第10章 「灰の扉(Ash Gate)」
――Transit Pass: TK→HS をタップ。
視界が一瞬、白く反転する。
耳の奥で起動音(Loading)が鳴り、足下の床が線路へ、線路が火口の縁へと形を変えた。
カットシーンの字幕が自動で流れる。
《境界映像:Hoshiden》
《火口と灰野に囲まれた戦地の国。**Empress of Fire(Homura-hime)の治める領域。
競合する幇**が資源と名誉を賭けて争う。
言葉は軽く、証拠は重い。》
「――Skipは?」
「ない。境界説明はいつもUnskippable」
「うーん……教育映像っぽいのに痛覚エミュ強めなの、性格悪くない?」
場面が切り替わる。
熱風の鳴り、鼻腔に焦げた石の匂い。
地平まで伸びる灰野。遠くで赤い脈を吐くHoshiden火山帯。
手前に、黒曜石を積み上げた関所――**灰の扉(Ash Gate)**が口を開けていた。
《環境特性:火傷シミュ濃度↑/目潰し灰/上昇気流(ジャンプ挙動に影響)》
《注意:水分補正なし。熱源に近づくほど痛覚増》
「Yo……リアルだね。空気が痛い」
「呼吸は浅く。ショートホップIIで風に斜角合わせ。――証拠はポケットに入ってる」
トレイが顎で指す。ヤエ=ヤエのインベントリには、禁知フラグメント(α〜δ)の閲読証と、資料庫の閲覧票。
「それでも試験はある。火は形を見たがる」
灰の扉の前に、Hoshiden Militiaの兵が二名。
肩章は赤、胸に火口の紋。槍の穂先がほの白く熱を帯びている。
「通行目的」
低い声。言葉は硬いが、儀礼は整っている。
トレイが一歩前に出る。「Transit Pass、雷帝推薦、資料庫第一層閲覧済。境界試験の受験を希望」
兵は頷き、視線をヤエ=ヤエに移した。「**君は主人公**だな。火へ入るなら、灰の試練を通れ」
《Main Quest:灰の扉・審査》
目的:三つの灰炉(Ash Hearth)へ火種(Ember)を運び、点火せよ
条件:火種を落とさない/濡らさない/他者損壊なし
推奨Lv:6–8
報酬:入域許可/Hoshiden開放/サイド解禁:幇名簿
注:痛覚シミュ強/上昇気流と目潰し灰が発生
「運搬ゲーね。Yo、落としたらどうなるの?」
「一からやり直し。火種は君の体温から熱を借りる。雑に扱うと自分が焼ける」
「雑はやめます……」
兵が台座から小さな火の珠を掬い、ヤエ=ヤエの掌にそっと乗せた。
熱が皮膚を刺し、じりと痛覚が立ち上がる。
「灰炉は三つ。北東(NE)・南(S)・西(W)。順番は任意。風は上から来る」
「風読みは任せて。ショートホップII、角度補正オン」
「僕は風脈と灰雲の動きをミニマップに重ねる。Adaptationは最後まで温存、本当に落ちる時だけ使って」
「任せろ、Guide」
――カウントなしで始まるのが、この国の流儀らしい。
ヤエ=ヤエはNEへ向けて一歩踏み出し、上昇気流の縁に二段微修正を入れて跳ぶ。
灰がぶわと舞い上がり、目潰しの砂が視界をざらつかせた。
「2拍で瞬き、3拍で息。4拍で置く」
トレイの声が節を刻む。
ヤエ=ヤエは拍どおりに体を動かし、足裏で地熱と風向を読む。
途中、黒い影が灰の中から跳ねた。灰狼(Cinder Jackal)――低い唸りとともに、尻尾で灰渦を起こす。
「灰渦は火種を吸う。踏むな」
「外を回る――半歩!」
ショートホップIIで斜め上へ軽くすり上がり、灰渦を横から切る。
NE炉に到達。火種をそっと落とすと、灰の中で赤い輪がぼうと灯り、遠雷のような音が響いた。
《灰炉 1/3 点火》
「次、南」
「風向が逆になる。上昇気流に逆らわないで沿って落ちる」
南へは、熔岩の細流が蛇のように横切っている。
熱気で足ががくっと怯む。火種がちりと泣いた。
「Yo、痛い。これ、ゲームだよね」
「痛覚は味付け。辛口」
石槲の板橋をトントンと渡る。
途中、上空から灰雨――目潰しが濃い。
ヤエ=ヤエはAdaptationに指を伸ばしかけ、やめる。
(落ちそうになってから。自分で噛み砕く)
呼吸、拍、角度。
南炉に火種を置くと、今度は低い鐘の音がゴウンと鳴った。
《灰炉 2/3 点火》
「残り一つ。西は――風裏。でも地形が悪い」
トレイがミニマップに白線を引く。「凹地に灰だまり。踏み込むと沈む」
「砂場じゃん。Yo、幼稚園でやった」
「幼稚園のがまだ優しい」
西へ。凹地の手前で、ヤエ=ヤエは両手を広げて重心を落とし、足裏を平に置く。
沈みが始まる直前にショートホップで角に出る。
灰の表面に淡い波紋――その波紋の縁を浅く乗り継ぐように前へ。
そこへ、灰雲の中から異物。
黒いフード――梁で見た観客が、今度は近距離にノイズの尾を引いて出現した。
肩の小型デバイスが赤く点滅。彼/彼女は指先でついと空気を撫でる。
《障害:偽流(Fake Current)が発生》
効果:風向表示を逆転/目潰し灰の頻度アップ
