1-1
その日、アメリカ東海岸及び西海岸、EUはドイツ、アジアでは中国、インドに隕石が何れも同日中の夜間、僅かな時間をおいて次々と落下した。隕石の規模としてはそれほど大きくなかったはずのそれは、膨大な密度を持っていたためか、それらの大都市を始め周囲一帯を尽く壊滅的な状況へと陥れた。
その隕石は勿論事前に観測をされていたが、地球への落下ルートから大きく逸れていたためそれほど危険視をされずに経過を観察されていた。
だが落下ルートを過ぎ去った直後、まるで意思を持つかのようにその進路を変更し、大都市部に真っすぐに落下をした。
その数は5つ。
それは始まりだった。
北海道のとある海沿いの地域にあるMMCV用地下ガレージの一角に設置された金属フレーム製ベンチに、体にぴったりと張り付くデザインの黒いパイロットスーツを装着した男、マコト=シライシが体を投げ出すように横たわっている。
短い黒髪、中肉中背の特徴のないアジア人に見える彼は、ぼんやりとした黒い目で天井を眺めていた。
「マコト、機体整備が完了したよ」
そこに長身でメカニックスーツ姿の30代程の年の女が手に工具を持ちながら歩いてくると、マコトに向かって声を掛けた。機械油をこすり落とした跡や、細かい幾つもの火傷の跡が美人と言える筈の顔に凄惨さを与えている。
胸には油で半分見えなくなった身分証が掛かっており、「ロスヴァイセ」までが読み取れた。
マコトはその声でゆっくりとベンチから体を起こし、ロスヴァイセに右手を上げる。
「何時も有難うロス。直ぐ確認に行くよ。少し休んでおいてくれ」
「何を言ってる。機体の次はお前の番だ。どうせ無茶したんだろう」
「それ位しか出来ないからなぁ……」
ベンチから立ち上がったマコトを見てロスはもと来た通路に向けて歩き始める。
「先に行って準備しておくから機体のチェックの後に部屋に来てくれ」
「分かった」
通路の奥に向かうロスを見送った後、マコトは言われた通り機体、MMCVーMultipurpose Mobile Combat Vehicle(多目的機動戦闘車両)が格納されているハンガーへと足を向けた。
登録名「27」。
赤銅色にペインティングされたその第二世代MMCVは、企業をスポンサーに持たない独立傭兵として企業連合に登録をされている。
各企業から販売されている重装甲重量級パーツで組まれた耐久性を頼みに、高出力ブースターで目標に肉薄、本来は弾薬切れの後の悪あがきに扱う物理ブレードでの一撃離脱を主な戦術として戦う、集団戦では扱いづらい狂犬として企業間ではある程度情報共有をされていた。
また、各パーツが統一されていない構成であることは、企業をスポンサーに持たない独立傭兵独特の構成と言えるものとも言えた。
接近戦を主力としている構成上、他のMMCVとの連携が取りづらく、単体での運用を求められることが多いその尖った性能は、主に局地戦での鉄砲玉として一番槍を務めさせられることが多く、それでも戦地から生還するその姿は「リビングデッド」や「ゾンビ」等と一部のMMCVパイロットから揶揄されていた。
その27のパイロット、マコトが無骨な鉄製ドアを開きハンガーに入ってくるとメカニック達は作業の手を一瞬止める。
ハンガー内はMMCVが縦に2台並ぶほど、約15メートル程度の高さを持ち、奥行きは50メートル程の空間が広がっていた。
独立傭兵としては不相応の大きさを誇るそのハンガーは、工業油と電気で空気が焦げた匂いが充満し、所狭しと電子部品や装甲板等の予備のパーツと思われる物や作業用のクレーン、タラップなどが整然と並んでいる。そしてそのハンガーの中央には27が移動用のトレーラーにMMCVと同じ特殊合金のアームで固定されていた。
マコトは軽く手を挙げてメカニックに挨拶をした後トレーラーの梯子を上がり、コア背部にあるハッチまでワイヤーフックを足場に利用して上昇、ハッチは開けたままコックピット内に潜り込む。
コンソールを操作しシステムを待機起動させ、コックピット内にぶら下がっているプラグの一つを手に取りケーブルを引っ張り出すと、頸椎に増設されたジャックに差し込む。
マコトの視界内に簡易起動されたシステムブートログが流れ、システムの簡易起動後各状態が表示される。コア、頭部、両腕部、脚部、FCS、ジェネレーター、ラジエーター、ブースター及び武装ユニット、オールグリーン。
