第11章 「冷縁護送(Coldrim Escort)」
――紅蓮貿易連(Crimson Trade)・倉庫路。
鉄骨の梁に吊るされた赤い提灯が、熔けた鉄みたいな光を落としている。フォークリフトの代わりに、脚の生えたキャリー・ラプトルが木箱をくわえ、荷札を噛んで運ぶ。
「依頼品は三点。熱交換ユニット×2、灰縁用ケーブル束×1。冷縁地の中継所まで護送ね」
受付の女が手袋を嵌め直す。胸章は赤い三角、瞳は灰の色。
「言葉はいらない。時間と無傷――それが証拠」
「了解。受注するわ、Crimson」
ヤエ=ヤエはUIに指を走らせる。
《サイド受注:灰縁護送(紅蓮)》
目的:冷縁地中継所へ資材を無事搬入
条件:荷の損壊0/到着タイム 10:00以内/Herald痕跡があれば採取
報酬:紅蓮の協力状/クレジット+/ヒント:HS-Keystone
「タイムアタック乗ってるじゃん。ショウの匂い」
「火は手際を愛す」
トレイが背負い具を締め、「ショートホップIIで段差、回路解析は熱交換に割り当てて」と短く指示を出す。
木箱の側面に、古い端子が二つ。小さなパネルに温度針が踊る。
「熱を保つんだ。冷縁は寒い。箱の中は逆に凍らせちゃダメ」と女。
UIが補足する。
《環境特性:冷縁寒流/熱奪取の風》
《荷装機能:熱交換ユニットの“温度ベクトル”を回路解析:初段で制御可能》
《注意:急激な温度変化で損壊》
「温度ベクトル……パズル、好き」
「好きと言えるうちが華。行こう」
***
関所を抜けると、空が鈍い銀に変わった。
火口から離れるほど、風は鋭く冷たく、灰は白く細かくなる。
遠く、冷えた外輪――冷縁地がうねる。熔岩の赤は見えず、代わりに霜の光が散っていた。
《タイマー:10:00》
《荷温:A 43℃/B 41℃/C脆性閾値 2%上昇》
「Yo……冬。NYの地下鉄ホームより寒い」
「呼吸を浅く、Ember Resist Iは切らない。風は斜角で切る」
「出すよ。――3、2、1、Go」
ラプトル二体と手押しのケーブル台車が走り始める。
上昇気流とは逆に、ここには冷たい下降がある。ショートホップIIの斜角補正で、跳びの落ちを水平へ伸ばす。
「灰だまり、左に回避。凹地は沈む」
「見えてる」
ヤエ=ヤエは壁走りで凹地の縁を舐め、ラプトルの手綱を軽く引く。
その時、耳の奥でキィという薄い音。灰雲の中から、灰色の影が数匹跳ねた。
《敵性:Cinder Jackal Lv.6》
挙動:灰砂で視界を曇らせ、脚を狙う
注意:荷に噛みつくと温度針が急降下
「護送あるある、来た。噛ませない」
「Adaptation温存。脚を見せて“嫌な踏まれ方”をする」
「嫌な踏まれ方って何語?」
「犬語」
ヤエ=ヤエは灰狼の真正面で一瞬止まり、踵で灰を円に撫で付ける。
灰の渦が尾に絡み、嫌な感触に狼が顔をしかめた瞬間――ショートホップで逆側へ。
牙は空を噛み、荷は傷ひとつない。
《荷温:A 42℃/B 40℃/C 脆性閾値 1%》
《タイム:8:43》
「順調。でも風が変わる。冷奪が強い」
トレイがミニマップに白線を走らせる。「熱交換の回路、今のうちに組み替えて」
「回路解析:初段――起動」
箱の側面に、青と赤のライン、NOT/AND/ORのゲート。
青を負へ回し過ぎると凍る、赤を盛ると過熱――二箱を逆相で循環させて均すのが正解だ。
「1・2・3でOR回し……4でANDを逆相。NOTは半拍で釣る」
指先が走り、熱ベクトルが滑らかに往復を始めた。
《荷温:A 44℃/B 44℃(安定)/C 脆性閾値 0%》
「ナイス調理」
「料理は愛。荷物は命」
崖沿いの細道。右は霜壁、左は深い谷。
風が横から刺し、遠くで金属の鈴みたいな音――熾天狗(Shitengu)の観測鈴だ。
「上から見てる。敵じゃない。賭けの客だ」
「観客は多いほど良い。ショウしようか?」
「落ちるショウはしない」
その時、谷底から低い唸り。
灰色の車輪を付けた台座が、逆風を切って這い上がってくる。
上に乗るのは、紺の外套の三人組――野良灰賊。
片手にルアー銛、片手に灰磁バリアの盤。
「言葉は要らない。荷を置いて去れ」
「NY式に言うなら――『Not today』」
ヤエ=ヤエは腰を落とし、盤が光る前に走る。
銛が灰を引き寄せ、視界を白にする。
Adaptationは温存。
ヤエ=ヤエは音を聴く――金属の唸り、車輪のリムが一拍遅れで擦れる音。
その一拍に体を滑り込ませ、手首で銛の糸をはじき――逆巻で相手の足に絡ませた。
盤がこちらに向く。バリア衝撃は重い。
適応を叩く。
《カウンター:灰磁盤の位相ズレに合わせ、斜角で受け流し→荷台に衝撃を返さない足置き》
《CD:30.0s》
斜角で衝撃を床に逃がし、荷台は無傷。
灰賊は自分の車輪に衝撃をもらい、バランスを崩して退いた。