「妨害……来た」
「信じるのは画面じゃなくて肌。風は頬で読む」
「了解」
ヤエ=ヤエはUIの風向を遮断(目隠し)し、頬と耳で上昇気流の音を拾う。
灰が鳴る。
半拍遅れてホップ、二段微修正で斜角を合わせ、偽流を踏み外す。
――西炉が目の前だ。
置く。
瞬間、黒いフードが手を伸ばし、火種に触れようとして――。
「Now!」
ヤエ=ヤエはAdaptationを叩いた。
白線が掌から火種の縁へ細く伸び、風の切れ目と灰の落ちを同期させる指先角度を示す。
わずかにずらして火種を置き、攪乱の指を空振りさせる。
《カウンター成功/CD:30.0s》
《灰炉 3/3 点火》
三色の火が扉の紋に流れ込み、黒曜石が内側から赤に透けた。
灰の扉が重く開く。
兵が静かに槍を下ろす。「――入域を許可する。火は軽口を嫌う。働きで示せ」
黒いフードは扉の影で笑い、赤を一度だけ点滅させて消えた。
《Main Quest:灰の扉・審査 クリア》
《報酬:入域許可/Hoshiden開放/サイド解禁:幇名簿》
《新機能:環境耐性・燠(Ember Resist I)》
「やった。焦げは最小限。鼻が煙だけど」
「いい走り。偽流に騙されなかった」
扉の内側――そこは、火山の街だった。
溶岩流に沿って築かれた段丘、鉄骨の橋、武装屋台が並ぶ闘市。
通りの至る所に、幇の旗。炎の絵柄、鉄の拳、灰の蛇――色と敵意が鮮やかすぎる。
《サイド解禁:幇名簿》
・灰拳会(Ash Knuckles)……路地支配/素手闘特化
・紅蓮貿易連(Crimson Trade)……物資掌握/護衛・輸送
・熾天狗(Shitengu)……高所奇襲/情報収集
《注:幇との関係はメイン進行に影響。敵対は商圏閉鎖に繋がる》
「人間のUIがうるさい街だ」
「火は競うのが礼儀。言葉より手際で信用を取る」
トレイが視線で掲示板を示す。Mainが一つ点滅していた。
《Main Quest:鍵門(Keystone)を開くもの》
目的:火口下層の鍵門跡に到達し、封鎖ログの実体を確認せよ
前提:幇のいずれかから協力状を獲得
推奨Lv:7–9
報酬:経験値/アクセスキー:HS-Keystone
警告:火帝(Homura-hime)領の直轄区域に接近
「――来た、鍵門」
「でも前提がある。幇と手を組む。選ぶなら、今」
トレイが三つの旗を見比べる。「灰拳会は正面突破、紅蓮貿易連は物流、熾天狗は高所と情報。
Keystoneは下層。物流が強い紅蓮が近道を持ってる可能性が高い」
「商談は言葉より証拠。つまり――仕事を置いてくる」
ヤエ=ヤエは掲示板のサイドをざっと流し読みする。
紅蓮のジョブが一つ、色が違う。
《サイド:灰縁護送》
内容:冷縁地(火口の冷えた外輪)へ資材を搬入。Herald活動の痕跡に注意
報酬:紅蓮の協力状/クレジット+/ヒント:HS-Keystone
難度:中
「Heraldの匂いまで付いてる。――これで行く」
「賛成。冷縁地は月のログと一致する。証拠が拾える」
受注。
その瞬間、通りの片側で火花。
灰拳会と熾天狗が、橋の通行権をめぐって小競り合いを始めていた。
殴打の音、赤い旗が煽られる。
観客が賭け札を振る。この国の日常が血と熱で編まれていく。
「巻き込まれ注意……Yo、通行できる裏は?」
「紅蓮の倉庫路。有料だけど安全」
「投資は回収する。鍵門で」
二人は紅蓮貿易連の赤い屋台へ。
受付の女が、灰色の瞳でヤエ=ヤエを測るように見た。
「運ぶ気ある顔だね。灰縁は寒いよ。火の国で一番」
「寒いのは慣れてる。NYだし」
「NY?」
「現世の話。気にしないで」
契約印が焼き印で押され、護送ルートがミニマップに伸びる。
最後に女が、声を落とした。
「冷縁には影が出る。月の影。――言葉でなく、証拠を持っておいで。上が好きなのはそれだから」
「持ってくる。燃えない証拠を」
ヤエ=ヤエは拳を胸に当て、短く礼をした。
店を出ると、風が変わった。
灰の匂いに、遠くから鉄の甘い香り――血の予告。
通りの奥、黒いフードが一瞬だけ現れ、赤を点にして消える。
「追ってくる」
「舞台は揃った。次は――護送で冷縁へ」
UIが新しい行を光らせる。
《Main 継続:鍵門(Keystone)を開くもの》
《サイド受注:灰縁護送(紅蓮)》
《ヒント:氷の耐性はRyoukaで学ぶが、今は動きで寒さを打ち消せ》
「将来の科目も宣伝してくるの、草」
「シラバスはプロモーション。Skip不可」
二人は灰の通りを駆け足で抜ける。
ショートホップIIが風の角をうまくつかみ、足取りを軽くする。
遠く、火口の縁が、夜の端で赤黒く息をしていた。
――Hoshiden編・突入。
次章、冷縁護送で証拠を拾い、鍵門の扉に近づく。
火は言葉より手際――働きで道を開け。
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