最初だけ2話あります
深夜、明かりの失われた文明の跡地を、赤銅色の多目的機動車両(MMCV)のブースターから迸る青白い焔が、崩れた高層ビル群の一部を照らしている。
折れ曲がった鉄骨が一部露出し、ひび割れたコンクリートをステージにするように、ゆらゆらとホバリングするそのMMCVは、無骨な直線基調のずんぐりとしたコアと呼ばれる胸部パーツに、流線型の細身の左腕と、カイトシールドの様な増加装甲が装着された重量型の右腕、逆関節式の重厚な二脚とデザイン的にちぐはぐなシルエットを浮かび上がらせていた。
左腕にはeclair-EU社製の中距離ライフルECL-leopard-03が、右腕にはKATANA社製の物理ブレードJ-HVKATANAが装着されている。
右腕の増加装甲には「27」の文字がシンプルに黒文字で大きく描かれている。
凡そパーソナルマークと呼ばれるエンブレムから読み取れるのは赤銅色のMMCVの登録名、「27」。
コックピットにはフルフェイスのヘルメット型のバイザーを被り、全身タイツの様な黒いパイロットスーツを装着した細身のパイロットが数本のハーネスで体を固定され、首の裏に繋がれた太いケーブルは背部のコンソールに繋がっていた。両手は操縦桿やパネルに置かれているがほぼ動きは見られない。
パイロットとして登録されている名前はマコト=シライシ。企業に属さずに活動する独立傭兵として知られていた。
本来であれば銃器の弾薬が尽きた際の非常手段として使用するブレードを主兵装に、重装甲と高出力のブースターに任せて無理矢理戦線を突破するスタイルと企業間で徐々に認知され始めているが、傭兵登録以前の情報が不明であることが多い事でも有名だった。
その前方には100機を超える前時代の機動兵器群が、27のレーダーを通してバイザー内のHUDに徐々に映し出されていく。
僅かな間を置いて周囲の走査が終了し、そこには6本の脚部を持つ多脚戦車や無限軌道戦車の他、後方には幾つかの自走砲の姿が確認できた。
『レーダーの範囲内には第2世代型MMCV無し。前時代及び1世代型MMCV極多数』
コックピット内に女の声が流れる。
「分かった」
バイザーから漏れる男の声。
『ミッション開始』
再度告げられる女の声には反応せず、マコトはその手を動かすと27のブースターからの青白い焔が強さを増し、弾丸のように兵器群へとその機体を飛翔させる。
後方の自走砲からの対空射撃が始まり、27は鋭く左右にその機体を揺らし回避行動を取りながらも前進を止めない。僅かな時間差ののち、戦車からの滑空砲の一斉射撃が始まった。
100機を超える起動兵器群による制圧射撃は凄まじく、崩れたビル群ごと27の周囲を破壊しつくしていく。
27は上下にも機体を揺らし、ビル群を盾にしながらも速度は落とさずに前進を進める。
時折27の前方から、射撃で吹き飛ばされたビルの残骸が機体を襲うが、右腕の増加装甲を前方に突き出しそれらを弾き飛ばしていく。第2世代型のMMCVの装甲であれば、細かいコンクリートの直撃程度であれば問題は無いとは言えるのだが。
前進を続ける27と機動兵器群の距離が凡そ2キロメートルを切り始めた時、密度の高い射撃に直撃ではないものの被弾が増え始める。無限軌道戦車はスラロームを開始し後方に移動しながらの射撃を。多脚戦車はそれらを守るように前進を始めた。
『損傷軽微』
コックピットに女の声が響くがマコトは一切反応せず、素早くトリガーに指を掛ける。それに連動して27も左腕のライフルを前方の多脚戦車に照準を定め。
「交戦開始」
マコトがトリガーを引き、ライフルから弾丸が連続して発射される。
弾丸は先頭の多脚戦車に命中、正面に追加された特殊複合装甲に数回弾かれるが、FCSの正確な制御により続く銃撃でその機能を停止させる。
その間にも距離は縮み、多脚戦車から27への集中砲撃が開始される。
27は始めて速度を落とし、ビルなどの障害物を盾にライフルでの射撃を継続するが、徐々に物量で勝る多脚戦車群に半包囲されてゆく。
機動性で大幅に勝る27は回避行動を優先しながらも、2機の多脚戦車をライフルでの射撃で機能停止に追い込むがその間に包囲が完成する。ほぼ同時に後方から自走砲の射撃が再開した。
『直撃予測』
「多脚は釣りか。さて」
短いやり取りの後、27のメインブースターと脚部のサブブースターが爆発的な光を放つ。
クイックブーストと呼ばれるそれは瞬間的に時速800キロメートルを超える加速を生み出し、その機体を10メートルほど上空へ移動させた。間髪入れずに発動した二度目、三度目のクイックブーストで包囲を抜けるよう、さらに前方へと100メートル以上瞬間的に移動。
