1-9 amen,amen
旧中国領上海地区における拠点は急ピッチで建築されていた。KATANA社が保有する輸送船の25%を抽出する形で行われているこの作戦は、企業のやる気を表していた。
事実、抽出された輸送船による影響として旧アメリカ大陸からの物資の輸出入が一部滞り、市民生活に多少の影響が出始めているとラジオ放送が流れてはじめている。
生憎、鉄骨の骨組みと作業用のクレーンだけで屋根もない野営地に到着し、呪詛を吐き続けながら設営作業を続ける工兵やメカニックの耳に届くことは無かったが。
「建築用MMCVの到着は明日になるだと?段取りはどうなっているんだ!?おい!そこのお前……!」
「「「やっちゃえゴリラ主任!!」」」
「エンブリオの前にぶっ殺すぞお前ら!!」
代わりに聞こえてくる自慢のメカニックたちの嬌声を聞かなかったことにしながら、マコトはコックピットの中でじっと出撃命令に備えていた。
その様子をレーダーと観測子機で眺めていたメイ・メリーはこれからのミッションに対して若干の不安を感じ始めていたが、幸い?その不安は直ぐに払拭されることになった。
「こちらはANTELOPEパイロット、メイ・メリー。ポイントB-3にエンブリオの小集団を補足した。小型4、中型1。至急非戦闘員はポイントD-6の輸送船まで一時退避。防衛部隊は私と一緒に前進せよ。では行動開始」
拠点内に私の声が響き渡る。
エンブリオの襲撃は確実にその密度を増している。
まるでこちらの戦力を計っているような不愉快なやつらの行動。私はそれに対してある種の知性、戦略めいたものを感じ始めていた。
数日前、定時報告の際にそうした状況を報告したところ、追加戦力として独立傭兵のMMCVが昨日到着したが、何故同僚を派遣してくれなかったのかと、次回の定時報告の際に訴えやろうと、その時には思っていた。
機体名「27」。パイロットはマコト=シライシ。界隈では狂犬と呼ばれる独立傭兵。独立傭兵のMMCVらしく、各企業のパーツを寄せ集めた重量2脚型だが、高出力のジェネレーターとブースターを使用しての機動戦を行い、信じがたい事ではあるが、物理ブレードを主兵装に格闘戦を仕掛けるとのこと。
『27了解。戦闘モード起動』
コックピット内に待機していたマコト=シライシはそう通信を残すと、27のブースターから青白い焔を噴出させて機体をB-3ポイントの方角に向ける。
背後に非戦闘員がいないことを確認したのかジェネレーターが甲高いうなり声を上げた後、ほぼ切れ目がないクイックブーストを使用して一瞬で最高速度に到達。巡行を始めた。
「クイックブーストの連続使用?頭おかしいのあいつ」
HUDに表示される27のマーカーは見る間に遠ざかり、B-3にポイントされた交戦予想地域に到達した。
『交戦開始。戦闘機動開始』
短い通信の後、クイックブーストが空気を震わせる音が拠点まで断続的に響いてくる。
HUDに表示させている27のマーカーは常に不規則に動き回り、理解できない速度での一撃離脱を繰り返す。
とてもではないが援護射撃を差し込むタイミングが計れない。
『小型1機撃破』
「なんだそれ……」
思わずつぶやいてしまったのは仕方ないことだと思う。とっさに通信を切ることが出来たことをほめてほしいくらいだ。
明らかにクイックブースト中に機動を変化させたと思われる、見たことがない気持ち悪い動きは、狂犬というよりは多数の脚をもつ節足動物、つまり百足などの虫を思わず思い浮かべてしまった。マジでキモイ。人間辞めてる。
いくら強化手術を受けているとは言え、内臓と脳がシェイクされてレッドアウトにグレイアウト、そして直ぐにブラックアウトだ。
HUDに表示され続けている戦術AIの評価も一部閾値を超えているのかエラーを吐き出し、【有効戦術立案まで暫くお待ちください】とか見たことも無いログがずっと流れている。
……部隊として運用できない奴を送ってくんじゃねーよ!
