童貞魔王と第四皇女:その5…努力するには目的が必要で(前編)
魔王国で2度目の秋を迎える頃、シルフィアは疲弊しきった顔で窓の外を見ていた。
部屋の中は暖められ、テーブルには滋養のある食べ物が並び、2か月前に生まれた三つ子にはそれぞれ乳母が付きっ切りで育児をしてくれている。乳母は交代要員を含めて12名が配置されており、昼夜問わずに三つ子の面倒を見てくれていたので、シルフィアには身体的疲労は少ない。しかしシルフィアの心は疲弊しきっていた。
(何だか…居場所がないなぁ…)
マチュリーがマクシムに性技を伝授してから色々とあった。
確たる技能を得たマクシムは自信を持ち、ロノリー・エフィリ・デモイラとの初交合を終えた。
これにより正妃と夫人の立ち位置を正式に整える算段がつき、正妃にデモイラ、第二夫人にエフィリ、第三夫人にシルフィアが就く事に決定する。すると貴族の保守派と帝国融和派は合流し、連合の面子が保たれる事により外交も安定した。マーマジネス海洋共和国のフィシアに関しては大海に居る為に連絡が付かず、ロノリーに関しては懐妊するまでは夫人に就く事が保留された。いくら関係を持っているからとはいえ、体格差のあるロノリーを側室と公表してしまえばマクシムに特殊性癖の疑いが出てしまうからだ。
夫人の順位が決まって1か月後、シルフィアは三つ子を出産した。長兄がカリオン、次兄がキリオス、長女がアリアドネと名付けられる。全員が健康体であり、すくすくと成長している。マクシムは公務の合間に顔を出し、シルフィアと三つ子に愛情を注いだ。
三つ子誕生から10日後に、ドワーフのドワギア中央連盟から第二王女のマシドナ・ドワギアが輿入れした。シルフィアは産後の経過が良くなく、謁見する事が叶わなかった。しかしその3日後にはデモイラを先頭に側室たちが見舞いに来て、シルフィアとマシドナは初対面をする。
そのように状況が移ろう中、シルフィアは自分の居場所を見失っていた。
出産後から疲労感とイライラが続き、顔を見せてくれるマクシムに当たってしまう事が多く、夫人としての自信を無くしている。
育児は乳母たちが行い、シルフィアは乳が張った時に授乳する程度しか関わっていない。母としてこれで良いのかと不安になってしまう。
さらには自分がマクシムに女として見られるかどうか不安だった。産前産後を比較すれば下腹部は膨らみ、赤黒い妊娠線が幾つも走り、乳は膨れたものの垂れが見られ、臀部も重力に逆らえなくなっている。医者からは交合を再開しても良いとのお墨付きを貰っているのだが、拒否されないか不安でマクシムを誘う事が出来ない。暮れなずむ空を見ながら、このまま女を終えてもいいとすら感じてしまう。
こんな感情でいる為か食欲もなく、最近は乳の出も悪くなり、母という立場すら危ういと思ってしまっていた。
何かをしなければならないという焦燥が募るのだが、何をして良いのかも判らず、シルフィアはただただ落ちていく枯れ葉を数える事しか出来ずに居た。
「シルフィア様、マシドナ・ドワギア様が訪問されました。お会いになりますか?」
「…そうね……御通しして……」
「かしこまりました」
メイドは一礼すると扉へ移動し、マシドナを部屋に引き入れた。
「これはシルフィア様、ご機嫌いかがか?」
「お心遣い痛み入ります、マシドナ様…あまり気分が優れませんわ」
豪快な笑顔を見せるマシドナに、シルフィアは上手く笑顔を返せたか自信が無かった。2人はテーブルセットへ移動すると、向かい合ってソファに座る。すぐにメイドが茶器を用意し、熱めの紅茶を入れてくれた。
マシドナ・ドワギア。
ドワギア中央連盟の第二王女。赤髪を肩で切り揃えているが、髪質の為か幾筋か外側へ撥ねている。身長は自分より頭二つ低く、しかし全身に纏った筋肉の為に体重は同じぐらいに思えた。胸が膨れていなければ男性と間違ってしまいそうだ。何度か話した印象は活動的で裏表がなく、それ故に体調の優れない時に相手をするのは避けたい相手ではあった。
「そうでしょうな…話に聞く所、産後の肥立ちが良くない様子…ここは力になりたいと思い、伺った次第です」
「それはありがとうございます…しかし気分が優れないものでして…」
「不安に思うのも分かる、だがご安心召されい!我が国の技術が役に立ちますぞ!」
「いえ、しかし…」
「妊娠線が目立たなくなります」
マシドナの言葉にシルフィアの心が動く。それはマシドナにも伝わったのか、優しそうに眼を細めた。
「出産後の体調不良は身体を整える事によって改善する。そうなれば食欲も湧き、母乳の出も良くなり、さらには女性としての能力も急速に回復します」
「まさか…そんな事ができますの?」
シルフィアはマシドナが上げた利点の多さに疑念が沸いてしまった。裏表の無さそうなマシドナが嘘をつくとは考えにくいが、どう考えても話が旨すぎるのだ。
「疑うのも無理はない。しかしこれは単純明快な理念であり、誰でも実行できる助言です。聞くだけでも効果があります」
「それは良いのですが…マシドナ様にはどのような利点が?」
シルフィアは率直に疑問をぶつけてみた。善意だけの助言なんてこの世に存在するはずもなく、この助言を行う事によりマシドナに何らかの利益が発生するはずなのだ。それを見極めない限り、シルフィアはマシドナの話を信じる気にはならなかった。
マシドナはシルフィアの視線を真っ直ぐに受け止めると、爽快な笑顔を浮かべて答えた。
「さすが話が早い!実はマクシム殿に『鍛錬場』を作って欲しいと進言して欲しいのだ!」
「鍛錬場…ですか?」
「そう!この私室のある区域には身体を動かす場所が無い!せいぜい中庭を散策するぐらいで、走って汗を流す事すら注意される!この区域外なら練兵場もあるが、他の男性と接触する可能性があるので利用できない!このままではこの肉体が衰えてしまう!」
そう力説したマシドナは、両腕に力を入れた。途端に両腕と胸板が膨れ、ミチミチと音まで聞こえそうな量感になる。
「自室での自重鍛錬も限界があり、この量感を維持できんのだ!ドワーフにとって調和のとれた体躯は何よりも至宝!どうか、どうか鍛錬場を!!」
「わ、わかりました、分かりましたから!!」
「そうか、有難い!!……とはいえ、こちらから提供できる技術を開示せねば、シルフィア様も安心できませんな……ではまず10日間、簡単な鍛錬法を伝授しましょう。スマンが搾乳できる器を!!」
マシドナは背後に控えていた乳母に声を掛ける。すると乳母は手頃な大きさの深い器をマシドナに手渡した。
「シルフィア様、まずはご自分の母乳を絞って、その味を確かめてくだされ」
「わ、分かりました」
シルフィアはマシドナから器を受け取ると、胸元を開ける。そして右手の親指と人差し指で乳首を摘まむと、左手で持った器に搾乳した。三つ子と授乳の時機が合わない時など自分で搾乳していたので、シルフィアにとってこの行為自体は慣れたものだった。
三口分ぐらい搾乳した時点で、シルフィアは自分の母乳を口に含んだ。牛乳に比べさっぱりしていて、少しの甘みを感じる。
「母乳の味、覚えられましたか?」
「は、はい」
「では次に鍛錬法です。まずは初歩の初歩、歩行法から伝授しましょう!」
立ち上がったマシドナは手を貸し、シルフィアをソファから立ち上がらせた。




