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地球の大都市圏に5つの隕石が落下して48時間が経過した頃、極限の混乱により世界はその機能の大半を消失していた。隕石の落下の被害を受けなかった地域は緊急事態宣言を発令し、辛うじてその国家としての体勢を保っていたが、世界規模での通信や経済、物流などの停止と情報の隠匿やフェイクニュース、終末論者の流言等により市民が暴動を起こし、徐々に崩壊が始まっていた。
そして僅かな時間をおいて、事態を決定づける出来事が始まった。
敵性金属生命体「エンブリオ」。
現在ではそう呼称される侵略者が、5つのクレーターから、世界には知られず静かに放たれていた。
旧中国地区と呼ばれるユーラシア大陸の廃墟に向けた企業所属艦隊の輸送艦の甲板上で、マコトは27のコックピットで待機をしていた。
ミッションの依頼元は中量級MMCV開発を得意とするeclair-ASIA社と、独特な兵器開発を得意とする日本企業のKATANA社の合同。内容は太平洋への進出を狙っていると考えられる行動を始めた「エンブリオ」の小規模コロニーの殲滅。同行機は何時も通り無しだが、洋上より強襲時及び撤退時、要請時には一度だけ火力支援が受けられるとのこと。
『間もなく目標地点周辺に到着、作戦領域に入ります』
コックピット内に戦術AIオペレーター「ラナ」の音声が響き、マコトのヘルメット型HUDのマップに目標ポイントがハイライト表示される。
『戦闘システム起動』
27のジェネレーターが待機状態から戦闘状態へ移行し、出力が上昇。ブースターから噴出する炎の色も赤色から白色へとシフトする。
輸送艦から目標地点、上海跡地までの距離は凡そ50キロメートルを切った地点で随伴していた「戦艦」から艦砲射撃が激しい砲撃音を上げながら一斉に始まった。
少し遅れてからやや後方の駆逐艦からのミサイル攻撃も開始したとHUDに表示される。
「27、出撃する」
『ミッション開始』
着弾を待たず、マコトは27を発進させた。
メインブースターと脚部のサブブースターは激しく白光をあげ、比喩ではなく27の脚部が水面の先端を切り裂きながら、その鈍重な機体を陸地まで運んでゆく。
『戦艦からの砲撃、着弾、今』
ラナの音声直後、目標地点に着弾した砲弾が高さ数百メートルはある爆炎を上げる。
その後、少し時間を空けて27を追い抜いたミサイルが陸地の前でホップし、目標に向けてその弾頭を突き刺そうとしたが、天まで一瞬で到達した数十条の光線がその全てを撃墜する。
エンブリオの攻撃手段は収束された光線、所謂レーザー兵器だった。
光速で放たれるその恐るべき攻撃手段は今まで人類が培ってきた航空兵器や、質量が小さいロケットモーターを使用した誘導弾頭等の有用性を全て無に帰した。ただ、その性質上直線的な射撃しか行えないという欠点も持ち合わせている。
そのため前世紀の遺物である、放物線を描くことが出来、相対的に質量兵器ともとれる戦艦の主砲が再度戦場の女神として蘇った。
『誘導弾頭全て撃墜されました。無意味です。黙って戦艦の砲弾を作ればいいと思いますが』
「……ラナ、通信には乗せていないとは思うけど、傍受されている可能性が高い。依頼主に怒られる」
『勿論通信には乗せていませんが、マコトがそういうなら分かりました』
「……うちの戦術AIは口が悪いな」
『ラナはその様に学習しましたので』
「お願い、少し黙って。もう作戦領域だってば」
『ではこの作戦が終わったらUSASSの肩グレネードをそろそろ買って下さい。ラナも火力支援が行いたいです。派手にいきましょう』
「それ買ったら赤字になるし」
『マコトは甲斐性がありませんね。ロスヴァイセには……』
マコトが無言でラナの音声を10秒間ミュートすると、HUDの隅に抗議のアラートが流れ続ける。
緊張感皆無のやり取りだが、これも仕事のうちだとマコトは一つ溜息を吐くと意識を切り替える。
陸地は目前に迫っていた。
『レーダー範囲内に大型エンブリオ無し、中型8、小型22』
ミュートから解き放たれたラナは本来の役割を遂行する。
同時に廃墟となった貨物港に27は到着したが速度は緩めずそのままに、艦砲射撃で未だ火の手が上がり続ける元上海地区の廃ビル群の中に突入すると、前方からエンブリオからの激しいレーザーの射撃が始まった。
「交戦開始」
27は前面の装甲を灼かれながら右腕を僅かに上げ、廃ビルの上から自分をレーザーを撃つ砲弾型をした小型エンブリオに急激に上昇しながら接近すると、物理ブレードをレーザー発射孔と思われる深い溝に通り過ぎざまに突き刺し、振りぬいた。
機能を停止したエンブリオ置き去りにして27は次の獲物を見つけ、ブースターを吹かす。
『中型の射程距離に入りました。プラズマ射撃きます』
「戦闘機動開始」
遠方から眩しいプラズマ弾が放たれるがレーザーに比べ速度が大幅に劣るそれは、既にクイックブーストを一度発動した27に余裕をもって回避され、着弾した後方のビルを一瞬で蒸発させた。
プラズマ弾の直撃は、小型エンブリオのレーザー直撃を数秒間耐える特殊複合装甲を容易に貫く。今まで何機ものMMCVを機能停止に陥れ熱暴走を誘発、その内部にいるパイロットを焼き殺していた。戦術AIオペレーターにおける弾道予測によりある程度の回避機動を取ることで回避が可能であることだけが救いだった。
続けざまに飛来するプラズマ弾をクイックブーストを発動させて避けながら、27は遠回りしながら2機目の小型エンブリオに接近、物理ブレードで切り裂いて行く。
『撃破2、残り28』
「殲滅する」
新たに戦場の主役として生み出された対エンブリオ用兵器MMCVは、始めて淘汰され続けてきた人類の生存圏を僅かながらにでも、遂に広げることに成功していた。
AC5ではムラクモ使えませんでした