童貞魔王と第四皇女:その5…努力するには目的が必要で(後編)
「鍛錬法と言っても、ちょっとしたコツです。そう気負う必要はありませんぞ?」
「よ、よろしくお願いします」
マシドナの爽快な笑みに、シルフィアは浅く頭を下げる。
「コツはたったの2つ!まず真っ直ぐ、頭が天に引っ張られた様に立つ!」
「こ、こう?……あ……」
シルフィアはマシドナの手本を真似して立ってみる。すると背中の筋肉が引き締まり、首と肩に圧し掛かっていた重量が半減したように感じた。
「どうですかな?」
「……これは、劇的に違いますね……何だか呼吸も楽になったように思います」
「そうでしょう!ではそのまま歩いてみて下され!」
マシドナの指示でシルフィアは軽く歩を進める。するとこれまで首や肩に響いていた振動が軽減し、歩く事自体が楽に感じた。そして顔が真っ直ぐ前を向く事により視界が開け、何だか世界が広くなったように思える。
「……凄い、歩くのがとても楽……」
「鍛錬法とはいえ、体躯の調和を整える事から始めます。この歩行法は体躯の歪みを正し、内臓の位置を元に戻すのに最適です。さてここでコツの2つ目!」
「は、はい!」
「血流が良くなり汗を掻きますので、汗拭きを携行する事をお勧めするが決して首に掛けない事!汗拭きの重量により首が前に倒れ、正しい歩行法を妨げます。汗拭きは首と間隔を空け、両肩に乗せるよう心掛けよ!」
「わ、分かりました!」
満足げに立ち去ろうとするマシドナに、シルフィアは思い浮かんだ疑問を投げ掛けてみる。
「この鍛錬法ですけど、マシドナ様が考案されたのですか?」
「いや、これは我が国の教育の根幹であり、1000年以上前から研究されている分野だ」
「1000年ですか!?」
「そうだ、ドワーフは大昔から石工、鍛冶と槌を振るってきた。すると利き腕ばかり使ってしまい、体躯が歪み、頭痛や腰痛、肩こりに悩まされてきたのだ。それを解消・予防するのが鍛錬法だ。最初は筋肉を解す事から考案され、呼吸法や栄養学など様々な分野を取り込み、今では総合学問”保健体躯”として義務教育化されている」
「そ、それは信頼できますね」
「だからシルフィア様、安心して鍛錬法を実践されるが良い!!」
「はい!!」
それから10日間、シルフィアはマシドナから教わった2つのコツを心掛けた。
歩行が楽になると外出しやすくなり、汗を掻くので水分補給を頻繁に行う。その為か便通も良くなり、同時に空腹を感じ、それまでの食欲不振が嘘の様に解消された。
自分の身体が思うように動くのは気持ちが良く、食事を美味しく食べられる事がシルフィアには嬉しかった。
10日後、再び訪れたマシドナにシルフィアは駆け寄った。
「マシドナ様!教えていただいた歩行法を実践しましたが、体調が凄く良くなりました!」
「それは僥倖!それでは、その成果を実感していただきましょうか!」
「え?もう十分に感じているのですが……」
「いや、ここから目的を確認するのです。スマンが搾乳できる器を!!」
マシドナは背後に控えていた乳母に声を掛ける。すると乳母は手頃な大きさの深い器をマシドナに手渡した。
「ではシルフィア様、母乳の味を確認されよ!」
「は、はい……」
シルフィアは半信半疑のまま搾乳し、それを口にしてみる。
「………!こ、これは……甘くなってる!?」
「お気付きになられたか?」
「え?どういう事?」
「これこそ単純明快な理念です。母が健康だから、良い母乳が出るのです!」
「!!」
それは本当に単純明快だった。シルフィアは世界の真理を垣間見たように思えるほど、その理論は完璧であり、素直に感服するしかなかった。
「御子を健康に育てるには良い母乳が不可欠です。でしたらシルフィア様、母である貴女は何をすべきですか?」
「じ、自分の健康に気を付ける……」
「そう、健康は産前よりむしろ産後こそ注意すべきなのです!母乳は母そのもの、母が食べた物が母乳になる!これからは運動を心掛け、食事に気を使い、良い母乳を出す努力をしましょう!!!」
「はい!!!」
差し出されたマシドナの手を、シルフィアは涙を流しながら握る。その光景はまるで師弟のようであった。
「では次の段階へと移る。これは尿漏れを防ぎ、下腹部を引き締め、男性を喜ばす鍛錬法だ!」
「ま、マシドナ様…そのような素晴らしい鍛錬法があるのですか!?」
「マシドナと呼ぶな!これからはドワーフ流に”マム”と呼べ!」
「あ、はい、マム!!」
「了承は”イエスマム”、否定は”ノーマム”だ!!分かったか!」
「イエスマム!!」
「それでは直立し、肩幅に足を開け!!」
「イエスマム!!」
