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二人きりでの丹波バリエーションルート

いよいよ週末になり、丹波の山へ行く日となった。天気はかなりの快晴だと思われる。朝の5時出発の予定だったが、既に若宮朱莉は準備して外で待っているようだった。水城涼真は2枚の登山地図を印刷すると、ザックを背負って外に出た。


水城涼真「朱莉ちゃん、お待たせ!というか、こんなところで待ってたらまたフォーカスされるんとちゃう?」

若宮朱莉「それは大丈夫だと思います。記者会見でアパート付近で盗撮行為をするのは迷惑行為なので、そういうことをするのであれば訴えるとハッキリ言っておきました」

水城涼真「それならええんやけど、とりあえず車出してくるわ」

若宮朱莉「お待ちしています」


水城涼真が車をアパートの前に停車させると、トランクに荷物を詰め込んで助手席に若宮朱莉が乗り込んだ。水城涼真はそのまま運転席に座ると印刷した登山地図の一枚を若宮朱莉に渡した。


水城涼真「今日、行く山は丹波槍と呼ばれるトンガリ山に登って、そこから白髪岳という山へ縦走して下って行く予定なんやけど、少しここでお勉強しとこか」

若宮朱莉「ここでお勉強ですか?」

水城涼真「まず、俺が赤線で引いたラインが今日の予定コースだけど、正規の登山ルートではないんだよ。それに白髪岳の表記はあるけど、トンガリ山の表記がないでしょ?」

若宮朱莉「本当にないですね。それに50mごとでしょうか。太い線に数字が書いてありますが、これは標高でしょうか?」

水城涼真「ご名答!登山地図はいろいろあるけど、これは二万五千分の一の地図で一番わかりやすいんだよ。今回は適当に車をどこかに駐車するけど、まずはこの鳥居の形をしたところ、つまり神社から入山して、トンガリ山はちょうど620mと表記されたところなんやけどわかる?」

若宮朱莉「この部分ですね。丸く囲まれていますが、これはピークという意味でしょうか?」

水城涼真「物分かりが早くて助かる。そう、そうなってるところがピークなんだよ。等高線は10m刻みになっているんだけど、ちょうど標高120mほど登ったところあたりから、高いところから低いところまで等高線が張り出しているのがわかる?これが尾根ってことになるんよ。だからここから尾根道になるってこと。あと、こっち側をみてほしいんやけど、逆に低いところから高いところまで等高線が張り出しているのがわかるかな?これが谷ということになるんだよ。谷は沢筋もそうなんだけど、自分は一番低いところにいて、周りは高くなっている場所になるんよ」

若宮朱莉「なるほど。なんとなくわかります。尾根は周りより高い位置で谷はその逆で周りが高くなっているわけですね」

水城涼真「あとは、今日歩きながら、読図をマスターしていってほしい。実践のほうがわかりやすいから」

若宮朱莉「なるほど。このトンガリ山から白髪岳までは、いくつもピークがある尾根道ってことで間違いないですか?」

水城涼真「間違いないよ。それを読図しながら今日は歩いていこうって思ってる。じゃあ出発するわ」

若宮朱莉「最後は尾根から谷に下るのですね。なんとなくわかってきました」


水城涼真は車を発進させると、しばらく無口でいた。いくら何も思っていない相手でも女性でしかも有名アイドルと二人で山に行くのは少し緊張することでもあるからだ。高速道路の手前で若宮朱莉が「自動販売機に寄ってもらってもいいですか?」と言った。たしかに何も飲み物など用意してなかったので、高速道路に入る手前にある自動販売機の前に車を止めた。若宮朱莉は「ごめんなさい。すぐ戻ってきます」と言って車から降りると無糖のストレートティのペットボトルを二本持って車に戻ってきた。若宮朱莉は「涼真さんもどうぞ」といって、ペットボトルを差し出すと水城涼真は「ありがとう」と言ってカップフォルダーにペットボトルを入れた。その後、高速道路に入ると若宮朱莉が「ふぅ~」と安心したかのような表情で呟いた。