その際に発生した強力な慣性は、マコトをハーネスで容赦なく締め上げるが、操作の手を止めることない。直後に今までいた地点に榴弾が降り注ぎ、大爆発を起こしながら包囲をしていた多脚戦車を引き裂いた。
「戦闘機動開始」
マコトはHUDに表示されるジェネレーター容量に僅かに目を向けた後、クイックブーストを不規則に連発、でたらめな光の帯を残しつつ無限軌道戦車との距離を急速に詰めながらライフルを前方に向け、マガジンが空になるまで撃ち続ける。
反撃に大量の滑空砲が放たれるが27は大きく右にクイックブーストで避けるとマガジンをリロード、再度射撃を行い更に2機の無限軌道戦車を機能停止へと追い込んだ。
その光景に無限軌道戦車群は全力で後方へスラローム移動をしながら滑空砲での射撃を続けるが、クイックブーストが一度発動、殿との距離が肉薄する。
右腕に装着された肉厚の鉈の様な物理ブレードJ-HVKATANAが持ち上げられる。全長2メートル程はあるだろうその刃はクイックブーストの爆発的な光量に照らされ、鈍く光を反射する。
27はクイックブーストによる加速を保ったまま右腕の物理ブレードを降りぬくと、刃は火花を上げながら無限軌道戦車の側面を切り裂き後方へ抜ける。コントロールを失った無限軌道戦車は崩壊したビルに突っ込み砂煙を上げて停止した。
27は脚部の補助ブースターの出力を調整し、速度を殺さず弧を描くように左へスライド移動。砲塔を向けようとしていた無限軌道戦車に物理ブレードを素早く突き刺す。そして引き抜くのと同時に再度クイックブーストを発動、その場から離脱する。
だが、離脱の瞬間を狙っていた他の無限軌道戦車からの一斉射撃の内の一つが27のコアへ直撃する。
近距離からの砲撃により27は若干姿勢を崩すが、第2世代コアの特殊複合装甲は貫通出来なかったようだ。それでも姿勢を取り戻すまでの一瞬の隙が生まれる。
『被ロック多数』
「問題ない」
マコトのHUDに表示されているジェネレーター容量は1/3を切っているが構わずクイックブーストを発動、同時に脚部ブースターの出力調整も実行すると、コンパスで大きく円を描くように旋回を行い一斉射撃を回避する。
滑空砲の着弾により膨大な土煙が立ち昇り、視界がほぼ0になるが、27のレーダーは正確に敵の位置をHUDに表示を続けている。マコトはブースターの出力を上げると更に前方へ突入し、無限軌道戦車群に割って入った。
すると、味方への誤射防止のためFCSにロックが掛かったためか、一時的に無限軌道戦車からの射撃が停止する。
『戦術設定ポイント到着』
「殲滅する」
そこからは27が内側から無限軌道戦車を食い荒らすかのように物理ブレードで切り裂き続ける。
FCSの誤射ロックを無理矢理解除したか、味方を巻き込まないよう射角を付けることが出来た機体からの散発的に射撃が再開されるも、時はすでに遅く、密度を失った攻撃はクイックブーストを使わずに回避されてゆく。
『自走砲からの射撃再開。一部直撃予測』
「判断が遅かったね」
接敵開始から半数以下に数を減らした無限軌道戦車群を巻き込む形で、再度自走砲からの榴弾砲が放たれたが、27はクイックブーストを3回発動しあっさりと着弾予測地点から離脱する。
直後に後方では榴弾による大爆発が起こり、HUDから敵性反応がほぼ消失した。
そして、前衛を無くした自走砲はその後物理ブレードで切り裂かれ、機動兵器群はその戦力を喪失した。
『レーダー範囲内での敵性反応ありません。第二目標まで移動を開始してください』
コックピットに女の声が響いた。戦闘開始からわずか5分にも満たない時間だった。
マコトは無言で操縦を続けながら第二目標まで移動を再開する。27のブースターから迸る青い焔だけが夜の闇に一条の線を引いていたが、不意にHUDに所属不明のマーカーが表示される。
『前方より所属不明のMMCV接近中。30秒ほどで交戦可能距離に到達予定。データーベースに照合も登録と一致する機体はありません』
「交戦可能距離まで接近後撃破する」
『了解』
僅かに時間ののち、所属不明機から射撃が開始される。至近弾ではあるものの中てようとする意識を感じない。散発的に行われるそれは、恐らくは警告なのだろうか。
『FSC被ロックの形跡ありません。気を付けて下さい』
「へぇ。的当てなんて俺には出来ない芸当だね。潜り込んで斬るだけだ」