シルフィアが指示されたまま足を開くと、マシドナは股の間に腕を差し込み、肛門と性器の間を指で指し示した。
「ま、マム!?」
「いいか、ここが骨盤底筋だ!!ここを鍛えるんだ!締めてみろ!」
「い、イエスマム!」
「なんだこのフニャフニャは!?お前の根性はこんなものか!」
「の、ノーマム!!」
マシドナの叱咤にシルフィアが歯を食い縛る。肛門から性器の筋肉が痙攣し、臀部や下腹部の意識しなかった部分の筋肉までが痛いぐらいに動いた。
「もっとケツを締めろ!そうだ、その調子だ!それを10数え終わるまで締め、次は10数えるまで緩める。これを繰り返せ!まず10回!」
「い、イエスマム!」
10回を終えると、シルフィアは立っている事が出来ずにその場に崩れ落ちた。その様子に満足げに頷くと、マシドナは膝を折りシルフィアの肩を抱く。
「良くやった!お前は骨盤底筋の鍛錬法”ケーゲル”を会得した!大したものだ!」
「あ……ありがとうございます…」
「馬鹿、ここは”サンキューマム”だ、言ってみろ…」
「さ、サンキューマム……」
「このケーゲルを、まず寝ている時と座っている時に行え。まずは10日、歩行法も忘れるな。私が必ず産前…いや、人生最高の状態にまで鍛えてみせる!私についてこれるか!?」
「い、イエスマム!!」
こうしてシルフィアの鍛錬が始まった。
マシドナは10日に一度訪問し、鍛錬法が誤っていないか確認し、そして新しい鍛錬法を伝授する。
1か月後には食事内容の指導、自重鍛錬が始まった。2か月目にはマシドナが望んだ鍛錬場が完成し、2人は鍛錬場で器具を使いながら、お互いを補助し合い鍛錬を続けた。
「偏食をするな!肉、野菜、豆類、果物、乳製品などを万遍無く食べろ!塩分と水分の補給も忘れるな!」
「食べる肉は鳥肉!そして鳥の骨も齧れ!軟骨は勿論、前歯で噛み切れる部分は全て可食部だ!」
「筋肉は良い血を、良い血は良い母乳を作る!鍛錬を怠るな!」
「鏡を見ろ!こまめに体重を計れ!自分の現状を認識するんだ!」
6か月後、鍛錬場ー
「シルフィアよ…よくぞここまで鍛え上げた…もうお前に教える事は何もない…」
「…マ、マム……」
「もうマムと呼ぶな、お前は私と同列になったのだ…マシドナと呼んでくれ」
「マシドナ……私……私……」
「…泣くやつがあるか…今後も鍛錬を忘れるなよ?…それでは、完成したシルフィアの筋肉を見せてくれ!」
水着姿のマシドナの言葉に、同じく水着姿のシルフィアが頷く。そして徐に両手を上げると全身に力を入れた。褐色の肌に力瘤が膨らんでいく。
ミチミチミチッ!
「フロントダブルバイセップス!」
「良いキレだ!最高にキレてる!!」
「フロントラットスプレッド!」
「うぉ!嫉妬するほどに完成しているぞ!私も負けてはおれん!サイドチェスト!」
「マシドナ、キレてる!キレてるよ!サイドトライセップス!!」
「なんの、アブドミナルアンドサイ!!」
「モストマスキュラー!!!」
「シルフィアーーーーーーーッ!!」
「マシドナーーーーーーーーッ!!」
ガガシッ!!
テカテカの肌の2人が涙ながらに抱き締め合う。そこに色気は微塵も無く、ただ無用な暑苦しさが溢れ出していた。
「…えっと、お主ら……何をしているのだ?」
2人の輪に入れないマクシムは、かなり離れた所から話しかけた。
「何って、お互いの筋肉を讃えていますが……何か?」
「…いや、俺に常識が無いみたいに言うな」
「マクシム殿、シルフィアの筋肉を御覧あれ!人間でこれ程の完成度はまず在りますまい!これからは筋肉の総量を増やしつつ、骨格の強化を」
ゴ ゴ
「やりすぎは良くない」
「「はい、すみません」」
マクシムの注意に、たんこぶを作った2人は素直に謝った。
消沈する2人の様子を気の毒に思ったのか、マクシムは頭を掻きながら声を掛ける。
「マシドナはドワーフとして仕方ないが…シルフィアは…その…前の方が好きだぞ?」
「……マクシム……あ、ありがとぅ……」
「その、今晩…食事を共にしないか?」
「……う、うん………」
その夜、マクシムとシルフィアは久しぶりの交合を行い、愛を確かめ合った。
体力と骨盤底筋を増強したシルフィアと、技量を磨いたマクシムの実力は拮抗したのだが、種族としての体力差でマクシムに軍配が上がる。
シルフィアは母として、そして女としての自信を取り戻し、再び明るい性格に戻っていった。
後日、シルフィアの体型が改善された事を知った側室たちは、鍛錬場へ通ってマシドナの指導の下で鍛錬法に勤しんだ。そのお陰で側室達の骨盤底筋も増強され、マクシムも気持ちよくなったのは言うまでもない。