若宮朱莉「涼真さんは丹波の山がお好きなんですか?」

水城涼真「なんで俺が丹波の山が好きってわかったん?」

若宮朱莉「近くにたくさん山があるのに、今回はわざわざ丹波の山に行こうって誘ってくださったからです」

水城涼真「丹波の山はあんまり人気がないけど、絶景ポイントがあるんよ。それに丹波周辺の静かな雰囲気が好きなんよ。俺は人があまりしないことをしたいタイプやからね」

若宮朱莉「そうなんですね。今日の山も展望はいいのでしょうか?」

水城涼真「もちろん、展望はバッチリで丹波の山々を堪能できると思うわ」

若宮朱莉「それは楽しみです。今からワクワクしてきました!」


その後、大阪での生活はどうかなどの話をしていると、トンガリ山の登山口に到着した。しかし、ここに車を駐車すると後でかなり道路を歩かないといけなくなるので、以前に駐車した場所へ行った。そこは広いスペースになっていて、誰も駐車していなかったので、そこへ車を置いて登山準備することにした。10分ほど登山準備をして車に鍵をかけてスタートとなった。


水城涼真「さて、早速登山地図を見てほしいんやけど、車を駐車してるのはここね」

若宮朱莉「なるほど、ちょうど、川が流れているすぐ近くってことですね」

水城涼真「このまま、この道路を南下していって、この鳥居のあるところが薬師堂っていうんだけど、そこまで歩いていく」

若宮朱莉「わかりました」


そのまま10分ほど歩いて薬師堂に到着した。そこからなだらかな登りになった登山道を登っていくと若宮朱莉が「このオレンジ色の四角いのは何でしょうか?」と質問してきた。水城涼真は「それはなんらかの場所を示しているんやけど、そこは妙見宮跡という場所なんよ。そこから尾根道になるってわけよ」と答えた。若宮朱莉は必死に読図を覚えようとしているのか、歩きながら何度も地図を見ながら歩いていた。そして15分ほど登ったところで妙見宮跡に到着した。


水城涼真「ここが妙見宮跡なんやけど、ここから尾根道になるんよ。さて、行き止まりかのようなこの場所から尾根道を見つけてみよか」

若宮朱莉「やってみます。えっと、この四角のところから右側になってるけど、とても登れそうな場所がありませんね。左側のこの細い道が右側へ伸びています。あっ!ここから尾根に登る道があります。この左側から登るのが正解じゃないですか?」

水城涼真「朱莉ちゃん、ご名答!ちなみに気づかなかったと思うんやけど、この木に丹波槍の方向を示した小さなプレートがあったんよね」

若宮朱莉「本当ですね。ではここから尾根に登っていきましょう」


そこから30分ほど尾根を登っていくと小ピークに着いて下りになった。若宮朱莉は「ここってこのピークですよね?」と言ったので水城涼真は「そうだよ」と答えた。すると若宮朱莉は「少しの距離ですが、このピークから一旦下った後、今度は等高線の幅が狭いので急登になるということで間違いないですか?」と言った。水城涼真は「すごいね、もうそこまでわかるようになったんや。その急登のところが、トンガリ山の尖った場所の登りなんよ」と答えた。その後、少しの距離だが急登を登って薬師堂から約一時間ほどでトンガリ山の山頂に到着した。山頂には小さな祠とトンガリ山(620m)と書かれたプレートがあった。ここから南側の展望は少し樹林に遮られていたが、北側の展望は開けていた。


