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五話 半透明の悪魔





 砦の全戦力が砦の塁壁の東側に集まった。その数90。

 少ないように感じるが流種は基本的な能力値が高い。流種1匹だけでもただの人間の兵士10に匹敵するとまで言われるほどだ。


ーー人間で言えば900の兵。

 しかも中には上種もいる。上種は1匹で人間の兵100ほどの力があると言っても過言ではない。


 なので、今この場には人間で言うところの、だいたい一万の兵とほぼ同じだけの戦力を持ち合わせている。

 過剰戦力と言われるかもしれないが、ここは禁足地に程近い[囚徒の樹林ベル]の最前線だ。

 この樹林に住む生物の中には、単騎で国を堕とすことのできる強大な力を持った者もいる。

 そう考えると、バランスが釣り合っている。もしくは、まだ足りないのかもしれない。


 そんな環境に身を置く者達だからこそ、この異常事態に即座に反応できたのだろう。


 夜の冷たい風が胸当てにあたり、ビュゥと音が鳴る。その音を聞きながら流種達は感じていた。

 

ーー大気を揺るがすほどの圧倒的な力を。







 一歩。


 その姿が見えてから一歩、流種達は後退した。

 しかし、そのことに気づくものはいない。

 なぜならそれは本能的な働きだったからだ。なんの意識をしなくとも、呼吸ができ、それに違和感を感じないのと同じことだ。


ーー本能が怖気付くほどの力。


 誰かがつぶやいた。混乱ゆえの独り言だ。


「おい、あれ…。ああ、あっ、悪魔か?」


ーー悪魔。

 地獄とも、魔界とも、堕天地とも呼ばれる地の底に住まう大悪の権化。

 現世でも度々見つかっては、大災害を引き起こす化け物。

 かつて、まだ種族間交流が少なかった時代、各種族の英傑達が命を引き換えに打ち破ったと言われる悪魔。

 

 流種達は、そんな化け物の中の化け物が自分たちの前にいることが信じられなかった。

 

「半透明の悪魔か…オレも知らない悪魔だ…。物理はあまり期待できそうにない…か?」


 そんな中、悪魔を観察し考察を行う賢者もいた。その賢者の流種の独り言を聞いた者達は、その落ち着いた声色に安堵を覚える。


 そうだ。ここには流種の中でも強者である、上種がいるのだ。しかも2匹。


 流種達は上種の判断を待つことにした。

 すべて任せよう。祖国でも名を馳せた賢者なら、この悪魔もなんとかしてくれると。








 悪魔が顕現し、互いに動かぬまま数十秒が経過した。

 ゲムブは困惑した。悪魔が姿を見せてからなんの行動も起こさないからだ。

 悪魔は顔と思わ式部位を塁壁の上にいる我々に向けているだけで、魔術を使って攻撃もしてこない。


(ーーまさか、魔術を使えないのか?)


 悪魔なのでそんな事はないと考えられるので、力を温存でもしているのだろうか。


 ならば、先手を打つのが得策だろう。

 怠慢は弱みになると知らしめるために。


「ーー部下達につぐ。あの悪魔は半霊体の可能性があり、物理攻撃はあまり期待できない。よって、魔術師の魔術攻撃を中心とした戦い方となる。魔術師が生命線だ。魔術を行使できない者は必死に魔術師を守れ。また、魔術師の行使する魔術は光属性の魔術にしろ。相手は強大な悪魔だ。出方を間違えるな」


 部下達に言うべき事は言った。

 あとは相手の力量がこちらを上回らなければ勝てる。慎重に情報を収集すべきであろう。


 それにしてもーーゾルゴルはどこに行ったのだろうか。いまだ戦場でゾルゴルの姿を見ていない。

 

(あいつのことだ。樹々に隠れて出方でも伺っているのだろう…。さて、開戦の合図を出すとしよう)


