都市を切除できる、準備」

 ヤエ=ヤエは唇を噛む。「Zankeiにやったことを、もう一度?」


「断片は揃い始めた。次は下層へ。――資材シャフトの鍵は協力状で開く」


 その時、外で鈴。

 中継所の塔の陰に、黒いフードが一秒だけ立った。

 赤が点にして消える。

 残ったのは、灰と冷気と、静かな拍手の名残。


「観客、まだいる」

「舞台はここから狭く、深くなる。落ちないで」


 ヤエ=ヤエは協力状をインベントリへスライドし、UIのMainを開いた。


《Main Quest:鍵門(Keystone)を開くもの(更新)》

目的:資材シャフトBから火口下層へ降下/封鎖ログの実体に接触

前提:紅蓮の協力状(達成)

推奨Lv:7–9

報酬:経験値/アクセスキー:HS-Keystone(第一段)


「降りるよ、Guide。下に真実がある」

「上にも観客がいる。……でも、行こう」


 中継所を出ると、風はさっきより冷たかった。

 ショートホップIIが斜角を掴み、足音は雪の上に薄く刻まれる。

 火の国のもっとも冷たい縁で、主人公は次のフラグへ歩を進める。


 ――冷縁護送・完。

 次章、資材シャフトBを降下し、鍵門の影へ。

 言葉より証拠。手際で扉を開け。


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