《タイム:6:12》
《荷温:安定》
「次。……Yo、谷の影、見た?」
トレイが目を細める。
谷底、黒いフードが一秒だけ縁に滲み、肩口の小型デバイスが赤を点にした。
「来てる。今は仕事優先」
道が二手に分かれる。直進は短いが風が強い。迂回は長いが風影が多い。
ヤエ=ヤエは迷わず短い方へ指を向けた。
「ショートで切る。風は頬、角度は足で読む」
下降に合わせて肩を回し、跳びの先を半拍だけ遅らせる。
灰が鳴り、霜の粒が頬を叩く。
荷台の針がふらつく瞬間、回路解析で温度ベクトルを逆相に切替。
針は真ん中へ戻る。
《タイム:3:58》
《残距離:0.9km》
「間に合う。――けど空、嫌な色」
トレイの言葉どおり、雲が金属光沢に反射し始める。
砂嵐の前兆――じゃない。鏡面アクセスによる**偽流(Fake Current)**だ。
《障害:偽流発生/風向表示が反転/温度針に擬似ノイズ》
「またそれ。画面を切る」
ヤエ=ヤエはUIの風向を遮断。
頬、耳、灰の鳴りだけで風を読む。
「1・2・滑る、3・4・置く――今!」
ショートホップIIが角を掴み、荷台の車輪が霜を蹴って走る。
最後の出っ張り。崖から冷気が噴く通り道――吹きおろしだ。
風の芯は上、縁は弱い。
ヤエ=ヤエは芯を避けて縁に乗り、AdaptationのCDが0.0sに戻ったのを横目で見る。
「Now」
適応起動。
白線が足と荷台へ二重に伸び、呼吸の拍まで指示する。
半拍の緩みでショックを逃し、最後の段差を噛んで――抜けた。
《タイム:1:11》
《視界前方:冷縁中継所》
柵の向こう、霜に覆われた塔が静かに光っている。
ヤエ=ヤエが安堵の息を吐こうとした、その刹那――。
カチ。
荷台の底で、小さな装置が赤く点灯した。
月の微細刻印、三本線のサブサイン。
「Yo――仕込まれてる!」
「Heraldの投げタグ。荷ごと爆じゃない、“偽装署名”だ。納入即、君らの犯行になる」
「させない」
ヤエ=ヤエは片膝で滑り込み、端子に指を差す。
「回路解析:初段、並列入力――偽装署名をダミーに流して焼く」
「Blue Nagaの時みたいに二系統で」
青線を二重に描く。
偽流がダミーへ食いつき、本線が署名を隔離する。
最後にノイズピンを差し、三拍だけ雪崩を起こして焼き切った。
《偽装署名:無効化》
《証拠:月紋タグ(焼損)を採取》
《タイム:0:32》
「走る!」
「ゴール!」
中継所の門が霜を散らして開く。
ヤエ=ヤエは荷台を押し込み、受領端末にスタンプを落とす。
針が0:12で止まり、UIが祝祭を弾かせた。
《サイド:灰縁護送 クリア!》
《到着タイム:9:48/荷損:0》
《報酬:紅蓮の協力状/クレジット+/ヒント:HS-Keystone》
《特記:月紋タグ(焼損)を提出→証拠評価:高》
中継所の管理官が、白い息を吐いて帽子を上げた。
「……やるね。言葉いらずの手際。――協力状、持っていきな」
受け取った紙面に、紅蓮の印が熱で浮き出る。
同時に、端末から追加情報が吐き出された。
《ヒント:HS-Keystone》
・火口下層(Sub-Caldera)へ降りる資材用シャフトが二本。一つは封鎖、一つは時間帯限定。
・冷縁の冷気脈は鍵門の冷却にも使われた旧配管と連動。
・Heraldは冷気脈に逆流を起こし、偽装署名で罪を擦り付けている可能性。
「逆流……Keystoneの冷却を狂わせて焼く。都市を切除できる、準備」
ヤエ=ヤエは唇を噛む。「Zankeiにやったことを、もう一度?」
「断片は揃い始めた。次は下層へ。――資材シャフトの鍵は協力状で開く」
その時、外で鈴。
中継所の塔の陰に、黒いフードが一秒だけ立った。
赤が点にして消える。
残ったのは、灰と冷気と、静かな拍手の名残。
「観客、まだいる」
「舞台はここから狭く、深くなる。落ちないで」
ヤエ=ヤエは協力状をインベントリへスライドし、UIのMainを開いた。
《Main Quest:鍵門(Keystone)を開くもの(更新)》
目的:資材シャフトBから火口下層へ降下/封鎖ログの実体に接触
前提:紅蓮の協力状(達成)
推奨Lv:7–9
報酬:経験値/アクセスキー:HS-Keystone(第一段)
「降りるよ、Guide。下に真実がある」
「上にも観客がいる。……でも、行こう」
中継所を出ると、風はさっきより冷たかった。
ショートホップIIが斜角を掴み、足音は雪の上に薄く刻まれる。
火の国のもっとも冷たい縁で、主人公は次のフラグへ歩を進める。
――冷縁護送・完。
次章、資材シャフトBを降下し、鍵門の影へ。
言葉より証拠。手際で扉を開け。
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