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短編集 〜 カレッジノート〜 

メランコリックvs蓮城 茜

作者: 星川ぽるか

読んでなだそうそう。

 私は大学でそこそこ勇名を馳せる孤高の学生です。

 蓮城家の長女として生まれ、弟よりも早くゼルダの伝説を全クリし、気品ある所作を身につける片手間として地元の子供会『将棋大会』を三年連続優勝して殿堂入りを果たし、果たした後も将棋大会に出続けて優勝するはずだった子供たちを木っ端微塵に地へ叩き落としました。中学、高校は腐るほどモテにモテて持てはやされたので周囲の女子からやっかみを受けましたが、宝塚劇団のごとき完璧な男装をして女子特有の拗れる人間関係の難を乗り切り、乗り切ったと思ったら今度は女子から熱烈なアプローチを受けました。男女問わず私はモテて学校に居場所がありませんでした。

「自分の才覚が怖い」

 私は何事も難なく収めて花を咲かせてしまうこの力をひた隠しにして、大学生活はおとなしく送ろうと決めました。ですが世界は意地悪なことに、中学高校とは比べ物にならないほど私の力は大学生には必要でした。まず単位取得が低空飛行の者、もしくは谷底に居を構える者たちがわんさかおり、悲しいことに私の友人知人のすべてはそのどちらかの住人でした。私は早速、己の本領を発揮して彼・彼女らを助けました。しかしこれは数ある問題の一つに過ぎません。女性と縁のない男子たちが残り少ない精神の余力を使って猥褻写真を構内にばら撒く、『猥褻ええじゃいか騒動』が勃発しました。新人グラビアたちの絶対柔らかいっしょ!と一目でわかる魅惑的で扇状的な写真を目の当たりにした女子たちは悲鳴をあげ、「さもしいぞ!」と叫びました。その声の裏に嫉妬と羨望があることは私からすればお見通しです。さすがの私も猥褻写真に映るダイナマイトボディに感嘆の息が止みませんでした。私も胸の小さいことにコンプレックスを抱いている女の子らしい一面を有していますが、それがいいと豪語する騎乗射的部の男子もいるのでさほど気にしていません。火山の噴火のごときこの騒動を陰ながら鎮めたのがこの私でした。

 女性との縁がない彼らに私の持つ人脈で女子との親交会を開きました。彼らは私に大いに感謝し、費用も全て彼らが出すようそそのかして、「これで連絡先の一つでも手に入れて見せろ!」と焚き付けました。結果、彼らは人生の大勝負と錯覚し、着慣れないセットアップに袖を通して流行りのスニーカーを履き、その日だけは煙草を我慢しました。

 ですがその中で女子とねんごろになった者は一人もおらず、連絡先どころかインスタのIDすら手に入れられませんでした。男子たちは日頃抱えていた鬱屈にさらに磨きをかけて、もはや手に負える段階をとうに通り過ぎて、謎の失踪を遂げました。

 私も人の子なんだなと思い知ったいい機会です。ですが私に休む暇はありません。

 今度は打って変わって友人のみのりちゃんが大学院生の佐々木先輩に恋をしたのです。まだ一回生であるみのりちゃんは『猥褻ええじゃいか騒動』でみっともなく乱痴気騒ぎをした一回から三回生の男子に見切りをつけていたこともあって、佐々木先輩のいかにもな大人っぽい雰囲気にコロッと逝ってしまったんです。

「ちょろ過ぎだろ」と思わず口にしてしまった私ですが、そこは私。恋愛という香ばしい出来事を放置するなんてできるわけがない。彼女の恋を成就するためひと肌脱ぎました。

 なんでも佐々木先輩はヤモリの研究に入り浸っているそうです。ここで神様がみのりちゃんに試練を用意していました。みのりちゃんは爬虫類が大の苦手でした。夏は蚊が鬱陶しいですが、それ以上に大嫌いだったのです。

「どうにかして佐々木先輩からヤモリ好きを取り上げよう」なんてことを言い出す始末。佐々木先輩がいくら大人と言ってもヤモリから手を引くとは思えません。しかしみのりちゃんが爬虫類を好きになるには一度生まれ直して、実家で蛇でも飼ってもらわないととても無理です。だからといってみのりちゃんが恋を諦めるというのも無理なことですし、そうなれば私だって悲しい。私にできることはどうにかして佐々木先輩にみのりちゃんを好きなってもらうことでした。

 佐々木先輩とは数度顔を合わせていたこともあって、みのりちゃんに会わせることは簡単でした。

「どうも佐々木です」

「初めまして。立花みのりです」

 私の華麗な立ち回りと佐々木先輩に効果抜群の仕草や夜更けまで話せる話題のリークで二人はすぐに仲良くなりました。ですがみのりちゃんの爬虫類嫌いを甘くみていました。私ともあろう女が情けないことです。研究に使っていた佐々木先輩のヤモリが籠から抜け出して、天井に張り付いていました。みのりちゃんが満を持して佐々木先輩をご飯に誘った時です。ヤモリが天井から降ってきてみのりちゃんの鼻先に落ちたのです。まるで彼氏を取られてなるもんですか!というようなヤモリの愛ある行動で、みのりちゃんは我を忘れました。彼女が気がついた時、研究室は地震があったかのような惨状だったそうです。佐々木先輩の真っ白な白衣も台無しになり、みのりちゃんは涙を流しながらヤケクソになって告白しました。