 ゲムブは右腕に掴んだ杖を振り上げる。


「悪魔よ思いしるがいい!これこそが流種の賢者ゲムブ・ルロムイの魔術だと。中域魔術ーー<シャーマス>!!」


 掲げた杖の先から、小さな光の泡が飛び散る。

 それはゲムブのあたりを少し浮遊したのち、悪魔に向かってかなりの速さで飛んでいった。

 そして、悪魔の身体のいたるところにくっつきーー光の泡は爆発する。


 そこに部下達の歓声が上がる。


「行ける!」

「おお!さすがは賢者どの!!」


 シャーマスは光と爆発の属性を持ち合わせる中域魔術で、発動に時間がかかる代わりに威力が出ることがメリットだ。


 敵は動かない。ならば最初に時間がかかるが強力な魔術を撃ち込んでやろうという考えだった。


 悪魔についた泡が連鎖的に爆発を起こし始めたころ、他の流種の魔術師達も魔術を行使し始めた。


「オレ達も行くぞ。低域魔術ーー<シャムリ>」


「て、低域魔術ーー<シャモス>」


「低域魔術ーー<ウオライ>」


 光属性の魔術や光属性を含んだ魔術が、悪魔に向かって一斉に飛ぶ。

 それはまるで、光の大河のようだった。

 それに負けじとゲムブも魔術を飛ばしながら悪魔の様子を探る。

 光属性の魔術によって視界が悪いが、悪魔に魔術が効いている気がする。しかし、なぜ何もしないのだろうか。

 ゲムブは不気味と思うほかなかった。


「中域魔術ーー<シャーラットレイ>」


 強い光の弧が悪魔に向かって飛ぶ。

 この魔術も避けずに当たってくれると嬉しいがと思っていたが、光の弧が悪魔に当たる直前に、光の弧は砕け散った。

 中域魔術が破壊される現状を目の当たりにした部下達の魔術の攻撃が一瞬やむ。

 そこに見えたのは、至って先と変わらない容姿の半透明の悪魔の姿だった。


「ーーひっひぃ!」

「化け物かっ!!」

「あれだけの魔術に耐え…た?」

 

 一言で言うならば絶望だろう。

 部下達は困惑し、魔術を行使するのをやめてしまった。

 しかし、それが災禍の種となる。


 その瞬間、悪魔から溢れ出る力。

 誰しもが悪魔がやる気になったのだと気づいた。


「ひぃ!?」

「お、おいなんなんだよ…!!」


 部下達から情けない声が漏れ出る。


 しかし、ゲムブは冷静に頭を働かせる。その中で、悪魔の急激な変わりようにどこか違和感を感じずにはいられなかった。


(思い出せ…なんだ…なんなんだ…)


 思い出せないままに、悪魔が右手を上げる。それは降参の合図などではなく、魔術を行使することを当然と伝えていた。

 流種達は急いでに守りに入る。

 魔術師は後ろへ、その他は前へ。

 祖国の紋様の浮かぶ大きな盾を持ち、悪魔の魔術に備える。


 時は満ち、地の底から響くような低い声が静かに轟く。


『…魔術ーー<ゴデリオム>』


 次の瞬間、塁壁の一部が球状に消え去った。その範囲に含まれた流種も例外ではなく、そこにはそのままの意味で何もない。

 

(んな…あれが魔術!?発動までの時間が短すぎーーいや違う。なんなんだあの威力は。それに見たことがない……。あんな魔術を行使できる悪魔など…)


「ハハッ!」


 気づけば勝手に笑い声が漏れていた。

 それを聞いた流種の部下達から、困惑と畏れの念が感じ取れる。


「ハハハっはぁ…。はぁ…。なるほど、大悪魔の再来だ。あれだけの魔術をものともしないその極限を超えた力、かの大悪魔に並ぶ力があるとしか考えられないっ!!」


 部下達は皆ゲムブを見つめている。

 その目は次の行動をしていてほしいと言う嘆願の心が透けて見えた。

 

 ゲムブの取る行動は一つ。


「ヒッ、ひぃいいぃぃいぃ!!!」


 奇声を発して逃げることだ。

 塁壁から砦内部に飛び降り、西へ向かってひたすら走る。


 それを見た流種の部下達は完全に戦意を失い、膝を折った。

 

 その頃、悪魔が再び手を上げていることに気がついた者はいなかった。


 砦の流種達の耳に低い、大地の唸りのような声が響く。


『ーー高域魔術ーー<ゴデリオム>』


 こうして、流種の砦、東の塁壁は完全に崩壊した。

 土日はたくさん描きたいなぁ。

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