1-11-4 twist it
補助脳。
それは1.5世代型MMCVと同じように突然現れたオーバーテクノロジーの一つ。その本質はただ外付けの外部記憶装置により脳の容量を増やすと言った性質のものではなく、その実態はもっと悍ましいものであった。
一般的に公表されている処置は外部記憶装置の埋め込みを行うことで、MMCVの操縦時における情報処理速度を向上させる補助輪的役割ということになっていた。
だが、一定の能力不足で戦場へと出すことが出来ない兵士達、または戦闘による負傷で戦闘行為が出来なくなった兵士達に施される再処置は――皮肉にも治療の名目で施されるそれは、ある物質から抽出した何かを対象の脳幹に植え付け、そこにとある機関が産まれるのをただ見守るだけだった。
地球に誕生した生物が獲得した脳幹について簡単に説明を行うと、呼吸・循環の維持、意識・覚醒の維持、反射運動、神経伝達の中継を司る、生物として生きて活動するにあたって最重要の機能を有していること。
ただ、研究者にとって必要であったのは、その内大脳・脊椎との神経伝達を行う「橋」の機能及び、視覚や聴覚などを含む運動制御を行う「中脳」の機能であり、生命維持を司る機能に関しては「あれば良い」程度の認識だった。
結果として大脳を経由しない神経伝達はダイレクトに被検体の身体制御に直結することとなり、まるで獰猛な肉食動物様な身体制御を可能とし、極限までの意識の覚醒を行うことで生命活動が途切れるその瞬間まで戦意を高揚させ継戦能力を保つことが出来る。
そう、報告書には書かれていた。うず高く積み上げられた医療事故、人体への影響には触れることは無く。
そして、それは滅びゆく人類の一部にとって歓迎された。
彼ら。
つまり企業にとって兵士とは結局のところ消耗品であり、大量生産され、大量消費されてゆく商品の一つでしかなかった。あるいは壊れた商品をリサイクル、リユースするエコロジーさまでも感じていたのかもしれない。
事実としてエンブリオとの生存競争に出し抜かれた人類種にとって、抵抗の効率を上げるための新しい技術、テクノロジーは華々しい成果を上げた。
脳幹に産まれたとある機関は徐々に脳細胞を侵食し成長する。そうして出来上がったそれは宿主との共存をし始める。
だがそれは、必ずしも良い隣人であるとは言えなかった。
オーバーブーストの発動により27の速度は即座に1,100キロを叩きだす。そしてそれは相対的にエンブリオからの攻撃を回避することを困難にする。
中型からのプラズマ弾が発射された瞬間、回避したそれは既に後方へと流れ去っている。
その様子を日常の時の歩みより遅く体感しながら、それでも恐ろしい勢いで消耗してゆくジェネレーター容量を目にしたマコトは、頸椎に接続されたケーブルからダイレクトに27を操作する。
急激に縮まるエンブリオとの距離。右腕のブレードが届く距離まであと一息。
レッドゾーンに突入したジェネレーター容量を確認し、オーバーブーストを停止。強い慣性を制御するようにメイン、サブのブースターを制御することで戦闘機動を維持。
距離が縮まり性能を十全に発揮できるようになった中型の後ろに陣取る新型からの射撃は、間延びした体感時間の中でしっかりと認識出来た。
『直撃予測』
間延びした体感の中でもラナの声はマコトにはっきりと届く。
回避行動を取ろうとクイックブーストを発動させるが、入力に対しての遅延が永遠にも感じられる。モニターに映り込み、迫りくる物理弾はジュニアスクールの子供が投げるボール程度の速度で見えてはいるが、機体が反応しないのであれば躱せない。
マコトは足掻くように右腕の追加装甲を物理弾に合わせる様に突き出そうとするが、やはり27の反応がマコトの入力に対して不足している。間に合わない。
仕方なく迫りくる物理弾が少しでも跳弾しする入射角をラナが計算、導かれた通りに27の姿勢を制御する。後は重量級MMCVの装甲を信じるだけ。
物理弾が27のコア前面装甲にめり込む様子をもどかしく視認しながらマコトは祈ることしか出来ない。
物理弾がその全体を半分ほど装甲に埋めたタイミングでようやくクイックブーストが暴力的なブースト出力を生み出す。
『オートバランサー機能限界を超えました』
「戦闘システムをフルマニュアルに変更」
『完了しました』
マコトにとって27――MMCVをマニュアル操作することと、義体を制御することは同意義だ。操るモノが戦うために作り上げられたMMCVであるか、人間らしく振舞うための日常用であるか。
それだけの違い。
生きること。
今ではもう、そう意識することも無くなった日常と呼ばれる時間においても、マコトは安息もない戦場にその身を置くことと同意義だった。