 これには私も驚きを隠せません。恋の乙女列車であったみのりちゃんの暴走を前に、佐々木先輩は静かに笑いました。「俺には彼女がいるんだ」

 佐々木先輩に彼女がいれば私だって機を窺いましょうと報告しました。シャーロック・ホームズに並ぶ調査力を有していた私です。見逃すはずがありません。ですが佐々木先輩に彼女ができたのはみのりちゃんが我を忘れるわずか二時間前のことだったそうなのです。私はみのりちゃんとすぐに酒を飲みました。神戸にあるバーでしこたま酒を浴びて、「私の青春閉幕」とダウナーになったみのりちゃんを励ましました。

「今度恋の神様にあったらケツ蹴ってやろうね」

 みのりちゃんは笑って「青タン作らせてやる」と賛同しました。このことがきっかけというわけではないのですが、みのりちゃんは常にヤモリのいる空間にいたせいか、爬虫類嫌いがますます加速してうつろな目で大学を歩きました。そんな病める魂を持つみのりちゃんに声をかけた集団がいました。

 名を「鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)」。女子のみで構成された乙女の花園です。かのサークルを支配するメランコリックな気配に当てられたみのりちゃんはまんまと入会してしまいました。灯篭会という名でモダアンな空気を感じさせる良心的なサークルかと思いきや、彼女たちは日々の憂鬱を果実を育てるかのように丁寧に育む不毛なサークルだったのです。夜な夜な集まって蝋燭に火を灯し、鬱屈した心を慰めるようにゴシップを交換することを活動としている邪気に満ちた集団なのです。

 私は立ち上がりました。

 女子大生なんて歩けば巨万の富だって得られるゴールデンタイムなのに、そんな不毛極まる真似事をしてはいけません。男子じゃあるまいし。早速かのサークルに乗り込んだ私は万が一の抗争に備えて彼女たちが鼻血を垂らして聞き惚れるゴシップを抱えて行きました。

「たのも〜」

 サークルの門を叩くと、多くのメランコリック女子たちが蝋燭を灯した暗がりの中にいました。

「どちら様?」

「蓮城茜です。立花みのりちゃんの友にして背中を推して奈落へいざなった恋の案内人です」

 私の存在は大学構内のあちこちで囁かれていたので、鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)の面々は「お前か」と言って私を迎えてくれました。

「それでどういったご用で? あなたも入会したいのかしら?」

「笑わせないでください。私はみのりちゃんを救出しに来たんです。彼女はこんなところで油を売っていていい乙女ではないの」

 鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)の人は呆れたように笑いました。

「何を言うかと思えば、そんなこと? 聞いたわ立花さんのこと。佐々木先輩との恋の顛末もね。今のあの子はものすごく傷ついているわ。ここはそんな傷だらけの女子が鬱憤を晴らす、治療的なサークルでもあるのよ」

「何が治療ですか。そうやってたくさんの人の中に埋もれてゴシップを垂れ流し、不毛な生活を見るのが嫌なだけでしょ?」

「あなたみたいな大学を闊歩できる逸材は稀なの。同じにしないで。私たちはほんの少し、大学生活に彩りが欲しいだけです」

「聞きましたよ。ここ最近、サークル活動が不透明になっていて大学当局から解体通告を受けているそうね」

 鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)の人は眉をひそめました。彼女たちのサークル活動は無益でしかないことが、いよいよ白日の下に晒されようとしていたのです。もちろん、そうなるように陰で暗躍したのは私なのですが。

「だから何? あなたには関係ないことですし、立花さんに関しては彼女の意思です。強制したわけではありません」

「このままでいいと思ってるんですか? もう少し花のある生活を送りたいとか思いません?」

「できるならその方がいいでしょう。でも、私たちの傷はもう深いところまできているの」

 意固地になる彼女を前に、私は持っていたカードを切りました。

「あなたたちの無益なサークルを一気に上場させてあげましょう。一つ、相談なんですけど......」

 私は鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)にある提案をしました。


 青天の下で鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)の面々は忙しなく動き回りました。

 かのサークルの前には現在、大学でも指折りの有名人が集まっています。屁理屈部で双璧をなす二回生、吉田君と竹内君。常に分厚い辞書を抱えて大学構内を幽霊のごとき陰鬱な気配と悋気りんきに燃えて歩む孤高の学生、音無君。テニスサークル『キャット』で圧倒的女子人気を確保するプリンス、國木田先輩。偽造レポートを生産する闇サークル、暗黒舞踏会の田村君率いるサークルの男子二十人。経済学科で単位を一つも取れていない崖っぷち男子、城之内君。