水城涼真「久しぶりにトンガリ山に登ったけど、やっぱ丹波の雰囲気はいい感じやわ。静かでたくさんの連なる山々が見えるのが良い感じなんよ」

若美朱莉「涼真さんの言ってたことがわかる気がします。わたしもこの静かな雰囲気は好きです。まるで世界に私たちしかいないような感じで、心が落ち着きます」

水城涼真「ここの良さがわかる人ってなかなかいないから、わかってもらえたんやったら嬉しいわ」

若美朱莉「あの北東方面にある一番高い山だけ、なんか山肌が違いますね」

水城涼真「あそこは山頂部分が岩場になってるからな。というより、あれが白髪岳なんやけどな。あそこまで歩くんよ?」

若美朱莉「あんなところまで歩くんですか?結構な距離ありそうですね」

水城涼真「読図のお勉強はこれからなんよ。まず、ここから一旦北側に下ってこのピークで右に曲がらないといかん。読図開始やで」

若宮朱莉「読図がんばります!」


トンガリ山で5分ほど休憩して北側に標高50mほど下って、さらに10m登ったピークに到着した。もはや踏み跡があったので迷いはしなかったが、一応読図をして北東へ進んでいった。水城涼真は「この標高570mのピークの先にある三角形のピークが迷いポイントかも。ここで東に折れる尾根を下ったらあかんので注意」と言った。若宮朱莉は地図と睨めっこしながらひたすら尾根道を歩き続けた。そして第一の迷いポイントになるピークに到着した。尾根道は二つに分岐していたが、方向がよくわからなかった。水城涼真は「朱莉ちゃん、地図を見るとここは北側に進むのが正解やから、コンパスで方角を確認してみて」と言った。若宮朱莉はコンパスを取り出すと方角を確認して「涼真さん、北側はこっちです。右側は東側になっていてひたすら下りになるはずです」と言った。そして、若宮朱莉のコンパスの示す北側の方角へ進んでいくと、一旦下りなっていたが、さらに登りになった。水城涼真は「よしよし、朱莉ちゃん、方角は当たってたよ。次の迷いポイントはさらに難しいんだけど、今度はこの標高607m地点やね。ここは四差路になってて間違える人も多いんよ。俺も以前間違えて途中まで下ってしまったんよね」と言った。そのまま15分ほど歩いて、標高607m地点に到着した。本当に尾根が四差路になっていて、どっちへ行けばよくわからない。


水城涼真「ちょっとここで休憩しようか。次、どっちへ行くか地図とコンパスを見ながら調べておいて」

若宮朱莉「わかりました。えっと東なんだけど、尾根ぽい道がないですね。少しくだったところのこの尾根を行くので少し南東に下ってそこから東の尾根へ下るのが正解なのかもしれない」

水城涼真「さあ、朱莉ちゃんの予想は当たっているんかどうか、休憩が終わってその方向に進むとわかるよ」

若宮朱莉「ここは地形が読みにくいですね。東側に尾根があるはずが見えないです」


それから10分ほど休憩した後、若宮朱莉の予想した道に行ってみた。まず、少し南東に下ってみると、尾根道らしきところがあった。若宮朱莉はコンパスを出すとその尾根道の方角を確認した。コンパスは東を示していたので、この方向で間違いないと確信できたのだ。水城涼真は「朱莉ちゃん、もう読図は完璧やね。これで合ってるよ」と言った。そこから標高50mほど下ったところで踏み跡すらなくなっていた。もう尾根道でもなんでもないような道に出たのだ。


若宮朱莉「わたし、道を間違えたのでしょうか?ここから尾根道がないように思います」

水城涼真「尾根道は終わってないんやけど、広すぎてわからんだけなんよ。方向的にこれを登るのが正解」

若宮朱莉「これってほぼ無理矢理登る感じになりますよね?」

水城涼真「無理矢理というか、もともとバリエーションルートだから、踏み跡があっただけマシなんだよ。本当はこういうのを無理矢理登らないといけない」

若宮朱莉「そういえば、正規の登山ルートではなかったですね。がんばって登ります!」


その行き止まりのような登山道を無理矢理登っていくと、ようやく尾根道らしきところに辿り着いた。そして一つのピークに登った時、二人とも息を切らしていた。水城涼真「さすがにあの直登は今でもしんどい」と呟くと若宮朱莉は「はぁはぁ~で、でもなんだか冒険してるみたいで楽しいです」と言った。そのまま尾根道を進んで644mのピークの巻道を使うと、ついに標高689mのピークに辿り着いた。ここで正規の登山道と合流するが、さすがの二人ももうかなり息が切れていたので、ここで少し休憩することにした。