その他幾つかの細かい確認を済ませるとプラグを引き抜き、マコトはメカニック達に笑顔で「OK」のハンドサインを送るとコックピットを降り、ハンガーを後にした。
医務室のプレートが掛かった部屋の中にはロスが作業服のまま設置型のターミナルに向かっていた。その室内は医務室とプレートにあるが、簡素な油まみれのシーツが敷かれた足の高いベッドの他には、人体への使用用途には明らかに適さないであろう工業工具だけが、赤いツールキャビネットの上に乱雑に並べられている。
ロスがタッチパネルを操作し始めると幾つかの項目はスタンバイと表示され、ウェイトモードに入ったようだ。そこからもロスが幾つか操作を続けているとドアが開きマコトが入ってくる。
「横になれ」
「了解」
ロスはマコトの方を見ずにパネルの操作を続け、マコトは短く返事をするとベッドの上に体を仰向けで横たえる。そして首元に手を当て指を押し込むと、ぴったりと体に張り付いていたパイロットスーツの首元が空気が抜けるような音を立てて緩む。
その音を聞いたロスはパネルから手を離すと赤いツールキャビネットの前に立ち、引き出しの中から絡まった幅5センチほどの拘束用ベルトを何本か引っ張り出した。そして絡まったそれをベッドに横になるマコトへ放り投げる。
マコトは受け取った拘束ベルトを手慣れた様子で解くと、ベッドの底面に設置されているフックに、拘束ベルト先端の金属製の輪を掛け、自分の胴体を経由した後に反対側のベッドの底面のフックに掛ける。
同じ動作を拘束ベルトの本数だけ繰り返すとロスがベッドの前までやって来る。そして各拘束ベルトについているボタンを押し込むと拘束ベルトは収縮し、マコトの胴体をきつく締め上げ固定した。
そして手を伸ばし、ツールキャビネットの上から工具の一つをを手に取り、雑にマコトの頭を横に向ける。
「もうちょっと優しく……」
「うるさい」
そうマコトが情けない声を上げるが一向に気にした様子がないロスは、手に持った工具を先程ハンガーで27に繋いだ頸椎へのジャックに差し込みトリガーを引く。
マコトの首周りから甲高い金属音が2,3度鳴った後、ロスはまたも無造作にマコトの短い髪を掴むとその頭を力任せに引き抜いた。
「落とさないでよ?」
「それ毎回言うけどやってほしいのか?重いんだよお前の頭」
「いや、本当に落とされたら何もできないから怖いんだって」
「どうだか」
機械部品の接続部が剝き出しになった首の断面は、リノリウムの床が反射する暗い明かりに照らされ、何らかの金属製らしい鈍い色を曝け出してる。
その面には触らないようメカニックらしい慎重な手つきで、ロスはマコトの頭を天井から伸びている別のケーブルに固定、その横から垂れている別のプラグを頸椎のジャックに差し込んだ。
そうした後、ロスは吊るされたマコトから離れるとターミナルの方へ歩いて行き、暫くモニターを眺めた後パネルを操作し始める。
「……また無茶したな?阿保」
「そりゃあ、まぁ。斬るしか出来ないから」
「偶には自分の体も大事にしてくれ。機械なんてもんは消耗品だと思っていると何処かで痛い目見ることになるぞ」
「ロス」
「何」
「ありがとう」
「機械の整備は仕事の内だ」
「あ、照れてる?」
「口を開けなくするアプリケーションでも入れてほしいのか?」
「ごめんて」
ロスは幾つかの測定データを確認し、再度パネルを操作する。
「脳の炎症反応が前回から随分とデカくなってる。ステロイドは強めに行くから覚悟しておいてくれ」
「おう」
「……大丈夫なのか?」
「多分まだいける」
「……そうかい」
ロスはターミナルから離れるとベッドに残された体の前に立ち、パイロットスーツの胸元を開ける。するとパイロットスーツの下に現れたのは肌色ではなく、黒い劣化防止塗料が吹きつけられた金属の光沢が現れる。
「ボディの細かい調整はやっておく。……その間機能を落として少し休んでおいて大丈夫だ」
「ありがと。次は海を越えるから暫く留守にすると思う。その間はロス達もゆっくり休んでね」
「旧中国領か?」
「そう。コロニーの殲滅依頼」
「ちゃんと戻ってこいよ。就職活動は暫くしたくない」
ロスはそう言うと吊るされたマコトの頭を片手で自分の方へ向けると、少しだけ長いキスをした。
設定は雰囲気