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六話 流種と侵入者




ーー走る。ゲムブはひたすらに走る。

 唯一の生残の道をーー西門までひたすらがむしゃらに駆ける。

 肺が痛くなっても関係ない。足がもつれようとも自前の身体能力でなんとかする。

 

(早く祖国に伝えなければ!あんな悪魔、この世に存在して良いはずがないだろう!?くそっなんて化け物だ!!)


 いつも通る道がこんなにも遠く感じる日が来るなぞ、ゲムブは思っても見なかった。


(失敗した!祖国に有益な情報をもたらすなら、せめて悪魔の名前を聞いておくべきだった!…いや、冷静になれ、その前に殺されるのがオチだ)


 いつもの今日を通り過ぎようとした時、教会の前ーー影になっていてよく見えないーーで何かが動いたような気がた。

 ゲムブは立ち止まって呼吸を整えるついでに目を向ける。


(あれはーー人間の子供か?なぜこんな場所に?)


 いつものゲムブならばその異様さと不自然さに容易に近寄ったりはしなかっただろう。

 しかし、今のゲムブは最大限の恐怖という宿痾に蝕まれ、冷静ではなかった。


「オイ。そこで何をしている…人間」

  

 人間の子供らしき者は透き通った黄色の双眼でゲムブを見ていた。

 唐突の声に驚いたのか、反応はない。

 というより、その表情は"無"そのものだ。

 薄気味悪いものを感じ、咄嗟に杖を構える。


(不審な動きを見せたら即座に魔術を撃ち込んでやる!)


 しかし、杖を構える様子を見てもなんの反応も示さない。

 

 完全な膠着状態。


ーー場を静寂が支配する。

 

 ゲムブは人間を観察する。

 

 長らく見てはいないが、一般的な人族の容姿をしていると思う。濃い紺色の髪に黄色の瞳。


 ゲムブの腰ほどまでしかない背丈。それはゲムブの知る人間よりも小さいと感じる。

 その人間が羽織るのは、薄紫のローブでーーそこでゲムブはあることに気づく。


(ーー魔法の武具だと!?)


 魔法の武具は簡単に手に入る代物ではない。


 ゲムブは上種であり、貴種位を与えられているため、魔法の武具をいくつか所持しているからこそ、その膨大な値段を知っている。

 少なくとも、こんな小さな者の手にあっていい代物ではない。


 ゲムブはつい口を開く。


「その武具…魔法の武具だな?それをどこで手に入れた?」


「そ、その前にあなたはーーあなたも、し、主人から見放された方ですか…?」


 人間は妙におどおどしながら言葉を連ねた。


(ーーこちらの質問に質問で返して来ただと…それに、主人とは誰のことだ?オレの主人は真種様…か?あーもう訳がわからん。あなたもという事はこの人間は主人に捨てられた?だめだ、考えれば考えるほど理解ができんな)


「まずーーそう。まず、オレには主人と呼べる者もいなければ、そんな存在に見放されたこともない」


 そういうと、人間は露骨に表情を曇らせた。


「お前の質問には答えた。それでは、オレの質問にも答えてもらえないか…。時間がないんだ、早くしろ!」


 大悪魔のことを思い出し、今すぐにでも逃げ出したい気持ちを堪える。

 あの大悪魔の恐怖とこの人間の不審さの天稟は、釣り合うはずがないのに、あの悪魔と同じほどこの人間が何者なのかを突き止めたくなってしまう。


 なによりこの人間、このまま世に放ってはならないとゲムブの勘が言っている。


「こ、このローブは主人と共に買ったものです」


(所詮は子供、簡単に吐いてくれる)


「どこでーー」


 どこで買ったと聞こうとした時、東の方で大きな音と共に、監視塔が崩れるのが見えた。


ーー大悪魔が砦を破壊している。


(クソっ!大悪魔と言いこの人間と言いなんなんだ!!)


「話は後で聞かせてもらう。オレと共に来いひとまず撤退すーー」


 ゲムブは人間の子供を連れてここから離れようと、その細い手首を右手で掴もうとした。

 ぶんっ、という何かが風を切る音が耳に入る。

 次の瞬間、ゲムブの右手の肘から先が消えていた。


「ッッあぁああぁぁぁああああ!!」


 思わず後ずさる。


「う、腕!腕があ!!っぐぁ!!」


 人間の子供を見ると、眉を顰めて自分の背丈よりも大きく、そしていつのまにか立派なーーしかし黒く腐ったようなーー杖を持っていた。

 人間の口が動く。


「き、汚い手で触られるのは、ちょっとい、イヤです」


ーーその言葉で何が起きたのかを理解した。

 この人間の子供がゲムブの腕をなんらかの方法で吹き飛ばしたのだと。


 その時、ゲムブの前にある教会が崩壊し土煙があたりを覆う。

 視界が悪くなったゲムブだが、何が起きたのかを理解するのにさほど時間はかからなかった。

 

「あっ、あ、あく…だい、あ、ま…」


 痛みと恐怖によって頭は使い物にならない。そんな時でも、眼はある一点を見つめていた。


「…ご苦労さまです。こっちも、大抵終わりましたし、終わらせちゃって、ください」


 ゲムブの眼前では、人間の子供ーーなぜか土煙を全く被っていないーーと先ほどの半透明の悪魔が会話をするという、信じ難い光景が広がっていた。

 その光景に呆気に取られ、一瞬だけだが腕の痛みを忘れる。


 かえって冷静となり、とある言葉を思い出す。


ーーそれは、ゾルゴルの「おう…。東に2匹?だな…」という言葉。


(あぁ、あの違和感の正体はこれだったのか…まさか、悪魔と人間が手を組んでいるなんてな)


 半透明の悪魔が手をこちらに向けた。

 一度見たあの光景はもはや忘れられない。自分の体に何が起こるのかを瞬時に悟った。


(あぁ…死ぬな。そういえばーーゾルゴルはどうなったんだ。まあーー多分死んだのだろうな。すまない友よーー)


 もはや腕からの出血で体は自由に動かない。抵抗などもはや無意味だろう。


「オレの実名はーー」


『ーー<ゴデリオム>』


 高域魔術により、その上種はこの世から姿を消した。

 主人公、案外残忍なのです。

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