「――――――――!!」
声にならない絶叫を上げながらマコトは意識の覚醒度を更に高めてゆく。
吹き出すようにあふれ出した冷却材がコックピットを汚してゆく。
物理弾がコアの装甲を食い破る直前にクイックブーストの推力を制御し、右斜め前へと無理矢理27を進ませる。その際、物理弾はその直線状にあった左腕までの装甲を抉り取りながら後方へと抜けていった。
『コア、左腕に損傷発生。ジェネレーターからの出力を一部カットします。射撃能力低下』
まるで躓き宙に放り出された子供の様なコミカルな格好で、それでも27は墜落せず低空を飛翔しながらエンブリオとの距離を縮めてゆく。
小型の包囲は半分ほど抜け、目前に2体の中型が姿勢を崩した27へプラズマ弾を発射しようとしているのが視認できた。新型はその中型の後方5メートルほどの場所に1体、そしてその左前方約100メートル先でその銃口をこちらに向けている。
それを確認したマコトは27を制御し一瞬だけ脚部のつま先を地面へ接触させると、その機体はつんのめる様に地面に向かい倒れこんでゆく
『脚部への負担確認、サブブースターへの出力を一部遮断します』
接地した抵抗を軸に、コマのように一瞬だけ回転しながら突入するべき角度を調整。左腕の中距離ライフルECL-leopard-03を地面に突き刺し機体を支え、ほんのわずか回復した体勢を利用しクイックブーストを発動。ひしゃげて使い物にならなくなったライフルを手放し、まるで四足歩行する獣の様な姿勢の27の上をプラズマ弾が2発通り過ぎてゆく。
その様子にエンブリオも驚いているのか、一瞬その動きを止めたようにマコトには感じられた。
「手が届いたな」
クイックブーストで得た推力が27と中型1体との距離を0まで縮め、その機体を僅かに起き上がらせたマコトは万感の思いを込めて右腕の物理ブレードを振り切る。
中型の体に接触した鈍色の物理ブレードJ-HVKATANAは、27の速度を破壊力へと変換し、あっさりとその後方へと抜けていった。
だが、破壊力の代償として失ない速度を失った27へ2体の新型がその照準を合わせ、隣にいる中型への誤射を気にすることも無く物理弾を発射した。
『新型からの――』
ラナの声が聞こえ始めると同時に、ラグを読み置いておいたクイックブーストが発動する。
脚部のサブブースターの出力が低下しているため、歪な円弧を画きながらももう一体の中型の側面へと回り込むと、その強引な機動によりコックピット内に滴る冷却液が幾滴か浮かび上がりモニターを汚してゆく。
まず、目の前の新型から発射された物理弾は27がいた場所を正確に通り過ぎた後に斬撃の跡が残る中型に深くめり込み、千切れかけていた上半分がまるでびっくりしたように少し浮き上がった。
その後間もなく後方の新型から発射された物理弾は、同じように27がいた場所を正確に通り過ぎ、回り込んだ中型の横を通り過ぎて行った。
慌てたように旋回を始める中型に右腕の物理ブレードを突き刺しながらジェネレーター容量に目をやると、クイックブースト一回分のエネルギーは溜まっていた。物理ブレードを引き抜くと同時にクイックブーストを発動。ジェネレーターは再度レッドゾーン警告を表示させる。
再びブースターが産み出す推力により速度を手に入れた27は、目の前の新型に向けて直進する。
前回の交戦で感じていた通り、新型は連続して射撃を行うことが出来ないのかその銃口を向けるだけでその場に立ち尽くしている。
「お前はあの時のやつとは違うのかもしれないけど――」
十分に速度が乗った物理ブレードが新型の胴のあたりに接触し、僅かな抵抗を一瞬だけ感じた後にその後方へと抜けてゆく。
「これでお返しだ」
新型の上半身に生み出された斜めの断面を滑り、地面へ落ちた。
『新型撤退していきます』
「何故?」
『意図は不明』
マコトの視界の戦術マップには遠ざかってゆく新型の姿が映し出されている。
「……補助脳起動解除」
そして、見せつけるかのように一瞬だけ恐るべき加速を行うと最高速に到達したのか空港の外へと離脱していった。
『結論を言いたくはありませんが』
「……学習用の機体ってことだよね」
『同意します。あちらも随分と勤勉な様ですね』
「今のクイックブーストだよなぁ」
『挙動はほぼ一致しているように観測されました』
27は機能を完全停止していなかった中型の近くまで通常飛行で接近、とどめを刺すために物理ブレードを振るう。
『まずは残る小型を殲滅しましょう』
「そうだな。そうしよう」
マコトは操縦桿に手を置くと27の操作を再開した。
調子に乗ったら長くなりすぎてしまった。
お読みいただき有難う御座います。