 他にも名のある学生たちが続々と集まってきています。

 私がやったことは鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)の名を使った将棋大会の開催です。

 優勝者には鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)との連絡先交換、さらに飲み会への参加資格などとにかく大量の女子たちとお近づきになれる豪華景品を用意したのです。私の連絡先も含まれています。

 目論見通り効果は絶大でした。まさかこんなにも大学の傑物たちが引っかかるとは。私はほくそ笑みました。

 将棋大会は想像以上の盛り上がりと熱気に包まれました。一回戦から吉田君と竹内君の好カードから始まり接戦の末、竹内君が勝利しました。國木田先輩は目も当てられない惨敗を披露し、音無君がいつの間にか勝っていたり、田村君が陰で対戦相手に偽造レポートを使って賄賂をしようとしたのを発見したりなど、白熱する将棋大会はいよいよ決勝戦を迎えました。

 ラスボスはこの私、蓮城茜です。

 相手はいつ参加してきていたのかわからない生ける伝説の五回生、浄蓮寺先輩でした。

「俺の明晰極まる頭脳をここで披露するのもまた一興」

 私は生まれて初めて苦戦というものを味わいました。浄蓮寺先輩の噂はかねがね聞いていましたが、恐ろしく手練れです。怒涛の攻勢に私は防戦一方、角交換をされてから突けいる隙がありません。

「強いですね。浄蓮寺先輩」

「当たり前だろ」

 ひどく無愛想で盤上の外で絡め取ろうにも一言返すだけでまったく通用しません。モテにモテた私を前に冷静を保つ目を見開くほどの鉄面皮に私も戦魂がごうごうと燃えます。

 しかし何があったのか、浄蓮寺先輩は私の後ろの方を見た後、なぜか悪手を打ちました。なぜなのかわかりません。ですがこれは好機。私は温存していた攻めの駒を動かしました。そこからは痛快な逆転劇が繰り広げられ、私はなんとか勝利を収めました。

 将棋大会は幕を閉じ、鬱没灯篭会(うつぼつとうろうかい)の女性たちは参加してくれた男子たちに参加賞のグミを手渡しました。たったそれだけのことで何人かの経験のない男子たちは「今度食事にでも」と誘い始めています。こうも簡単に私の狙っていたことが起きると、男子の頭と心が心配になります。メランコリックに邪魔されて失踪しないといいのですが。

 のっそりと立ち上がって煙草を吸い始める浄蓮寺先輩に声をかけました。

「先輩、なんであんなところに指したんですか? 明らかに悪手ですよね?」

 もうもうと煙を吹かす浄蓮寺先輩は面倒くさそうに言いました。

「佐々木がこの間、告られたと言っていてな。その相手がちょうど蓮城の後ろにいて、俺としたことが気を取られた」

 私は浄蓮寺先輩ほどの堅物を二人ほどしか知りません。そんな彼が気を取られるということは、みのりちゃんを気に入ったのでしょうか。

「好みだったんですか?」

「いや俺じゃない。あまりにも佐々木の好みな女子だったからな。なぜフったのかよくわからん。他の学生の恋路なぞ犬も食わんが、佐々木となると俺も爪の先ぐらいは気に掛ける」

 浄蓮寺先輩は煙草を捨てると、「それでは精進したまへ」と颯爽に去りました。本当に風のような人です。私の好みではありませんね。

 浄蓮寺先輩が離れて行くのと入れ違いで、みのりちゃんがそばまで寄ってきました。

「ねえねえ、あの人は?」

「浄蓮寺先輩。大学で唯一の五回生」

 みのりちゃんは遠くから浄蓮寺先輩の背中を見つめて「素敵」とこぼしました。

 私は毅然とした顔で言います。

「あの人だけはやめといた方がいい」

 浄蓮寺先輩に関わったら最後、闇の坩堝るつぼへと引き摺り込まれてしまいます。

 そうなったら私でも引き上げることはできません。大学では力を使わない日がない。私は小三以来にため息をつきました。

「まったく、休む暇もないわ!」

 そうして、私のもとにまた闇に沈む友人がゾロゾロと来たのです。

「蓮城さん、私の彼氏が北海道に行ってから帰ってこないの」「茜ちゃん、レポート写させて」「茜ちゃん、浄蓮寺先輩ってどこの研究室にいるの?」

 私は舞い込んできた一切の問題を片付けた後、メランコリックに飲み込まれた私は有馬温泉の効能を頼りに大学から半年間、姿を消しました。



この作品を含めた短編集のリンク先です↓

https://ncode.syosetu.com/s3753h/  短編集 〜 カレッジノート〜 


5000字〜10000字以内の短編集です。大学生モノが多いです。恋愛や青春、コメディを全般とした作品が多いです。

随時、更新予定です。


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