毒づきながら愛用のスナイパーライフルを構えてはいるものの、27の圧倒的狂犬っぷりにポイントB-3交戦地域では今のところ出番はありそうになかった。いや、出番を作らせてはくれなさそうというべきか。
後方では非戦闘員の拠点内からの退避が粗方終了した。非戦闘員が搭乗した移動用の装甲車は巡洋艦が警備を行っている海岸への移動を行い、防衛部隊の1.5世代型4脚型戦車は既に防衛ラインに張り付いている。
『小型1機撃破。残り小型2、中型1』
私は優先順位を戦闘から周囲の状況把握へと切り替える。あそこはあの頭のおかしい奴がいれば十分だろう。中型もいるため決して油断は出来ないが、やられる姿が想像できない自分がいることも確かだった。
であれば、私はやれるべきことを行うべきだろう。
「こちらANTELOPE、27へ。援護は必要か」
『現状では必要ない。小型1機撃破。残り小型1、中型1』
「……では索敵に移行、情報をチャンネル2で共有する」
『了解』
出力を上げ始めたレーダーが周囲の索敵間隔を短く、索敵範囲を広域に取る。
『小型殲滅』
淡々と述べられる撃破報告に戦慄しながら、レーダーの解析情報を分析していくと、広がり続けるレーダー範囲の端にエンブリオの反応が現れた。
「ポイントC-1に新しいエンブリオの反応!小型は……10、中型3。防衛部隊は現場指揮官の指示に従え。これより先制攻撃を行う!」
『27了解。中型を撃破次第そちらに向かう』
「まだ別ポイントからの強襲も十分に考えられる。更新されるデータに注意してくれ。ANTELOPE交戦開始」
FCSに従いスナイパーライフルでの射撃を開始。精密射撃はあえて行わず、速度重視でトリガーを引く。
初撃から小型に命中。撃破。味方がやられても回避行動を取らないエンブリオは真っすぐに拠点を目指してくる。狙いやすい。伏兵がバレたことを悟ったのかエンブリオの速度がぐんと伸びる。嫌というほど見た突撃陣形を取り始めた。
二射目は外した。FCSと戦術AIが調整を行い、三射目は小型に直撃、撃破。四射目も小型に当たったが場所が悪かったらしく撃破までは出来なかった。
『中型撃破。ポイントC-1へ向かう』
撃破のスピードが一寸おかしい狂犬の通信を聞きながらマガジンチェンジを素早く行い、4連射を行う。更に小型を1機撃破した。
「こちらANTELOPE。小型は3機撃破。エンブリオはC-1からD-2に向かって進行中。防衛部隊へ。間もなく接敵、27の到着まで遅滞戦闘を行え。密集せず散会。中型のプラズマ弾に巻き込まれるなよ。私も援護射撃を行う」
レーダーに目をやると既にエンブリオとの距離は2kmを切り、中型は既に目視できるようになっている。
防衛部隊が射撃を始めるのと同時に、小型エンブリオからのレーザー射撃が始まった。
『こちら27。間もなくポイントD-2でエンブリオの背後から強襲を掛ける。出来ればそのタイミングに合わせて防衛部隊を退かせてほしいんだがどうだろうか?』
「え?」
『え?』
ここからは防衛部隊を盾に使い、連携が乱れたエンブリオに精密射撃で……。そう思い、一瞬モニターから目を離したとたん27からの通信に思わず素の声が漏れる。向こうも素の声で聴き返してくるけど……、意味が分からない。
HUDにちらりと目を向けるとB-3で戦闘をしていた27は既にB-1を経由しD-1に到着している。
その方向にカメラを向けると、27がメインブースターから激しく青い焔を巻き散らかしながら空を爆走していた。
HUDに表示されているその速度は時速1100kmを超えている。
……常時クイックブーストでの移動?
そんなことが出来るジェネレーターやパーツに心当たりはない。
いや、今はそんなことはどうでも良い。
「あ、ああ。こちらで27の位置は把握している。突入のタイミングで防衛部隊の攻撃を停止させる。その後支援が必要になったら再度連絡を」
『了解。5秒後交戦開始』
「……防衛部隊砲撃止め!2秒後に後退せよ!」
『2秒後ですか!?』
「ああそうです!!2秒後です!!はい!今!!」
『了解しましたぁ!!』
ああ、めっちゃくちゃだよこの野郎!お前が落とされたらこの拠点おしまいだからな!!
防衛部隊の指揮官がやけくそ気味に叫んだあと、防衛部隊の4脚戦車はその短い脚を哀れなほどにフル回転させ、私が指示をした仮の防衛ラインまで後退する。小型からのレーザーは相変わらず防衛部隊を狙っているが、中型は空から迫りくる27に向かいプラズマ弾を発射する。27は左右に機体を振り危なげなく回避。
『27交戦開始』
もとは空港だったのだろう、遮蔽物もクソもない滑走路に着陸した(イカれてると思う)27はあのブースターをカットしたのか激しい青い焔は鳴りを潜め、空港内の鉄道駅の残骸に体を隠した3体の中型に向かって惰性で滑るように直進。それを阻止すべく小型はこちらへの攻撃を止め、27へ向き直る。
『戦闘機動開始』
27は中型からの3発のプラズマ弾をクイックブーストで円運動を行いながら回避、小型の側面を取ったかと思うと再度クイックブーストを発動、すれ違いざまに物理ブレードで切って捨てた。
『ニンジャ?』
思わず漏れてしまった言葉は通信を切っていなかったが仕方のない事だろう。
27は器用に脚部ブースターを操作、その場でスケーターのように半回転。中型にその機体全面を向けるとクイックブーストを2連発。慣性で後退している状態から確実に内臓が逝くレベルでの急制動と再加速を立て続けに行い、再度すれ違いざまに小型を物理ブレードで切り捨てる。幾つかのレーザーが27の装甲に命中していたが、追加装甲を抜くまでの照射時間を取ることは出来ないようだった。
同じように半回転しクイックブーストで急制動、再加速。切り捨てる。小型のレーザーは装甲で受け止める。プラズマ弾は円運動で踊るようにすり抜ける。
そして急制動、再加速、切り捨てる。それの繰り返し。
偶に思い出したかのように頭上を取るような三次元起動も行っていたが、二次元での起動だけで全くエンブリオは対応できていなかった。もはや蹂躙と言っても良い結果だった。中型も同じ様に切って捨てられていた。
ただ、何となくばら撒いていたライフルの射撃はクソほど下手だった。あれをサポートしている戦術AIに涙を禁じ得ない。
『エンブリオ殲滅完了。指示を求む』
27からの通信でHUDに目を向けるが別動隊と思われるエンブリオの編成は見られなかった。
「こちらANTELOPE。現在レーダーに敵影は見当たらない。防衛部隊に連絡。以後1時間警戒態勢を取れ。何かあれば報告を。27はハンガーへ帰還、機体の整備を受けた後戦闘待機」
『27了解』
『防衛部隊了解』
指示を出した後、私はハンガーへ戻ってゆく赤銅色のMMCVを眺めながら、痛み始めた胃に手を当てていた。
中管理職は胃を痛めるもの