27は狙いも定めず左腕のライフルから適当に弾丸をばら撒きながら接近を続けるが、ある程度の距離を保ちたいのだろう所属不明機はクイックブーストを発動、白い焔の残像を残しながらほぼ直角に上昇し射撃を再開する。
モニターに映し出された所属不明機は軽量のパーツで組まれているのか、27と比べると半分ほどの体積で、全体的に空力に優れる鋭角で細身な機体構成となっていた。
両腕には型式登録がされていない銃身が長いライフルが握られ、独特なリズムで偏差射撃を行い27の移動先を制限していた。
『所属不明機主武装は形状よりスナイパーライフルと思われますがモデル不明。リロード等の情報は随時更新していきます。格闘戦距離での連続被弾は装甲を抜かれる可能性もあります。注意を。……変わらずFCS被ロックありません。弾道予測機能低下』
「悪いが細かい姿勢制御は任せる。撃ち合いに付き合ってはいられないから無理矢理行くよ」
27は所属不明機を追いかける様にクイックブーストで上昇しようとするが、軽量機との重量の差が大きすぎるためか高出力のブースターではその差を縮めきれず、半分程度の高さしか埋めることが出来なかった。その間に所属不明機はクイックブーストを更に一度発動、27の背後を取るように頭部から地面へ向かって緩やかに弧を描きながら急降下を始めていた。
『回り込まれています』
女の声に27はクイックブーストを発動、距離が離れることに奥歯を噛みしめながらも背面を取られないよう円弧を画き正面装甲を所属不明機に向けるが、その先に広がっているのは夜の闇に残る白い焔の軌跡だけだった。
HUDには3時の方向に既に回り込まれている所属不明機のマーカーが表示されている。その距離は凡そ500メートルほど。ライフルではやや遠く、スナイパーライフルではやや近い。そんな中途半端な距離ではあったが、一度や二度のクイックブーストで物理ブレードが届く範囲には収まらない、恐らくは27の機体性能をある程度知っている、計算された間合いだった。
直後に所属不明機のスナイパーライフルから吐き出されたノーロックの弾丸が27のコアを直撃、その衝撃に弾かれたよう27は姿勢を崩し一瞬ではあるがその動きを停止する。その隙を見逃すことなく所属不明機からの追撃が連続で叩きこまれる。
『装甲低下』
27は所属不明機による射撃をその身に受けながらも、重量級のアドバンテージを生かし大破を免れる。初撃の被弾後に右腕の追加装甲を向けることが出来たのも良かったのだろう。
「その手のやり取りはもう慣れたよ」
『最低マガジン内容量8』
スナイパーライフルのマガジンが空になりわずかに射撃が止み、所属不明機がリロードを行うタイミングで、27のメインブースターが今までのクイックブーストよりも遥かに強い爆発的な閃光を発する。
一瞬で500メートルもの距離を詰めた27は右腕のJ-HVKATANAを振り抜くと、所属不明機の細い左腕を簡単に切り飛ばす。
大きく体勢を崩した所属不明機は一度距離を取ろうとクイックブーストを発動、ある程度の距離を取ることに成功するが、27も同じ様に通常のクイックブーストを連続発動しその距離を詰めようとする。
『所属不明機左腕武装パージ』
「何?」
距離を詰められた所属不明機は突然その場に停止すると、残された右腕のスナイパーライフルをパージ、ハンガーから何かを取り出すと27へクイックブーストを発動し一瞬で距離を詰める。
そして掲げた右腕からは青白い閃光を発するレーザーブレードの刃が、27に向かい袈裟懸けに振りぬかれた。
「レーザーブレード……!!」
マコトは目を細めながらもブースター出力を上昇させ吶喊、その距離が0になる瞬間に物理ブレードを鋭く前方へ突き出した。
その肉厚な刃は所属不明機のコアパーツを一瞬で貫通、ジェネレーターやブースター、そしてコックピットがあるだろう部分を致命的な迄に引き裂いたが、所属不明機のレーザーブレードもその勢いを失わず、27の左腕を切り飛ばした後にその光を消失した。
『左腕大破。所属不明機の撃破を確認』
「……やられたな」
『元々こちらを消耗させるための手駒でしょう。上手く誘われましたね』
27は所属不明機が突き刺さったままの物理ブレードを振り払い、沈黙した所属不明機を近くの廃ビルの屋上に投げ捨てる。
「仕方がない。一先ずあの所属不明機の調査を行う」
『ええ、しっかりと調査を行ってあげましょう』
「ああ、しっかりとな」
マコトはそう言うと27を所属不明機に向けて、ゆっくりと移動を開始した。
AC大好き人間です。