水城涼真「朱莉ちゃん、体力は大丈夫?ここから下って白髪岳の登りは岩場になるよ」

若宮朱莉「大丈夫ですよ。でもこの前の無理矢理登っていった時のほうがしんどかったです」


10分ほど休憩して、息を整えたところでいよいよ白髪岳の登りになった。鎖場が続く急登の岩場になっていたが、意外と簡単に登っていくことができた。そして標高721.8mの白髪岳の山頂に到着した。水城涼真はザックからバーナーを取り出すとお湯を沸かしはじめた。若宮朱莉もジェットボイルを出してお湯を沸かしはじめた。二人でカップラーメンとおにぎりを食べていると、水城涼真は「朱莉ちゃん、こっち側の景色をみてほしいやんけど、ずっと山が続いていて左側に見えてる山は虚空蔵山という山なんよ。俺はこの雰囲気がすごく好きなんよね」と言った。若宮朱莉は「そうなんですね。静寂な雰囲気で丹波の山々に囲まれたこの雰囲気、わたしも大好きですよ」と答えた。食べ終わると二つの紙コップを用意して水城涼真は高級なドリップコーヒーを取り出した。そして若宮朱莉にコーヒーを入れたカップを渡すと「ありがとうございます」といって、二人で高級なコーヒーを飲みながら景色を堪能していた。すると若宮朱莉が「わたし、大阪に引越しして涼真さんとこうやって山に登れて本当に良かったと思っています」と言った。水城涼真は「まだまだこれからやで!秘境地はたくさんあるから楽しみにしといて」と言った。


若宮朱莉「関東の山はどこに行っても人がたくさんいましたが、関西の山にはこういう雰囲気の山がたくさんあるんですね」

水城涼真「それは朱莉ちゃんが関東の山を知らないだけで、また別の雰囲気を感じることのできる山はあるんよ」

若宮朱莉「でも、関東だと山まで行こうと思うと遠いんですよね。それにわたしは涼真さんと一緒に行きたいって思っています」

水城涼真「それは有難いことを言ってくれてるんやけど、遠征で関東の山に行くこともあるからな。とりあえず時間もなくなってきたからさっさと下ろうか」

若宮朱莉「遠征で関東の山に行くんですか?とりあえず、片付けて下る準備しますね」


そして白髪岳をあとにして下り出した。最初は鎖場のある岩のトラバース地帯があったりしながら慎重に下っていった。水城涼真は「朱莉ちゃん、読図ができても次はどこの尾根を下ればいいかわかりにくいので、俺が先にいって案内するよ」と言った。しばらく岩場を下っていくとわずかな細尾根が見えた。水城涼真は「この尾根を無理矢理下っていくよ」というと若宮朱莉は「こんなところ下っていくんですね。これはたしかにわかりません」と言った。ほぼ樹林を間をかきわけながら下っていきながら、若宮朱莉はだんだん不安になってきて「本当に道は合っているのでしょうか?」と言った。すると水城涼真は「地形をよくみてみると尾根になってるから間違いないはずや」と答えた。そのまま尾根を30分ほど下っていくとわずかな沢の音が聞こえた。そして、尾根の最後は無理矢理下って沢を渡ると林道の終点だと思われる場所へ辿り着いた。


水城涼真「あとはちょっと長いけど、この林道を歩いていけばすぐ駐車した場所に到着するわ」

若宮朱莉「こんな尾根道、よく見つけましたね。この沢は最初に車を駐車したときにあった川ですよね?」

水城涼真「そうやで。ちなみに最初に行った時はどうしようかとGPS出して色々調べて、この尾根道を見つけたんよ」

若宮朱莉「涼真さんって結構無茶なことしてたんですね。覚悟はしていましたが、こういうことなんですね」

水城涼真「この程度のことは日常的によくやってるよ。もっと無茶なこともするから覚悟しといてや」

若宮朱莉「覚悟しておきます!」


そんな会話をしているとあっという間に駐車した場所へ到着した。水城涼真は「お疲れ様」と言うと、若宮朱莉は「今日も楽しかったです。それに読図もなんとかできるようになったみたいで、本当にありがとうございます」と言った。二人は荷物を車のトランクに積み込むとさっさと車を走らせて帰宅していった。帰宅中の車内で若宮朱莉が「わたし、丹波の山大好きですよ。涼真さんの言ってた意味がわかった気がします」と言った。それを聞いた水城涼真は「それならよかった。丹波の山は近いし、手軽に行けるからまた行こうや」と言った。


それから、毎週のように水城涼真と若宮朱莉は天気が良ければ丹波の山へ行った。運動不足にならない程度の軽いルートが多かったが、若宮朱莉はかなり山に詳しくなっていた。装備から行動食、適切な水分量を持って何から何まで自分でできるようになっていた。水城涼真のアウトドア仲間になるためには自分のことは自分でしないといけないのだ。本当にわからないことがあれば、水城涼真は丁寧に教えていたが、あとは自分で考えさせるような少し厳しい教え方をしていた。そうして、梅雨の時期に入ったのだ。

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