七話 神の器は一歩目を踏み出す
主人公の名前がようやく出て参ります。
ーー時は遡る。
陽が落ち、世界が影に呑まれて少し経過したころ、少女は樹の隙間からあるものに見入っていた。
ーーあれは砦だ。
少女は過去に何度も主人と共に敵の砦を陥落させてきた。
(砦だと、正面突破は、すこし難しかった記憶がありますし、二手に分かれてーー牽制作戦でしょうか)
これはミスだ。
事前に良く情報を収集して作戦を立てておくべきだった。
少女は慌てて後続の悪魔2匹に思念で命令を送る。
(その、ルーセントイビルは、囮として、目立つところーー相手から見える位置、に作戦決行後に、動いてください。インスペクターは、ルーセントイビルと戦闘する者の、レベルと能力値を、教えてください。
えっと、もし数値がわからない場合は、ルーセントイビルを置いて、即座に撤退します。ルーセントイビルが最初に死んだ場合は、インスペクターを囮にして逃げます。これで、大まかな作戦はとりあえず、以上です)
2匹の悪魔は少女に再び了解の意を示す。
少女の手がじんわりと汗で濡れる。作戦の決行は、今だ。
(ルーセントイビルは、今すぐ隠れ身を終了と共に悪魔の力を解放、です)
命令を受けたルーセントイビルは、 樹から地面へと降りその力を解放した。
悪魔系統の種族には、悪魔の力と呼ばれるデバフをかけるオーラが出せる。
ルーセントイビルの悪魔の力はただの威圧だ。
しかし、下手な効果よりも威圧の方が囮には丁度良い。
ルーセントイビルはゆっくりと歩き出した。砦に着くまではあと少しかかるだろう。
その間にインスペクターにバフを積む。
今回の作戦の中で最も重要な役割を担うのはインスペクターなのだ。
一撃で死んでもらっては困るし、見つかって情報対策を取られるのも厄介だ。
「えっと、インスペクターに超域神秘ーー<ギュゲスの囁き>。インスペクターに高域神秘ーー<カモマイルの祈り>。それと、インスペクターに高域神秘ーー<隘路を望む瞳>。んーと、インスペクターに神域神秘ーー<贖罪の右脚>。ふぅ…。かなりMP減りましたね…。やっぱり神秘は向いてないんでしょうか…」
ーー高域神秘ーー<ギュゲスの囁き>
少女が使える透明化系神秘の最上位。発見力が相当あるか、自分のレベルより100以上高くないと気配すら感じることができない。
ーー高域神秘ーー<カモマイルの祈り>
これは、何らかのダメージを負ってHPが0になった際、死なずに1で踏みとどまるというもの。
ーー高域神秘ーー<隘路を望む瞳>
発見力を高める神秘で、より高レベルの情報を見れるようになる。
ーー神域神秘ーー<贖罪の右脚>
どんなデバフでも一度だけ無効化する神秘。今回は、行動不能や盲目で情報が見れなくなるのを恐れて使用している。
これで準備は整った。
ルーセントイビルももうすでに砦に程近い場所まで付いているらしい。
ーー今更だが、召喚者と召喚物は思念で意思疎通ができる。
(ふむふむ…。ルーセントイビルの見た情報だと、すでに塁壁に何やら、獣人らしき人影が集まっているそうですね…)
獣人の特性はその成長速度の速さと、平均より少し高い本質を持つ。故に、以前いた世界では獣人はかなり多かった。
(主人も、獣人が、好きって言っていましたっケ…ケモノのくせに…)
そんな見当違いの不満を砦にいるであろう獣人達に向け、インスペクターをルーセントイビルの近くへ行くように命令する。
少女の頭はこの世界に来てから、酷使に次ぐ酷使によりぼろぼろだ。
現地人の調査を終えたら一旦休もうと心に誓い、ルーセントイビルに前に動くよう命令を飛ばした。
その後、現地の獣人は低域魔術や中域魔術といった、少女のよく知る魔法形態を持ち合わせていることがわかった。
また、その獣人のレベルなのだがーー正直、耳を疑った。
リーダー格と思われる獣人のレベルはlv57で、その他は40に満たないものも多かったという。
この世界のレベルの概念が前の世界と違うのかもしれないが、見たところ、かなり弱いことがわかった。
(lv50台後半ほどの獣人が、あの砦の最強個体って、あり得るんでしょうか…?)
ーー罠という可能性もあるが、素性の知れない悪魔を罠に嵌めるのもどうかと思う。
相手の攻撃が全て低域から中域魔術なので、もしそれが本当に最大戦力なのだとしたら、少女はこの砦を打ち取ることも可能だろう。
ふと、主人の言葉を思い出す。
『ーーもっと自信を持つべきだな。嫌い怖いで目を逸らすのは愚者のやることだ』
自分に向けての言葉ではない。そんな誰に向けて主人が送った言葉かなんて、すでに忘れてしまったがそんなことは関係ない。
その言葉を主人が発したことが大切だのだ。
そしてその言葉は、いままで前へと進めなかった少女の足を、一歩だけだが前進させることができた。
「わ、私は強い主人に、創られたーーそれがこんな、臆病者だと知れたら、合わせる顔が、ないです…!」
少女はこの世界に来て初めて精神的に上を向いた。その黄色い瞳はやる気に満ち、沸き立っていた。
「主人様ーー私、メレストフェリス・バフォ・ゴルゴーラに、貴方様の、加護をお与えください」
少女ーーメレストフェリス・バフォ・ゴルゴーラは膝を降り、手を胸の前で組み掲げ、祈りの形をとる。
その時、空には一筋の流れ星が流れた気がした。
メレストフェリス・バフォ・ゴルゴーラーーメレストフェリスは作戦通り、別の箇所から入るにことにする。
それにあたり、東側に注目を集めるべく、ルーセントイビルに戦闘の許可を出したのだった。
メレストフェリス・バフォ・ゴルゴーラとかいうバカ長くて、クソ厳つい名前、少女には似合わないだろって思うかも知れませんが、一応意味はあるのです。